リビングのソファの上で、肌蹴たシャツのまま気怠そうに寝そべっていた不二は、額に手をあてて大きな溜息を吐いた。
「人の顔を見るなりその態度は失礼だろう」
「来週帰ってくるんじゃなかったの、手塚」
人の発言はまったく無視の不二に憮然とした表情を向けながらも、手塚は荷物を床に降ろしてその問いに答える。
「検査結果が早めに出たからな。今回も異常無しだ」
中学の時に肩を痛めて以来、定期的に受けている検診。プロになってからは、エージェントが契約している医療チームの世話になっており、今回もその為にアメリカへ行っていたのだ。
「ああ、それはよかったね」
言いながらも、不二はもともと心配してなかったので(手塚が故障していれば不二もリョーマもすぐに気付くからだ)多少投げやりな気持ちで、再び溜息を吐く。
それにしても。
「どうして君達はスケジュール通りに行動しないのかな……」
「越前も帰ってきているのか?」
「さっきね」
手塚はしばらく辺りを見回したが、どこにもリョーマの気配は感じ取れない。
「出掛けたのか?」
手塚の問いに応える代わりに、不二は再びごろんと寝転がった。
「不二? 気分でも悪いのか? 大体そんな格好をしているから……」
「そそる?」
ふふん、と片腕を上げ、肌蹴たシャツで色っぽくポーズを決める。
風邪を引くぞ、などと色気のない返事をしながらも少しだけ顔を赤くしている手塚を見て、くすくすと不二が笑った。
「おかえり、手塚」
「……今頃、言うな」
少し拗ねたような手塚の口調に、不二が更に可笑しそうに笑う。
しかし、ただいま、と言ってソファに近寄りかけた手塚が、ピタリと足を止めたので、不二も笑うのをやめた。
「………他の男の匂いがする」
手塚のセリフに、今度こそ不二は盛大に溜息を吐いた。
あああ、もう。まったく。
「君達が僕にマーキングしてることは、よく分かったよ……」
「何を言っているんだ」
「手塚、怒ってる?」
「ああ、お前にそんなことをさせた自分にな。すまなかった」
「………」
浮気して謝られるというのも、何だか調子が狂うものである。
さっきのリョーマは、あまりにも予想通りの反応で、つい苛めてしまったけれど。
『なんで浮気なんか…』
『何でって……まあ、ヒマだったんだよね』
『……何それ』
『越前くんもない? 浮気したくなること』
『……ないっスよ』
『ホントに? 正直に言っていいんだよ?』
『ないってば!』
『……いいんだよ、浮気しても』
『!?』
『僕は浮気されても君みたいに怒ったり泣いたりしないから、安心して』
『……っ! 誰が泣いたよっ! 先輩のバカっ!!』
リョーマの泣き顔を思い出して、不二は本日幾度目かの溜息を吐いた。
「……確かに馬鹿かも」
「不二?」
「でもヤキモチ妬いてる越前くんがあんまり可愛くって…」
加えて、思いがけず浮気がばれたことで、多少自分でも動揺していたのかもしれない。
僕もまだまだだなあ、と不二が苦笑いする。その隣で、手塚は過去にあったヤキモチを妬いてる恋人達の、可愛いどころか死ぬほど恐ろしい様を思い出して青くなっていたのだが、そんな様子をいつもなら素早く察知するはずの不二が気付かない。それほど平常心ではないということなのだろうか。
「……手塚も浮気する?」
不意に訊ねられて、手塚は眉を顰めた。
「するわけないだろう」
「そうだよねえ、可愛い恋人がふたりもいるもんねえ」
「………」
その可愛い恋人は怒ると死ぬほど以下略…、と手塚が再び青くなっているのに、やはり不二は気付かないようである。更に、はあ、と大きな溜息を吐く。
「どうしよう、可愛い恋人を苛めちゃった……」
「………」
溜息を吐きたいのはこっちの方だ、と手塚が思ってしまうのも無理はない。
何しろ、実に久しぶりに家に帰ってきたというのに、出迎えてくれる筈の恋人のひとりは、何と浮気していたのだ。表現力の乏しい手塚なのであまり表面には出なかったが、当然ながらそれなりのショックは受けていたりする。
しかし不二もそれなりに反省というか、一応後悔はしているようだ。らしくなく、うだうだとソファの上でクッションを抱え込んでは溜息を吐いている。
ただその後悔が、浮気をしたことに対してというより、もうひとりの恋人と喧嘩をしてしまったことに対してというのが、何となく方向がずれているような気がしないのでもないのだが。
そこまで考えて、手塚は再び不二に訊ねた。
「それで、越前はどうしたんだ」
「……多分、英二達のとこ」
こんな風に本調子でない不二を見るのはある意味貴重な機会だが、さすがにこれ以上見ているのは忍びない。そう思い、手塚はテーブルの上にあったコードレスを取り上げ、短縮ボタンを押した。
しかし、いつまで待っても呼び出し音が鳴るばかりで、手塚は首を傾げる。
「取り込み中だったりして」
「…どういうことだ」
「越前くん、自分も浮気するって言ってたから」
不二の言葉に、手塚は危うくコードレスを取り落としそうになった。
「僕が、越前くんも浮気していいんだよって言ったら、それじゃあお望み通りしてやるって、飛び出して行っちゃったんだよねえ」
あは、と力なく笑う不二に、手塚は目眩がするのを何とか堪え、いつまでも応答のない電話をいったん切る。
「……おまえは越前が浮気をしてもいいのか」
「いいわけないじゃない」
即答した不二を見て、手塚は呆れたように溜息を吐いた。
「だったら越前にそう言うんだな」
「…わかってるよ」
わかってるんだけどねえ、と再びうだうだし始めた不二を、手塚が一喝する。
「不二、さっさと着替えてこい」
「…はーい」
大人しく手塚の言葉に従い、シャツを脱ぎながら部屋に向かう不二を見送ると、手塚は自分の荷物の中から携帯電話を取り出し、再び短縮ボタンを押しながら、自分も上着を羽織った。
|