【 ν猫ねこ帝国興亡記 】

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●第七話   『 大国の姫 』
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   7
 
 
 時は○○暦150年。
 ここは大国。『株王国』
 カリスマ君主『ナナ姫』(うりななん)の統治で豊かに繁栄を続けているにゃ。
 保養して良し。戦争して良しのオールラウンド国にゃ。
 
 
  その少し郊外。
 三頭の馬と、その馬にまたがる三匹のねこガイル。
「にゃ……。神風猫ニム、やっと……城が見えてきたニダ」
 そう言ったのはクラウディオねこ。武闘派の古株ねこにゃ。
 ちょっとほこりまみれになってるにゃ。
「つ、疲れたにゃ……」
 と言うのは古株の知恵者、天青ねこ。こちらも息が上がっているにゃ。
 ただ一人、殺気だって目を血走らせているのは我らが神風猫にゃ。
 幽霊みたいな顔色で、なにかブツブツ呟いているにゃ。
「……お金を……借りなければ……借りなければ――――」
 頭の中にはただ一つの言葉がこだましていたにゃ。
 ”……ぶちころすにゃ^^ ”
 ”……ぶちころすにゃ^^ ”
 ”……ぶちころすにゃ^^ ”
 ”……ぶちころす―――― ”
 
  しゃ〜〜〜〜っ!
 再びおもらししたにゃ。愛馬・的廬が心の底から嫌そうな顔をしてるにゃ。
 気付いたときには鞭を入れていたにゃ。
 一声嘶(いなな)きが響くと、放たれた矢の如く駆けだしていたにゃ。
 クラウディオねこと天青ねこも大慌てで追いかけてきたにゃ。
「ええいっ。休んでる暇はないにゃ、私の命がかかっているにゃっっ、早う続けっ!」
 荒野に三本の砂煙が描かれる。その行く先は。
 『株王国城』
 
    ・
 
  株王国城、城内。
 
 謁見の間まで通された私たち三人は、片膝をつき、頭(こうべ)を垂れた姿勢で待っていたにゃ。
  カツーン カツーン
 ピンヒールが大理石を打ち響かせ、王はやって来たにゃ。
「くるしゅうない。面(おもて)をあげい」
 そう言われて顔を上げると、黒いエナメルのボンデージルックに身を包んだナナ姫の姿があったにゃ。
「薄汚いのらねこふぜいが。この私(わたくし)に会いに来るとは、一体どういう風の吹き回しかしら? もしかして……飼ってもらいたいのかしらん? ……ぷっっ。おーっほっほっほ♪」
 ぐっ。噂には聞いていたが、ここまで高飛車だったとは……。にゃ。
 
  国を差し押さえられて追い出されたこと。
  10年以内に金10,000,000,000払わないと領土が無くなっちゃうにゃ。
  ってことを伝えたにゃ。
 
「……で? 哀れな哀れな仔猫ちゃんたちはこうして、おもらいにやって来たって訳?」
 ナナ姫はいやらしい笑みを浮かべ、蔑むような目で見おろしている。
 ぐぐっと握りしめた肉球に力が入る。
 しかし背に腹は代えられないにゃ、国はどうだって良いけど私の命がかかってるにゃ。
 
「にゃ、にゃぁぁ。おねがいにゃ、ねこの国を助けてほしいにゃ」
「まあ。株で荒稼ぎした私(わたくし)には10,000,000,000なんて、はした金。貸してあげなくもないわよ。ほほほっ」
「にゃ〜〜。はした金なんだったら貸してくれにゃ〜!」
 すると語気がよりサディスティックになって返ってきたにゃ。
「あ〜ら……、ずいぶんと生意気なねこちゃんね。そんなに欲しいんだったら三べん回って「ワン」と言いなさい」
 なんという屈辱にゃ、なんという挑発にゃ。
 ねこが『ワン』などと犬ころのように言えるわけないにゃ!
 先に切れたのはクラウディオだったにゃ。
「おのれっ。もう我慢ならんニダ! ウリナラは腐ってもねこニダ!!」
「クラにゃん! 気持ちは分かるがここはこらえるにゃっ」
 剣のつかに手を掛けた所を、天青ねこに押さえられて二人でバタバタやっているにゃ。
 それに目を奪われていたのか、神風猫が、スッと立ち上がったのを、気付く者は居なかった。
 誰一人として……。
 
