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僕の恋人に手を出すな! |
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トランプが軽やかな音を立てて空を切る。 リョーマのリクエストに答えて、不二が鮮やかな手付きでシャッフルしてみせる。 手を叩いて喜ぶリョーマと、微笑む不二と、そして綺麗に重ねられていくトランプを、手塚は相変わらずの顰め面で眺めていた。 土曜日の夜。何故か当然のように手塚の家に泊まりにきている不二とリョーマに挟まれて、何故か手塚はババ抜きをやらされている。どうしてこんなことをと思わなくもなかったが、しかし手塚は内心穏やかであった。例え最初から手札の中にジョーカーが混ざっていようとも、それが今だに手塚の元にあろうとも、この上なく穏やかであったのだ。 何しろ普段3人集まってやることといったらひとつである。それに比べたらババ抜きの何と何と健全なことか。 無論、このままトランプをして夜明かしするなんて、そこまで楽天的なことは考えていない。だが、それでもできるだけこの平穏な時が続けばいいとは、こっそり思っていた。 しかし何事にも、始まりがあれば終わりが来る。 不二が手塚のジョーカーを器用に避けながら1枚抜き取ると、思い出したように言ったのだ。 「そうだ、手塚、アレ買ってきてよ」 「……何だ」 リョーマの手札を半ば真剣に見つめながら、手塚は訊き返した。 「とぼけちゃって。この間ので無くなったでしょ」 「そういえば、あれが最後の1個でしたっけ」 リョーマが不二の手札から1枚選びながら答える。 「あ、上がりっス」 呟いて、揃ったカードを中央に放り投げた。おめでとう、と不二は言って、手塚の手札に手を伸ばした。 「そうそう。使い切っちゃったんだよね、て・づ・か・が」 「……………」 黙り込む手塚を余所に、不二は揃ったカードを重ねて置く。 終わりの時が近付いている……と手塚は思った。このババ抜きが終わったら、終わりなのだ。いや、始まるのか。 微妙に錯乱しながら、不二の手札をじっと見つめた。ジョーカーは未だ手元にあるので迷う必要は無いのだが、それでも出来るだけこの時を引き伸ばしたいせいか、手塚の動きは殊更緩慢なものになる。 そんな往生際の悪い手塚に、不二は溜息を吐いた。 「まあ、手塚がどうしても中出ししたいって言うなら構わないけど」 「オレも構わないっスよ」 「じゃあ終わったらお風呂で洗いっこしようか」 「いいっスね」 ふふ、と顔を見合わせて笑う不二とリョーマに、手塚は身震いした。しかしここでダッシュで買いに出かけるのも、この先の行為に張り切っているようでやはり躊躇われる。けして自分はこんな乱れた関係を望んでいるわけではないのだから。 しかし手札は1枚2枚と減っていき、ついに残るはジョーカーともう1枚だけになってしまった。不二がもう1枚の方を選べば終了である。 不二は微笑しながらカードを1枚引いた。ジョーカーだ。手塚は思わず安堵の溜息を吐いた。 そんな手塚を見て、リョーマがひとつ欠伸をする。 「オレが買ってくるッスよ」 「リョーマくん?」 珍しく殊勝なことを言うリョーマに、不二だけでなく手塚も驚く。 「ファンタも買いたいし」 「ダメだよ、リョーマくん。こんな夜遅くに君みたいな可愛い子がひとりで歩いてたら危ないじゃない」 不二の言葉に手塚も内心で頷いた。 いくらなんでもこんな夜更けにリョーマを外出させるわけにはいかない。土曜の夜だ。性質の悪い輩も多いだろう。 手塚は手元に残った1枚のカードをじっと凝視した…… 『よう、こんな遅くにガキがおつかいに来てるぜ』 『金でも巻き上げてやるか』 『よく見りゃ可愛い顔してんじゃん。ちょっと遊んでもらおうぜ』 『そりゃいいや』 そして下品な笑い方をした男達の手がリョーマの肩へかけられて…… 「手塚?」 「なっ、なんだ!?」 「何だじゃないよ。早く取ってよ」 不二が2枚のカードをずいと差し出す。あらぬ想像をしていた手塚は冷や汗をかきながら1枚選んだ。ジョーカーだった。 しかし既に手塚の心はババ抜きどころではなかった。 「大丈夫っスよ。すぐ帰ってくるし」 「ダメだよ。仕方ないね、じゃあ僕も一緒に行くよ」 言いながら、細い指が迷いなく手塚の手札から1枚を抜き取った。ジョーカーではない方だ。 「上がり」 揃ったカードをぱさりと置いて、不二はにっこりと笑った。 不二も一緒に行くなら大丈夫か…… 『貴方達、この子に何の用ですか』 『ちっ、男連れかよ』 『……お、何だこっちもべっぴんさんじゃねえか』 『こりゃ二人まとめて面倒みてもらうかあ?』 そして再び下品な笑い声をたてた男達の手が不二とリョーマに伸ばされて…… 「じゃあ行ってくるね」 「ってきまっス」 「待て」 手塚は手元に残ったジョーカーをしばらく凝視してから、ひらひらとそれを落とした。 「………オレも行く」 結局仲良く3人で夜中のコンビニへ買い物に出掛けることとなったのだが、買い物籠を持っても絵になるとても中学生にはみえない手塚に、男女問わず客の何人かが熱い視線を送っては不二とリョーマに威嚇され退散していったことを、手塚は知らない。 24時間営業しているコンビニエンスストアという存在と、それを必要としている現代社会の在り方に反発する思いで、彼の頭の中は一杯だったからである。 しかし、明日の日本を憂える前に今夜の我が身を心配した方がいいかもしれない…と、レジでお金を払わされながら手塚は小さく溜息を吐くのだった。 |
fin. |
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written by あいりん |
| 『一緒にコンビニ』から改題…2006.10.29 |