| 日ごろ思ったことやネットに関するトピックスのコーナーです。AFVや戦史の話題とは限りませんが、私の独断と偏見に満ちた日常とサラリーマン生活が垣間見えれば幸いです。 |
| 注意) このページは第13SS武装擲弾兵師団”ハンジャール”の師団長 フリッツ・フライタークSS少将の幽霊が出現することがあります。 |
| 2005年4月16日(土曜日) 昨日、編集局より「続ラストオブカンプフグルッペ」のサンプルが 届きました。思っていたより厚くなっており、正巻に比べて 装丁やレイアウトが良くなっているのに嬉しくなりました。 是非、皆様には事実誤認や誤謬などをご指摘して頂けたら と思います。重要な指摘等を頂いた方は、オフ会で飲み代が タダになる場合もありますので、よろしくお願いします。(笑) それにしても正巻から苦節4年、この間、私は会社でも家庭でも 人生で一番多忙な生活を過ごしており、感慨深いものがあります。 正巻と続巻の巻末写真を見ると、子供達は大きくなり、私自身も ずいぶん年老いたなあという感じがします。 最近は老眼のために本は読みにくくなり、昔は気力と心眼で読めた ロシア語やポーランド語の本も、何が書いてあるのか さっぱりわからなくなりました。(笑) そろそろ、このHPのコンテンツも大幅なリニューアルが必要な 時期に来ています。もっと末期戦やマイナー部隊の写真、 部隊編成やらといった有意義な情報を提供し、議論をしたり 情報交換をしたりということができるようにしたいと思っています。 しかし、まあ、時間と暇があったらの話ですが・・・・・(笑) さて、発刊を記念して、第287アラブ特別戦隊の写真を 掲載いたしましたのでお楽しみ下さい。 部隊については、ご自分で調べて下さいね(爆) 最貧戦線倶楽部 支配人 高橋 慶史 |


| 2004年2月28日(土曜日) 2月25日にのりっくさん、滝口さん、KI-100さんとミニオフ会 (実はただの飲み会)をやりました。 滝口さんはご存知の通り、アルバムを中心に写真収集を 行っており、何千枚ものストックをお持ちの世界的にも 有名なコレクターでもあります。 そこで私が好きな究極的生物兵器の地雷犬について お聞きしたところ、1枚か2枚ぐらい、それも死んでいる 写真しかないということでしたので、地雷犬の写真というのが 改めていかに希少価値があるか実感した次第です。 ここに掲載するのは、私が去年の暮れに、eBayのネット オークションで入手したものです。一山いくらのクズ写真 なので画像が小さくて苦労しましたが、馬の死体が延々と写る 10枚くらいの写真の群れの中で、 「ん?馬より小さいゾ.....背中に何かしょってる!!!」 ということですかさず購入したものです。 ちなみに、過去にHPの裏表紙を飾った地雷犬の アニメ?画像も再掲しましたのでお楽しみ下さい。 最貧戦線倶楽部 支配人 高橋 慶史 |


| 2003年4月27日(日曜日) 最近、何故か戦争末期のコサックに凝っています。 インターネットのお陰で色々な資料や写真が容易に、 手に入る時代になりましたが、相変わらず暗黒の歴史に 埋もれた部隊を発掘するには地道な努力が必要です。 今回、運良く良質な連続写真が入手できました。 1944年10月9日にSS宣伝中隊クルト・エッガースの アドリア支隊が撮影したもので、 「破壊されたTagliamento河の橋桁から河原へ降り、 渡河して向こう岸のAlessoへ向かうイタリア人難民を 護衛するSS警察部隊所属のコサック部隊の活躍」 というシナリオの宣伝写真です。 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 コサック軍団については、すでに1943年10月には コサック第1騎兵師団がクロアチアでパルチザン 掃討戦へ投入されていましたが、1944年9月に赤軍が ミンスクまで進撃したため、残っていた第2騎兵師団 (第4-6騎兵連隊)も北イタリアへと移動を余儀なく されました。 