お正月を写そう♪


 一月一日、元旦の正午。
 手塚国光がダッフルコートを羽織って自室から出てくると、ちょうど母親の彩菜がパタパタとスリッパを鳴らしてこちらへ向かって来たところであった。
「あら、ちょうど良かった。お迎えに見えてるわよ」
「迎え?」
「初詣に行くのでしょう?」
「初詣には行きますが……」
 予定では、確か自分が迎えに行くことになっていた筈である。
 手塚は首を捻ったが、すぐにその謎は解けた。
「振袖姿の可愛いお嬢さんがふたりも来てるわよ。もてるのねえ、国光」
 ころころと笑う彩菜の言葉に、どうやら思っていた相手とは違う人間が来ているらしいことが分かる。
 女の子に家を訪ねられるということが今までにまったくなかったわけではない手塚は、取り立てて驚きはしなかったものの、しかし少々足早に玄関へと向かった。
 慌てているのには訳がある。
 訪ねてきたのがクラスの女子だかどこの誰だかは分からないが、このようなことが『あの二人』に知れたら、大変危険なのだ。その女子はもちろんだが、何より自分の身が。
 それにしても、あの二人と付き合うようになってからは、パッタリとこういうことはなくなった筈なのに(何故なのかはあまり考えたくないが)、どうしたことだろうか。
 とりあえず、ここは早々に帰って頂こうと、断り文句を考えながら手塚は玄関の扉をガラリと開けた。
「………」
 その3秒後に、手塚は同じ動作を逆に繰り返した。
 要するに扉を閉めようとしたのである。が、閉まり切る寸前に、すかさず草履を履いた白足袋の足先がにゅっと突き出され、それを阻んだ。更に続いて扉にがしっと手が掛けられ、手塚が必死で押さえているにも関わらず、その白い手はズズズと扉を開けていく。気分はまるでゾンビに襲われかけているホラー映画の主人公だ。
「国光? 何をしてるの?」
 そんな危機迫る(手塚にとっては)状況には似つかわしくないおっとりとした声を背後から掛けられて、思わず手塚の力が緩む。その隙を見逃すことなく、白い手は一気に力を入れると、とうとう扉をこじ開けてしまった。
 手塚の目の前に現れたのは、ゾンビでも貞子でもなかった。
 それどころか、それはそれは華やかで艶やかで煌びやかな振袖姿の美少女がふたり、立っていたのである。
 しかし、そこらのアイドルも裸足で逃げ出しそうなほどの眩い美少女ふたりを前に、手塚も違う意味で逃げ出してしまいたかった。
「あ、おばさま。改めて、あけましておめでとうございます」
「おめでとうございマス」
 扉を開けた最たる功労者である彩菜に向かって、振袖姿の不二とリョーマが行儀良く頭を下げて挨拶をすると、彩菜もにこにこと挨拶を返した。
「まあまあ、こちらこそ。今年もよろしくね」
「………」
 要するに、この母親は、不二やリョーマと知っていて息子をからかったわけである。もしくは、この二人に口止めでも頼まれたのか。
「それにしても、素敵なお振袖ねえ」
「姉のお下がりなんです」
「先輩、これもおねーさんの?」
「ううん、それは僕のお下がり」
「まあ、ホホホ」
 いつの間にかすっかり仲良くなっている自分の母親と恋人達を見て、手塚は諦めたようにぐったりと溜息を吐いた。
「一体何なんだ、その格好は……」
「振袖っス」
 リョーマがいとも簡潔に答えてくれたが、そんなことは見れば分かる。充分過ぎるくらい分かる。分からないのは、どうしてそんな格好をしているのかということで。
「お正月と言えば晴れ着でしょ」
「似合わないっスか?」
 薄紫のグラデーションを基調に銀色の刺繍が施されたシックな振袖を着て、結い上げた髪に藤の花をあしらった不二がにっこりと笑えば、赤をベースに可愛らしい花模様と金粉が散りばめられた長い袖を持ち上げ、頭の後ろの大きな赤いリボンから付け毛と思しき長い黒髪をさらりと垂らしてリョーマが上目遣いに訊ねる。
 似合い過ぎだ……
 手塚がクラクラする頭を押さえていると、不甲斐ない息子に代わって彩菜がずずいと前に出た。
「そんなことないわ、とても似合ってるわよ。ふたりがあまり可愛いものだから、国光ったら照れちゃって」
 ホホホ、と笑いながら手塚の腹を肘で突つく。
