〜台風被害報告〜
暴風警報が出たために、久々のコース巡りは中断を余儀なくされてしまった。
もうちょっとで拓さんと並ぶところだったのに、と弾道は残念そうである。もちろん赤野だって非常に残念だ。しかし今はまだそれ程でもないが、恐らくこれからひどい強風になるのだろう。ふたりは係員の案内に従って館内に引き上げた。
「今夜はここに泊まるか?」
この台風は、別に直撃するというわけではないので、帰ろうと思えば楽に家に帰ることができる。しかし赤野がそんな提案をしたのは、このゴルフ場が宿泊施設はもちろん、サウナ、プール、トレーニングジムにゲームセンターやミニシアターなどの娯楽施設も完備しているからであった。丸一日いても飽きることなく、なかなか快適に過ごせそうだ。
弾道も喜んで即座に賛成したのだが……
「あ!」
フロントに向かおうとした途端、弾道が叫び声を上げる。
「ダンドー?」
「いかん……帰らんといかんよ、拓さん」
「何でだ?どうした?」
「洗濯物、外に干したままだった……」
「……………」
弾道の言葉に赤野はしばらく放心して、そしてがくりと脱力した。
「ごめんね、拓さん。今朝あんまり天気よかったけん、台風のことなんてすっかり忘れとったよ」
ごめんねごめんね、と赤野の沈黙が怒っているからだと思いこんでいる弾道はひたすら謝る。しかし赤野は怒っているわけではなかった。弾道をこんな、まるで主婦のようにしてしまったのは、やはり自分のせいなんだろうかと、少々自己嫌悪に陥っていただけである。
「ごめんね、拓さん……」
赤野がいつまでも黙ったままだったので、弾道は今にも泣き出しそうだ。慌てて赤野は弾道の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「いや、オレも忘れてたしな。仕方ねェよ」
「うん……」
「じゃ、急いで帰るか」
「うん」
弾道はこくりと肯いたが、しかしすぐに首を横に振った。
「ううん。安全運転ばい、拓さん」
弾道のセリフに赤野は苦笑する。
おまえを隣りに乗せるんだから、安全運転に決まってんだろうが……
そう口に出す代わりに、弾道の首を片腕で抱き寄せると、じゃれ合いながらロッカールームへと向かった。
外は嵐(の前)だと言うのに、二人の仲は微風すらないのである。
マンションの駐車場に赤野の車が滑り込む。
さすがに空は真っ黒になり、今にも降り出しそうである。風もかなり強くなっていた。
部屋の鍵を開けるのももどかしそうに、弾道が中へ飛び込むように入っていく。
「転ぶぞ、ダンドー」
赤野が窘めたが、弾道はスリッパも履かずにベランダへ駆けて行ってしまった。やれやれと、赤野は脱ぎ捨てられた弾道の靴を揃えてやる。
「うわー、すごい風ばい!」
ベランダへの窓を開けた途端、ものすごい風が吹き込んで来た。部屋の中に置いてあった新聞や雑誌がばさばさと音をたてて捲れる。弾道は急いで洗濯物を次々と取り込んだ。
二人分なので、実際それほど洗濯物が多いわけではない。それでも赤野が手伝って、弾道から受け取った洗濯物をとりあえず部屋の中に放り込む。
「よかった、なんとか間に合ったばい……」
最後の洗濯物を物干しから外しながら、弾道がふぅと息をついた。すると、まるでその隙を突いたかのように、唸るような突風が吹き上がる。そして風は弾道の髪を乱暴に掻き乱すと、その手から洗濯物を奪い取ってしまった。
「あ……っ」
「おい!!」
反射的に洗濯物に手を伸ばした弾道が、ベランダの手摺に乗り上げる。それを見た赤野が血相を変えて、弾道の身体を後ろから抱え込んだ。勢いよく引っぱった為、そのまま二人の身体はベランダの上に倒れてしまう。がつん、という音がした。
「………ってェ〜〜」
「た、拓さんっ、大丈夫!?」
赤野を下敷きにしてしまった弾道は、慌てて起き上がろうとしたが、途端にその腕を掴まれてしまった。
「拓さん?」
「………ったく」
どうやら頭を打ってしまったらしく、赤野は弾道を捉えたもう片方の手で後頭部をさすっている。そうして顔を顰めながら大きな溜息を吐いた。
「……危ない真似するんじゃねェよ」
「ご、ごめんね、拓さん………でも、洗濯物が…」
「バカヤロオッ!!」
赤野の怒鳴り声に、弾道の身体がビクッと震えた。しかし構わずに赤野は続ける。
「おまえ、そんなもんと自分とどっちが大事なんだよ!?」
「……っ」
「こんな所から落ちたら、怪我だけじゃ済まねェぞ!わかってんのか!」
