「―――で、一体どうしたっていうんだ、越前」
「はあ……」
翌日の昼休み。
昨日と同じく午前中の授業を寝倒してしまったリョーマは、やはり昨日と同じく職員室で担任の手塚から説教を受けていた。
無理もない。昨夜はいろいろあったのだ。
家に泥棒が入っただけでも大変だったというのに、泥棒を警察に引き渡した後、「仕切り直ししなきゃ!」と言い張る不二に流され、ジュースで乾杯して残りのご馳走を平らげ、駄目になったケーキの代わりに不二が即席で作ったホットケーキに二人で生クリームの飾り付けをして夜中だというのにそれを食べ、腹ごなしにプレステの対戦ゲームを始めて、やたらと盛り上ったところまでは覚えているが……そこから記憶がない。
気が付いたら朝だった。
しかも、遅刻ギリギリの時間だったのでリョーマは慌てて着替えて家を飛び出して来たのだが……。
(……なんであんなトコで寝てたんだか……)
慌てたのは時刻だけのせいでもない。
目が覚めたら、何故か目の前に不二の顔があったのだ。おまけに何と腕枕までされていて、それに気付くや否や、リョーマは速攻で飛び起きた。すこぶる寝起きの悪いリョーマにしては快挙とも言える覚醒であった。
しかし、夜更かしして疲れてそのまま適当に寝てしまっただけなのだろうが、思い出すと何だか妙に恥ずかしいシチュエイションに、リョーマの顔が今更ながら赤らむ。
そんなリョーマを見て、手塚は説教を中断して心配そうに訊ねた。
「越前、やはり具合でも悪いんじゃないか?」
「そんなんじゃないっス!」
リョーマは慌てて首を振る。
そして、ただちょっと寝不足で…と続けた途端、後ろから明るい声が降って来た。
「どーせ夜中までプレステでもやってたんだろ、おチビ〜」
ニカニカと笑いながら現れた菊丸が、リョーマの頭を丸めたプリントでパコンと叩く。あながち間違ってもいない指摘にリョーマはあえて黙って叩かれた頭を抑えたが、代わりに手塚が溜息を吐いた。
「ゲームで夜更かしをしているのは菊丸先生でしょう」
「あれっ、何で知ってんの手塚センセってば!」
「今朝寝坊して教頭先生に怒られている姿を見たからな」
「げ」
「ぷっ」
まるで漫才のような二人の教師のやり取りに、リョーマが笑いを零す。
その時。
「失礼します」
職員室の扉を開ける音と共に聞こえてきたその声に、リョーマは思わず振り返った。
「あ、リョーマくん♪」
「!!!」
不二が笑いながら手を振っている。昨日も見たような光景だった。
そして、やはりリョーマも昨日と同じくダッシュで駆け寄る。
「なななんで今日も来るんだよっ!」
「それは今日もリョーマくんがお弁当を忘れたからだよ〜…って言いたいけど、作ってなかったものは持っていけないよねえ。二人して寝坊しちゃったもんね」
エヘヘ、と不二が笑って弁当の包みをリョーマに手渡す。それは昨日よりも大きかった。
「今朝は朝御飯も食べてないでしょ? だからその分たくさん作ったんだ。パパの愛情もたっぷり入ってるからねv」
「「パパ………?」」
「うわっ!」
いつの間にかすぐ側に来てたらしい手塚と菊丸が、不審そうな顔をして不二を見ている。
「あ、昨日はどうも。リョーマくんの担任の先生ですよね? 僕はリョーマくんのパパの周助です。いつもリョーマくんがお世話になって……」
「わーーー!!!」
嬉しそうに念願の挨拶をし始めた不二をもちろんリョーマは止めようとしたのだが、間に合わなかった。
「「パパ………」」
手塚と菊丸が声を揃えて呆然と呟く。
「周助! 弁当ありがと!」
だからもう帰った帰った!と言うように、リョーマが不二をぐいぐいと職員室から押し出し始めた。
けれど、その途端、不二が小さく呻く。
「あたた……リョーマくん、そっちの腕あんまり押さないで。昨夜ずっと君を腕枕してたから、まだ痛むんだよ」
「「腕枕………」」
「だーーーーー!!!!!」
ガラガラピシャーン!
