あなたがわたしにくれたもの


 手塚は、待ち合わせ5分前に、待ち合わせ場所に立っていた。
 そして何やらひどく難しい顔をしていた。
 基本的にいつも難しい顔をしているわけだが、今は更に2割り増しくらい不機嫌そうな顔をしている。

『いーい?とにかく僕たちが着くまでは仏頂面でいること』
『絶対笑ったりしちゃダメっすよ!』
 不二とリョーマが言うには逆ナン防止のためらしい。
 馬鹿馬鹿しいとは思うのだが、しかし言うことをきかないと後が怖い。言うことをきかずにうっかり女性に声でもかけられ、その現場を目撃されたりしたらもっと怖い。
 手塚は気合を入れて顰め面を作った。

『まあでも手塚はいつも通りにしてれば十分不機嫌そうに見えるかな』
『甘いっすよ!最近よく顔緩んでるもん!』
『え、いつ』
『こないだ。ソファで居眠りしてよだれ垂らしてた』
『リョーマくん!写真は?撮ったよね??』
『フレーム付けて加工済みっス』
『グッジョブ!!』

 ふたりのやりとりを思い出して、手塚の顔がぴくぴくと引きつった。
 なんだかだんだん本当に機嫌が悪くなってきたかもしれない。
 というか、そもそも。

「一緒に暮らしていて、一緒に出かけるのに、どうして待ち合わせをする必要があるんだ……」

 根本的な疑問をぼそりと口に出したところで、背後の時計台が大きくチャイムを鳴らした。
 と、同時に、手塚の目の前が真っ暗になる。
「だーれだ♪」
「……不二……」
 答えというよりも、呆れた呟きだったのだが、もちろんそんなことには構いもせず、不二は笑いながら手を外す。
「すごーい、なんでわかったの?やっぱり愛の力かな?」
 わざとらしく驚いた声を出す不二に、手塚は溜息を吐いた。
「待ち合わせのたびに目隠しをするのはやめてくれ」
「えー。でもこれが待ち合わせの醍醐味のひとつじゃない」
「俺はそうは思わないが仮に百歩譲ってそうだとしてもだ、毎回同じ相手がやっていたら意味ないだろう」
「手塚ってば!僕以外の人間に『だーれだ♪』をやって欲しいの!?」
「なんでそうなるんだ!」
 わざとらしい痴話喧嘩に乗せられそうになった手塚だが、正面にまわった不二が着けているマフラーに目を留めると、それ以上怒鳴るのをやめた。
 視線に気づいた不二が、ふふ、と微笑む。
「そ。君が昨年の冬にプレゼントしてくれたマフラーだよ」
 今年初お目見え♪と、嬉しそうに笑う不二に、ブルーグレイのマフラーは良く似合っていた。
「もうそんな季節か」
「最近一気に寒くなったからね」
「そうだな…」
 なるほど、たしかに今こうして感じている、嬉しいような気恥ずかしいようなこの気持ちは、待ち合わせをしていなければ味わえなかったかもしれない。
 目を細めて不二とマフラーを見ていると、にっこり微笑を返される。
「待ち合わせも悪くないでしょ」
「………」
 図星を指され黙秘を決め込む手塚の腕にさっさと手を回し、不二は時計台を見上げた。
「さて、そろそろリョーマくんも来るかな」
「……前から思っていたんだが、どうしてあいつはいつも5分遅れてくるんだ」
「だってあと5分寝かせてって言うから」
「二度寝してるのか!」
 ちゃんと朝起きて朝食も自分達と一緒に食べているというのに、更にその後わざわざ寝るのか。しかもわざわざ寝るのに5分ってなんだ。
「まあいいじゃない」
「よくないぞ……」
 あまりのことにツッコミも弱弱しくなってしまった。
「まあまあ。こうして待ってる間も楽しいでしょ。僕たちが来たときも嬉しいでしょ。僕とリョーマくんが別々に来ることで2回嬉しいでしょ。気がきいてるでしょ僕たち」
「お前たちが一緒に来れば2倍嬉しい」
「………」
 今度は不二が黙り込んだ。
 2回がいいのか2倍がいいのか、考えているのかもしれない。
 手塚は溜息を吐いた。
 と、同時に、リョーマの声が聞こえた。

