ある愛の詩 6


 さて、すっかり二人の世界を繰り広げている不二とリョーマを、何とも言えない複雑な顔で見守っているのは、二人のダーリンこと手塚国光である。
 そもそも不二をここまで連れてきたのは自分なので、喧嘩した二人が仲直りしたことは大変喜ばしいし、実際安堵したものだ。だが、人目を憚らずいちゃいちゃしているのを見て頭痛を覚えるのも確かだし、他人のふりをしつつ更に野次馬が寄ってこないよう牽制するのも一苦労だったし、すっかり自分は蚊帳の外に置かれてしまっているこの状況も、正直に言ってしまうと実はちょっぴり哀しい。
 はあ、と重い溜息を吐こうとして、ふとそこにいるもう一人の哀しい存在に気づいた。
 不二の容赦ない口撃により、ボロボロに朽ち果てた姿の千石である。
 手塚の立場から見れば、彼には恋人を寝取られたわけであり、自分こそこの男に止めを刺して然るべきなのだろう。しかしすっかり魂を抜かれたあまりに憐れなその有様に、つい武士の情けをかけてしまう手塚なのだった。
「おい、その……迷惑をかけたな」
 すまない、と何故か謝罪の言葉さえうっかりかけてしまう手塚に、ほぼ仮死状態だった千石がようやく目の焦点を合わせ、ゆっくりと振り返る。
「手塚くん…」
「大丈夫か、千石」
「手塚くん〜〜〜」
 労わりの言葉が身に沁みるのか、半泣きになりながら千石がひしっと手塚の手を握る。
 ごめんよ、こんなに優しい君の恋人達に手を出して、もしくは出そうとして…、と彼は反省したのだ。それはそれは海よりも深く。
 しかし、そう懺悔しようとする前に、千石は声も無く昏倒した。
 不二が背後から、千石の首筋に一撃必殺の手刀を食らわせたのである。
「汚い手で触るなって言ったでしょ」
 既に聞こえていないだろう千石に向かって、不二が呆れたように言った。
 すっかり調子を取り戻しているらしい不二に、手塚は青くなる。元気になって欲しいとは思ったが、やはり世のため人のためにはもう少しあのままにしておくべきだったのではないか…と、数時間前の自分に問い質したくなった。しかし、応えが返る筈もない。
「なに一人でぼけっとしてるの、手塚」
「そうっスよ、さっさと帰るよ、部長」
 そして不二とリョーマは、有無を言わさず手塚の両腕をそれぞれ引っ張って歩き出した。
「今夜は久々に三人で楽しもうね」
「あ、その前に腹ごしらえしたいっス」
「じゃあ何か食べていく?」
「オレ、先輩のつくったご飯が食べたい……ダメ?」
「もちろんいいよ。リクエストは?」
「鯵の塩焼きと海老の茶碗蒸しと五目寿司。あ、生姜焼きも食べたい。ささ身のフライも。あの、梅と青じそ挟んだやつ。……でも洋食も捨てがたいかも…ハンバーググラタン食べたいっス。なんとかソースかかったやつ。あとシーフードスパゲティも。あっちのレストランで食べたけど、先輩の作ったやつの方が美味しかった…」
「嬉しいこと言ってくれるね。じゃあ全部作ってあげるよ」
「え、でも」
「2、3日あれば食べ切れるでしょ?ちょうど週末だし、たくさん買出しして篭城しちゃおう」
「賛成! たっぷり楽しめるっスね!」
「そういうこと♪」
 不二とリョーマは、これ以上ないと言うくらい幸せそうに微笑みあった。
 二人の間で為された幸せ週末計画に、すぐさま異議を申し立てたかった手塚だが、敢えてそれをしなかったのは、それが徒労に終わるだろうことをこの数年で何度も学習してきたからである。手塚国光も随分と進化したものだ。だがしかし、当然ながら不二とリョーマもパワーアップしていた。
「手塚の検査も異常無しだってさ」
「じゃあ思いっきりできるっスね」
 うふふふふ、と二人は再び楽しそうに微笑みあう。
「………」
 ああ、もう一度飛行機に乗って遠い外国の空へ旅立ちたい…と思わず頭上を見上げた手塚だったが、そこにはただ星が小さく瞬いているばかりで。
 お星様の馬鹿、と心の中で呟いた手塚は、これから帰り道のスーパーにて大量の食料品の荷物持ちを余儀なくされることを思い、再び重い溜息を吐いたのだった。

 ちなみに千石はというと、おそるおそる様子を伺いに来た大石と菊丸に発見され、無事に保護されたらしい。しかし立ち直るのに(特に精神面において)かなりの時間を要したそうで、無事と言い切るには多少問題があったようだ。大石などは、千石が覚醒するなり彼に向かって、天寿を全うしたかったら金輪際あの連中にちょっかいを出すんじゃない、と真剣な面持ちで説得していたそうな。

 周囲に多大な被害を撒き散らし、しかし当人達はより幸せを深め合うこととなった……そんなある日の愛の物語。


fin.

written by あいりん

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