兵士とその家族約24000人は、Tolmezzo付近に コミュニティを形成するのですが、上記の写真が 撮影された背景には、移住したばかりのよそ者である コサック部隊が住民の味方であるという宣伝を早急に 行う必要があったのです。 写真2と27の左側にいる眼鏡をかけた人物は、 Timotei Domanov将軍(Ataman:頭領)で、この コミュニティの最高指導者です。ドイツ陸軍の階級は 中佐でした。なお、コサック軍団は武装SSに属して いましたが、個人については武装SSには属さない という原則があり、唯一、コサック軍団最高司令官 フォン・パンヴィッツ中将がSS大将に任じられて います。また、写真26の右側のSS将校はUdine 地区のSS警察指揮官のヤコブ・ルドルフ・フォン・ アルフェンスレーベンSS少佐です。 Domanov将軍は、オーストリアで英軍の捕虜となり ましたが、その後、ソ連に引き渡され、国家反逆罪 で有罪となり、フォン・パンヴィッツ中将を含む5人 の将軍と伴に1947年1月16日に絞首刑となりました。 歴史に翻弄された悲劇の指導者と言えるでしょう。 by 最貧戦線倶楽部 支配人 高橋 慶史 |
| 2002年1月12日(土曜日) 今日は私の46回目の誕生日です。 今日まで色々な方々に助けられて、趣味と仕事を両立させて ここまで来ることができました。 本当に心から皆様のお陰と感謝いたします。 最貧戦線倶楽部 支配人 高橋 慶史 |
| 【誕生日記念秘蔵写真の公開】 |
これはWilhelm Tieke著"Bis zur Stunde Null"に掲載されている 「20mm高射砲搭載IV号突撃砲」の大変珍しい写真です。 この車両は第353歩兵師団第1353突撃砲大隊所属のもので、 2両が1945年4月7日に西部戦線のHelzen付近へ投入されました。 もともとこの突撃砲は1945年3月にWahnにある空軍部隊デポ から供給されたということで、どうやら空軍の高射砲部隊により 現地改造されたもののようです。 2両のうち1両はシュヴァルツ軍曹指揮の突撃砲で、同年4月8日に Waldbroelにてアメリカ第78歩兵師団と交戦し、その日の16時30分頃、 4両のシャーマンの攻撃を受けて撃破されました。 この写真は操縦手のHans-Joachim Schulz氏が戦後の1946年に撮影したもので、 戦闘室の左上にばかでかいフラフープのような簡易旋回用銃座が確認できます。 これにどうやって20mm高射砲を据え付けたのかは謎ですが、20mm高射砲用の 特殊地上戦闘用砲架44型(Erdkampflaffette44)と組み合わせて装着したのでは ないかと個人的には思います。↓ |

| 2002年1月6日(日曜日) 皆さん、明けましておめでとうございます。 前回の更新が去年の1月4日ですから、実に367日目の更新でして、 時の過ぎ行く早さと自分のものぐさに呆然としています。 鉄獅子さんのお奨めに従い、メイン写真ぐらいは新しく.....というわけで、地味すぎるIV駆から豪勢な第512重駆逐戦車大隊のヤークトティーガーに変えてみました。その分、裏写真は渋くして、SS第18山岳警察連隊のスロヴェニアでのパルチザン戦という組み合わせです。 去年は全く更新をいたしませんでしたが、ラスカンを読んで訪れて頂いた読者のために、今年は少しずつやっていきたいと思います。 2002年午年、皆さんおよび御家族が、健康で平和な1年であります よう祈っております。 |
