執事の絶対条件


「やっぱベストが重要ポイントっすね」
「そうだね。普通のスーツだと、ただのサラリーマンってことになっちゃうしね」
「リーマン喫茶ってあるかな」
「どうかなぁ…でもサラリーマンに尽くされても女の子は嬉しくないんじゃない?」
「それもそうっすね」

 着せ替え人形の如く、いわゆる「執事服」を着せられた手塚だったが、手塚にはただの三つ揃いのスーツにしか見えなかった。事実、それは三つ揃いのスーツだった。しかし、その3点目のベストが先ほどから不二やリョーマが連呼している執事の重要ポイントなのだそうだ。よくわからない。
 とりあえず、今日は執事カフェの日だ。…よくわからないがそうなってしまったのだ。しかも自分が執事なのだ。あまり本意ではないが、それでもメイド服やネコ耳に比べれば確実に、格段に、普通の格好である。過去の様々なコスプレが走馬灯のように思い浮かんでは消え、手塚は執事カフェとやらに感謝した。

「お茶のお代わりはいかがですか御主人様」

 先日、メイド姿の不二が言っていたセリフを復唱してみる。即座にクレームが飛んできた。
「手塚執事さん、棒読み」
「そうっすよ、もっと愛情こめて!部長執事!」
「リョーマくん、”部長執事”はないんじゃない?」
「えー。じゃあ、セバスチャン」
「それ人名だし…」
「ワタリ」
「それも人名」
「ハヤテ!」
 執事で古今東西みたいな遊びを始めた不二とリョーマを放置して、手塚はさっさとお茶のお代わりを注ぎ足した。ダージリンの良い香りがする。テーブルの上には、不二の焼いたワッフルがまだ微かに温かい湯気をたてていた。
 執事といってもやることは結局ウェイターでしかない。まあ執事カフェというんだからそんなものか。
 そんなことを考えていたら、いきなり不二がくるりと手塚の方を向いてにっこりと笑う。
「執事とウェイターは別物だからね?」
 人の心を読んだかのようなセリフに、手塚の顔が引きつった。恐ろしい奴だ。今更だけど。
 そして不二に続いて今度はリョーマが手塚を振り向き、持っていたフォークをぶんぶん振りかざして主張し始める。
「そうそう、執事ってのはひたすら御主人様に尽くして忠誠を誓って愛を捧げてそんで」
「……………」
 それは果たして執事なんだろうか。
 妙に偏った主張を熱っぽく語るリョーマに呆れて、手塚はティーカップを横目に見る。
「紅茶に酒は入れてないぞ」
「執事は敬語!」
「アルコールも無しに素面で意味不明なことを仰らないで下さい御主人様」
 一息に言い切ると、リョーマがジトッとした目を手塚に向けてきた。
「なんかこの執事ふてぶてしい……」
「リョーマくんに言われたら終わりだねえ」
 紅茶を飲みながら不二は優雅に笑っている。
「まあ、執事にもいろいろあるわけだし。ツンデレ執事だと思えばいいんじゃない?」
「ツンばっかでデレがないっすよ!」
「デレの比率は低ければ低いほどいいんだよ」
「先輩、マニアすぎ!」
 いつものことだが、不二とリョーマの会話は理解の範疇を超えたところにある。
 手塚は再び放置することにして、空になったティーポットをキッチンへ運ぼうとした。その途端、椅子から降りたリョーマが勢いよく抱きついてくる。
「デレを見せてー!部長執事ー!」
「何をわけのわからんことを言ってるんだ!」
「デレっていうのはツンの反対で」
「とにかく、危ないから離れろ!」
「わーん!執事は敬語だって言ってるのにー!」
 わめくリョーマは手塚をがっちりとホールドして離れない。不二を見れば、珍しく参戦する気がないらしく、かといって助けるわけでもないようで、「デレッとした手塚執事もある意味怖いと思うけどねえ」などと言いながら呑気に紅茶を啜っている。
 思わず手塚が何か訴えようとした時、カップを口から離した不二が何やら目配せした後、ゆっくりと口を動かした。
「………?」
 何を言っているのか読み取ろうとして、途中で手塚は思い出した。
 そうか。ええと確かこういう場合には…アレだ。
「御主人様」
 手塚はポットを持っていない方の手をリョーマの肩に置くと、すうっと息を吸い込んだ。

