天使は見ていた
イブの夜はふたりで過ごそう。
ケーキとチキン買って、シャンパンで乾杯しよう。
「ね、片桐さん。どれにしよう?」
「一番小さいのでいいだろ」
「えー、でもそれイチゴついてないじゃん。イチゴのにしよーよ」
「なら聞くなよ・・・」
店先に並べられたクリスマスケーキの前で。
薄暗くなった空からは今にも雪が降りそうなくらい寒かったけれど。
恋人同士の空間だけはいつもの数倍温かい、今日はクリスマス・イブ。
結局、英二の言う通りにイチゴの生クリームケーキ。
スポンサーでありながらも片桐に決定権はないのだった。
「こちら、カップルの方に特別サービスです」
店員の言葉に片桐は危うくお釣りの小銭を落としかけたが、横から伸びてきた英二の手がなんなくそれをキャッチした。
「ありがと、おねーさん」
英二はお釣りをポケットにしまうと、ケーキとサービスのミニキャンドルの入った袋を受け取ってにっこり笑った。
「カップルだって、オレ達」
歩きながら英二が楽しそうにシシシと笑う。
「・・・こんな赤いコート着てるからだろ」
「でも男物だよ?」
「・・・フードも被ってるしな」
「ま、いいけど。カップルには違いないしね」
おかげで得したじゃん?と袋の中のキャンドルを眺めて笑う。
サービスが嬉しいのか、カップルに見られたことが嬉しいのか、そんな風に笑う英二を見て、片桐も小さく苦笑した。
「ね、ちょっとだけ寄り道してこ」
くいくいと片桐のコートの袖を引っ張り、大通りへ向かう。
英二の提案は決定なのだ。
片桐はやれやれと従いながら、荷物を持っていない方の手でポケットを探った。
その仕草を見て英二は慌ててその手にしがみつく。
「煙草はダメー!」
「英二?」
「あとちょっと我慢して」
「?」
英二の言葉に首を傾げる片桐の腕に、英二はそのままするりと自分の腕を絡ませた。
「ね、腕組んでもいい?」
「・・・もう組んでるだろ」
「へへ。いいじゃん、オレ達カップルなんだし」
これなら片桐さんも煙草吸えないしねー、と英二は腕組みの効力にうんうんと感心している。
片桐は諦めて、大きく溜息を吐いた。
それはまるで煙草の煙のように白く現れては闇に溶けて。
やがてその先に一際大きく輝くイルミネーションが見えてきた。
綺麗にデコレーションされた大きなクリスマスツリー。
「・・・カップルばっかだな」
「どこ見てんのさ、片桐さん」
呆れたように言って英二は片桐の足を軽く蹴飛ばす。
「そういえばオレ達もカップルだったな」
「わかればよろしい」
くすくす笑って二人は周りのカップルと同じようにツリーを眺めた。
クリーム色のいくつもの光が交互に瞬いて。
吸い込まれそうに幻想的な空間。
「・・・何だ?」
程なくしてざわめき出した辺りを片桐がキョロキョロと見渡す。
「アレだよ、あっち」
英二の指差す方向を見ると、通りの反対側のビルに大きな時計があった。
「ちょうどの時間になると、時計の下の扉が開いて人形が出てくるんだ」
「なるほど」
片桐が頷いた瞬間、時計の長針が頂上を指し、その扉がゆっくりと開かれた。
ライトアップされて光るスモークの中から、音楽と共にまるで浮かび上がるように天使の人形が現れ、辺りは歓声に包まれる。
「綺麗だな」
「うん」
感心する片桐の腕から、不意に温もりが消える。
英二が組んでいた腕を解いたのだ。
「どうした?」
片桐が振り向いた途端、英二はその首にかけられているマフラーを掴んで引き寄せた。
「・・・っ」
―――イブの夜に、このツリーの前でキスすると幸せになれるんだって。
キスの後、英二が悪戯っぽく片桐の耳に囁く。
「・・・ホントか?」
「さーね。でも皆してるよ?」
辺りを見ると、確かに抱き合ったりキスを交わしたりしているカップルが目立つ。
そうでない人達は時計の下で音楽に合わせてくるくると踊る天使を熱心に見つめているので、そんな 様子は目に入らないらしい。例え目に入っても、今日だけは見て見ぬふりをしてくれる。
「結構、ホントかもね」
英二がポツリと呟いた。
「だってオレ、今シアワセになったもん」
そう言って片桐を見上げて嬉しそうに笑う。
「ね、片桐さんも幸せになった?」
悪戯っぽく訊ねてくる英二に苦笑して、片桐は返事の代わりに優しいキスで答えた。
そのまま二人じゃれあっていると、その弾みで英二のフードがぱさりと落ちる。
「あ、ダメだよ。被ってなきゃカップルに見えな・・・」
「誰も見てないさ」
「んっ」
片桐は想いを込めて愛しい身体を抱きしめる。
やがて英二も力を抜くと、そっと両腕を広い背中に回した。
そして二人は誓いのキスを交わす。
互いの想いを交わし合う。
そんな、恋人達を。
ツリーのイルミネーションと、いつの間にか舞い下りてきた雪と。
踊る天使だけが、優しく見つめていた。
fin.
back