| 2001年1月4日(木曜日) 皆さん、明けましておめでとうございます。 今日は仕事始めですが、ズル休みをしてシコシコとHPのコンテンツ更新を行っている今日この頃です。 とりあえず、去年、リンクのお約束をしたまま放置プレイの対象になってしまった方々、チャミネンさん、軍事選書堂さん、サビ屋さんのリンク工事をしました。長い間、お待たせして申し訳けありませんでした。 それからクビンカツァーの写真を整理していて、モスクワ近郊で撮影した「ナチはここまで来た」記念碑の写真を発見しましたので、【戦跡ツァー】に追加しました。でも、資料的価値はゼロです。 (まあ、もともとこのサイトは資料的価値ゼロだもんね(笑)) 2001年巳年、皆さんおよび御家族が、健康で平和な1年でありますよう祈っております。 |
| 2000年11月5日(日曜日) さて、またまた【極悪ガレキの山】コーナーの更新で、今回は高射砲塔のディオラマには欠かせない【128mm連装高射砲】です。 まあ、この手のメタルキットにしてはデキは良いので、いつか完成させようと思っているのですが、ハンダ技術に乏しいので手を出しかねている状態です。それに単体じゃ格好が悪いですから、高射砲空軍兵士も作らなくてはいけませんし・・・・・・。 でも88mmと違って定員は17名ですよ?(爆) 最近、会社の仕事が行き詰まっているので、当サイトの更新もペースが上がって来ました。こんなこと、やってる場合ではないのですが、現実逃避の手段としてやむなく・・・・・・(泣く) |
| 2000年10月22日(日曜日) 久々の更新です。今回は、【極悪ガレキの山】コーナーで、かねてから皆様のご要望が多かった【武装漁船】です。 この漁船簡易改造の沿岸パトロール船は、ドイツ海軍からKFK(Kriegs-Fischkutter)という制式番号を付与され、 KFK1からKFK1072まで約800隻(未就航の船多数あり)が任務に就き、沿岸パトロール、兵員物資輸送、偵察、連絡等の裏方を黙々とこなしました。船体はドイツ、フランス、デンマーク、スェーデン、ノルウェー、ポーランド、ソ連などありとあらゆる占領国、同盟国のものがかき集められました。重量は大体20t〜100t、全長12m〜25m、速度は最大でも10ノット程度です。 いつかKFK戦隊の話を書きたいと思うのですが、キットが絶版のシュミットモデルで、出来が空前絶後となると、なかなかArmourModell誌の編集局にも賛同者がいないので、困っています(笑) |
| 2000年6月11日(日曜日) 今回は、戦跡巡りツァーを以下の3つアップしました。 ・アルンヘム橋とナイメーヘン橋 ・クワイ河のカンチャナブリ鉄橋 ・ペリリュー島 博物館巡りも良いですが、戦跡巡りも戦場の地形、雰囲気が体験 でき、なおかつ観光地では必ずしもないため、地元の人達の素顔 が垣間見ることができ、楽しい思い出を作ることができます。 そして、今や戦史を書くはめ(笑)になった私にとって、若い時に歩き 廻った体験は、貴重な得がたい知的財産として役立っています。 皆さんも一度、どうでしょうか? グアム、サイパン、香港、ハワイも立派な戦跡ですよ! |
| 2000年6月10日(土曜日) おおっ、前回の更新は1月29日じゃありませんか!! と、管理人が驚いてどーする? というわけで、久々でhtmlの使い方も怪しくなった私ですが、手始めに リンクを更新いたしました。この5ケ月間、生まれつきのアロハオエ的 性格と本業と副業の激務のため(嘘)遅れておりました。 以下の方々には心よりお詫び申し上げます。 氏原さん、中村さん、櫻井さん、シャングリ・ラさん、スギウラさん 藤田兵器研究所長さん、そして砂村さん、どうも済みませんでした。 |
| 2000年1月29日(土曜日) ちょっとまたメインの裏写真を変えてみました。 題して「ケーニヒスギドラ対3大極悪SS怪獣」です。 ケーニヒスギドラの3つの頭は、帝国の3大悪人である ゲーリング、ヒムラー、ボルマンです。 これに対する3大怪獣は、 モスラがバッハーツェレウスキーSS大将 ゴジラはご存知ディルレヴァンガーSS少将 では、ラドンは誰?? |
