皆さん。こんにちは。いわき市在住の國井です。
人工呼吸器を装着してから来年1月で8年目になります。
私は、平成910月に、ALS(筋萎縮性側索硬化症)と告知をうけALSには未来がないと知りがく然としました。
平成1110月に、舌の麻痺が始まり口から食べれなくなって体重が激減し胃ろうを取り付けるため入院しました。胃ろうを取り付けたあとタンが気管につまり自力で吐き出せず危険な状態になり、主治医から「気管切開した方が良いのでは、そうすれば楽に吸引が出来て呼吸も楽になりますよ」と言われました。
いつかは、この日がやって来ると思っていましたが現実が目の前にせまってきますと頭の中は不安でいっぱいでした。全身麻酔で気管切開の手術は、約30分で手術が終わりましたが鼻ではなく喉の穴から息をするので慣れるまで違和感があり同時に、声も失い匂いをかぐことも出来なくなりました気管切開後は、呼吸は楽になりましたが吸引が頻回で看護師さんに左手の薬指でナースコールを押せるようにテープで固定して貰いましたが、コール回数が多くなり看護師さんの顔色が次第に変わっていくのを感じました。体が痛くなれば「体位交換をして下さい。」とナースコールする。
体位がしっくりいくまで文字盤でのやり取りをするのですが[うまく意思が伝わらない][時間がかかる][体位が決らなければ落ち着かない]これがALSなんだと思い知らされました。
 退院に向け、看護師さんから妻と母が吸引の仕方を指導を受け更に、訪問看護スティーションからも自宅で吸引に必要な物を教えて貰い退院前に揃えました。私も家族も不安を抱えながら平成1111月に退院しました。退院後、早々にこれからの[在宅療養について]という内容のカンファレンスを私にかかわる人達が集まって自宅で行い少しでも不安を取り除ける様なケアプランを立ててくれました。
身体介護に吸引が加わり、昼間は母が、夜は妻が、手探りの24時間介護が始まったのです。
退院後は、体調が今ひとつで熱が下がらないので、毎日、抗生物質の点滴をしていましたその間も相変わらずタンの吸引が頻回で、特に夜の吸引は手作りの呼び出し音を鳴らしベットの脇に寝ていた妻を起こすのですが仕事を持ってた妻を起こすのが申し訳なく熟睡
出来ずに不足で疲労が溜まっていったのです。たぶん、呼び出し音アレルギーになっていたのでしょう。呼び出し音のチャイムの音を聞くと耳を押さえてしまうほど、精神的に追い詰められたのです。そんな中、妻の父が毎週2回も夜泊まってくれ、また昼間は、義理の妹が毎週2回、妻の友達が毎週1回来てくれたのです。この介護スタイルは、約2年続き本当に助かりました。
その後、ケアマネージャーが毎週(水)の夜に泊まってくれる看護師さんを捜してくれたのですが平成146月で出産のため辞めましたが本当に頼りになる方でした。
私以上に妻ががっかりしていたかもしれません。
 平成1112月から、往診クリニックの鈴木先生の進めで人工呼吸器(バイパップ)に慣れるため午前1時間と午後1時間を装着して練習を始めました。
この段階では、まだ自発呼吸がありましたが就寝中のSPO290%以下だっため夜の睡眠だけ人工呼吸器を装着するようになりました。

平成121月に往診クリニックの鈴木先生から[人工呼吸器を装着するか、しないか]についてきかれましたので、装着する事に同意して完全に人工呼吸器を装着する事になりました。
人工呼吸器を装着するようになったら、すごく呼吸が楽になり掛け布団の重みが感じなくなりました。人工呼吸器の音が気になりましたが着けて良かったと思っています。
平成122月の夜中に、人工呼吸器のアラームが鳴りっぱなしで自分は意識を失い気が付いたときは、目の前に救急隊員が立っていて救急車に乗る時の発熱した体は、2月の冷たい風がなぜか心地よくこのままずっと眠れたらと思いました。