 ――神の風を纏(まと)った猫が――――動いた。
 
 しなやかな肉球が象牙(ぞうげ)色の床を蹴る、切れるような後ろ髪をなびかせ残像を描く。
 一拍の後、ナナ姫が驚愕に瞳孔を開かせたときには――
 ――――三回転を終えていた。
 「ワン♪ ワン♪」
 最早(もはや)ねこではない。
 そう、これは犬だ。犬だっ! 犬だっ!! 飼い主に傅(かしず)く犬の目だっっ!!!
 揉み合っていたねこも、不動の姿勢の近衛も、無言で控える側近も……そして優雅に腰掛けたナナ姫も。目の前で起こった事を理解できず凍り付いていた。
 ……ただ、神風猫だけがチンチンの姿勢で不敵に口元を釣り上げている。
 やがて。
 動揺を隠せぬままに、ナナ姫がゆっくり口を開いたにゃ。
「……ふ……ふ、ふふふ。お、思ったよりも覚悟はしているようね……」
 そして、意地になったのか、こんな風に続けた。
「そ、それぐらいは出来て当然よね……。ふふふっ、じゃぁ今度は靴でも舐めてもらいましょうか? ぷぷっっ さっすがにこれは無理よね――――」
 ――――!!
 言い終わる前に舐めていたっ! いや、むしゃぶりついていたっ!!
 プライドを微塵も感じさせず、圧倒的な迫力で傅(かしず)いているっ。凄まじい闘気だっっ。
 ここまでの謙(へりくだ)り様を見た者はいないはずだっっ!!
 うおぉーーーおー!!!
 当のナナ姫を始め、その場にいた誰もが我が目を疑い、引いている――もとい――恐れおののいているにゃっ。
 ……ナナ姫は悔しそうに舌打ちすると、側近にこう言い放ったにゃ。
「GS! 小切手とペンを持って参れ!」
 
 た……助かったにゃ。
 これで取りあえずはねこの国に戻れる、私の命も救われたにゃ。
 とそこへGSさんの後を追うように入ってきた側近が、慌てた様子でナナ姫に耳打ちする。
 
 ”……ボソッ大豆市場が……ボソボソボソッ……空前の豊作で……ボソボソッ…それに加え…………テロの影響でボソッ…………史上最安値を…………ボソボソボソ……”
 
 小声だったから私たちには断片しか聞こえなかったにゃ。
 でも、それを聞いているナナ姫の顔色がどんどん青ざめていくから、只ならぬ事態が起きたんだなってのは分かったにゃ。
「ええいやめじゃやめじゃ! 気が変わった。畜生どもに貸す金など無いわっ」
「――にゃあ〜〜〜っっ!??」
「近衛! そのねこどもを城外に放り出しなさい!」
 ずるずると引きずられていく三匹のねこ。
 私の罵声だけが空しくこだましていたにゃ。
「ひどいにゃっ! 回り損に、吠え損に、舐め損にゃぁぁぁ〜〜っ!! 金払えにゃ〜〜!!」
 
    ・
 
 放り出されたねこ三匹のうしろで、低く重たい音がする。
 城門が閉じられたにゃ。
「…………」
 とうとう私の中で起こしてはならない獣(けだもの)が目覚めたにゃ。
 
 ―――刹那。一陣の風が吹く……。
 
      【中略】
 
 「裂(れつ) 空(くう) 猫(ねこ) h――――むがっ!?」
「――むがががっ! はなせ!はなせ!はなせっ! 何故とめるにゃっ!!」
「だめですにゃ、また友ねこさんに怒られてしまいますにゃ」
「ニダニダ」
「くぉらっ!! 天青っクラウディオっ! 君主をす巻きにするとはなんたる狼藉にゃぁ!! それにナナ姫も覚えてろっ! いつかぎったんぎったんのボロボロにして、ひぃひぃ言わしてやるにゃっっ!!」
 
 
 続く。