ある朝の風景


 それはとても爽やかな朝だった。
 どれくらい爽やかだったかというと、不二が鼻歌を歌いながら朝食の用意をし、手塚が機嫌良さそうに表情を緩めているぐらい、爽やかな朝だった。
「手塚〜卵は目玉焼きにする?それともスクランブル?」
「目玉焼きにしてくれ」
「2つでいいよね?あ、今日はソーセージしかないけどいい?」
「あぁ、構わない」
 冷蔵庫の中を覗きながら不二がそう言ったのに、手塚はおおように頷いた。もっともこの家の炊事は全て不二が取り仕切っているので、彼の提案に否を言うことは許されないのだ。
「ねぇ、そろそろ越前くんを起こしてきてくれるかな?」
「俺が…か?」
 それでもリョーマを起こしてきてくれと言われて、手塚の眉間に皺が寄った。
「だって僕は手が離せないもの。それとも君が、目玉焼きを作ってくれるの?」
「…行ってくる」
 手塚はそう言うと新聞をきちんと畳んで、椅子から立ち上がった。できることならば目玉焼きを焼く方を取りたかったが、人には得手不得手がある。自分が食べる分だけならやってみなくもなかったが、見た目にうるさい不二と、味にうるさいリョーマの両方を納得させるだけの目玉焼きを、手塚は作れる自信がなかった。それぐらいだったら、寝起きの悪いリョーマを起こしに行った方がまだましだ。
 ため息をつきながらリビングを出た手塚は、マンションにしては長い廊下を歩いて、3人共用の寝室に向かった。
 このマンションには、手塚と不二が高校を卒業した年に引っ越してきた。その頃には既にプロとして活躍していた手塚とリョーマだったが、実はここのオーナーは当時高校生だった不二である。高校ではテニスをやめてしまった不二が、暇つぶしにやっていた株でもうけたからと、即金でこの億ションを買ってみせたのだ。
 だからというわけではないが、このマンションの内装は全て不二の好みで統一されている。他のふたりはトーナメントに忙しく、世界中を転戦しているからというのもあったのだが。
「越前、起きろ」
 声をかけながら寝室に入ると、ベッドの中身がもそもそと動いた。けれどぜんぜん起きる気配を感じず、手塚はまたため息をついて、部屋のカーテンを開いた。
 さぁーと、部屋の中に朝の清らかな光が入ってくる。けれどフローリングの床には、それに似つかわしくないものが転がっていた。
「…どうしてきちんと捨てられないんだ」
 眉間の皺を更に深くさせて、手塚はそれを手にとると側にゴミ箱に投げ捨てた。それからそれに触れた指先を見つめて、服の裾で拭く。それからベッドにつかつかと歩み寄り、まったく起きる気配を見せないリョーマの頭を叩いた。
「越前、いい加減に起きろ!」
 更に耳元で怒鳴ると、さすがのリョーマもゆっくりと瞳を開いた。そしてそこに手塚の姿を見つけると、嬉しそうに微笑み、腕を伸ばしてきた。
「部長、おはよ」
「何をする…」
「何って、朝のキスっすよ」
 当然、という顔で言ったリョーマに、手塚は鉄拳を振るった。
「痛いッスよ!」
「うるさい、もっと殴られたいのか?」
「酷い、昨夜は散々俺の身体を弄んだくせに!」
 更に振り上げられた腕は、その言葉で空で止まった。
「な…何を!」
「俺が嫌だっていうのに、何度も何度も……」
「へー、そんなことがあったんだ?」
 あまりの言葉にふるふると震えていると、後ろから声がかかった。
「不二先輩!部長が俺のことを!」
「聞いてたよ、可哀想に!」
 自分の胸の中に飛び込んできたリョーマを、不二はぎゅっと抱きしめた。それからまるでケダモノを見る様な目で手塚を見る。
「手塚、そんなに飢えてるんだったら、今から僕が相手をするよ…だから越前くんのことは、許してあげてよ…」
「おまえたち…」
 そんなふたりの様子に、手塚は疲れた様にうなだれた。
「あ、でもどうせなら手塚は僕たちふたりとも所望かな?」
 そう言ってにっこり微笑んだ不二に、手塚はびくっと震えた。
「俺もいいよ。不二先輩とふたりでなら、いくらでも部長に奉仕する」
 そんな彼に、リョーマもにっこりと微笑みながら言う。
 手塚は思わず後退りした。
 せっかくの爽やかな朝が遠ざかりつつあることを感じる。
「さぁ、手塚…」
「部長♪」
 じりじりとハニーズが近づいてくる。
「本当にかわいいね、手塚ってば〜」
「そうっすね、不二先輩」
 楽しげに囁きあいながら…

 出会いから10年近く。
 3人の関係はぜんぜん変わっていない。


fin.

written by もーりん

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