バレンタインの策謀


 「もうすぐバレンタインデーだね」
 心の底から嬉しそうな声で不二が言うと、彼の傍らで横たわりテニス雑誌を読んでいたリョーマが、顔を上げた。
「先輩は、部長に何をあげる予定?」
「勿論、僕にきまってるじゃない。そういう越前くんは決めたの?」
 くすっと笑いながら不二が問うと、リョーマも思案する様な表情をした。
「実は迷ってる」
「迷ってる?君が?珍しいね…」
「珍しいっすか?」
「うん、迷う君っていうのは、なんだか初めてみた気がするよ?」
 くすくすと更に楽しげに不二は言い、リョーマの顔を覗き込んできた。
 さらさらとした茶色の髪が鼻先を通るのを見つめながら、この人はやっぱり綺麗だと思う。それから目の前の先輩と正反対の容姿をした、彼らのダーリンの端正な顔を思い浮かべた。
「部長は、甘いもん好きだよね?」
「少なくても僕よりは好きだね、手塚は…」
「先輩は殆どダメでしょ?」
「うん、だから僕にはチョコはいいよ」
「いらないの?」
「チョコはいらない。でも代わりに…」
「部長をひとりじめはダメすっよ!」
 不二の言葉に何やら嫌なものを感じてリョーマがきっぱりという。
「もうそんなことは考えてないよ…いやだな、越前くんってば…僕のこと信用してないの?」
「そんなことないけど…」
 思いがけず傷ついた様な顔をされて、リョーマはちょっと戸惑った。
「でも、思ったんだ?酷いな…」
「…だって先輩って、何考えてるか判らないから」
「僕はいつだって、手塚と君のこと考えているよ?」
「ふーん」
 さすがにそれは嘘臭いと思いながらも、リョーマは目の前でくすくす笑っている不二から、視線を背けられなかった。
「それはさておき、僕は今年は手作りのお菓子を手塚に送ろうと思ってるんだ」
「手作り?」
「そう、チョコレートケーキを作ろうかなって思ってるんだ、一緒に作る?」
「…なんか難しいそうなんですけど…」
 それよりもこの人にまともなものができるのだろうか、と思ってしまう。何しろ味覚がかなり人と大きく外れているのだから。
「心配ご無用。ケーキのスポンジそのものは姉さんに作ってもらうから。僕たちがするのはデコレーションだけだよ」
「デコレーションだけ?」
「そう、チョコレートクリームを作って、それをスポンジに塗るだけ。うちの姉さんのケーキは前に食べたことあるよね?」
「うん、うまかった…」
 確かにあのケーキなら手塚も喜ぶだろうと考えて、リョーマは楽しそうに返事を待っている不二に視線を向けた。
「それじゃ、そういうことで…」
「うん、きまり。当日はうちでバレンタインデーパーティしようね」
「泊まりで?」
「もちろん」
「楽しみっすね〜」
「楽しみだね」
  きらきらと瞳を輝かせながら頷いた不二に、リョーマもにんまりと笑ってみせた。


 そしてその頃、家でうきうきと釣り竿の手入れをしていた手塚は、ふたつくしゃみをした。
「また、何か奴らが良からぬことはを考えているに違いない…」
 なんとなく走った悪寒に身を震わせながら呟いて、彼は溜息をつく。
 バレンタインデーを数日後に控えたある日のことだった。


『バレンタインの憂鬱』へつづく

written by もーりん

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