とにかく楽になりたかったのです前回、気管切開をした同じ病院のICUに搬送され緊急入院たわけですが、あとで症状の説明を聞いたら肺にタンが溜まり無気肺状態で体内に二酸化炭素が溜まって意識を失ったようです。朝、目が覚めた時は90に近い側臥位になっていてタンがだしやすい体位になっていました。その日から、肺に溜まってるタンを取るため毎日肺の理学療法で側臥位にして胸の下側から上側に両手で胸を挟むように押しあげ押すたびにズーズーとタンが上がる音がしましたうつ伏せになってもタンを出し吸引をしましたがこの姿勢は、顔全体がよだれまみれで目が開けれないわけで、うつ伏せはもう勘弁してほしいとおもったものでした。とにかく、ICUでは有無を言わさず体を右に左と動かしましたので、順調に回復して一日中ベットを起こして起きていられるようになり、車椅子にも2時間は座れるまでになりました。今でも、タンの上がりが悪いとヘルパーさんに体を右に左に側臥位で何度も動かしてもらいタンを出します。
入院中に申請していた意思伝達装置「伝の心」が手もとに来ました。待ちに待っていましたので嬉さは天にも登るほどでした。左手の薬指が動かなくなって、呼び出しを鳴らすこともできずコミュニケーションが途絶えていましたので意思伝達装置が届いたことによって意思が伝わることは喜びでした。退院向け、ICUの看護師さんから家族が肺の理学療法と再度吸引の仕方と人工呼吸器の扱い方の指導を受けて4月に退院しました。平成124月に、介護保険サービスが始まり、それに伴い、病院系列のホームヘルパー事業所に変わりました。そして入院中にケアの仕方を覚えて貰い肺にタンが溜まらない様に、ヘルパーさんが入る度に体を右に左と動かしたり車椅子に乗ったりタンが上がり易くしてもらうようにしました今もこのようにしてます。
 平成133月にバイパップからLTV950に変えるため同じ病院のICUに2週間入院しました。音が静かでコンパクトになっており呼気がバイパップよりやさしく自分で呼吸しているかのような錯覚にとらわれます。また、回路が外れるとアラームがすぐになるから安心でアラーム音がバイパップより大きいしタンが絡み咳込むと直にアラームがなります。停電又は電源コンセントが外れた場合、自動的に内部バッテリーに切替るから安全であるこがわかりました。
現在は、往診クリニックの鈴木先生に毎月一回ディスポ回路を交換してもらっています。
 いつからか記憶にないのですが、気切部から唾液の垂れ込んで座位でいる時は胸やパジャマが唾液で濡れ寝てる時は首の周りと背中が唾液で濡れていつも気持ち悪い思いをしていました。そんな時、訪問看護ステーションの看護師の方がシースターコーポレーション社の低圧持続吸引器を探してくれました。構造は、金魚の酸素を送るポンプを改造してあり、チューブをカニューレのサイドチューブにつないでペットボトルに唾液を溜める仕組みです。
これをつけたお陰で、胸と首や背中の唾液まみれから解放されすっきりした気持ちで生活が送れて吸引回数も減りました。今日は、移動用の低圧持続吸引器をつけてます。家族の吸引も毎日のことなので、だいぶ上達してプロ級の腕前になってきましたが、ALSの私にとって吸引は避けては通れない行為でこれ無しでは生きて行く事が出来ないのです。吸引はプロ級でも生身の人間です。
当然の事ながら身体に疲労が溜まると、怒ったり、物に当たったりしますが誰も責める事は出来ないのです。私が同じ立場だったら同じ事をするでしょう。それだけ、介護+吸引は過酷な労働なのです実際、家族が外で洗濯干しをしてて「吸引」のコールがなると手を止めて吸引する。吸引中に電話が鳴っても出れないから通信の手段としては便利ですが、時によっては非情でもあります。食事中やトイレ中の「吸引」のコール、「ちょっと待ってなよ。」の返事は当然なわけです。
このように毎日、毎日、24時間看てるわけですからおのずとあとから介護疲れがおまけのようにくっ付いてきます。辛いおまけなのです
