【 ν猫ねこ帝国興亡記 】

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●第拾弐話  『 悪 夢 』
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   12
 
 
 時は○○暦150年。
 ここはν猫ねこ♪のねこたちが野営しているとこ。
 今はもう深夜にゃ。
 
 静かでほの暗い月明かりの下。点々と並べられた篝火(かがりび)がパチパチと小さく爆(は)ぜる。
 一つ奥まった所にあるのは、隠居したねこたちが寄り合い場にしている天幕にゃ。
 ほかの皆は既にねぐらで寝てるのか、今は老ねこが一匹しかいない。
 その老ねこも、石で囲って簡単に作られた囲炉裏(いろり)の前でうつらうつらとしている。
 昔はくっきりとしていたであろう縞模様も、今は白っ茶けていて、積み重ねた齢(よわい)を感じさせる。
 ただその老ねこは、どことなく威厳があるにゃ。よく見れば首輪に小さな勲章が光っている。若かりし日は国の上層をしていたのだろうか。
 
 ほんの一瞬、辺りを奇妙な静けさが包んだ。
 やおら冷たいすきま風が音もなく入り込み、囲炉裏の火を小さく揺らす。
 老ねこの毛がじわーっと逆立っていく。
 と、突然電流に触れたように背を突っ張り、カッと目を見開く。
 全身をハリネズミの様に膨れ上がらせ尻尾を素早く神経質に振っている、その事から只ならぬ緊張が見て取れる。
 
 (…………夢……か)
 不快な汗が滲(にじ)んでいた。
 それはかなり昔のことになる。
 老ねこが国の運営をしていた頃に、同じ様な夢を見たことがあったのだ。
 そして、その後の忌々しい出来事の記憶が蘇り、身震いする。
 (あんな事は二度と起こる筈(はず)はない……いや、起こってはならんのぢゃ……)
 まだ落ち着かない自分を諫(いさ)めるように、誰も居ない中空に”シャーーッ!”と威嚇(いかく)してみる。
 すると、見当違いの方向にある物陰から”かたん”と小さな音がした。
 素早くそっちに顔を向け、小声だが低く凄みのある声で短く、
「だれじゃ」
 だけど物陰からはみ出している尻尾は、見覚えのある茶色まだらだった。
 年甲斐もなく声をあらげてしまったたことに、すこし恥じ入ったのか、気まずそうに、
「ふぉっ。なんぢゃ。誰かと思えば「ちゃちゃにゃん」かえ。ふぉふぉ」
 そーっと半分だけ顔を出した『茶々にゃん』(小学生・男の子)は、耳を伏せたまま、ぽそっと小さく訊いた。
「………ばばさま。怒ってるにゃ?」
「……怖がらせてすまなかったかのう……安心せい、儂は怒ってなどおらんよ、少し怖い夢を見ただけぢゃ」
 やさしい声で言われたので安心したのか、茶々にゃは耳をピンと立てた。でも、まだ黙ったまま見ている。
 うにゃ。この子はふだんからこうなのだにゃ。
「ふぉふぉっ。人見知りが激しいのはねこの証(あかし)ぢゃ。ええぞ、お前は良いねこになるぢゃろう」
 
「ばばさま、怖かったら添い寝してあげるにゃ」
「……おまえは本当に優しい子ぢゃのう……ほっほ」
 そして、
「ぢゃがな、儂のことは、ばばさまではなく『まいこりんちゃん』と呼んでくれると嬉しいのう」
 『ばばさま』(まいこりんねこ)……もとい。『まいこりんねこ』(ばばさま)がそう言うと、茶々にゃんは一筋、冷や汗をたらして、おずおずと。
「ま……ま、まいこりん……ちゃん……」
「ふぉっふぉっふぉっ。茶々にゃんは素直でかわいいのう」
 ただでさえ細い目を見えなくなるほど細め、まいこりんちゃんはひときわ嬉しそうに笑った。
 
 
  続く。