スィート・ティータイム


 窓辺に白いレースのカーテンが揺れている。
 わざわざフリルの付いたものに変えたらしい。念の入ったことだ。
 よく見ればカーテンだけではなく、リビングのあちらこちらがやたらヒラヒラと飾り付けられている。
 溜息をつきながら、手塚はティーカップをソーサーにかちゃりと置いた。

「お茶のお代わりはいかがですか?御主人様」

 顔を上げれば、このヒラヒラした部屋の中でも一番ヒラヒラフリフリな…メイド服を着た不二が、ティーポットを片手ににっこりと微笑んでいる。

「不二せんぱ…じゃない、メイドさん。オレお代わりー」
「かしこまりましたv」
「……………」

 本日のティータイムのコンセプトはメイド喫茶だそうだ。
 濃紺の膝丈ワンピースに真っ白なアリスタイプのエプロン。カフスにチョーカー、ヘッドドレスに至るまで、どこもかしこもフリフリのレースやらリボンやらが付いていた。
 似合ってしまっているのが恐ろしい…。
 しかし何より恐ろしいのは、そんな非常識な姿に対して特に異議を唱えるでもなく、大人しく茶を啜っている自分だ。しかもこっそり可愛いとさえ思ってしまっている。
 3人で暮らし始めてから…いや、中学の時に出会ってから、こうしたわけのわからないことにはよく付き合わされた。「マンネリ防止っス!」「元気でると思って」「ヒマだから」「似合うでしょ?」などと、よくわからない理由を並べ立てられては一方的に押し切られ、最初のうちは強硬に抵抗したものだが、次第にそれも無駄だと学習し、今に至る。
 慣れというのは本当に怖い。
 手塚は再び溜息をつきながら、メイド姿の不二がリョーマに給仕する光景をぼんやり眺めていた。
 もう今更何も言うまい。
 既に悟りを開いている(諦めているとも言う)手塚だったが、しかし、どうしても訊きたいことがひとつだけあった。

「……ところで…何故、眼鏡をかけているんだ?」

 実際にメイド喫茶に入ったことがあるわけではない手塚の想像の範囲内だが、不二のメイド姿はこれでもかというくらい見事で完璧である。
 しかし何故だか眼鏡をかけていた。
 しかも見覚えあるそれは、手塚の予備の眼鏡だ。
「メガネっ娘メイドさん〜♪ 萌えない?」
「不二先輩ー、部長にメガネ萌え属性はないと思うっスよ」
「そっか。手塚自身がメガネっこだもんねえ」
 じゃー俺たちがメガネ萌えなんだ!と、きゃらきゃら笑っている不二とリョーマの会話を手塚はほとんど理解できなかったので、黙ったまま不二の掛けている眼鏡を外そうと手を伸ばした。
 途端にぺちっと軽く叩かれる。
「メイドさんへのお触りは厳禁だよ?」
 にっこり笑顔でそんなことを言われ、さすがに手塚はムッとした。
「そうじゃない…危ないだろう」
 不二は視力が悪いわけではない。度が入った手塚の眼鏡をかけていたら、視界が悪くなるに決まっている。
「大丈夫だよ、家の中なんだし」
「粗相したらドジっ娘イベント発生っスよ」
「リョーマくん、お仕置きしたいの?」
「たまにはそゆのもいいじゃん」
 やはり手塚にはよくわからない会話が続く。
 でもこれとこれ食べ終わってからー、と両手にかぼちゃとさつまいものスコーンを抱え、もぐもぐ頬張るリョーマに、不二はくすりと笑った。
「意地悪で食いしん坊な御主人様だねえ…クリームがついてますよ、御主人様♪」
 言って、リョーマの口の端についていたクロテッドクリームをぺろりと舐めとる。
「…お触り禁止じゃなかったっけ」
「メイドさんから触るのはオッケーなんだよv」
 なんだか手塚は理不尽な気持ちを覚えたが、どうも不二は眼鏡を外すつもりがないらしいと判断すると、いちゃいちゃしている二人を無視して、おもむろに立ち上がった。
「おや、御主人様、どちらへ?」
「…いいから、座っていろ」
 言って、キッチンへと消えた手塚は、「拗ねちゃったんじゃないスか?」などと背後から聞こえる声に、こんなことで今更拗ねるか!と心の中で抗議する。不二とリョーマのイチャパラは今に始まったことではない。
 目当てのものを見つけてリビングに戻ると、不思議そうな顔をしている二人に構わず、運んできた揃いのティーカップを一客、テーブルの上に置いた。
「…手塚?」
「その眼鏡をかけたままだと、危ないからな」
 仕方なく、とでもいうように、ティーポットからまだ温かい紅茶を注いで、不二の前に差し出す。
 少し驚いて眼鏡の奥の目を見開いた不二だったが、すぐにくすくす笑ってありがとうと礼を言った。
 顰め面を装っていても、本当の気持ちは伝わってしまったらしい。

 一方的に奉仕されるのではなく、お互いにくつろげるように……
 いつも忙しい3人がたまに過ごせる、せっかくののんびりした時間なのだから……


「それじゃ、お茶を煎れてくれた御主人様にメイドから感謝のキッスv」
「よせ、危ない」
 ポットを持ったままだった手塚は、避けきれずに顎の辺りにちゅっと軽い感触を受けた。
「あれ、口を狙ったのに…外れた」
 やっぱメガネって邪魔だね、と不二はあっさり眼鏡を外す。ちょっと待てこら、と手塚が突っ込む暇もない。
「じゃあ俺がするー部長のメガネー」
「はいはい、どうぞ」
「おい…」
「メイド服も着たいかもー」
 そんで部長にゴホーシしたい、といつの間にやら手塚の膝の上に乗っかっている不二を、眼鏡越しに羨ましそうに見ながらリョーマが言う。
「じゃあ明日はリョーマくんね。でもメイドじゃなくて巫女だよ」
「オッケー。巫女茶屋っスね」
「着付けは僕に任せて」
 もちろん脱がすのもね、とリョーマに向かってウィンクしながらも、不二はしっかりと手塚の首に両手をまわした。
「ちなみに明後日は手塚が執事カフェだから」
「やったー!部長の執事ー!メガネ執事ー!」
 本日、何度目かの意味不明な会話を耳にしながら、しかし手塚はその意味を訊ねる前にしっかりと口を塞がれてしまった。

 ノンシュガーのはずなのに、不二の唇からは甘い紅茶の香りがした。


fin.


日常10のお題 2.Tea Time
お題配布元: dream of butterfly

written by あいりん

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