「おはよう、リョーマくん♪」
「わー!!!」
慌てて布団から飛び起きて、頬を押さえた。
「何すんだよっ!」
「何って…おはようのキスだけど?」
きょとん、と不思議そうに聞き返す不二を、リョーマは更に怒鳴りつける。
「それは分かってるけど! そうじゃなくて!」
「じゃあ何なの? あ、朝ご飯冷めちゃうから早く来てね」
「ちょっ…」
引き止める間もなく、不二はパタパタとスリッパを鳴らしてキッチンへ行ってしまった。残されたリョーマはがっくりと肩を落として溜息を吐く。
「…もー、何あいつ…」
リョーマはキスされた頬をごしごし擦ると、仕方なくパジャマを着替えてから自分もキッチンへと向かった。
――昨日いきなり現れた『父』不二周助は、今日は『母』になってしまったのだろうか。
キッチンでくるくる動いている不二を見て、リョーマが半分寝ぼけた頭でそんな事を考えていると、不二がリョーマに気付いて声をかける。
「何してるの? 早く座って座って」
促されるまま席に着くと、目の前には御飯・味噌汁・焼き魚・卵焼き・野菜の和え物・漬物といった純和風の朝食メニューが並んでいた。
アメリカの大学を出たという不二にアメリカナイズの起こされ方をしたので、てっきりパンとコーヒーの朝食が出てくると思っていたリョーマは、意外な気持ちでそれらを箸で口に運ぶ。
「どう? 美味しい?」
「………うん」
「良かった」
正直に頷いたリョーマに、不二はにこにこと嬉しそうに笑いながら、自分も席に着いて食べ始めた。
「リョーマくんは、その魚が好きなんだよね」
「何で知って……あ、母さん?」
「うん。倫子さんに聞いたんだ。父親になるんだから、子供のことも色々知りたかったしね」
「………」
リョーマは、ちゃんとだしの入っている卵焼きを食べながら、向かい側に座っている不二をじっと見つめる。味噌汁のお椀を持っていた不二がその視線に気付いて首を傾げた。
「どうしたの? 殻でも入ってた?」
「……ホントに母さんと結婚したの?」
「え? そうだよ? 昨日、戸籍見せたじゃない」
「見たけど……でも母さんから何も聞いてないし……」
オレに黙ってるなんておかしい、とリョーマがぽつりと呟く。不二はそんなリョーマを見て、しばらく黙っていたが、やがて箸をゆっくりと置いて口を開いた。
「―――初めて出会ったのは公園だったんだ。僕が落ち込んで泣いている時に、倫子さんに会った」
「な、泣いている時…?」
思わず聞き返したリョーマに構わず、不二は続ける。
「その時、倫子さんは一番言って欲しい言葉を言ってくれたんだ」
『――――よ、カンタンなことでしょ? バカねえ』
『倫子さん……』
『ん?』
『結婚して!』
『は?』
「いきなりプロポーズした僕に、倫子さんは一瞬呆気に取られた後、笑って僕の頭をはたいてくれたっけ……」
「………」
『やーね、コドモが何言ってるの。今いくつよ?』
『17歳』
『それは……私が許しても国が許さないわねえ。18歳にならないと(笑)』
『18になったら結婚してくれる?』
『あはは、いーよ』
『本当に?』
『ハイハイ』
『約束だよ』
『ハイハイ、じゃーね』
「―――って、倫子さんは笑いながら手を振って帰っていったんだ……」
言い終えて、不二が懐かしそうに遠くに視線をさ迷わせる。リョーマはしばらく黙ったままだったが、やがておそるおそる口を開いた。
「………それで?」
「? それでって?」
「それで終わり……?」
「うん。これが僕と倫子さんの馴れ初めだよv いやあ、子供に話すのは照れるねえ」
「………じゃなくて……それって母さんの冗談だったんじゃ…」
「冗談じゃないよ! ハイハイって2回も言ってくれたし!!」
「……………………」
大丈夫かこの男。
…っていうかホントに大学出てんのか?と、リョーマは少し、いやかなり不安になった。
「とにかく! そういうことだから、よろしくね」
強引に話をまとめようとしている不二にさすがに流されるわけには行かず、リョーマはぼそりと、しかしはっきりと否定する。
「よろしくったって……無理だよ、やっぱり。あんたのこと、父親になんか見えないし……」
「見た目なんて関係ないよ。僕は君の父なんだから、君のことを命懸けで守るよ!」
「…はあ?」
命懸け?
「ところで御飯のお代わりは?」
「…はあ?」
ゴハン?
まったく唐突に話を切り替えられて、一瞬何のことだか分からなかった。
「あ、もう食べてる時間はないかな?」
「…え?」
いささか回転の鈍くなった頭で、しかし何とか壁に掛けられている時計を見ると、なんと家を出なければいけない時間をとうに過ぎているではないか。
「うわっ!」
正気に返ったリョーマは慌ててキッチンを飛び出し、ばたばたと制服の上着や鞄を抱えると、そのまま家を飛び出した。
「いってらっしゃーい、車に気をつけてね」
後ろから呑気な声が掛けられ、馬鹿にするな!と言いかけて振り返ったリョーマだが、不二が家の前でにこにこと手を振っているのを見て、思わず脱力する。
そして、何となく、言いかけた言葉をやめて、代わりに「いってきます」と小声で呟くと、照れ隠しのように再びダッシュで走り出した。
聞こえる筈がないと思ったのだけど、それは聞こえてしまったらしい。
もう一度ちらりと振り向けば、不二が今度は嬉しそうに両手をぶんぶんと振っていたから。
「あーあ……」
何だかんだ言いつつも、自分が不二のペースに流されつつあることを自覚して、リョーマは走りながら溜息を吐いたのだった。
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2003.9.26
