【 ν猫ねこ帝国興亡記 】

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●第拾六話  『 古(いにしえの 』
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   16
 
 
 時は○○暦151年。
 ここは『脳筋帝国』のとある拠点都市。
 
 
  その少し郊外にある要塞の跡地。
 
「この街は知っての通り、昔から激戦地でしてにゃ。フヒッ、破壊と復興を繰り返し、今も歴史を積み重ねているわけですにゃ。この古戦場跡などは特にすばらしいでしょう……? まさに世界遺産ですにゃ……フヒヒッ」
 得意げに語る唯月ねこの言う通り、地下へと続く階段の壁面からは建造物の残骸が見て取れる。
 深く降りていくほど昔の地層になっており、その重なり合う様(さま)は例えるなら年代毎(ごと)に色分けされた歴史書の様じゃ。
 
 今だにこんな不気味な男と行動を共にするのも利害が一致しているからじゃ。
 唯月は復讐のための切り札を持っているが、神風猫に警戒されており近づけぬのじゃと。
 そして妾は神風猫に警戒されてはいないが、確実に復讐を遂げるためには準備不足。
 唯月も神風猫に恨みを持っているらしい。
 曰(いわ)く、妾を手助けするのは神風猫に近づくためなのだと。
 もっとも、聞く限り奴の動機は単なる逆恨みに過ぎないようじゃが、そんなことは妾の知ったことではない。
 利用できるなら何でも使わせて貰う。それだけじゃ。
 
 そう。
 妾がこうして黴(かび)臭い地下に案内されているのも、その切り札とやらを見せて貰う為なのじゃ。
 貴奴(きやつ)ご自慢の一品はこの地下深く、太古の地層から発掘したのだと。
 そんな時代遅れの古くさい武器が使えるのかどうか、甚(はなは)だ疑問だが奴は妙に自信を持っている。
 (期待通りの物でなければ手を切ればいい)
 もう一度自分に言い聞かせた時。
「ヒヒッ。着きましたぞ」
 どれほど降(くだ)ったのじゃろうか、どうやらここが最深部らしい。
 今は昼間じゃというのに外からの陽光はいっさい感じられず、ランタンの灯りが心許(こころもと)なく辺りを照らす。
 音すらも闇に吸い込まれるのじゃろうか。地下水がしみ出す微(かす)かな響きだけが聴こえる。
 辺りはひんやりと、そしてじめじめとした嫌な空気に包まれている。
 そして我々の目の前には……。
 錆びた鉄製の観音扉があった。何本もボルトが打ち込まれており、頑丈に補強を施されている様じゃ。良く見ると表面には、今は使われていない文字が刻まれておる。
「私(わたくし)めが解読した所によると、これは「兵器庫」を表しておりますにゃ……そしてこっちは「最高機密」という意味のようですにゃ。……フッヒャヒャ」
 何がおかしいのか、肩を揺らしながらつまらぬ蘊蓄(うんちく)を垂れる。
「そんな事に興味はない。妾が知りたいのは中身じゃ。本当に復讐の切り札になるのか、勿体ぶらずに早う見せい」
 奴は肩をすくめると南京錠を外し、低く反響させながら扉を開けた。
 
 扉の中はさらに深い闇だった。
 足音の響き方から、巨大な空間が広がっているのを感じて取れるが、朧(おぼろ)な光が届くのは足下ばかりじゃ。
 ただ、扉をくぐった瞬間から気配を感じていた。そう、強大な力の気配を。
 唯月が壁やら床やらに設置してある松明に火を灯(とも)して行く。
 少しづつ……薄明かりに照らされ……『それ』は姿を現した……。
 
 ―――!!
「……こ、これは! まさかっ!?」
「フヒャヒャッ……どうです? フヒャッ……ご期待に沿えましたでしょうかにゃ……? ……げしゃっ、げしゃしゃしゃしゃっっっ!」
 
 期待通りではなかった。
 期待の遥か上を行っていた。
 確かに……これならばあの神風猫を葬ることも容易(たやす)いだろう。
 (……しかし……こんな物を、たかが個人の復讐に用いても良いのだろうか? ……奴は、こんな物を、本気で使うつもりなのだろうか?)
 固く誓った復讐心を揺らがせる程に『それ』は狂気じみた力を秘めていた。
 どくどくと脈を打ち、圧倒する破壊の権化。
 いや、権化ではない。『破壊』そのものじゃ。
 生けとし生ける物が「正」であるならば、眼前に鎮座する異形の物体は―――不気味な脈動を見せつつも―――禍々(まがまが)しい「負」のオーラを発していたのじゃった。
 
 果たせるかな。その邪悪な姿に共鳴したのじゃろうか。
 妾の奥底から沸々と沸き上がって来たのは恐怖や畏怖ではなく……。
 ……官能の炎(ほむら)じゃった。
 一度火がついてしまった躰は、ブレーキが壊れたかのように暴走を始める。
 胸をもみしだき、洪水のようにあふれ出る中心に指を這(は)わせ。
 唇をきつく噛みしめ、押し殺した呻(うめ)きを漏らしながら……。
 あごをほんのすこしのけぞらし、余韻にふるえるながら……。
 唯月が見ているのも憚(はばか)らず、飢えた躰を慰めつづけたのじゃった。
 
 
  続くの、じゃ……ああんっ。