  平成15年に、ALS患者に対しヘルパーによるタンの吸引の医療行為が許可されたとテレビのニュースで知りました。事前にALS協会から署名の要請があり、「これでヘルパーさんが吸引をしてくれるようになれば家族の介護負担が、軽減される」という思いで妻は1,000名分の署名を集めてきました。しかし、私が利用してるヘルパー事業所では吸引はやらないとの返事でした。
医療事故が怖いのでしょうか? ケアマネージャーや保健所に問合わせてもタンの吸引するヘルパー事業所が見つかりませんでした。

 タンの吸引が出来るヘルパー事業所が見つからないまま月日が経ちそれと共に家族に体力の限界を感じるようになりました。昨年3月末に、ALS協会福島県支部支部長の佐川さんから、ALS在宅ケアの本を購入のおすすめの手紙が届きましたので購入を決め本の代金と共にメールアドレスを送りました。これを機会に、メール交換を始め「タンの吸引が出来るヘルパー事業所はないですか」とたずねたところ、いわき自立生活センターの長谷川秀雄理事長を紹介して頂きました。
 早速、長谷川さんにメールで家の現状を送ったら自宅を訪ねてくれて現在の家族の介護状態を、昼は高齢の母が、夜は妻がここ4年もの間、風邪を引いて熱があってもずっと看てる事を話しました。後日、長谷川さんと妻とで福祉課に支援費の申請に行き数日後に申請が通り、いわき自立生活センターのヘルパーさんが入る事に決りました。いよいよ、ヘルパーさんに吸引の仕方を教える段階になったのですが、嬉しいのか呼吸回数が増えて興奮してるのが自分でもわかったのです。
ヘルパーさんに、私の吸引の仕方を教えるわけですが教え方は、ヘルパーさんが大勢で来ても得るものがありません。また、来るたびにスタッフが変わってはその都度教えなくてはならないので私の方で疲れてしまいますヘルパーさんは、1人〜2人名で同じ方が連続で入って完全に覚えて貰いあとは他のヘルパーさんと一緒に入り教える形にして貰いました。
  私の吸引の仕方をお話しします。
◆吸引の順序は、@に、気管切開の吸引⇒Aに、口の中の吸引⇒Bに、カニューレのサイドチューブの吸引の順で、必ず@B3点セットでお願いしています。
カニューレの中への吸引カテーテルの入れ方は、ピンセットで吸引カテーテルをつまみオープン で気管の奥に当たるまで入れて、同時に咳込みますが吸引カテーテルの穴を指で押さえながら、ゆっくり回しながら上下に動かし、タンを探ってタンに当たったらジュジュルと吸引されるタンの音がするからそのまま動かさないでタンが引けきるまで引きます。私の場合、カニューレの奥まで吸引カテーテルを入れないとタンが引けません。
一度吸引しても、まだタンが残ってる事があります。
「もう一度、吸引しますか?」と私に聞いてもらい「はい」の時はまばたきします。「いいえ」の時はなにもしません。
二度目の吸引は、間を置いてからで間を置かないで続けて吸引すると息苦しくなります。
外出の時のピンセット使用の吸引は面倒なので吸引の時、吸引カテーテルをしゅせい綿で拭いてから拭いたしゅせい綿でカテーテルつまんで吸引してます。手の消毒用のアルコールスプレーを携帯してます。吸引の仕方をヘルパーさんが覚えてから、しばらくぶりの外出は、本当に嬉しかったです。
8年ぶりの外の風景はだいぶ様変わりしていて、浦島太郎状態でした。
今年の5月頃から、母が体調を崩し寝込む様な事が度々あったため、7月から重度訪問介護に変えて頂き母は昼寝が出来るようになりました。また、ヘルパーさんに毎週2回夜勤をしていただけるようになり、妻が約5年ぶりに自分の部屋で寝る事が出来るようになりました。本当に助かりました。これもタンの吸引が出来るヘルパー事業所があったからこそ家族の介護負担の軽減が実現したのです。
最後に、タンの吸引が出来るヘルパー事業所がもっともっと増えるよう切に願っています
  ご静聴ありがとうございました。