| 2000年1月14日(金曜日) ちょっとメイン写真を変えてみました。 あと、人面地雷犬は晴れてサブ写真へと昇格しました。 輝かしいメイン写真へ昇格するのも間近ですね(笑) それから、ディルレヴァンガーの名誉のために書き添えますが、 彼の頭はいびつで、よく見ると右側面に傷があります。 これは第一次大戦の2回に渡る頭部負傷と大戦後の 反革命武装義勇軍フライコープスに所属して対革命軍との 戦闘でやはり頭部を負傷しているためです。 ちなみに彼は一次大戦で3つ、スペインコンドル軍団で 3個の勲章を授与された歴戦の勇者だったのですよ。 |
| 2000年1月12日(水曜日) 今日は私の44回目の誕生日です。 いつまでも人面「地雷犬が走りまわっていると恥ずかしいので、 誕生日記念にラスカン使用予定の秘蔵写真を公開します。 ただし、明日の22時以降は削除しますので悪しからず。 最貧戦線倶楽部 支配人 高橋 慶史 |

| 1999年12月29日(水曜日) なるほど、イマイチ不鮮明ですが、しかし感じはわかりますね。あれ? ウッギャー、こんなことやってる場合じゃなーーーーーーい!!!! ますます現実逃避のドツボにハマル私.....(えーんえんえん(泣)) |

| 1999年12月28日(火曜日) なぜか桜樹さんの50000ヒットコンテンツの興奮と森川さんの一言に触発されて作ってみました。HPのメイン写真にいかがでしょうか? ああっ、クソ忙しいのに、こんな馬鹿な現実逃避に走る私.....(しくしく) |
| 1999年12月24日(金曜日) ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る♪ 今年の8月31日に開設したHPも4ヶ月が経ち、おかげさまでアクセス数も1万ヒットを越えました。開設した時は、ちょうど転勤したばかりで慣れない業務に苦労し、翻訳の締め切りも抱え、さらにAM誌連載物も資料がない部隊へと進みつつあり、毎日のカキコや更新をどうしようかと目の前が真っ暗になったこともありました。まったく、皆さんの有形無形の激励の賜物と感謝しております。そこで、1万ヒットの御礼とクリスマスプレゼントを兼ねて、「戦跡ツァー」を増設いたしました。 まずは、メジャーなものから用意しましたのでお楽しみ下さい。 最貧戦線倶楽部 支配人 高橋 慶史 |
| 1999年12月19日(日曜日) 人生万事最貧が馬に「市川駅前派出所」を追設しました。 この頃、警察の不祥事が相次いでいますが、ここのお巡りさんは大変親切です。もうあの時のお巡りさんはいませんでしたが、松屋はしっかりあって、思い出の特大盛りを再び食べることができ感激。 |
| 1999年11月27日(土曜日) 博物館に大英戦争博物館を追設しました。 この博物館は、私が21歳の時に生まれて初めて海外旅行をしたときに、真っ先に寄ったところです。昔はずいぶんと暗かったのですが、最近は展示ホールが明るくなり、子供連れの家族が目に付くようになりました。写真は本当にさわりだけですから、後は自分の目で確かめることをお勧めします。そして、ここで十分眼ならしをした後で、ボービントンの戦車博物館を訪問するとバッチリです。 それから、コペンハーゲンの街で見かけた装甲車を収録しました。ここらへんは守備範囲ではありませんから、詳しいキャプションが書けません。どなたかスペックなどご存知の方は教えてください。 |
| 1999年11月14日(日曜日) 博物館にムンスター戦車学校を1つ追設しました。 このムンスター戦車学校に行く前に、間違えてミュンスター戦車大隊へ行ってしまい、韓国軍の少尉さんに間違えられるという経験をした、実に懐かしいところです。私の青春の一コマです。 しかし、まあ年をとったもんですな。 あれからもう20年です.....。 |