 母の言葉はあながち間違ってはいなかったので、手塚は敢えて否定せず、ひたすら顔を逸らして黙秘した。そんな手塚に、不二とリョーマは嬉しそうに微笑みあう。
 たいへん美しい、夢のような光景であった。
 夢なら早く覚めてくれ、と手塚は願ったが、しかし覚めない夢もある。
「じゃ、初詣行きましょっか」
 立ったまま現実逃避しようとしている手塚を無視して、リョーマがその手を取った。更にもう片方の手を不二に掴まれそうになり、慌てて手塚は二人の手を払う。
「ま、待て、その格好で行くのか…?」
 女装したこの二人とデートするのは(実は)初めてでないとは言え、こんな目立つ格好をした二人を連れて歩く度胸と勇気と心臓は、生憎と持ち合わせていない手塚であった。
「当たり前でしょ。せっかく着てきたんスから」
「そうだよ、わざわざ道中群がるナンパ男を蹴散らしてまでこうして迎えに来たっていうのに」
「先輩は蹴ったんじゃなくて殴ったんでしょ」
「リョーマくんはホントに蹴ってたよねえ。その後、着物を直すのが大変だったよ」
「だって、うざかったんスよ」
「そうそう、とにかく大変だったんだよねえ……なのに行かないと言うの?」
 ずずいと二人に迫られて、手塚は返答に詰まり後退さった。
 ああ、ノーと言える日本人になりたい。
 だけど、そんなスローガン(?)に基づいて殉死したくはない。
 手塚が内心でよく分からない葛藤をしていると、それまで成り行きを見守っていた彩菜が、ポンと手を叩いた。
「初詣に行かないのなら、とりあえずお昼ご飯でもどうかしら?」
 突然の提案に、三人がきょとんと彩菜を振り向く。
「初詣の帰りがけにまた寄ってもらおうと思ってたんだけど、ちょうどいいわ。お義父さまが二人にお会いしたいって言ってらしたのよ」
「!?」
 驚いたのは手塚である。
「お義父さまに、国光のお友達で可愛いお嬢さんが来てるのよって言ったら、是非とも孫の嫁候補を見てみたいって」
 オホホ、と楽しそうに笑う彩菜の言葉に、手塚の頭がグラリと揺れた。
 自分の母親はこんな人だったのか……
 しかし、そんな認識を新たにした感慨に咽ぶ暇もなく、話はどんどこ進んで行く。
「お義父さまって、部長のおじーさんのことっスか?」
「ええ、そうですよ」
「たしか警察で柔道を教えていらっしゃるとか」
「ええ、まだまだ元気で」
 不二とリョーマがお互い目線をちらりと合わせる。
「二人とも、お昼ご飯まだでしょう? 遠慮しないで、どうぞ」
 彩菜の熱心な誘いに、二人は、それじゃあ、と言ってにっこりと笑った。
「遠慮なくお邪魔致しますわ」
「お邪魔しまーす」
 わざとらしく口調を変えて微笑む不二と、うきうきと楽しそうに目を輝かせているリョーマを見て、手塚は再び逃げ出したくなった。しかし、この二人を置いて出て行ったところで事態が変わるわけではない。
 手塚は観念して、大人しくコートを脱ぐしかなかったのである。



「―――名は、何という」
 手塚邸の広い奥座敷の真ん中、日本の伝統正しき正月料理がずらりと並べられた黒光りする大きな長机を挟んで、手塚国一(72)と対峙しているのは、彼の孫の恋人である不二周助と越前リョーマであった。
 当の孫はというと、机の右辺で正座した膝に握り拳をあてて、ひたすら沈黙している。
 手塚は悩んでいた。二人を何と紹介するべきか。
 国一は二人を女性だと思っていることだろう。まあ当然である。艶やかな振袖を完璧に着こなしている二人は、どこをどう見ても男には見えない。例えこれは男だと自分が言い張ったところで、果たして信じてもらえるかどうか。そもそもそれ以前に、不二とリョーマが自分の言うことに大人しく従ってくれるとは到底思えなかった。
 そんな手塚の苦悩を余所に、二人はあっさりと答える。
「不二周助です」
「越前リョーマっス」
 てっきり女性になりすまして祖父をからかうつもりなのだとばかり思い込んでいた手塚は、予想外の二人に肩透かしを食らってしまった。
 しかしそれで安心するのはまだ早い。それならば男が振袖を着ているのを、国一が見逃す筈はないだろう。昭和一桁生まれの祖父は、あまり冗談が通じるほうではないのだ。ちなみに自分も同じタイプの人間であるということに、手塚は気付いていなかったりする。
 国一の怒りを予想して、手塚は身構えた。しかし。
