昼下がりの恋人たち



「冴木さん、まだかなぁ」

カラカラとストローで氷をかき混ぜながら、奈瀬がポツリと呟く。
「冴木さんが遅れるなんて珍しいな」
「そうねー、和谷が遅れるのはいつものことだけど?」
悪戯っぽく奈瀬が言うのに、伊角は苦笑してコーヒーカップを持ち上げた。




昼下がりの喫茶店。
テーブルに向かい合う男女。
端から見れば立派な恋人同士…

だが、実はこの二人にはちゃんと別々に相手がいて。
今はお互い、それぞれの恋人を待っている最中だった。


「それにしても同じトコで同じ時間に待ち合わせなんてね」
「驚いたよ」
「私だって」

ほとんど同じタイミングで店に入った二人は、そのまま同じテーブルに案内された。

「でも伊角くん、来るの早いよね。どうせ和谷が遅れてくるんならもう少し遅く来てもいいのに」
「和谷はオレが遅れると怒るんだよな」
「あーそんなカンジ」
クスクスと奈瀬は笑って、それからため息をついた。
「私も『遅ーい』って拗ねちゃおうかなぁ」
「いいんじゃない?」
「ふふ、伊角くん見てると拗ねられて嬉しそうなの、わかるしね」
伊角は危うくカップを落としそうになり、慌ててソーサーに戻した。
「携帯、鳴らしてみたら?」
話を逸らそうとした伊角の提案に、奈瀬は少し考えこんだ様子を見せる。
「うーん…あの人、運転中でも平気でケータイとるんだよね」
一瞬、伊角は「?」と思ったが、すぐに納得した。
「運転に自信があるんじゃないの?」
「そう、すっごい自信家なのよね。私が助手席に乗ってる時はいいけどさ。危ないじゃない、そんなの」
少し怒った口調の奈瀬を、伊角は目を細めて見つめた。
「心配なんだ?」
「…そりゃあね。伊角くんも、そのうち和谷が免許取ったらそうなるわよ」
「…………」
「…………」
そう言った奈瀬も、伊角も、和谷の運転姿を想像して黙りこんでしまった。
「…とりあえず、オレが免許取るのが先だし」
「…そうよね」
二人は気を取り直してお互いの飲み物に口をつけた。




「それにしても、遅いなぁ…」

約束の時間を20分過ぎたところで、奈瀬が再び呟いた。

「和谷っていつもこんなに遅れるの?」
「うん、そろそろ来る頃だと思うけど」
「…なんか、もう何でもわかりあってますってカンジ」
奈瀬が意味深な笑みを浮かべて「そういえばさ」と、少し声を潜めて続ける。

「和谷と、どこまでいってんの?」

途端に伊角はうぐっとコーヒーを喉に詰まらせて、ゴホゴホと咳き込んだ。
「やだ、大丈夫?」
大丈夫?と言いつつ顔が笑っている。
「で、チューはしてるよね?それ以上は?」
「………ノーコメントだっ」
「あ、アヤシイなーその反応」
「奈瀬〜〜〜」
「伊角くんなんか、怒っても怖くないもんねー」
可愛らしく舌を出す奈瀬に、なんとか落ち着いた伊角はコホンとひとつ空咳をして。
「そういう奈瀬はどうなんだよ。冴木さんとどこまでいったの」

本来、伊角はこういった無粋な質問は好きではない。
でもここは反撃に出ないと逆にやられてしまうと思ったのか、更に続けた。
「冴木さん、大人だしなァ。さぞかしいくトコまでいってるんだろうなァ」
「〜〜〜そういうのセクハラって言うのよ」
「奈瀬が最初に言い出したんだろ」
「伊角くんて結構性格ワルイよね」
「いつもいい人ってわけにはね」
「そうやって和谷を泣かしてるんだ」
「奈瀬も冴木さんに泣かされてるんだろ」
「…冴木さん、優しいもん」
「オレだって優しいよ」
「うわ、おノロケ」
「どっちが」
「伊角くん、カオ赤い」
「…奈瀬だって」
「…………」
「…………」
しばらくそうやってお互いに睨み合っていたが、同時に俯いてしまった。

二人で、顔を真っ赤にして…






(なにやってんだよ、伊角さん…)

「車を停めてくるから先行ってて」という冴木の言葉に従い、待ち合わせの喫茶店の入口まで来たところで、和谷は立ち竦んでしまった。
伊角と奈瀬が同じテーブルにいるのはいい。
楽しそうに話しているのも仕方ない。
でも顔を寄せて見つめあって、真っ赤になって俯いているのはどういうことだろうか。


昨日は研究会の日だった。
もちろん冴木も来ていて、休憩の時に今日の待ち合わせの話になったのだ。
『同じ時間に同じ場所か。じゃあオレが送ってってやるよ』
冴木の言葉に、和谷は喜んで頷いた。
電車で行くよりも車の方がうんと早いのである。
その分寝ていられると安心して夜更しした和谷は、やはりというか案の定、寝過ごしてしまい。
冴木が迎えに来ると同時に飛び起きたのだったが…


