ジェラシー・キス



目の前を白い煙がゆっくりとその姿を変えて流れていく。
ひとつ。
またひとつ。
英二は飲みかけのジュースのコップをテーブルに戻すと、向かい側で新聞を読んでいる片桐の側へずるずると両手両膝を引き摺りながら移動した。
「・・・なんだ」
新聞の内側から顔を覗かせた英二に、片桐は眉をひそめる。
そんな片桐にはおかまいなしと言わんばかりににじり寄ると。

「チューして」

にっこりおねだり甘えモードでその両手を片桐の首に絡ませた。
片桐は更に眉根を寄せると、右手で煙草を支え横を向いてフーッ、と煙を吐く。
「・・・・・・後でな」
「今じゃなきゃダメ」
「・・・・・・・何で」
「してくれたら教えてあげる」
簡単には引き下がりそうもない様子に片桐はまた白い煙をひとつ吐くと、がさがさと新聞をたたみテーブルの上に放り投げた。
「・・・吸い終わるまで待て」
「ヤダ」
「・・・煙草くらい吸わせろよ」
「煙草とオレとどっちが大事なの?」

一瞬の沈黙が流れる。

「・・・ふーん。そう。わかったよ」
そう言って片桐の首から両手を解いて立ち上がろうとする英二を、片桐は慌てて引き止める。
「まだ何も言ってないだろ」
「何て言うつもりだったの?」

再び沈黙が流れる。

「灰が落ちるよ、片桐サン」
冷ややかな英二の声に片桐は煙混じりのため息を吐いて、まだ吸い始めたばかりの煙草を灰皿に押し潰した。
それを見て英二はにっこりと笑う。
「ねえ、言ってよ」
途端に片桐が英二の二の腕を掴み、自分の膝の上に引き戻した。
そのまま少し乱暴に唇を塞がれ、逃れようと英二は緩く首を振る。
「・・・・っ、ズルイ・・・まだ、聞いてな・・」
「いいから、黙ってろ」
「んっ」
後頭部を掴まれ、逃げる間もなく再び深く唇を重ねられる。
しかし今度は大人しく片桐の舌の侵入を許して、英二はその腕を片桐の広い背中にまわした。



長い長いキスの後。
名残惜しそうに舌をもう一度絡めてから、ゆっくりと唇が離れていく。
「・・・・・ふ・・」
「・・・言わなくても、わかるだろ?」
「・・・・・・・・・」
片桐の言葉に蕩けかけた思考をようやく働かせた英二は、無言で肯定を認めた。
「で、何を教えてくれるって?」
「・・あのさ」

―――煙草を吸った後のキスはおいしいんだって。

「・・・・・・・・・」
脱力して黙り込んでしまった片桐の腕の中で、英二は堪えきれずにくすくすと笑う。そんな楽しそうな英二に片桐は大きくため息を吐くと。
「・・美味かったか?」
と、仕方なしに訊ねてみた。
「んーとね、煙草の味」
「・・・当り前だろう」
「でも美味しかったよ」

片桐さんの味だからね。

再びくすくす笑って英二はしかめ面の片桐の胸に身体を預けた。
「片桐さんは?オレの味がして美味しかった?」
悪戯っぽくそう聞いてくる英二の視線をフイと外すと片桐はテーブルの端を目で捉えて。
「オレンジジュースの味」
そう答えてニヤリと笑った。
一瞬、何の事かわからなかった英二も振り向いてテーブルの上のコップを見つけると、真っ赤になって抗議する。
「そーいうのじゃなくてっ」
「甘かったぞ」
「違うっ」
今度は片桐が楽しそうにくすくす笑う。
「オレンジが嫌なら牛乳でも飲んでろ」
顎で冷蔵庫を指し、片桐は再びポケットから煙草を取り出して口に咥えようとした。
けれど英二がそれを横からぱっと奪い取ると。

「男の咥え煙草は乳離れしてないショーコなんだってさっ」

そう言ってポキッと煙草を指で折ると片桐の膝から立ち上がり、すたすたと冷蔵庫に向かって歩いて行く。そしてその中から牛乳のパックを取り出し、片桐を振り向いてお返しとばかりニヤリと笑う。
「片桐さんこそ、牛乳飲んだらいいんじゃない?」
言いながら英二はパックに直に口をつけると、ゴクリと喉を鳴らして牛乳を飲む。
唇の端に伝ったそれを手の甲で拭いながら再びすたすたと戻ってきた英二は、目を丸くしている片桐の頬を両手で押さえ、無理矢理口付けた。
そして思う存分相手の口内を舌で掻き回してから、英二はようやくその口付けを解く。

「何の味がした?」
「・・・・・牛乳の味」

片桐の答えに満足そうに笑うと、英二は一連の動作に呆気に取られている片桐のポケットを探り煙草の箱をその手に収めた。
「今日はもう禁煙ね」
「おいっ」
さすがに正気に返って慌てた片桐を、英二は煙草を持っていない方の手で押し止めるとにっこり笑って。

「乳離れのしてない誰かさんには、オレがいくらでもキスしてあげる」

そう言って英二は再び片桐の唇に今度はちょん、と触れるだけのキスをした。
「ただし、牛乳味のね」
ペロリと唇を舐めてくすくす笑う。
目の前の嬉しそうな様子の英二に、片桐は今日何度目かの大きなため息を吐いた。
「・・・そんなに牛乳飲んだら腹下るぞ」
「・・・・・いいのっ」
「背もこれ以上伸びないと思うぞ」
「いーんだってばっ」
真面目な顔をして自分をからかう片桐に、英二は頬を膨らませて勢いよく飛びつく。
そのまま二人もつれ合って、カーペットの上に倒れ込んだ。




―――ホントは煙草に嫉妬してたなんて言ったら、笑われるだろうか。

そんなことを考えながら英二は何度もキスを贈る。
そしてそんな恋人の本当の気持ちになんとなく気づいていた片桐は、心の中で苦笑しながら何度もキスを受け止める。

ヤキモチのキスのわりには、甘い甘いキスを。

その溶けるような甘さがミルクのせいなのか、英二のせいなのかは、

わからなかったけれど・・・





fin.

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