〜君に願う〜
神社は物凄い人出だった。
(だから元旦に来んのは嫌だったんだよな……)
そんなことを思いながら、しかし弾道が行きたいと言えば、それに逆らえるはずもない赤野である。愚痴りつつも、隣を歩く弾道が人ごみに潰されないよう、さり気なくガードまでしていたりする。
つい先程、新年を迎えたばかりの今は真夜中。吐き出す息が白く染まっては、ゆっくりと消えていく。
「ダンドー、寒くないか?」
「大丈夫ばい、拓さん。暑いくらいだよ」
「そうか。まあ、こんだけ人がいりゃあな……」
ぎゅうぎゅうと押しくら饅頭のように押されて、歩かなくても前に進んでしまうような状況だ。
そんな饅頭状態で、のろのろと進んでは止まり、止まっては進むを繰り返し、ようやくもう少しで賽銭を投げられるという位置まで辿り着く。
やれやれ、と赤野がポケットから小銭を取り出そうとした時だった。
「……拓さん、どうしよう……五円玉がなか………」
「はあ?」
見下ろせば、弾道が財布の中身を覗き込んで、それはそれは悲しそうな顔をしている。
「お賽銭は五円玉を投げんといかんのに……」
「……いや、べつに決まってねェだろ」
「え? 『ご縁がありますように』で五円玉じゃなかと?」
「……………」
これ以上、誰との縁が欲しいってんだお前は!
と、大人げなく叫び出しそうになるのを、大人の理性で何とか堪える。
落ち着くために、赤野は大きく息を吐き出した。代わりに冷たい空気を吸い込んで、顰め面のまま目を閉じる。
いきなり隣で深呼吸を始めた赤野を、弾道がきょとんと不思議そうに見上げていた。
(………ご縁か…)
そんなことを望まなくとも、弾道と出会った人間は皆が皆、弾道に惹かれているというのに。自分だって、その中の一人だ。
ただでさえ多いライバル達を押し退けて、こうして一緒に年越しを過ごしてはいるが、自分達は将来を約束した恋人同士というわけではない。いっそ恋人だったなら、ご縁云々発言に堂々と文句が言えただろうか。
しかし、弾道だって深く考えて言ったわけではない。『お賽銭は五円玉』という刷り込みが為されているだけだろう、とは赤野だってわかっている。そもそも縁と一言で言っても、色恋の縁がすべてじゃない。お金との縁であったり、勝負運との縁であったりと様々なのだから。
けれど、それでも何となく面白くない赤野は、自分の財布から五円玉を避けて百円玉を取り出し、弾道に渡した。
「オレも五円玉は持ってねえんだ。奮発して二人分、これでいいだろ」
「え? 拓さん?」
「おまえ、投げてくれ」
そう言って、ひょいと弾道を自分の肩に担ぎ上げる。
「わわっ」
「オラ、ここからなら楽に投げられるだろ」
いきなり肩車されてしまった弾道は、咄嗟に赤野の頭にしがみついてバランスを取った。
「た、拓さん! 俺、肩車やってもらわんでも、お賽銭投げられるばい!」
ん?と赤野は思ったが、構わず弾道の足を両手で掴んで固定する。
「いいからさっさと投げろよ。混んでるんだからよ」
ゆさゆさと弾道の足を揺すれば、赤い顔をしながらも弾道は仕方なく賽銭を投げた。
拍手を2回打ち、目を閉じて心の中で願い事を唱えている気配を頭上に感じながら、赤野は変だな、と思う。
弾道はスキンシップが好きだ。やめろと言うのに抱きつかれるのはしょっちゅうで、そんな過剰なスキンシップを嬉しいと思う反面、その度にこのままこの腕の中に閉じ込めて、そして……と、湧き上がる衝動を押さえ込むのにとてつもない努力が必要となる。
おかげですっかり精神力が鍛えられ、今や赤野の鋼の理性は肩車ごときではびくとも揺らがない……筈である。たぶん。おそらく。
「……拓さん、終わったばい。降ろして」
やっぱり変だ。
少し前までなら、肩車をしてやれば手放しで喜んでいたというのに、今の弾道は早く降ろせとばかりに赤野の髪の毛を引っ張っている。
