〜おいしい秋をあなたに〜





 落ち葉やコケで覆われた湿った土を踏みしめながら、弾道は木立の中をうろうろと歩き回っていた。
 そのあとを歩いている赤野は、光も風もあまり入り込まない、湿度の高くムッとした空間に辟易しながら、やれやれと溜息を吐く。
「拓さん、あっちの奥の方があるかもしれんねえ」
「ああ、そうだな」
 赤野の気のない返事をしかし弾道は特に気にするわけでもなく、ひたすら目的のものを見つけるために歩き続ける。
(まあ、ダンドーの気が済むまで付き合ってやるか……)
 枯れ朽ちてコケの生えた倒木を長いスライドでひょいと避け、赤野は弾道の後に続いた。


 そもそもの事の起こりは松茸である。
 秋の味覚の王様、マツタケは、買えば当然高い。それがこの無料で参加できるという山の森公園キノコまつりで採れるかもしれないというのだ。あくまで、”かもしれない”なのだが、それでも昨年の同イベントでは10数本の松茸が採れたという実績があるらしいので、今年も松茸が採れる”かもしれない”という宣伝文句は、決して間違ってはいないのだろう。
 そんな宝くじ売り場の宣伝文句のようなものにつられてやってきたうちの一人である弾道は、相変わらず薄暗い木立の中をうろうろと歩いている。その様子は真剣そのもので、思わず赤野は苦笑いを浮かべた。
 赤野としては、こんなところに松茸がニョキニョキと生えているとは到底信じていない。実際に、もう数十分間歩いているが、未だに普通のキノコさえ見当たらないのである。しかし弾道の夢をわざわざ壊してしまうこともないので、こうして黙って付き合っているのだった。
(せめて帰りに特産品コーナーで売ってる松茸でも買ってやるかな……)
 そんなことを考えていると、前方で弾道がすてんと尻餅をつくのが見えて、赤野は慌てて駆け寄った。
「おい、大丈夫か」
「平気ばい……ちょっと足元が滑ったとよ」
 湿った落ち葉が重なっているので滑りやすくなっているのだ。そもそもキノコなどのコケ類はこういう湿気の多いところに繁殖するのだから仕方がないと言えば仕方がない。
「怪我してねえな?」
「大丈夫!」
 そう言って元気よく起き上がった弾道が、ズボンについた葉っぱや土をぱたぱたと両手で払う。お尻についた土も払おうと顔だけ後ろを向けた時、弾道はついに発見した。
「拓さん! 見て見てあそこ!」
 すぐ後ろにあった大きな木の麓に、落ち葉に隠れるようにして、小さなキノコが3本生えていたのだった。
「おー」
「やっと見つけたばい!」
 目的の松茸ではないのだが、それでもようやくキノコを発見できたのだ。喜んでそれを採ろうとした弾道だが、いざ触ってみて、その感触に情けない声を出して赤野を見上げる。
「拓さん……なんかこれヌルヌルしとる……」
「雨かなんかで濡れてるだけじゃねえのか?」
 躊躇している弾道の代わりに、赤野がぶちぶちとそれを採る。確かにカサの部分にヌメリがあってナメコのようだった。
「食っても美味そうじゃねえなあ……」
「毒キノコかな?」
「さあなあ。ま、とりあえず持ってって、後で見てもらおうぜ」
「うん」
 このキノコまつりでは、採って来たキノコをちゃんとした専門家に鑑別してもらえるのだ。もちろん食中毒を防ぐためであり、安心してキノコ狩りを楽しんでもらおうという配慮でもある。
「あっ、あった!」
 ひとつ発見すると、ふたつ目も早かった。
 やはりそれもどう見ても松茸ではなかったが、先程のナメコもどきよりもやや大きいし、普通のキノコに見える。
「これは食べれるかもしれんね!」
「そうだな。おっ、あれもそうじゃねえか?」
「あ、ホントだ!」
 次々とキノコを発見して、弾道は嬉しそうにそれらを摘んでいく。そんな弾道につられて、いつしか赤野もキノコ探しに熱中していた。キノコを発見することが嬉しいわけではなく、キノコを発見した時の弾道の嬉しそうな表情を見ることが嬉しいのである。



 理由はともあれ、そんな二人の懸命な捜索により、小さな籠の中はキノコでいっぱいになった。ただし半分くらいは赤や黄色の明らかに毒キノコらしい風体のものもある。色が着いているものは毒キノコだと聞いたことがあるような気はするが、結局のところ素人では判断できないので専門家に見てもらわなければ分からない、もしかしたら毒キノコじゃないかもしれない、というかなり楽観的な期待と勢いにまかせて採って来てしまったのだ。
 目的の松茸が発見できなかったことが多少心残りではあったが、それでも結構たくさんのキノコを採ることができて、弾道は至極御機嫌であった。