「和谷、どうした?」
車を停めてきた冴木が、店の前に突っ立っている和谷に声をかける。
同時に入口の扉が開いて、中からOL風の二人連れが出てきた。

「あの窓際のカップル、可愛いよねー」
「うんうん、いかにも高校生カップルってカンジで」
「若いっていいよねー」
「何言ってんの、アンタは」

笑いながら冴木と和谷の横を通りすぎていった二人の指すカップルとは伊角と奈瀬のことだろう。
冴木は思わず和谷と同じ方向に視線を向けた。
俯いていた奈瀬はジュースのストローを咥え、伊角はカップを口に運んでから何か一言呟き、お互い照れたように笑った。
『可愛い高校生カップル』という言葉があまりにも似合い過ぎる二人が、そこにいた。

「お似合いだな」
冴木の呟きに、和谷が驚いたように振り向く。
「何言ってんだよ、冴木さん!」
「ただの一般論だよ」
そう言って和谷の頭にポンと手を置いてから、冴木は店内へ入っていく。
和谷も慌ててその後を追った。


「あ、冴木さん」
先に気づいたのは伊角だった。
「よ、久しぶり、伊角」
「お久しぶりです…あれ、和谷?」
冴木の後ろに隠れるように立っている和谷を見つけて、伊角が立ち上がる。
「なあに?二人一緒に来たの?」
「そ。だから遅くなっちゃった。ゴメンね、奈瀬ちゃん」
「すみません、和谷のせいで」
「や、オレがもう少し早く迎えに行けばよかったんだけどね」
「どうせ和谷のことだから、またギリギリまで寝てたんだろ」
ため息交じりの伊角の苦笑に、和谷の反応はない。
「和谷?」
「………」
不審に思った伊角の呼びかけにも、和谷は無言で睨み返すばかりで。
「どうしたんだ?」と続けようとしたところ、冴木が目の前のレシートをひょいと取ったので伊角はサイフを出そうと慌てる。
しかし冴木はそんな伊角を制して、「じゃ、行こうか」と奈瀬に声をかけた。
「うん。じゃあね、伊角くん」
すみません、と冴木に頭を下げて伊角は奈瀬に「じゃあな」と目で合図した。
奈瀬はそれに下手なウインクを返してみせる。
そんな二人のささやかなアイコンタクトが、ただでさえ過敏になっている和谷の神経を逆撫でするとも知らずに…

「あんまり、気にすんな」
冴木は苦笑しながら、表情を強張らせている和谷の頭をくしゃっと撫でると、レシートをヒラヒラ翳しながら行ってしまった。奈瀬がその後をパタパタと小走りに追いかけて行く。

「和谷?どうかしたのか?」
さっきからの和谷の態度と、今の冴木のセリフを気にとめた伊角が和谷の顔を覗き込む。
しかし相変わらず和谷は黙ったままで。
「?とにかく、出ようか」
疑問に思いつつも、伊角はいつものようにその手を和谷の肩に置こうとして、途端にはねのけられた。
「和谷?」
驚いた伊角を残して、和谷はスタスタと出口へ向かう。
とりあえず伊角はわけのわからないという顔をしながらも。
何故だか不機嫌な恋人の後を追いかけるしかなかったのだった…







「ねぇ、冴木さん」
「んー?」

冴木の車は休日の渋滞をうまく避け、スイスイとその速度を落とすことなく走り続ける。
助手席のシートに深くもたれかかった奈瀬は、流れる景色を目をやりながら訊ねた。
「さっきの和谷って、もしかしてヤキモチ妬いてた?」
「うん」
「やっぱり」
和谷ってわかりやすいよねー、と奈瀬はケラケラ笑う。
「ホント心狭いんだから。私に嫉妬してどうするんだろ」
「まあ、おまえらお似合いだったしな」
「冴木さん?」
その微妙な声の調子に、奈瀬は視線を外の風景から冴木の横顔に移した。
遮光サングラスをかけた冴木の表情を読み取ろうと、じっと見つめる。

「ヤキモチ妬くのは和谷だけじゃないってこと」
さらりと冴木の口から出たセリフに、奈瀬は少し目を丸くした。
「冴木さんも、妬いたの?」
「まあね」
「ふうん」
「嬉しそうだね」
「嬉しいもん」
好きな人にヤキモチ妬かれるのって、気持ちいい。
そう奈瀬が続けるのを、冴木は苦笑しながらチラリと横目で見る。
「でも、ヤキモチ妬いた男を宥めるのは一苦労なんだよな」
「そうなの?」
奈瀬の視線を感じながら冴木は、赤信号に緩やかにブレーキを踏むとサングラスを外して。
「苦労してみる?」
悪戯っぽく奈瀬に笑いかけた。
そして少し頬を染めて、「してみる」と小さく呟いた奈瀬のその唇に、そっと触れるだけのキスをする。

「…全然苦労じゃないじゃん」
ほんの少し不満そうに唇を尖らせた奈瀬に、冴木はパチンとウインクをして。
「残りはまた後で」と言うと、アクセルを踏み込んだ。
再び景色が流れ出すのを、奈瀬は赤い顔を隠すように見ている。

そして冴木はもうひとりのヤキモチを妬いた男を思い浮かべて。
その彼氏に「頑張れよ」と心の中でエールを贈ったのだった。





fin.

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