パパー僕もあれやってーという声が近くで聞こえて、弾道はいっそう恥ずかしそうに顔を赤らめた。
(なんだ……そうか)
ようやく思い至った赤野は、弾道をゆっくりと肩から降ろす。両足を地面に着けた途端、弾道がほっとしたのが分かった。
それが何となく淋しくもあったが、しかし、これでいいのだ。
(成長したってことだもんな……)
初めて会ったときは小学生だった弾道も、今は中学生。そして、じきに高校生。
いつまでも肩車されて喜んでるわけはないのだ。
そんなことをしみじみ考えていると、弾道はまだ少し赤さが残る顔で、くるりと赤野を見上げた。
「拓さんは何をお願いしたと?」
そう言われて、赤野は自分がまだ願い事を唱えていないことを思い出す。肩車していた弾道に気を取られて、すっかり忘れていた。
だが改めて唱えなくても、赤野の願いはいつも、たったひとつだけだ。
「……言っちまったら、叶わないだろ?」
「あ、そっか。そうだよね」
納得した弾道は、じゃあ俺も秘密ばい!と言って笑う。
それは無邪気な笑顔。
ついさっきの恥じらった表情はすっかりどこかへ行ってしまったようだ。
(………さて、どうなんだろうな)
試しに、頭に触れてみる。
髪の毛をわしわしと撫でると、弾道がきょとんと見上げてきた。
「拓さん?」
肩に触れる。腕に触れる。手に触れる。
そして、指を絡めた。
肩車のように、嫌がって振り解かれるかも、と多少の覚悟をしていたが、次の瞬間、きゅ、と暖かな感触に包まれる。
弾道が手を握り返してくれたのだ。
「ダンドー…」
言葉にしたことはないけれど、こうしてお互いの気持ちは充分わかっている。
けれど、そろそろ言葉にしてみてもいいのかもしれない。
言葉にして、伝えてみてもいいのかもしれない。
「ダンドー…あのな……」
「拓さん、寒かったと?」
「……………あ?」
「拓さんの手、ものすごく冷たいばい!」
そう言って弾道は、赤野の手を更にぎゅうと握り締める。
そして、その握った手を引っ張り、
「ね、あそこで甘酒配っとるよ!」
境内の脇を指差して、そこへ赤野を連れて行こうと人ごみを掻き分け始めた。
「……甘酒はあんま好きじゃねェ…」
言いたいことはそれではないのだが、少々不貞腐れながらそんなことを呟いた赤野は、自分をぐいぐいと引っ張っていく弾道の耳が照れて真っ赤になっていることに気づく。
(………何だよ、まったく)
くっと笑い、ため息を吐いた。
焦らなくてもいい、この子供は確実に成長している。
一年が終わり、また一年が始まり、その度に大きくなっていく。
だから、その時が来るまで待っていよう。
「拓さん! 俺も甘酒飲んでいい?」
「おう、飲めるもんなら飲んでみな」
「飲めるばい!」
「火傷すんなよ」
張り切って甘酒の入った小さな紙コップを受け取った弾道は、そろそろと舌をつけた後、うえっと顔を顰めた。
「ぜんぜん甘くないよ、拓さん……」
恨めしそうに自分を見上げる弾道に苦笑して、その手から紙コップを取り上げる。そしてそのまま残りの甘酒を飲み干した。
「甘いぜ、充分」
「………っ」
弾道が真っ赤な顔をしていることには気付かない振りをして、空になった紙コップをゴミ箱に投げ捨てる。
「オラ、次はおみくじ引くんだろ?」
言って、今度は赤野が弾道の手を引っ張った。
ふたりの願い事は神様だけが知っている。
人に話せば、それは叶わない。
けれど、自分の願いを叶えられるのは、神様ではなく目の前の相手だけだから。
だから今年は言葉にして、君に伝えよう。
fin. ...and Happy new year !
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