チーン♪
軽やかなタイマーの音がキッチンに響く。
弾道はそれまで抱えていたボウルと泡立て器をテーブルの上に置くと、パタパタと少し大き目のスリッパを鳴らしてオーブンに駆け寄った。
しっかりと鍋つかみをはめた両手でそおっと天板を取り出し、その中央に竹串で穴を空けてみる。
そして引き抜いた竹串を見てがっくりと項垂れた。
「・・・・・・・・失敗ばい・・・」
〜甘い約束〜
「完璧だ」
綺麗に飾り付けたクリスマスツリーの前に座り込んで、赤野は満足そうに一人呟いた。
ツリーにぐるぐると巻き付けられた色とりどりの電球が、所狭しと飾られたオーナメントやモールをチカチカと交互に照らし出している。
売り場で見掛けた時は小さく見えたツリーも、こうして普通の部屋の中で見ると、まるで主役だと言わんばかりの存在感を電球の光と共に放っていた。
「さて、ツリーはこれで良し」
よっこいせと立ち上がり、パッケージの箱をリビングの片隅へ押しやる。そしてテーブルの上のシャンパンやチキンを確認して、うんうんと肯く。
「あと足りねェもんは・・・」
あいつだけなんだがな。
肝心の可愛い恋人は、何故かずっとキッチンの中に立て篭もり状態なのであった。
「おーい、ダンドー!飾り付け終わったぞー!」
「・・・あ、ありがと拓さん!・・・ま、まだ入ったらいかんよ!」
1時間も前からこの調子で、まるで鶴の恩返しだな、と赤野は苦笑する。
漂ってくる匂いからいってキッチンで機を織っているわけではないだろうが、とりあえず赤野は昔話の男のように中を覗いたりすることはせず、大人しくリビングのソファに腰を下ろした。
(こんなクリスマスは何年ぶりかな・・・)
そう思いながら煙草を咥え、マッチで火を灯す。
ここ数年は、クリスマス一色に染まった騒がしい街にうんざりしながら、しかしそれでもその騒ぎに便乗して、ただ飲み明かすだけの日だった。もちろんクリスマスに限らず、年中飲んだくれていたわけだが・・・。
なのに今年は違う。
綺麗なクリスマスツリーがあって。
アルコールの入っていないシャンパンがあって。
何より、あいつがいる。
弾道がいるから、こんなに幸せな気持ちになれる。
キッチンのドア越しに愛しい気配を探ると、ガタガタ、パタパタ、と確かにそれが感じられ、赤野は自然に頬が緩んだ。
(ホントはどっか面白いコースにでも連れてってやりたかったんだがな・・・)
キッチンでくるくる動いているのも微笑ましいが、やはりゴルフをしている時の弾道が一番あいつらしいと思う。
しかしこの時期、忘年会やクリスマスコンペ等でかなり早くから予約が埋まっていたらしく、残念ながらコースを押さえられなかったのだ。新庄に頼めば簡単だったのだが、奴には出来るだけ借りを作りたくない、というのが赤野の心情だった。
それに弾道と一緒にクリスマスツリーを買ったこともあり、自然に赤野の部屋でクリスマスをしよう、ということになったのだが・・・。
(来年はぜってえコースを押さえてやる)
なんなら海外に行ってもいい。
そう、思わず拳を握り締めたところで、ふと我に返った。
そして、1年も先のことを今から考えている自分に気づき、苦笑いが漏れる。
そもそも、来年も弾道と一緒に過ごすと、決まってるわけでもないのに。
この先の約束を交わしたわけでも、ないのに・・・。
(オレもヤキがまわったな・・・)
自嘲しながら煙を吐き出すと、苦い気持ちと共に煙草を灰皿に押し潰した。
2本目を吸おうと煙草を取り出し、ふいに煙草の煙とは違う、何やら焦げ臭い香りを微かに感じ取ったその時。
「わ――――っ!!!」
弾道の悲鳴と共にガシャーンという大きな音が聞こえて、赤野は煙草を放り投げ、キッチンに駆け付けた。