「御主人様と執事の私では身分が違います」

 ですからお放し下さい、と言った途端、リョーマは口をぽかんと開けて絶句した。抱きついていた腕の力も抜けたので、手塚はようやくポットをテーブルの上に置き、一息つく。そのテーブルの上では、突っ伏した不二が声もなくひくひくと肩を震わせて笑っていた。
「不二先輩…」
 手塚の”執事の決め台詞攻撃”からようやく我に返ったリョーマが、不二をジロリと睨む。
「……やだな、僕は執事の心得というものを、ぶっ、前もって、くっ、教えておいて、あげた、だけ、でっ、あは、あははははは」
 もー手塚執事最高ー、とケラケラ笑い続ける不二をしばらく睨んでいたリョーマだったが、ふいに気を取り直したように手塚に向き直る。
「……いいっス。身分違いの方が燃えるっス!だから部長!じゃなくてセバスチャン!」
 誰だそれは、と突っ込みたい気持ちを抑えて手塚はひたすら繰り返した。
「いや、だから、身分違いで」
「そんなの、御主人様が許すんだからいいじゃん!」
「いや、だから、そういう問題じゃ」
「いいから御主人様の言うこときくっス! さっさと執事は御主人様を押し倒すっス!」
 言いながらリョーマは手塚を押し倒そうとする。言ってることとやってることが逆になろうとも、もちろんリョーマは気にしない。
 とにかく何を言っても無駄らしいので、ここは逃げるしかない、と後ずさりした手塚の肩に、ポンと手が置かれる。いつの間にやら背後に回り込んでいた不二だ。どうやらようやく馬鹿笑いは収まったらしい。それはいい。それはいいのだが。
「不二先輩、何それ」
「こないだ見たでしょ? メイドさんのヘッドドレス」
 いつの間に装着したのか、不二は見覚えのあるヒラヒラフリフリなそれを頭に着けていた。
「さすがにメイド服を着込む時間はなかったからね。簡易メイドということで」
「…メイドになって何すんの? 今日は執事の日でしょ?」
 疑問を浮かべるリョーマに、不二がフッフッフッと不敵に笑う。

「執事とメイドなら身分違いもないじゃない♪」

 不二のその言葉に、すかさずリョーマが異議あり!と叫んだ。机があったら叩いていたかもしれない。
「それやるために、部長に変なこと吹き込んだっすね!」
「やだなあ、今思いついただけだよ。執事とメイドのオフィスラブ」
「そんなもんないっス! 執事は御主人様のものっス! 御主人様を下克上するのが正しい執事っス!」
「それはそれで捨て難いとは思うけどね。実にそう思うけど。でもオフィスラブも新鮮でいいと思わない?」
「譲れないっス!下克上!」
「うーん、オフィスラブ!」
「下克上!」
「オフィスラブ!」
 さっぱりわけのわからない言い争いが始まったところで、今度こそ逃げてしまおうと背を向けた手塚の襟首が二つの手でがしっと掴まれる。
「執事さん、どこへ行くのかな」
「執事はやっぱ下克上だよね、部長!」
「オフィスラブだよね?」

 執事にはそんな二択しかないのか!?
 ていうか執事ってそもそもいったい!!

 そんな手塚の心のツッコミに、当然誰も応えてくれる筈がなく。
 執事の存在意義を自問自答している間に、手塚は二人に押し倒されてしまった。

 究極の二択とかいう以前に、執事・手塚国光に選択の余地は無いも同然だったかもしれない。

 何故なら執事は御主人様に絶対服従なのだから。


fin.


日常10のお題 2.Tea Time
お題配布元: dream of butterfly

written by あいりん

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