「……まるで男子のような名前だな」
 その言葉に、固まっていた手塚の拳がずるっと膝から滑り落ちる。
「ええ、よく言われます」
 ホホホ、と不二が事も無げに笑った。
 この場合、祖父の目が耄碌したと悲しむべきなのだろうか、それともここまで祖父に女性と信じて疑わせない二人の化けっぷりを賞賛すべきなのだろうか……
 手塚がグラグラと目眩を起こしそうな頭を押さえて座り直していると、国一が腕を組んだまま、くるりとこちらを振り向いた。
「で、国光。どちらがお前の嫁なんじゃ」
 手塚が再びよろめいて、畳の上に両手をつく。
 やはりここは正直に、二人とも男であると告げるべきなのだろうか。そうすれば、少なくとも嫁だの何だのという話は回避できる。
 だがしかし、しかしである。
 この二人が更に正直に自分達の関係を話してしまったら……
 さすがに祖父をショック死させるような真似は、したくない手塚であった。
 しかし一体、ああどうすれば、と延々悩む手塚に構わず、またもや二人はあっさりと答えてしまう。
「両方です」
「両方っス」
「両方じゃと!?」
 二人の答えに、国一がくわっと目を見開いた。
 くる、と手塚は咄嗟に身構える。
「国光!!」
「はい」
「それはまことか!!」
「………はい」
 品行方正であると信じて疑わなかった孫が、あろうことか二人の女性(と国一は思っている)と同時に交際していることが判明したのだ。祖父が激昂するのも無理はない。
 それでも真実を告げてショック死されるよりは多少、いやかなりマシであるので、ここは大人しく叱責を受けようと手塚は覚悟を決める。実際、二人と付き合っているのは認めたくはないが事実なのだ。
 しかしそこへ予想外の言葉が降ってきて、手塚は思わず自分の耳を疑った。
「でかした!!」
「…………は?」
「こんな別嬪を二人も嫁にするとは! さすがはワシの孫だわい!」
 尋常ならざる祖父の反応に、手塚は唖然として顔を上げる。
「英雄、色を好む。うむ、まさにその通り! さ、嫁たちよ、酌をせい」
「はい、お祖父様」
「ウイーッス」
「………」
 一体、祖父はどうしてしまったのだろうか。
 言動があまりにも常軌を逸している。通常ならこんなふしだらなことを許すわけがない。怒りのあまり一徹返しをしてもおかしくないくらいだというのに。
 不審そうに怪訝そうに眉根を寄せる手塚に構わず、不二とリョーマがいそいそと上座に移動する。そして、長い袖を押さえてお銚子を手に取った不二が、それを振った。
「こちら、空ですね……リョーマくん、そっちは?」
「こっちも入ってないっスよ」
「む、そうか。彩菜さん! 酒を頼むぞ!」
「はーい、ただいま」
「………」
 謎はすべて解けた。
 某探偵少年の決めゼリフが、国光少年の脳裏に到来する。
 要するに、国一は、既にすっかり出来上がってしまっていたのである。
 そういえば父親の姿が見えないと思っていたが、この様子では恐らく祖父に付き合って飲んでいるうちに酔い潰されてしまったのだろう。
 気の毒に……と、手塚が不憫な父親を偲んで遠い目をしているうちに、いつの間にか運ばれてきたお銚子は、再びどんどん空になっていく。
「別嬪に酌をされると、酒の味も格別だのう」
「お上手ですね、お祖父様」
「おじーさん、こっちのも飲んでよ」
「おお、いくらでも飲んでやるわい! どれ、ワシも酌してやろう」
「恐れ入ります」
「いただきまーす」
 そこで待ったをかけたのは、他でもない、というか他に誰もいないだろう、何とか我に返った手塚である。
「お祖父さん、この二人はまだ未成年です……」
「それが何じゃ」
「未成年に飲酒を勧めないで下さい」
「何を言うか。うちの嫁なら酒くらい窘めて当然だわい!」
「………」
 酔っ払いを説得するのは極めて困難な事であると、知ってはいたが身を持って実感した手塚であった。
 更にそこで、酔っ払いよりも性質の悪い二人がその場に便乗する。
「ということは、お酒を飲めないと嫁とは認めてもらえないんですね」
「はいはい、オレ飲むっス」
「ワハハ! ひとつ飲み比べでもするか! おーい、彩菜さん!」
 酒を追加しようとする国一に対して、手塚はバシッと襖を閉めた。