| 1999年11月13日(土曜日) 博物館にスオメリンリンナ島を1つ追設しました。 韓国に11月5日〜7日に行って来たのですが、ソウルの戦争博物館には圧倒されました。仁川の上陸作戦記念館も、その記念碑の巨大さに驚きました。ともかく、写真を200枚くらい撮影して来ましたので、近日中に整理してアップしたいと思います。しかし、朝鮮戦争は1950年に勃発しましたから、北朝鮮軍や中国軍側の陸戦兵器は、ほとんどが第二次大戦のソ連軍の中古品です。 クビンカに行くよりは、安くお手軽にソ連兵器を鑑賞できます!! |
| 1999年11月3日(水曜日) 今日、のりっくさん、ぴーすけさんとビッテルフェルト中尉のリンク工事を実施。ついでにその他のサイト紹介文も最新のものに更新した。柴田さんから指摘されたスペルミスも修正。それに博物館を3つ新設した。しかし、時間が少なすぎる。この調子だと正月までは我がHPの本格更新は無理かもしれんなあ。トホホホホのホ.......... さて、私は11月5日から韓国に行ってきます。私の留守中、掲示板を使って行うリレー戦記を企画します。以前にやったのですが、もう一度、あの続編ということでチャレンジしたいと思います。前回、お見逃しの方は、今回是非参加していただければ幸いです。11月7日の夜に帰国しますが、それまで何とか途切れないように頭を捻って下さい。 |
| 1999年9月15日(水曜日) 今日、一気に18個所のリンク工事を実施。8時間ぶっ通しの作業となってしまった。しかし、もう9月も中旬だと言うのに、なぜこんなに暑いのかねえ。 某電力会社は消費電力量が前年比7.6%増ということでウハウハだそうだが、社員のボーナスは上がるんだろうか? |
| 1999年8月29日(日曜日) ぐあああああ!!!夜の18時30分頃、リンクページ作成時に雷で停電。せ、せっかく「まけらいおんさん」、「桜樹ルイ16世さん」、「KimKimさん」そして「STEINERさん」のHPに無断で(笑)リンクしたページがあ......東京電力は何をやっているんだあ!!(爆)ううっ、馬鹿な私、こまめにセイブしていればこんな目には遭わずに済んだのに.... とほほほ。 |
| 1999年8月28日(土曜日) 12時にぷららへHPファイルを転送するも、URLを見るともぬけの殻。げげっ!どこに転送されたんだ?2.2MBもあるので、他人のフォルダかなにかに送られたら殺されてしまうゾ.....。ぷららのおねえさんに電話してみると、どうやら転送先ホルダーという欄にアカウント名を入れたため、Last-Kampf/Last-Kampf/とダブルに記入されて送られたということがわかった。とりあえず、転送したものを一旦消去して、転送先ホルダーの欄を空白にしてもう一度転送する。 おお!!送れたゾ! 苦節3ヶ月、とりあえずHPがアップしたのだ。わっはっはっは、ではさっそくIEで見ましょう.....って、なんでしょっぱなからメインページの写真がX印なの?ありゃあ、profileのボタンもX印、ううっ、リンク先のファイルが消えている......(T_T)。結局、転送に成功したファイルは197個で残りの39個はどうやらダメだった様子。しかたがない、今度は積み残したファイルを1個づつ送る。ようやく全部追加転送し、リンクのチェックやら手直しをしてどうやら見れるようになったのが夜の8時.....。 |
| 1999年8月22日(日曜日) 朝からパソコンにくぎ付け。とりあえずTCUPの掲示板の設定完了。ぷららのカウンターも設定したが、こればかりはサーバー上で見てみないとわからない。しかし暑い!!パソコンは発熱体だ!うーむ、まるでIV号戦車のブレーキドラム付近で操縦する戦車兵のようだ。汗がだらだら出て来る。明日はまた往復4時間かかってお仕事が待っている。ともかく、来週末にプロバイダー(ぷらら)まで転送できる状態までに仕上げたい。しかし、初心者はつらい、とほほほ......。 |