ドラキュラと眠る夜



「ただいま」

 伊角は玄関の扉をそっと閉め、小声で帰宅を告げた。返答をもらう気はない。今夜は遅くなるので先に寝てろと言っておいたからだ。

 しかしリビングからテレビのついている気配を感じとり、苦笑して部屋を覗き込む。

「和谷?」

 ラブソファにもたれて眠っている恋人の姿をみつけて、伊角は小さく微笑んだ。部屋は灯りが消してありテーブルにビデオケースが置いてあったところを見ると、どうせまたビデオを観ながら途中で眠ってしまったのだろう。

(だからこんなB級ホラーはやめとけって言ったのに…)

 耳障りなテレビを消してデッキからテープを取り出すと、『ヴァンパイヤの館』と書かれたケースにしまった。

 そして部屋が冷えすぎていることに気づき、クーラーのリモコンを探す。和谷はどうも体感温度が低いのかガンガンに冷房をかける癖がある。ただでさえ薄着なのに、である。

「風邪を引くぞ…」

 そう思って和谷を振り向くと、リモコンはその手の中にあった。そっと手を開いて外し、室温を調節する。

 タンクトップから露わになっている肩は、触れると冷んやりとしていた。まったく…とため息をつきながら、その頬も包みこもうとして、涙の跡に気づいた。

(…泣くような映画だったのか?)

 長い指で優しく跡を拭いながらそこにキスを落とす。睫を少し震わせたが和谷の起きる様子はない。

 伊角はしばらくその切なそうな表情を眺めていたが、そっと息をつくと、起こさないようにそろそろと和谷を抱き上げた。


 

 寝室に向かう廊下で、ふいに和谷の閉じた瞳から涙が零れ落ち、伊角を驚かせた。

「和谷…?」

「…すみ、さん…」

 頬に涙を伝わせながら、和谷が小さく呟く。起きたのかと思ったが、どうやら違うらしい。

(オレか…?泣かせてるのは…)

 どんな夢を見ているのか知らないが、夢の中の自分に軽い嫉妬を覚えて自嘲した。


 

 ベッドに和谷を寝かせると、伊角は唇で涙を拭ってやった。そのまま和谷の唇にも軽くキスを落とそうとした途端、いきなり和谷の腕が伸びてきて引き寄せられた。

 危うく和谷の上に倒れこみそうになるのを手で押さえた伊角の耳元で、震える声が囁く。

「い…すみさん…、伊角…さん…」

 伊角の首に絡みついた和谷の腕も、震えていた。

「伊角さんが…すき……吸血鬼でも…狼男でも……」

 一瞬、肩をピクリとさせた伊角だったが、身体を起こして和谷を見ると再び寝息をつき始めたところだった。

(寝言か…?)

 やはりあんなビデオは借りてくるべきじゃなかったと嘆息しながら、力の抜けた和谷の腕を解いた。

 そしてそのしなやかな右腕をそっと掲げ、じっとその一点を見つめて、何かを、待つ。

 次第にそれは赤く浮かび上がった。

 

 赤い十字架の痣。

 伊角にしか見えない血の色の痣。

 それは吸血鬼の獲物の証であり。

 永遠の時間を与えられた証でも、ある…


(ひょっとして、おまえは覚えているのか…?)


 自分が連れ去られてここへ来たことを。

 今までの記憶を作り変えられたことを。

 そして、伊角の本当の姿を…

 

 伊角が手を離すと、赤い十字架はやがて消えていった。

 視線を眠っている和谷の首筋に落とす。そこにはもう、昨夜伊角が残した痕跡はなかった。しかし触れると微かに腫れた部分が小さくふたつあるのがわかる。

 伊角は昨夜の甘かった血の香りを思い出し、牙の疼くまま、吸い込まれるように唇を寄せた。

 だが噛み付こうと口を開いた瞬間、自分の牙がキリリと微かに鳴る音で正気に返る。

(何故…オレはこんなにも…)

 昨夜、奪ったばかりだというのに…


 寸前で手放しかけた理性を取り戻した伊角は、首筋に牙をたてる代わりに舌を優しく這わせた。

 キツく吸うと和谷の身体が少しだけ身じろぐ。血を吸われる時ほどではないが、感じているのだろう。眠っていると年齢よりもずっと幼く見える和谷だが、その瞬間にはとても艶かしい表情をしてみせる…

 そしてその翌日、自分の少し青ざめた顔色を不思議がる和谷に、伊角はきまって「昨夜は激しかったから」と、からかう。真っ赤になる和谷を見ながら、罪悪感に駆られるのもいつものことで。

 しかし今夜の和谷は思いつめた表情をして、睫に小さく光る涙は、伊角の罪悪感をいっそう煽り立てた。


 過去の記憶は閉じこめたものの、夢の中まで手出しはできない。

 そして夢さえも操ることを望む自分に、今更ながら呆れかえる。

 和谷を傷つけたくないと思う気持ちが、和谷への裏切りを重ねて行くのだ。そんな自分が滑稽に思えた。


 怖いのだ。

 和谷が全てを思い出すことではなく。

 全てを知った和谷が自分から離れていってしまうことが。

 そしてそうなろうとした時、例え和谷を殺してでも手放さないだろう自分が…


 作り物の過去の上に積み重ねたこんな日常で。

 こうしてすぐに底知れない不安が涌き上がる生活で。

 既に和谷を充分傷つけているとは、わかっていても…



 震える睫に手を伸ばしかけた時、伊角はふいに軽い既視感を覚えた。こんな和谷の思いつめた表情は前にも見たことがある。あれはたしか、そう…

 和谷を連れ去る前の夜。

 初めて身体を重ねた夜。

 それが最後になるはずだった、夜…


 幸せで…それでいて辛い、あの夜の記憶を思い起こそうと目を閉じたその時、左手に何かが触れて伊角はハッとする。和谷が赤ん坊のように伊角の指を握ったのだ。

「和谷……」

 まるで伊角を許すかのようなその温かさに、思わず声が詰まる。

 そしてその声に反応したのか、和谷の手はギュッと力を増し、熱を伝える。

(ああ、そうだ…)

 

 例えこの日常がまやかしでも。

 この温もりだけは本物なのだ。

 この繋がれた和谷の気持ちと。

 狂おしいほどのこの愛しさは。

 

 けして嘘ではないのだから…

 

 

 

「和谷…」

 かすれた声が聞こえているのかいないのか、和谷は伊角の指を握りしめたまま離そうとしない。

「和谷」

 耳元で低く囁くと、和谷の瞼がピクリと揺れた。呼吸もいつのまにか吐息のような甘い匂いをさせている。

 どうやら眠りは浅いらしい。

(それとも誘ってるのか…)

 

『吸血鬼でも狼男でも…』



 伊角は先程の和谷の寝言を思い出し、くすりと笑った。

「とりあえず今夜は狼男に変身させてもらおうか…」

 そう呟いて、首筋の跡には触れないように手を伸ばし。

 まるで眠り姫を起こすような優しいキスをそっと。

 和谷の唇に落とした…







fin.

back

伊角さんは実はドラキュラだったのです。
狼男にもなれます。但しベッドの中限定。でもないか。イヤン(笑)
こんなん伊角さん違う〜とか言わんでください。当たり前です吸血鬼ですからv
私は結構(かなり)好み…。

このお話はあしまさんに捧げます。
つーかあしまさんに捧げるために書きました。
あしまさんのドラ伊角絵から生えてきましたから。
妄想が暴走して更に別人仕様になっとりますが…。
そこのあなたも私と一緒にレッツ妄想ビバ吸血鬼!! → † ココにドラ伊角が!! †