 こうなったら物理的に酒を遮るしかない。この際、祖父に対する礼儀作法その他はひとまずどこかへ閉まっておくべきである。
「……国光、貴様何故邪魔をする」
 国一の眼が剣呑に光る。とても酔っているとは思えない鋭さだ。
 しかし彼は間違いなく酔っていた。
「ふはは! それならば、未成年に相応しく腕比べじゃ!」
 唐突な言動は、酔っ払いの特技なのである。
 そして酔っ払いにあるまじき機敏な動作で、国一はすっくと立ち上がった。
「ワシから一本でも取れたら、我が手塚家の嫁と認めてやろう!」
 国一の高らかな宣言に、手塚は本日何度目かの目眩を覚えて襖に頭をゴンとぶつける。
 宣言された不二とリョーマの方はというと、それはそれは楽しそうに目を輝かせながら、国一に応じて立ち上がった。
「嫁たちよ、かかってくるがいい! まとめて相手してやるわ!」
「ま、ま、待っ」
 後頭部を押さえながらも待ったをかけようとする手塚だったが、しかしこの場合どちらを止めるべきなのか皆目見当がつかない。
 祖父は武道の有段者である。
 不二とリョーマは武道の有段者でも何でもないが、何をやってくれるか分からない。
 しかし今は、片や酔っ払い、片や振袖姿である。まともな勝負が行われるとは到底思えないし、そもそも何の勝負なのか既によく分からない。というか分かりたくない。
 それでもとにかくこの異常な事態を収めなければ、と手塚が立ち上がった時には、既に戦いの火蓋は切って落とされていた。
 大きな机が中央に鎮座しているとはいえ、手塚邸で一番の広さを誇る奥座敷は充分広い。今はその広さをひたすら呪う手塚だったが、そのお陰で不二もリョーマも悠々と動き回れた。振袖もあまりネックになっていないようである。不二はともかくリョーマの方は裾を踏むのか、既に捲り上げてあられもない姿ではあったが。
 しかし、二人の攻撃は尽く受け止められ、その都度構え直す国一には隙ひとつ見つからない。
「どうした、嫁たち」
 かっかっかっ、と不敵に笑う国一に、不二とリョーマが負けずに笑い返す。
「やるじゃん」
「さすがだね」
「ワハハ、諦めると言うのか!」
 心底楽しそうな国一の言葉に、まさか、と不二とリョーマの声が重なったかと思うと、素早くリョーマが国一の懐に飛び込んだ。しかし、そのまま畳に手を付いて下段から回し蹴りを繰り出してきたリョーマの足を、国一はギリギリのところで見切って避ける。
 避けたところへ待ち構えていたように不二の手刀が落とされた。常人ならまともに脳天に食らっていただろうそれは、しかしまたも間一髪のところで国一に躱されてしまった。
「なかなかやりおるが、まだまだ甘いわ!」
「そうですか?」
「!?」
 空を切った筈の不二の手の動きにワンテンポ遅れて、薄紫色の平たい塊が国一の顔面に激突した。
 ゴーン、という音がして国一がよろめく。そこへ今度はひらりと跳び上がったリョーマがかかと落としを繰り出し、それは見事に国一の後頭部に決まった。いわゆる致命傷である。
 国一は、前のめりになった態勢でしばらく固まっていたが、不二がちょんと指先で突つくと、そのままぐらりと倒れて畳に轟沈した。
「わーい、勝った勝った♪」
 きゃぴきゃぴと手を合わせて喜びを分かち合う二人の姿は、とても今の今まで激しいバトルを繰り広げていたとは思えないほど可憐で愛らしい。
 しかしその足元には確かに二人に打ち倒された老人が横たわっており、それはそれは大変異様な光景であった。
 ちなみに手塚はと言うと、結局襖に張り付いたまま、青い顔をして固まっていたのである。


「晴れて僕達は手塚のお嫁さんか……」
「実感わかないっスね」
「そんなものはいらん」
 あの後、お酒のお代わりを運んできた彩菜に、国一は飲み過ぎで倒れて頭を打ったと説明して、三人は早々に手塚の自室に引き上げてきてしまったのである。
 安易な説明に、しかし安易に頷く母親への不信感が募る一方の手塚であったが、とりあえず今はそれどころではない。
「さ、部長。脱がせてくださいっス」
「ただ脱がせるのもつまらないでしょ。悪代官と町娘ごっこでもする?」
 目の前に、不二とリョーマが迫っていた。
