名前:高橋 慶史
生年月日および出生地:1956年1月12日 岩手県盛岡市
自己紹介:サラリーマンの傍ら、翻訳著述業に励む。
訳本に『軽駆逐戦車』、『突撃砲』、『パンター』(大日本絵画既刊)などがある。現在、アーマーモデリング誌にて『SS最貧師団列伝』を連載中。さらにモデルグラフィックス誌で連載された『ラスト・オブ・カンプフグルッペ』を増補改訂した単行本を執筆中であり、近日発売予定。  (かもしれない(笑))






我がゲットーの宣伝用PK撮影写真。一見幸せそうだが騙されてはいけない。右後方がゲットーで日夜弾圧に苦しむ私。その左横で冷酷無慈悲な笑みを浮かべているのが、軍管区司令官ハイグーシャSS大将、その左前方が『破壊大帝』という別名で知られる傍若無人な副官のワルガーキSS少佐、さらに私の正面に立つのが、『デス・ハンド』という渾名を持つ、完成した数少ないディオラマ作品群から恐れられている、悪逆非道な司令部本部付き将校のイタズラボーズSSインド義勇軍見習い士官。
 

    

  誕生  小学校  中学校  高校  大学  留学  就職

  禁止令  近況  ネットライフ 人生の夢







          
(乗馬訓練中の父)              (生後100日目)  

 

昭和31年1月12日、岩手県盛岡市の赤十字病院で生まれる。
両祖父、父とも 国鉄(現在のJR)でいわゆる国鉄一家であり、戦時中、父は満州駐留の関東軍独立輜重兵第75大隊(補給部隊)所属の騎馬伝令であった。

 




             
  (小学4年生 賢兄愚弟)        (懐かしい「コンバット7」)

 

小学校4年の誕生日の夜、6才違いの兄が札幌の中川ガスライター店で、大滝の『バルジ大作戦』なるスケール不詳のテイーガー戦車のプラモデルを買ってくれた。これが私とAFVモデルとの初めての出会いだった。このころのプラモは粗雑なレベルではあったが、子供心に鮮烈な印象を持たせる存在感があった。






            
     (中学1年生)         (中学時代愛読した名著)

小学校高学年から中学1年生にかけて兄が持っていたコーネリアス・ライアン著『ヒトラー最後の戦闘』を愛読し、悲惨なドイツ軍のベルリン攻防戦になぜか感動。さらに『バルジ大作戦』でも第26国民擲弾兵師団と第5降下猟兵師団の戦いに涙する。(何で?)。今考えると、ここから人生の転落が始まったような気もする。ちょうど発売されたばかりのタミヤMMシリーズの製作に明け暮れる。

 

  

        
(期末テストが終わって喜ぶ)      (パウル・カレル2部作)

 

高2の時に大学生相手にマージャンでバカ勝ちしたあぶく銭で、パウル・カレル著『バルバロッサ作戦』、『焦土作戦』を購入、泥沼の東部戦線を堪能する。この頃は、タミヤMMシリーズ絶頂の時代。やはり一番感動したのは88mm高射砲だった。

 


  

            
  (ノーテンキな学生)      (車体タミヤ、下部車体イタレリ)

 

ユルゲン・トールヴァルト著『幻影』を読み、ロシア義勇兵やコサック義勇兵に感動し、さらに深みに嵌まって行く。当時、プラモデルは週1個ペースで製作。この頃は、作業空間や時間が腐るほどあった。いや実際のところ、今考えて見ると、頭の中も完全に腐っていたらしい。(笑)



  

       
(ミュンスター教育戦車大隊にて)       (大ドイツ博物館にて)


大学卒業後,ベルリン工科大学エネルギー工学科へ留学。授業と卒論で四苦八苦。毎日、図書館と大学と学生寮との往復に終始。唯一の気晴らしは、夏休みと春休みにヒッチハイクとユースホステルを利用した最貧一人旅行で、文化遺跡、博物館と戦跡巡りが主だった。

 



       
   (銀座の酔っ払い)          (タミヤニュース掲載作品)


 

3年後に帰国して電力会社へ就職。留学生活にプラモ製作が不可能だったため、その反動で禁断症状のプラモ中毒に。気付いて見ると、ホビージャパンのライターになっていた。会社?う−む、マッタク記憶にないのだ!(爆)1988年4月、ふとした気の迷いから結婚。配偶者は普通のサラリーマンだと思っていたようだが、しばらくしてそうではないことに気がついたらしい。(笑)私だって、配偶者が冷酷なSS大将になるとは思っても見なかったのだ。(泣)

 

  


(禁止令期間中に翻訳したシュピールベルガー著作シリーズ)
(このシリーズは機械工学用語が多く、かなり難解な部分が多い)


平成5年に長男が生れる。我がゲットーの冷酷無慈悲な軍管区司令官ハイグーシャSS大将により、プラモデル禁止令が施行され現在に至る。プラモ製作再開を夢見てシコシコと資料整理や翻訳をしているうち、いつしか翻訳著述業にハマってしまった。 ううっ、もう5年もプラモデルを製作していない。(泣)

 

  

          
(家宝のサイン入りキット)      (宮崎、カリウス両氏らと昼食)
   
 

しかし、悪い事ばかりではない。平成10年8月に宮崎駿先生と富岡吉勝先生、怪人吉祥寺氏らと伴にドイツへ行き、戦車兵のエースの中のエース、騎士十字章拝領者であるオットー・カリウス氏へ突撃インタビューを敢行。さらに公文書館で写真を発掘し、高名な戦史研究家であるWolfgang-Fleischer氏などにも会うことができた。


  

           
(ある日の「悪の巣窟」メンバー)      (AM誌連載中のコラム)
  

最初の頃はニフティの会議室に出没していたが、まけらいおんさんからメールを頂戴し、ネットの世界に引きずり込まれる。このHPがアップされるまでは、まけらいおんさん、桜樹ルイ16世さん、KimKimさんなどの濃い(笑)サイトに居候し、時々STEINERさんなどのHPに乱入していた。これらの人々を中心に時々開催される『悪の巣窟』オフ会は実に楽しい。しかし、翌朝起きるとなぜか首にネクタイで締められた跡があったり、自分で昨夜何をしたのかも思い出せず、やたらコーラフロートのゲップに悩むこともある。(爆)誰でも参加可だが要飲み代。




  

        
     (恐山霊場遠景)               (実家の死蔵キット群)

所有するキットをすべて完成させること。

師団番号30番以降のマイナーSS義勇師団、海軍師団、帝国労働奉仕団(RAD)、東方大隊、ヒトラーユーゲント等の戦史を執筆し、出版社と伴に莫大な借金を背負い込むこと。

定年退職後に恐山へ修行に行き、イタコの口寄せ秘術を会得してパウル・カレルの霊を呼び出して『ベルリン攻防戦』を執筆すること。                    

 しかし、冷静になってよく考えて見ると、今まで買い込んだ1/35のAFVモデル、フィギュア約3000点をすべて完成させるという最初の夢が、実は最も実現性がない夢だったりするのだ。(爆)