「お待たせ」

「ああ、来た…か……?」
 思わず語尾がおかしくなってしまったのは、リョーマの様子がおかしかったからだ。
 そもそもいつものリョーマなら、声も掛けずに前後左右どこからか突進してきてタックルをかましたり、不二相手に「ごめん待った?」「ううん全然待ってないよハニーv」とかいう意味不明なやりとりを繰り広げたりするのだが、今日のリョーマは手塚にも不二にも抱きつくことなく、微妙に距離をとったまま俯いている。
「どうしたの?リョーマくん」
「………」
「手を、どうかしたか」
「……、」
 手塚の問いに、ぴくりとリョーマの肩が揺れた。
 何か隠そうとしていた後ろ手を、手塚が掴む。
「これは…」
 リョーマが手にしていたのは手袋だった。
 見覚えのあるモスグリーンのそれは、昨年、手塚がプレゼントしたものだ。
 しかし、それは今、一部分が真っ赤に染まっていた。
 一瞬、血かと思って驚いたが、すぐに違うことに気づく。
「ケチャップ……?」
 くん、と匂いを嗅いだ不二が眉根を寄せると、リョーマはようやく口を開いた。
「…さっき、子供とぶつかって…」
 どうやら、フランクフルトを食べながら歩いている子供とぶつかったらしい。よく見れば、上着も少し赤く汚れていた。
「部長が、買ってくれたのに……」
 手袋の赤い染みを睨むように見ていたリョーマの目がやや潤んでいる。
「そんなことぐらいで泣くやつがあるか」
 言った途端、キッとリョーマに睨みつけられる。
「泣いてないっス!ていうかそんなことって!ひどいっス!部長のバカ!おたんこなす!」
「そうだよ、君には恋人の繊細な心理がわからないの?ひどいよ!手塚のバカ!人でなし!」
 便乗した不二にまで、ものすごい勢いで罵倒されてしまった。
「可哀想に、リョーマくん。とりあえずすぐにその手袋をクリーニングに出しに行こう、ね?」
 振り返って、よしよしとリョーマを慰める不二に、リョーマは不安そうな瞳を向ける。
「汚れ、おちる?」
「大丈夫だよ。さっき付いたばかりでしょ?スエードだからもしかしたら少し毛羽立つかもしれないけど…でも元の色が濃いし、そんなに目立たないと思うよ」
「不二先輩…」
「大丈夫、リョーマくん。僕を信じて」
「ありがとう、不二先輩!」
 ひし、と抱き合うふたりを眺めながら、疎外感を覚えてしまう自分が少し嫌になる手塚だった。


「次の待ち合わせは、もう少し人目につかない場所にしないか」
「手塚ってばそんな大胆な」
「どうしてそうなる…」
 周囲の視線にさんざん耐え抜いた手塚が力なく呟く。
 だいたい待ち合うだけで済んでいれば、どこでもいいのだ。
 なのにいつも、必ずと言っていいほど、それだけでは終わらない。ほぼ確実に周りの注目を集め、逃げるようにその場を去るしかなくなるのだ。
「せめてあんな待ち合わせのメッカみたいなところじゃなくて……、大体そもそも待ち合わせをすること自体が、」
 手塚がぶつぶつと文句を言いながら、クリーニング店までの道のりを歩く。
 そのすぐ後ろを歩いていた不二とリョーマが、そっと顔を見合わせて、くすくすと笑う。

 それでも、いくら文句を言いながらでも、手塚はちゃんと次の待ち合わせにも5分前には来るのだろう。
 その時は今よりももう少し寒くなってるだろうから、もしかしたら、昨年ふたりが一緒にプレゼントしたコートを着てきてくれるかもしれない。
 そんな期待を抱いて、不二とリョーマはもう一度幸せそうに笑った。


fin.


日常10のお題 3.待ち合わせ5分前
お題配布元: dream of butterfly

written by あいりん

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