 手塚は必死にじりじりと後退りしながら、何とか思い留まらせようと懸命に説得を試みる。無駄だと分かってはいても、やらずにいられない性格なのだ。
「待て、脱ぐな、脱がすな。そう、初詣、初詣はどうしたんだ。せっかくの着物なのに、脱いでしまうと言うのか。それは勿体無い、勿体無いぞ」
 後半はかなり棒読みだったが、その言葉に不二とリョーマは嬉しそうに顔を見合わせて笑うと、更にずいっと手塚に迫った。
「そんなに似合ってます?」
「あ、あ、ああ。勿論だ」
「それじゃ、脱ぐのはやめようか、リョーマくん」
「そうっスね、先輩」
 その言葉に手塚は心の底から安堵した。振袖万歳、正月万歳、と倒れた祖父には平謝りしながら万歳三唱を唱える。
 しかし手塚が心の中で3回目の万歳を上げる前に、二人がにっこり笑い、声を揃えてこう言った。
「じゃ、着たまましよっか♪」
 ゴーン。
 昨夜聞いた除夜の鐘が、再び手塚の頭の中で鳴り響く。
「オレの着崩れてるけど、いいっスよね」
「さっきの足技、激しかったからねえ」
「先輩みたいに武器持ってないから仕方ないじゃん」
「武器じゃないよ、護身用」
 そう言って不二は薄紫色の袖の中から、鉄板を取り出した。先程、国一の顔面にぶつけたものはこれだったのである。
「ナンパ男もこれで退治できたでしょ」
「うん。便利っスね。でも重い」
「重いから効き目があるんだよ」
「これって振袖用なんスか?」
「ううん、普通は学生鞄の中に入れておくんだ」
「パワーアンクルみたいっスね」
「いざという時は武器にもなるよ」
「やっぱ武器なんじゃん」
「あはは、まあいいじゃない」
 物騒な会話で盛り上がっている二人に気付かれないように、手塚は密かにこの場からの脱出を図っていた。
 しかし、ドアノブに手をかける直前、その両肩にポンと手が置かれ、そのままずるずると引き戻される。
「手塚、どこ行くの?」
「逃がさないっスよ」
「いや、その、そう、せっかく正月なんだから、かるたでも取りに行こうかと」
「かるた?」
 咄嗟の言い訳にリョーマが聞き返してきたので、これはチャンスとばかりに手塚は立ち上がった。
「知らないのか。それはいかん。かるたは日本の正月には欠かせない遊びだぞ。待ってろ、今すぐ取ってくる」
 そしてあわよくばそのまま戻らないつもりの手塚である。いつものことだが往生際が悪い。
 しかし、そんなことをみすみす見逃す二人ではなく、再び手塚は二人によってずるずると引き摺り戻されてしまった。
「かるたは後でいいよ、手塚」
 不二の言葉にリョーマもうんうんと頷く。
「オレ、かるたは知らないけど、他の知ってるっス。最初に『ひ』が付くの」
「手塚は知ってる? 『ひ』で始めるお正月にするコト」
 にっこりと二人が笑い、手塚の背筋に悪寒が走った。
 それでも手塚は精一杯の抵抗を試みる。
「………ひ、ひ、百人一首っ」
「ブブー」
「ハズレ」
「間違えたから罰ゲーム?」
「不正解者には実地で教えてあげようね」
 そう言うや否や、不二が手塚をベッドに押し倒した。
「ま、待てっ! 正月は百人一首だ! かるただ! 凧上げだ!!」
「はいはい、終わったら全部付き合ってあげるよ」
「初詣も行こうねー、部長」
 暴れる手塚の上に、いそいそとリョーマも圧し掛かる。
 二人分の体重でさすがに身動きが取れなくなり、ついに観念したような手塚の眼鏡を外しながら、不二がふとあることを思い出した。
「そう言えば、僕達、手塚にまだ言ってないよね」
「え? あ、そう言えば。おばさんには言ったけど」
「やることやる前に、やっぱ言わなきゃね」
「そうっスね」
 言いながら、二人は一度押し倒した手塚を引っ張り起こす。
 一体何なんだ……と、溜息を漏らす手塚の顔を、二人が覗き込んだ。
「あけましておめでとう、手塚」
「A HAPPY NEW YEAR 、部長」
 今年もよろしくね、と二人は揃って手塚の両頬にキスを贈った。
 もちろん、手塚がこれに応えない訳にはいかず……
 二人に交互にキスを返した後、再び手塚は押し倒されてしまったのだった。


fin.

written by あいりん
2006.10.29ちょっと改稿

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