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おかえりなさい |
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それは部活の休憩中だった。 レギュラーの個別メニューを乾が作成中と聞いて、その周りにレギュラー当人たちが集まっていた時のことである。 「部長達のメニューはどんなのっすか?」 桃城のセリフの「達」と言うのは今ここにいない人物、手塚、不二、越前のことである。自分のメニュー内容を粗方聞き終えたので、次は他の人間の内容が気になったのだ。しかし聞いてどうするというものではなく、ただの興味本位だったというのが大きい。何しろあの3人の実力は底知れないもので、一体どこを強化するんだと苦笑いしたくなるくらいなのだから。 「あいつらに弱点なんかあんのかな〜」 ふざけながら菊丸が言ったが、半ば本気であろう。皆思っていることは一緒だ。 「でも同じ人間なんだから、少しくらい苦手なところもあるさ。なあ、乾?」 一般論を述べる大石に、乾は手元のノートをパラパラと捲り始めた。 「まあ……ないこともないとは言い切れない程度だね」 乾の答えに、やっぱりそんなもんか、と一同は揃って苦笑する。 「越前の背が低いとかパワーがないってのは、弱点になんないんすか?」 「確かに長所とは言えないけど、でもアイツのプレースタイルはそんなことを感じさせないからね。ま、メニューに筋トレと牛乳は必須だけど」 「不二にも筋トレと牛乳つけたら〜?」 にゃははと笑いながら、さらりと恐ろしいことを菊丸は言う。乾は無言で肯定も否定もせずに、眼鏡を架け直し、大石がそつなく話を逸らす。 「えっと、じゃあ手塚は……」 「それこそ牛乳も必要ないっすよね」 「無難に筋トレ?」 「え〜つまんない」 トレーニングメニューにつまるもつまらないもないのだが、菊丸は不満そうに口を尖らせた。しかし次の瞬間、あることを思い出す。 「あるじゃん、手塚の特別メニュー!柔軟体操〜♪」 言いながら妙な振り付けの体操を披露する菊丸に、周りは一斉に笑った。 「……そういえば、身体が固いって前に乾先輩が言ってたっすね」 笑いを堪えながら言う桃城に、乾は(恐らく笑っているのだろうが)無表情で答える。 「ああ。しかし他の能力に比べればという話で、試合に影響するほどではないけどね」 「何言ってんのさ乾〜。柔軟性は大事だっしょ!」 と、青学一番の柔軟性を誇るだろう菊丸が、得意げに胸を反らした。 「それに手塚は顔も固いし、頭もカッタイし〜!」 「悪かったな……」 「!?」 突然降ってきたセリフに驚いて振り返れば、噂をすれば何とやら、当の手塚が憮然とした表情で立っていた。当然の如く両脇に不二とリョーマがひっついている。 「あ、あはは〜っと、て、手塚ってば今日も両手に花で御機嫌よろしゅ……ふがが」 語尾がおかしいのは、大石が慌てて菊丸の口を塞いだからである。まったくフォローになっていない菊丸の言動が、更に手塚を怒らせる前にと止めたわけなのだが、しかしまるで自覚のない菊丸は「はひふんはほほひひ〜」とじたばたしている。そんな菊丸をリョーマがちらりと眺めて言った。 「べつに、部長の身体が固くても、オレが柔らかいんだから大丈夫っス」 「……………」 何が。 何が大丈夫なのか。 誰もが喉まで出かかった突っ込みを何とか飲み込み、ひたすら赤くなって沈黙した。手塚はと言うと、こちらは青くなって凍りついている。ただ不二ひとりだけが、ケタケタと可笑しそうに笑っていた。 乾がコホンと咳払いして、気を取り直すようにノートを見る。 「………確かに、越前の柔軟性はなかなかのものらしいが」 「僕もそうだよ?よかったねえ、手塚。恋人が二人とも身体柔らかくって」 不二が笑いながら手塚の肩をぽんぽんと叩いた。まさか手塚にそこでありがとうと言える筈もなかったが、不二はその肩越しにリョーマと目が合うと、楽しそうにまた笑う。 「でもさ、越前。手塚の身体が柔らかかったら、もっといいかもね」 「不二先輩?」 「だって僕達の時は二人とも身体柔らかいから、あんなことやこんなこととかしてるじゃない。それを手塚にしてもらったら、すごくいいと思わない?」 「……そうっスね…」 何を想像しているのか知らない(手塚としては知りたくもない)が、手塚を挟んで二人は、ふふふと妖しげに笑う。手塚は今すぐに逃げ出したくなったのだが、両側からがっちりホールドされているのでそれも叶わない。耳を塞ぎたくなるような会話がしばらく続けられたかと思うと、リョーマがくるりと乾の方を向いて、目をキラキラさせながら言った。 「乾先輩、部長のメニューはすっごい身体が柔らかくなるのにしてくださいv」 「スペシャルなのを頼むよ、乾v」 お願いvvvとハートマークを飛ばした二人の可愛らしいおねだりに逆らえる人間は、恐らくこの世にもあの世にもいないと思われる。 「ああ……雑技団に入れるくらいのメニューを組んでおくよ……」 乾のどこまで本気なのかわからないような返事に、しかし二人の小悪魔は大変満足したらしく、きゃぴきゃぴと喜んだ。端から見ると思わず見惚れるような美しい光景なのだが、間に挟まれた手塚の顔面は蒼白である。 「あ、もう休憩終わりでしょ。テニスしよテニス!」 「そうだ越前、僕と勝負しない?勝った方が今夜手塚と」 「何言ってんすか。今夜はオレの番でしょ」 「あれ?もしかして自信ない?」 「……受けてたつっス」 そして二人は顔色の悪い手塚をズルズルと引き摺って、コートへと歩いていってしまった。 そんな光景をただただ見送りながら、残された皆は思う。 「手塚の弱点ってさ、身体が固いとかじゃなくってさ……」 「ああ、そうだな……」 「そうっすね……」 次々と呟きが漏れる中、乾は無言でデータノートの『手塚国光の弱点』の欄に、『不二周助・越前リョーマ』と書き加えた。そして少し考えてから、その横に『克服できる余地なし』と追記してノートを閉じる。後日、それを目にした不二から、「弱点じゃなくて恋人でしょ」との訂正が入ったけれど、だからと言って手塚が二人に弱いことに何も変わりはしないのだ。 そして乾のスペシャルメニューによって、手塚が見事に軟体動物のようになったかどうなのかは、恋人達だけの秘密なのであった。 |
fin. |
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written by あいりん |