不二リョでパパゴト 4



 中庭の人目につかない所まで不二を引っ張って全力疾走してきたリョーマは、ぜいぜいと上がった息を整える。
「リョーマくんて…走るの速いんだねえ……」
「………っ」
 同じように息を切らしながらも呑気に称賛の声を送ってくる不二を、リョーマがギロリと睨んだ。
「あんた…」
「周助」
「……は?」
「周助って、さっき初めて名前で呼んでくれたでしょ?」
 にこにこと嬉しそうに不二が言う。リョーマは慌てて言い返した。
「…っ、あれはっ! だって他に呼べないだろ!」
「え? パパでいいじゃない。先生達にも『リョーマくんのパパです』ってちゃんと挨拶するつもりだったのになあ」
「しなくていい!!」
 リョーマはようやく整えた呼吸を再び荒げて叫ぶ。そんなリョーマに不二は、今朝と同じようにきょとんと首を傾げたが、すぐに納得したように頷いた。
「リョーマくんたら照れてるんだね。カワイイv」
「………」
 つん、と不二に額をつつかれ、リョーマはがくりと脱力して膝を折った。そんなリョーマに構わず、不二は、ハイお弁当♪♪とリョーマの頭の上に弁当の包みをぽすんと乗せる。それと同時にぐぐーとお腹の虫も鳴ってしまったので、リョーマは諦めて渋々とそれを受け取ったのだった。

「……そう言えば、あんた仕事は?」
 弁当を開こうとする前に、リョーマがふと思って訊ねる。今は平日の昼間なのだ。
「周助でいいのに…強情だねえ」
 やれやれと不二が首を振る。顔を赤くしてリョーマが叫んだ。
「仕事はって聞いてるんだよ! 働いてるんじゃなかったっけ!?」
「働いてるよ〜。でも今日はパソコン運んだら疲れちゃったから休憩」
「…運送屋?」
「あはは、違う違う。小説家だよ」
「小説家ぁ?」
 思いっきり疑わしい目を向けるリョーマに、不二は口を尖らせる。
「あ、信じてないな。これでも結構売れてるんだよ?」
「………」
「ペンネームはねえ……って、リョーマくん全然読書しなさそうだから、言ってもわかんないかな?」
「…どーせ、わかんないよっ」
 悪かったな!と、実際本などまったく読まないリョーマは図星をさされてむくれてしまった。
 すると不二がゴメンゴメンと笑って謝る。
「もともと中学生向けの本じゃないから、リョーマくんじゃなくても分からないよ。難しい漢字もいっぱい出てくるし」
「………」
 またからかわれてしまったと怒りたかったが、一応謝られているのでそれも出来ず、リョーマは複雑な顔で不二を睨むしかなかった。そんなリョーマにかまわず、聞いてもいないのに不二が話し出す。
「今書いてるのはね、主人公が友人のために命懸けで戦うんだ」
「………」
 どっかで聞いたようなセリフである。
「…命懸けが好きなわけ?」
 呆れたようなリョーマの問いに、不二はどこか視線を遠く巡らせてから、ゆっくりと微笑んだ。その微笑みが何だか哀しそうに見えて、リョーマはまるで自分が悪いことを聞いてしまったかのように思えてくる。
「――僕の父はね、すごく強くてやさしくて格好良かった」
「…? ふーん…?」
 唐突な不二の言葉に、リョーマは戸惑いながらも相槌を打ったのだが。
「でも死んじゃった」
「………」
「僕を庇って死んだんだ。誘拐されそうになった幼い僕を助けようとして……最後まで強くてやさしい人だった」
 さらりとヘビーな過去を告げられて、リョーマは何も言えず黙り込んだ。不二は更に続ける。
「自分が父親になるんだって思った時に、父さんを思い浮かべたんだ。リョーマくんも多分父さんみたいな父親だったら嬉しいだろうな、と思って」
 強くて、やさしくて、格好良い…理想の父親だったら。
 そうやって懐かしそうに語る不二は、少し辛そうだけれど、どこかとても誇らしげで、リョーマは思わずぽつりと呟く。
「…俺は生まれた時から父さんなんていなかったから、そんな記憶でもうらやましいけど…」
 言ってしまってから、今のは少し不謹慎だったかなと不二の顔を伺えば、彼は特に気にした様子もないらしい。
「今はいるでしょ? パパ」
 なんて、笑いながらちょいちょいと自分を指差している。
 リョーマはそれを見て少しほっとしたものの、途端に何だか腹が立ってきたので、わざと冷たく不二の言葉を否定した。
「無理だよ。あんたを父親だなんて思えない。こんなの、ただのママゴトみたいじゃん」
「………」
 また、今朝のように不二が「そんなことないよ!」と食って掛かってくると思っていたのだ。それなのに。
「……そうだね」
 予想に反して、不二はただ静かに頷いただけだった。
「…っ」
 わざと冷たくとはいえ、言ったことは本当のことだ。今朝から散々繰り返していたことだ。なのに、それまでとは違い、やたらと寂しげに俯く不二を見て、リョーマの胸がちりちりと痛んだ。
 何だよ…まるで俺がいじめたみたいじゃんか…と、リョーマがうろたえかけた途端、不二が突然がばっと顔を上げた。
「まあ、ママゴトじゃなくてパパゴトだけどねっ」
「………は?」
 人差し指を立てて、唐突に明るい口調で言われたセリフに、面食らったリョーマが間の抜けた声を出す。
「あれ? 面白くなかった? ママじゃなくてパパだからパパゴト♪」
「……………」
「うーん、せめて親父ギャグで父親度をアップさせようと思ったんだけど…外しちゃったかな?」
 えへ、と笑って可愛らしく小首を傾げる仕草に、リョーマは心の底から脱力して項垂れた。
 やっぱこいつ変だ……
 父親としてというよりも、人格の問題なんじゃないだろうか。と、思わず母親の趣味を疑ってしまう。
 まさか顔だけで選んだわけじゃないよね母さん。
 整った不二の顔をちらりと見上げて、自分の母親は面食いだったかどうかリョーマが必死で思い出そうとしていると、突然頬に温かいものが触れた。
「?」
「ハイ、お茶」
 今までどこに隠していたのか、不二がお茶のミニボトルを差し出している。
「どうも…」
「どういたしまして。コートのポケットに入れてたから、まだあったかいでしょ」
「…うん」
 ボトルを受け取り、その温かさに素直に頷くと、不二は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、僕、帰るね」
「…うん」
「バイバイ、リョーマくん」
「……」
 さすがにバイバイとは言わないリョーマに、不二はくすくすと笑いながら、手を振って帰って行った。笑われて少し仏頂面で不二を見送り、リョーマは手の中の弁当とお茶を見る。

 まあ、顔だけでもないかな……

 でも変なやつだけど、と、リョーマは忘れずに心の中で自分に言い聞かせた。

 ちなみに、弁当を開け、ご飯の上にハート型に散らされたピンクのフレークを発見した際、やっぱり変なやつだ!ぜったい変なやつだ!母さんのバカ!と、更に激しく繰り返したことは言うまでもない。




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2003.12.26