いつの間にかすっかり日も暮れて、街灯の灯りが辺りを照らし出している。けして明るくはないそんな光の中でも見間違える筈のない、恋人の姿。
「先輩、なんで……」
「ふっ、不二くんっ、ど、どうしてこんなとこに?」
リョーマの言葉を千石が引き継いで訊ねたが、不二はそれに答えず、にっこりと微笑んで千石に向かって言い放った。
「その汚い手を越前くんから離してくれる?」
口調は大変柔らかいものであったが、それに大量の刺が含まれているのは明らかである。
千石は握っていたリョーマの手を、0.1秒の素早さで離してホールドアップした。そして即座に身の潔白を訴える。
「こっ、これはね! 越前くんが元気なかったから…っ、や、もちろん元々はオレのせいでもあるんだけど! でもこんなオレでも少しでも元気づけれれば〜と思ってね!
ハンドパワーって言うの? あはは、うわー古いねっ」
「千石」
「な、なーに? 不二くん」
放っておけばいつまでも続きそうな口上をぴしゃりと遮り、不二は微笑みながら千石に一歩近付く。しかしその微笑みの裏に怒りのオーラが張りついていることはこれまた明らかだったので、千石も引きつった笑いを浮かべながら一歩後退した。
「僕だけじゃ飽き足らず、越前くんにも手を出すつもり?」
「そっ、そんな滅相もないっっ」
両手と首をぶんぶんと左右に振って否定する。しかしその顔には大きく『図星です』と書いてあるようなものだった。
不二が冷やかに、ゆっくりとその両目を開く。メデューサの眼である。それだけで千石は石化したも同然だった。しかしそれだけでは済まなかった。
「君のあの程度の腕で、越前くんを満足させられる筈ないでしょう? あまり笑わせないでくれるかな。僕をたった1回しかイカせられなかったくせに。その1回だってね、お情けだよ。君があんまりにも下手くそだから、付き合ってられなくってね。そんなことも判らないなんて、まったく涙が出るほどお目出度いよ。羨ましいくらいだね、ホント。そんな君如きがよりによってリョーマくんの相手をしようだなんて、百億年経っても早いんだよ。身の程知らずもいい加減にして欲しいね。×××で××××な千石くん(自主規制)」
一息で言ってのけられた不二のあまりといえばあんまりな言葉に対して、しかし千石は反論どころか返答もしなかった。否、できなかったのである。何故なら彼はセリフの途中で、既に心身共々粉々に粉砕してしまったからだ。もちろんプライドも一緒に木っ端微塵である。
瓦礫と成り果てた千石を冷たく見遣って、不二はふん、と息を吐いた。珍しく声を荒げたせいか、やや息が乱れている。そんな不二に向かって、リョーマが小さく呟いた。
「先輩の、嘘吐き」
「越前くん…」
「オレが浮気しても、怒らないって言ったじゃん」
「…浮気相手を怒らないとは言ってないでしょ?」
首を竦めて苦笑してみせる不二に、リョーマは口を尖らせる。
「そーいうの、ヘリクツって言うんすよ」
「うん、そうだね」
頷いて、不二はリョーマを抱き寄せた。けれどまだ拗ねて逃げようとしたリョーマの身体を、しかし不二は更に抱き締める。
「ごめんね、越前くん」
「……っ」
「浮気なんかして、ごめんね。悲しませて、ごめん」
「…先輩の、ばか」
「うん、ごめん。寂しかったんだ」
「…っ、オレだって寂しかった! でも、我慢してた!」
不二の言葉に、リョーマは途端に激しく訴える。不二はただひたすら謝りながら、その身体を抱き締めたのだった。
リョーマの指先が、許しの言葉の代わりに、不二の背中を強く握り締めるまで、ずっと。
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