リョーマの絶叫と共に、扉がものすごい勢いで閉められた。
ぜいぜいと息を荒げるリョーマに、扉の向こうに追い出された不二が呑気な声をかける。
「あ、そうだ。リョーマくーん、今夜は何食べたい?」
「何でもいい!」
だからさっさと帰れー! という心の声は当然届かない。
「そんな張り合いないこと言わないで〜」
「じゃあ茶碗蒸し!!!」
「オッケー♪ 早く帰ってきてね〜〜♪♪」
そんな浮かれた不二の返事の後、ツーステップを踏んでいるらしいスリッパの音が小さく遠ざかっていった。
ようやく帰った不二に、はああ〜〜…と扉にもたれて脱力したリョーマだったが、背後に不穏な気配を感じて、慌てて振り返る。
そこには、信じられない、という顔で自分を凝視する手塚と菊丸の姿。
そして、唐突にがしっと両肩を掴まれた。
「え、越前……おまえは何てことを………!」
「おチビ…! オレ、おチビのこと信じてたのに……!」
「―――は?」
聞き返すリョーマに構わず、二人の教師は喋り続ける。
「突然母親をなくして辛かった気持ちは分かる……しかし、だからと言ってこんな……!」
「はっ、もしかしておかーさんが借金でも残してたの!? それでおチビは仕方なく…っ」
「そ、そうなのか越前!?」
「何でこうなる前に相談してくれなかったんだおチビ〜!」
「確かに教師なんて安月給のしがない地方公務員だが、しかし生徒のためなら例えサラ金に手を出してでも……!」
「そうだよ! いざとなったら銀行強盗してでも……!」
「……………」
次第にエキサイトしていく手塚と菊丸とその内容についていけなくなったリョーマだが、ようやく隙を見て何とか抗議の口を挟む。
「あの……言っとくけど、母さんは借金なんかしてないっス」
リョーマの言葉に、二人の教師が顔を見合わせた。
「いや、だが、パパ……なんだろう?」
「おチビ、エンコーしてるんじゃないの?」
ぶちっ
リョーマがキレる音がした。
「こんのアホ教師ーーー!!!」
何だか昨日も同じようにこうして誰かを怒鳴りつけた気がするが、そんなことはどうでもいい。
危うく職員室で校内暴力発生…というところで、振り上げたリョーマの手は扉を開けて入って来た人物によって止められた。
「越前リョーマが援助交際をしている確率、3%未満……」
現れたのは化学担当の学年主任、別名データ教師・乾である。
「ここ二日ばかりやたらと居眠りが多いものの、今までも居眠りの常習犯であり、体育の授業をエスケープすることもないし、際どい所までは判らないが身体に妙な痕が付いているとこもないしだるそうな様子もないし特に身体の動きがおかしいわけでもない。携帯電話も所持していないし腕時計その他装飾品は一切なし。昼食はコンビニや購買部を利用、特に羽振りがいいわけでもない。ここ二日はどうやら弁当のようだが……援助交際のパトロンが弁当を作って校内まで届けるというケースは常識的に言って有り得ない」
………おまえの存在自体が有り得ないと思う………
乾以外のここにいるすべての人間がそう思ったが、あえてそれを口に出す者はいなかった。
とりあえず、データと言うよりほぼストーカーと言って差し支えないような教師に掴まれている手が何だかぞわぞわするので、リョーマがそれを早々に振り払う。そしてよく分からないが妙な誤解を解く為に、仕方なく本当の事を話し出した。
「あの、あいつは……その……オレの父親、なんですけど」
「えーっ、パパってそっちのホントのパパってこと!?」
途端、菊丸が驚きの声を上げる。
「ホントの…ってわけじゃないけど、母さんと再婚したって言ってたっス」
「再婚? ちょっと待て越前、彼は高校生くらいにしか見えなかったが実は30歳くらいなのか?」
物凄い童顔だな…といつも老けて見られてしまう手塚が半ば感心したように訊ねる。
「18歳っス。18になったその日に母さんが死んじゃったって……」
「……それは変じゃないか?」
それまで黙々とメモを取っていた(いつものことなので誰もがスルーしている)乾が、キラリと眼鏡を光らせた。
「確かに法律で18歳以上の男子は結婚が認められてはいる……18の誕生日当日に籍を入れる事は可能だ……いや、だがしかし………」
何やらぶつぶつと呟き始めた乾だったが、やがて再び眼鏡を光らせる。
そしてリョーマに、驚くべき予想を告げたのだった。
「越前、君のお母さんが再婚していない確率は90%以上だ。一度、戸籍をちゃんと調べてみるといい」
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2004.9.20