赤野は本気で怒っていた。弾道は怯えたように震える声で謝る。
「………ご、ごめん、なさい……っ」
「……………」
「ごめんなさい、拓さん。ごめんなさ……」
次第に涙声になった。
掴まれた腕も痛かったし、こんな風に怒る赤野も怖かったけれど、でも赤野をこんなに怒らせたのは自分なのだ。弾道は自分のとった軽率な行動を反省した。
「ごめんなさい……」
何度も繰り返す弾道に、赤野は再び溜息を吐く。そして掴んだ弾道の腕を引き寄せて、震える小さな身体を抱き締めた。
「おまえのが大事に決まってんだろが……」
弾道にぶつけた問いの答えを赤野は呟いて、抱き締める腕に力を込める。弾道の目から涙が零れた。
「……う…っ、ふぇ……」
叱られて泣き出すなんて、聞き分けのない子供みたいで嫌だった。でも涙が止まらない。赤野の想いが、その温かい腕を通して伝わってくればくるほど、泣けてきてしまうのだ。
「泣くんじゃねェよ」
「…っく、ごめ、なさっ、ふ……ぅっ」
泣くのを堪えようとして、しかし堪え切れない弾道の声に、赤野は小さく嘆息する。
「オレも言い過ぎたよ……悪かった」
「ち、ちがっ……オレが、オレが悪かったばい……」
そう言って、弾道は赤野の首に抱きついた。赤野はひっくひっくと肩を揺らす弾道を宥めるように、その背中を、髪を、優しく撫でてやった。
そうして、やがて落ち着いてきたのか、弾道がようやく泣き止んだらしい。少し決まりが悪そうにそろそろと顔を上げる様子に、赤野が目を細めて笑う。
「顔、ぐしゃぐしゃだぞ」
「!!」
慌てて顔を隠そうとした弾道に、赤野が笑いながら涙を拭いてやろうと手を伸ばす。しかし、それより先に、弾道の濡れた頬にぽたん、と水滴が落ちた。
「あ、」
ぽたんぽたん、と周りで続けて音が鳴る。
そういえばここはベランダだった。しかもこれから台風が来ようかという……
そう思い出した途端に、ざあっと雨が勢いよく降り出した。風にのってうねるように激しくベランダを叩く。二人は慌てて家の中に飛び込むと、ベランダのサッシを閉めた。
はあー……、と揃って同時に息を吐く。そして二人顔を見合わせると、くすくすと笑い出した。
「結局、降られちゃった」
「そうだな、顔洗ってこいよ」
言いながら、赤野は先ほど放り込んだ洗濯物の中からタオルを2本取って、1本は弾道に投げ、もう1本は自分の首にかける。タオルを受け取った弾道は、うんと肯くとパタパタと洗面所へ駆けていった。
そんな後ろ姿を、赤野は愛しい気持ちで眺める。
しかし、さっきはヤバかった……
雨が降り出してこなければ、あのままベランダで妙な真似をしてしまうところだった。
まあ、あんな風に抱き合ってただけでも充分マズイと言えばマズイのだが。
そう思って頭をボリボリと掻いたら、後頭部に痛みが走った。
「あ〜、コブが出来てやがる」
参ったな、と呟きながら頭をさする。しかし弾道に怪我をさせることを考えたら、これくらい何てことはない。
「ま、そのうち治るだろ……」
タオルで押さえ、赤野はソファへ腰掛けたが、放り出されたままの洗濯物に気づく。皺になる前にたたんでおくか、と立ち上がり、乾いたそれを摘み上げたその途端。
「あ!」
振り向けば、洗面所から出て来た弾道がタオルを握り締めて立ち竦んでいた。
「な、何だ?オレがたたんだらマズイのか?確かにおまえに比べりゃ下手クソだが」
「え?あ、違う、違うよ拓さん」
「じゃあ何だ」
「……大事なこと忘れとったばい。飛んでっちゃった洗濯物、どうしよう……」
「何だ、そんなことか」
弾道が真剣にオロオロしているので何事かと思った赤野は、軽く笑い飛ばした。
この台風である。果たしてどこまで飛ばされてしまったか分からないが、まあ洗濯物のひとつやふたつ無くしたところで気にすることもないだろう。
「そういや、何が飛んでったんだ?」
何気なく訊ねた赤野に、弾道は何故かもじもじとしている。そんな様子に首を傾げた赤野だったが、次の弾道の言葉にそのまま固まってしまった。
「拓さんの……パンツ………」
「……………」
「ごめんね、拓さん……」
弾道の、本日何度目かの謝罪の言葉は、しかし赤野の頭には届いていなかったかもしれない。
―――台風被害報告。
たんこぶ1個と、トランクス1枚なり。
fin.
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