中に飛び込んで辺りを見回すと、オーブンの近くに弾道が座り込み、その手元には引っくり返った天板が落ちているのがわかる。
「どうした、ダンドー!火傷したのか!?」
慌てて駆け寄る赤野に、弾道はふるふると首を振った。
「・・・火傷なんかしとらんよ・・・」
「何だ、驚かせんなよ・・・どっかぶつけたのか?」
再び弾道は顔も上げずに俯いたまま首を左右に振る。
「・・・どうした、ダンドー」
「・・・・・・ご、めんなさ・・・」
「ん?」
「ケーキ・・・失敗しちゃっ・・・」
途切れ途切れの弱々しい声に赤野は、何だ、と溜息を吐く。
(やっぱりケーキだったか・・・)
しかし何とも大技を使ったものだ。ゴルフ以外でも自分に妥協のないのが弾道らしいといえばそうなのだけれど。
「こんなもん、落ちただけじゃねェか。平気平気、食えるって」
「ち、ちが・・・ダメー!見ちゃダメばい!!」
「ん?」
引っくり返った天板に赤野が布巾越しに手をかけた途端、弾道がそれを制したが、しかし赤野の方が早かった。
そこに転がっていたのは・・・恐らくケーキになる筈だった黒い物体。
(焦げた匂いはしたけど・・・まさかここまでとは)
見事に炭化したケーキに思わず苦笑した赤野の隣で、弾道が諦めたようにぽつぽつと喋り出す。
「・・・さ、最初に時間通りやったけど、焼けてなくて・・・だから余分に焼こうとしたけど、どれくらいやったらいいか、わからんくて・・・・・・き、気がついたら・・・っ」
次第に涙声になる弾道の頭を、赤野はよしよしと撫でてやる。
「そんで、慌てて取り出そうとして落としちまったのか?」
こくんと弾道が頷く。
その拍子に涙がポツンと床に零れ落ちた。
「・・・泣くなよ、これぐらいで」
「だ、だって・・・拓さんに・・・拓さんに食べてもらおうと、せっかく・・・」
ぐしぐしと弾道は鍋つかみをはめたままの両手で顔をこする。
「オイオイ、そんなもんで拭くんじゃねェよ」
「だって・・・だって・・・・・・っ」
なかなか泣き止まない弾道に、赤野は気づかれないよう小さく溜息を吐いた。
実は赤野はそれほどケーキが食べたかったわけではない。
でも、だから気にするな、と言うわけにもいかない。
ケーキよりも弾道がいればいい・・・とでも言えれば良かったのだろうが、生憎そこまで舌と頭が回る男でもない赤野は、困ったように弾道の頭を撫でながら、この涙を拭くものが何かないかと辺りを見回すことしかできなかった。
そして赤野は何を思ったのか、テーブルの上に置いてあったボウルをひょいと掴むと再び弾道の前に膝をついて、ボウルの中身を指ですくった。
「ほら、ダンドー!」
「・・・・・・?」
ようやく顔を上げた弾道は、目の前に突き付けられたものと赤野を不思議そうに交互に見る。
「拓さん・・・?」
「これでも舐めろ」
「・・・生クリーム?」
「いいから舐めろ」
弾道は赤い目をぱちくりさせながらも、おずおずと赤野に従い、ペロリとその指についた生クリームを舐め取った。
「美味いか?」
問われてこくりと弾道が頷く。
「そうか、よかったな」
そう言って赤野が笑うと、一瞬間を置いて、弾道も笑った。
「・・・ごめんね、拓さん」
謝りながらも弾道の涙は止まったようで、赤野はホッとする。
女子供を泣き止ませるには甘い物と相場が決まっているのだ。いや、決まっているらしい。実践したのが初めての赤野には確証がなかったが、それは今実証された。
「気にすんな」
「今日、ケーキないけど、よかと?」
「ああ」
言いながら、赤野はふと目を細めて弾道に顔を近づけると。
「ケーキの代わりに、もっと甘いもん貰うからよ」