 しかし、現実は厳しかった。
 嬉しそうにキノコの入った籠を抱え、山の中の遊歩道を下り、麓に設置されているキノコまつりのテントにいた年配の鑑定者に採ってきたキノコを見せたのだが……
「これはクサウラベニダケ、これはテングダケ、ハナガサダケにヒロヒダケ。うーん、こっちのも……どれも毒キノコだねえ」
 なんと全滅だったのである。
「そんなあ〜……」
「ま、仕方ねえな」
 がっくりと落胆してしまった弾道の頭を、赤野はぽんぽんと撫でてやる。
 やっぱり買って帰るしかねえか、と赤野がすぐ隣の販売テントに移動しようとしたところで、弾道がそれを引き止めた。
「……拓さん? 買うの?」
「ああ。松茸買ってやるよ」
 言いながらズボンのポケットから財布を取り出そうとする赤野の手を弾道が再び止める。
「買わんでいいよ」
「え?」
「帰ろ、拓さん」
「何言ってんだ。松茸食いてえんだろ?」
「……べつに食べたくないもん」
「あぁん?」
 思わずチンピラ口調で聞き返してしまった赤野に、弾道が一瞬びくりと身を竦ませた。それに気付いた赤野は、しまったと思ったが、そもそもこんなことで拗ねて意地を張っている弾道も悪いのだ。けれど何とか一呼吸おいて気を取り直し、再び訊ねようとしたところへ、弾道がぽつりと呟く。
「拓さんに食べて欲しかっただけばい……」
「……あ?」
 弾道の思わぬセリフに拍子抜けした赤野は、今度はいささか間抜けな声を返した。そんな赤野に構わず、弾道は続けて話す。
「こないだ、テレビで松茸ごはんが出てた時に、拓さんが食べたいって言ってたから……でもスーパーで買おうとしたらものすごく高かったけん。だからこのキノコまつりで絶対松茸採って拓さんに食べてもらおうと思ったのに……」
 なのに松茸どころか普通のキノコも採れんなんて……、と弾道は言いながら自分が情けなくなったのか、ぐしぐしと涙ぐんでいく。
「拓さんに買ってもらうんじゃダメばい。でもオレあんな高いの買えんし……」
「ダンドー……」
 俯く弾道をほとんど条件反射で宥めながら、赤野は今日こんなに弾道が真剣にキノコ狩りをしていた理由が自分にあったのだと分かって、苦笑すると共に、感動していた。
 そもそも赤野は美食家でもなければ高級志向もなかったので、トッププロゴルファーとして賞金をどかどか稼ぎまくっている身でありながら、付き合い以外で高級料理店なんかに入ったことがなかった。美味いものが嫌いなわけではないが、昔からの癖か、質より量を重視してしまうわけだ。
 だからその”松茸ごはんが食いたい”発言も、言った本人がほとんど忘れかけているほど、何の気無しに言っただけなのだ。というか、赤野の微かな記憶が正しければ、恐らく風呂上がりか何かで、弾道が観ていたテレビの前をひょいと通り掛かった時に、ちょうど料理番組だかグルメ番組だかで紹介されていたそれを見て、「お、美味そうだな」と言っただけの筈である。
 なのにそんな一言を覚えていて、さらにそれを自分に食べさせようと頑張っていたなど、泣かせる話だ。
 恋人の喜ぶ顔が見たいと自分が思っているように、弾道も同じことを思ってくれているのだと……改めて気付かされて赤野は幸せな気分になる。
 そんな弾道の気持ちだけでお釣が来るほど赤野は嬉しかったが、そう告げたところでおそらく弾道は気が済まないだろう。
 なかなか頑固なところのある年下の恋人の気持ちを思いやって、赤野はしばし考え込んだ。
 そして、やがて良い考えが閃いた赤野は、ずっと申し訳なさそうに自分を見つめていた弾道の頭をポンと撫でて、販売コーナーの手前に並んでいるものを指差す。
「よし、じゃあこれ買ってくれよ、ダンドー」
「え……? で、でもこれ松茸じゃなかよ」
「これがいいんだよ。あと一緒にあれもな」
「え、え……そんなんでいいの?」
 赤野が指差したのはシメジやマイタケといったごく普通の安いキノコだったので、弾道は首を傾げる。
「ああ、香りマツタケ味シメジって言ってな……ま、いい。これでオレが美味い晩メシ作ってやるよ」
「えっ」
「何だよ、たまにはオレが作ってもいいだろ」
「い、いいけど……」
「よし、じゃあ買ったらとっとと帰るぜ」
 赤野に急かされて、驚き戸惑いつつも弾道は慌てて言われたものを買いに行った。
「…やれやれ」
 その背を見ながら、赤野は苦笑する。
(美味いもんを食べさせて喜ばせたいって思うのはお互い様だなァ…)
 それでもやっぱり嬉しい気持ちに変わりはないので、車に戻ったらまずは思いきり抱きしめよう。
 弾道を急かしたのは早く二人きりになりたかったからだ。
 しかしその前に…と、赤野は携帯を取り出す。柄にもなく言い出したキノコレシピを、ちゃんと確認しておかなければならない。
(美味しくできなきゃ意味ねェからな)
 気持ちだけで嬉しいのだと、ついさっき実感したはずのことを、赤野はもう忘れていた。


 大好きな人の喜ぶ顔が何よりのご馳走だと気づくのは、この後。






fin.

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拓×弾・秋のイベントをお送りしましたv

2008.10.11 あいりん