修大バスの車両


修大バスに使用される車両は、13台の専用車と、予備車(といっても普通の路線車)

に分けられる。予備車は、広電北営業所の一部と、上大塚連絡所の車両を使用し、

例外として、臨時便や前期のみの運行便については、貸切車や高速車が使用されていた。

専用車は、外観が貸切マスク・メトロ窓といった貸切タイプだが、ホイールベースは短い4.8m。

仕様としては、サブ冷・エアサス・リクライニングシート・補助席が装備されていた。

ホイールベースが短いのは、狭隘かつ急カーブ・急傾斜が連続する過酷な路線である、

己斐峠を走行するためである。

ここでは、運行終了時に在籍していた専用車について取り上げる。

(写真をクリックすると大画像になります)


  

K−RE101P改 56年式  社番23732〜23735 4台在籍

この車両は、型式こそREであるが、エンジンは、RE用のEB400ではなく、RC用のER200が搭載されていた。

そのため、険しい己斐峠もエンジンをうならせながら、軽快に走っていた。(しかし五月が丘の上りは弱かった)

サスも柔らかく、フルエアブレーキの「シュー」という音が心地よかった車両である。

修大バス引退後、しばらくの間アジア大会等の波動輸送用に残されていたが、ひっそりと消えていった。

しかし、「修大バス」として、純潔を守った車でもあった。


K−RU223AA 58年式  社番23780〜23782 3台在籍

この車両は、日野初の縦置きエンジンを搭載した、全国的にもあまり普及しなかった車両である。

しかもトップドアで、貸切仕様ときたら、宇部市営と広電ぐらいであろう。縦置き故、

後部にデッドスペースがあった。このエンジン、排気量が9000ccしかないので、エンジン音がどことなく、

中型車っぽかった。とはいえ、エンジンは良く回るみたいで、このバスもうなりながら急坂をよくのぼっていた。

引退後は、アストラムライン大塚駅から、A−cityへのフィーダーバスに利用されたり、広島県西部の

貸切代替路線や路線バスに使用された。


P−HU223AA 60年式  社番23845〜23847 3台在籍

この車両は、従来の横置きエンジンで、RCと同じER200型を搭載。この車両のみ、

なぜかリクライニングがフリーストップ式であった。デッドスペースもなく、快適な車両であった。

引退後は、しばらくの間、広島−呉間の「クレアライン」に使用されていたが、

その後、国道54号線の中距離用に使用されてた。


P−HU273BA 63年式  社番23975〜23977 3台在籍

この車両は、高出力のEK200型(270ps)搭載。この馬力で、このホイールベースなので、

軽々己斐峠を走破していた。また、最後部座席が1段高く、見晴らしがよかったので、

格好の特等席であった。エンジンの吹き上がり音も軽やかで、快適な車両であった。

引退後は、こちらも「クレアライン」に使用されていたが、所属を転々とし最後は県内高速便に使用された。


おまけ

RE100P 49年式  

この車両は、初代の修大スクール専用車である。10台在籍していたとのこと。

晩年は、路線用に改造されたり売却されたりしたらしい。

写真の車両は、養護施設のスクールバスとして使用されていた。

生涯「スクールバス」を全うした車両である。


修大バスに間合い運行された車両

社番21414 RE101 昭和53年式 

この車輌が来るとハズレだと思っていた(笑)

社番21657 RE101P 昭和54年式

同じREでもこちらはフワフワのエアサスだった。

社番29568 K-MP518K 昭和56年式

広電では少数派の三菱車

社番23799 P-HU275AA 昭和59年式

当時広電の主力のHU、修大バスでも活躍!

社番29589 P-MP618M 平成1年式 

修大バスの運用後そのまま本来の路線に戻る車輌。

社番33848 P-RU638BB 昭和60年式

 前期のみの便や臨時便では貸切車が運用された。


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