【 ν猫ねこ帝国興亡記 】

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●第八話   『 闇の胎動 』
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   8
 
 
 時は○○暦150年。
 ここは『脳筋帝国』の後背地。
 
 
 軍事大国というのはその性質上、前線に主眼を置いて構成されるため、如何に大勢の武将を有していようとも。後背地――特に要所でもなく、地方兵も存在しない場合――は人っ子一人居ない事も珍しくない。
 地図上は脳筋帝国領……しかし実状は空白地と変わらない、そんな寂れたある辺境の都市。
 そのまた郊外にある寂れた一軒の洋館。
 にもかかわらず場違いなほど豪華な馬車と、重装備の騎馬兵が数人。その建物の前で足を止めている。
 辺りは既に夕暮れ時、日も沈みかかっており、その一団以外に人の気配はない。小さな嘶(いなな)きと軽い足踏(あぶ)み、騎馬兵の鎧がこすれ合う音以外は静まり返っている。
 やがて従者が一人、馬車の扉を開いた。
 中から出てきたのは悪趣味なスーツにサングラス姿の小ずるそうな男だ。
 付いていこうとする従者や兵士を手で制すると、もう片方の手をポケットに突っ込んだまま、ひょこひょこと嫌らしい足取りで古びた扉に消えていった。
 
「―――首尾はどうなっている?」
 とても穏やかな声、だが微(かす)かに神経質な響きを内包している。
 館の主(あるじ)は背もたれの広い椅子に座っていた。日の光もほとんど射し込まないというのに、部屋の中には明かり一つない。
 客人は立ったまま片手をポケットに突っ込んで、のんびりと答える。
「なんも心配はあらしまへん。脳筋の連中も他の国の連中も。おもろいように踊らされてますわ。想定外の動きはほとんどありまへん」
「そのわずかな崩壊因子が問題なのだ。現に、まだ島国の近くでうろちょろしている子鼠が――――」
「――――神風猫。でっしゃろ? あのな。そんな小物はどうでもええんや、それよりちゃんと約束は守ってもらえるんやろな? ……わいを填(は)めようとか考えたらエライ目ぇ見まっせ。これでも表向きは『気のいい兄貴分』で通ってますんや」
「……わかっている。だからお前を選んだのだ。深く関わったことがない者には『いい人』にしか見えない、そんなお前の”カリスマ”とやらは評価している」
「自分は気ぃ悪い言い方しかせえへんやっちゃなぁ。……まぁええわ。約束通り『アレ』の用意だけはしておいてくんなはれ」
 そして。”ほなよろしゅう”と言い捨ててひょこひょこ去って行った。
 
 館の主は、馬蹄の音が遠ざかるのを聞きながら、ひとりごちた。
 (……なるほどな、確かにヤツは良く分かっている。――領土欲。統一への野心。滅亡の恐怖。再建国の気概。はたまた単なる復讐―― そういった隙につけ込んで他国や武将をコマのように扱う。その腕は一級品だ)
 彼独特のユーモアに触れたのだろうか。”ククク ”と笑い声を押し殺すと口に出してこう言った。
「たしかにムサカ。お前自身は欲が無いよ。統一などというくだらぬものにしか執着出来ないお前はな」
 漆黒の霧が垂れ込んだような闇の中、低く、穏やかな声が響く。
 
 
 続く。