彼が山に登る理由


 穏やかな午後のカフェテリア。その窓際のテーブルに中学生ぐらいの男の子がふたり座っていた。それぞれの前にはジュースが入ったコップとケーキがおかれ、何やら楽しげに談笑している。
「それにしても部長、いつ帰ってくれるのかな?先輩きいてない?」
 黒髪の年下の少年がにっこりと邪気のない笑顔を向けて問うと、彼の正面に座っている男の子にしては綺麗な顔をした、先輩と呼ばれた少年が同じ様ににっこりと微笑みながら応えた。
「さぁ?ボクは手塚が山にいったことさえ訊いてなかったからね。越前くんの方こそ何も訊いてないってことはないんじゃないの?」
「訊いてたらわざわざ訊かないよ」
「本当に?」
「オレ、先輩には隠し事しないことにしてるの、しってるよね?」
「…でも、越前くんはつかめないからな…」
「それは先輩でしょ?」
 ふたりは互いを見つめ合いながら、ふふと笑う。
 もしここにふたりの話に出ている手塚部長がいたら、彼はきっと逃げ出したくなっただろう。いや彼だけではなく青学テニス部の部員なら誰でも、このふたりがにっこりと微笑みあいながら談笑している様子を見たら、近付かないに違いない。
 それほどこのふたりは恐れられている存在だった。もちろんテニスの実力はもとより、その性格も手伝って。
 先輩と呼ばれているのは不二周助、青春学園テニス部3年。部内で部長の手塚に続いてナンバー2の実力の持ち主だ。
 もうひとりは越前リョーマ。ついこの間までアメリカのジュニアテニス界を荒らし回っていた少年で、青学のスーパールーキーと呼ばれている。
 そんなふたりは不思議な関係だった。テニス部の先輩後輩というだけではなく、ひとりの男を共有している上に、お互いも普通ではない関係になっていた。ことのおこりはふたりが好きな手塚が超鈍い上に、そのテニスプレー以外の所は本当に優柔不断で、ふたりのうちどちらも選べなかったことにある。
 もっとも至極普通の感覚の持ち主である彼が、いきなりテニスコートに呼び出されて、不二とリョーマにどちらが好きなのと訊かれて応えられなかったのは責められないだろう。更にそのままなし崩しにそういう関係になってしまったのも、お年頃の彼には罪はない。たぶん。
「…やっぱり、この間やった時に部長に下手っていったのが不味かったのかもしれないな」
 ジュースのストローをかき混ぜながらリョーマが溜息をついて言う。それに不二は頷いた。
「下手なんていったの?それじゃいくら手塚だって落ち込むよ」
「だって、部長っていくらやってもうまくならないからさ。はっきりと下手だと言ったら少しは精進してくれるかと思って」
「なるほど。まぁ、ボクもこの間、した時に同じ様なこといったけれどね」
「え?先輩も?なんて?」
「手塚は本当にテニス以外は不器用だねって」
「…いつもの調子で?」
「もちろん」
 不二はにっこりと笑って頷くと側を通りかかったウェイトレスにコーヒーを注文した。それから1/4ほど食べたケーキの皿をリョーマの方に押しつける。
「やっぱり、限界?」
「ボク、もともと甘いものそれほど好きじゃないし」
「オレは好きだけど、やっぱり限度ってあるよな」
 リョーマはそう言うとフォークで不二が寄越したケーキを食べ始めた。
「部長、早く帰ってこないかな〜」
「そうだね。でも山に入ったのなら、もう暫くは帰ってこないんじゃないかな?」
「ちぇっ。つまんない」
「…確かに手塚がいないといろいろなことに張りがでないよね」
「先輩はさっき、すごかったけど?」
「越前くんだって昨夜はすごかったよ」
 ふたりは口々にそう言うと再び見つめ合う。
「本当に、早く帰ってくればいいのに…」
「オレ、なんか部長に会いたくなっちゃったな」
 口々にそう言う彼らは極上の笑みを浮かべている。
 きっと今頃、山で手塚はくしゃみでもしているに違いない。そしてもう暫く帰るのは止めようと心に誓っているかもしれなかった。


fin.

written by もーりん

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