その言葉に弾道が反応を返す前に、赤野は更に顔を寄せてその距離を縮めた。
一瞬だけ、唇と唇を軽く触れ合わせてから、赤野の舌の先がペロリと弾道の唇を舐めて、離れていく。
目を閉じるのも忘れた弾道は、赤かった目と同じくらい顔を真っ赤にさせて、ただ赤野をポーッと見上げていたが。
「・・・甘いな」
笑いながら告げられた赤野の言葉に、ハッとして弾けたように起き上がる。
「甘かったと!?」
「あ?あ、ああ」
「そ、そんな・・・」
「ダンドー?」
突然の剣幕に押されながらも赤野が尋ね返すと、弾道はポツリと呟いた。
「生クリームも・・・失敗ばい」
「・・・あぁ?」
「ちゃんと甘さ控えめって書いてあったのに!」
「・・・・・・」
「甘かったんでしょ?ごめんね、拓さん」
「いや・・・」
「拓さん、あまり甘いのはダメだって言ってたから・・・甘くないのにしたのに」
「・・・・・・」
オレにはちょうどいいんだけど・・・と言ってペロリと舌で自分の唇を舐める弾道の様子を見て、赤野はがっくりと肩を落とした。
(・・・まだまだ、か・・・)
しかし、こんな幼い弾道も可愛くて仕方ない。
そう思う自分が、きっと一番どうしようもないのだろう・・・。
大きな溜息を吐く赤野を、勘違いした弾道が必死で宥める。
「拓さん拓さん、今度はちゃんと甘くない生クリーム作るから」
「・・・ああ」
「今度はちゃんとケーキも焦がさないようにするから」
「ああ、頑張れよ」
何度も繰り返す弾道に、赤野はやれやれと苦笑しながら弾道の頭をくしゃっと少し乱暴に撫でる。
それにようやく安心したのか、弾道は乱れた頭を押さえて、照れたように笑った。
「じゃ、とりあえず乾杯するか」
「あ、でも後片付けが・・・」
リビングに向かう赤野の後を、弾道が慌てたように引き止める。
「オレが飾りつけたツリーを見るのが先だろうが」
「あ!そうだ、ツリーばい!」
振り向いて促す赤野のセリフに、案の定、弾道は赤野を追い抜いてリビングに駆け込んだ。
そして赤野も続いて部屋に入ると、ドアの近くにあるスイッチを探り、パチッと電気を消す。
途端に真っ暗になった部屋をツリーの電飾だけがチカチカと辺りを照らした。
暗闇の中で、いっそう輝きを増す光。
それに反射する、金銀のモール、様々なオーナメント、雪の代わりの白いコットン。
「・・・きれい・・・・・・」
同じように電飾に照らされた弾道の口から溜息のような声が漏れる。
「こんなもんでいいだろ?飾り付け」
「うん!すっごくキレイばい!」
嬉しそうに笑う弾道につられて赤野も笑ったが、続けられた弾道の言葉に一瞬だけ、その目を大きく見開く。
「来年はオレも一緒に飾り付けするばい!」
弾道はそう言って、ぐるっとツリーの回りを1周しながら、電飾の光に手をかざしたり、ひとつひとつオーナメントを眺めては感心している。そんな弾道を赤野はしばらくの間、声もなく眺めていたのだが。
「・・・来年?」
「そう、来年のクリスマス!」
「・・・・・・」
「あ、もちろんケーキも作るよ!今度は絶対に失敗せんから!」
沈黙をどう受け取ったのか、弾道は慌てたように赤野に駆け寄ると、その腕にぎゅっとしがみついた。
繋がれた腕から伝わる温もりが、赤野に教えてくれる。
先を、未来を夢見ることは、けして悪いことではないのだと。
「・・・楽しみにしてるぜ」
「うん!オレ頑張るばい!」
クリスマスツリーのイルミネーションが優しく瞬く。
まるで、ふたりが交わした約束を温かく見守るように・・・
fin.
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