「――――バレたか」
調べてみたら、乾の言った通り、リョーマの母が再婚した事実はなく。
家に帰ったリョーマがその証拠の戸籍謄本を突きつければ、不二はあっさりと白状したのだった。
「どういうことだよ!?」
最初に見せてくれたあの戸籍はいったい何だったんだと、リョーマが不二に詰め寄る。
不二はエプロンを外して椅子に掛け、俯きながら淡々と答えた。
「あれは僕が作った物だよ、パソコンで適当にね」
「な…っ」
「本当は、籍なんか入ってないんだ」
「!!」
まさかとは思っていた。
けれど、こうして証拠もある上に不二がそう言うのなら、それは間違いない。本当に、不二と母さんは結婚なんてしていないのだ。
最初から……たしかに最初から変だとは思っていたけど、おかしいと思っていたけど、でもこの人は自分の母親と結婚して、そして自分の父親になったんだと。そしてそれがそんなに悪いものではないと、まんざらでもない、むしろ嬉しいとさえ、思い始めていたのに。
動揺するリョーマに、不二が苦笑しながら続けた。
「もう一日早かったらちゃんと入ってたかな? 倫子さんが、僕が18になる前に……死んじゃったから、無理だったんだ。ううん、どっちにしろ――」
僕の片想いだったから、無理だったかな――?
「!?」
少し寂しそうに笑いながらそんなことを告げられて、リョーマは呆然としてしまう。驚きすぎて言葉もない、とはこのことだろう。
「ごめんね、嘘の父で。本当にママゴトだったんだよ」
「…っ」
「ただ、彼女の息子が困っているなら助けたかったから……それは、本当なんだ」
『倫子さん、子供いるんだ』
『うん、リョーマって言うの。まだちっちゃいくせに生意気で可愛い気がないとかよく言われるけど、でもホントはすごく優しくて、照れ屋で、そしてちょっと寂しがりやなのよ』
『へえ、何か可愛いね』
『でしょ? 大人になるまで私が守ってあげるの』
「―――倫子さんの代わりに、僕が君を守ろうと思ったんだ」
俯いていた顔を上げ、不二がまっすぐな眼差しでリョーマを見つめる。
不二の言っていることに嘘はないと、リョーマは思った。この男は最初に現れたときから、そう言っていた。守るって。そして実際に……守ってもくれた。
戸籍こそ、偽物だったけれど、でも。
そう戸惑いながらもリョーマが自分を信じてくれた様子を見て、不二は嬉しそうににっこりと笑った。
「だからさ、楽しかったよ。えーと、パパゴト? 僕は早く父親になりたかったから、余計に楽しかったけど……ほら、父が僕のせいで死んだって言ったでしょ? ずっと父さんみたいになりたいって思ってたんだ」
誇らしげに話す不二は、けれど次第に声のトーンを落として、そっと俯く。
「でも、父さんみたいにならなきゃっていうプレッシャーもあって…」
…父さんが自分を命懸けで助けてくれてから、ずっと思ってた。
何故、僕を命懸けで助けたんだろうって。
そんな価値ないのに。強くて優しくて何でも出来る父さんが生きてた方が、ずっと価値があるのに。
父さんの命の方が、重いのに……って。
死ぬ時、父さんは笑ってた。
良かったって。おまえが無事で良かったって笑ったんだ。
僕はそれから、父さんみたいに強くて素晴らしい人にならなきゃって、がむしゃらに勉強したよ。強くなろうと武道もやった。早く大人になりたくて、留学して人より早く卒業して自分の才能が生かせる職業に就いて……でも何かにつまづく度にいつも思うんだ。
やっぱり僕は父さんみたいになれない。
あの時、父さんの命を消してしまった僕が許せない。
どうして父さんは僕をかばったの? どうして自分より僕を選んだの?
どうして―――
「……バカじゃないの、あんた」
どこか遠い目をして話していた不二の言葉を、リョーマが遮った。
「そんなの、子供のことが……あんたのことが好きだったからに決まってるじゃん」
「―――――…」
リョーマのその一言に、不二が大きく目を見開いて、そして次の瞬間、顔をくしゃくしゃにして笑った。
「…ははっ、倫子さんと同じことを言う……さすが親子だね……」
落ち込んでいた時に、優しく声をかけてくれたひと。
『何、泣いてるの?
バカねえ。そんなこと気にしないの。
親が子供を守るのは―――
好きだからよ
大好きだから
ね? 簡単でしょう――?』
こんな簡単なことが、ずっとわからなくて。
たくさん落ち込んで、泣いて、苦しんでた。
そんな苦しみから救ってくれたひと。
『お父さんのこと、大好きだったのね』
『うん―――』
そして、優しく笑い返してくれた彼女のことも―――好きになった。
彼女を好きになって。
彼女に子供がいるのを知って。
その子が父親という存在を持ったことがないと、知った。
だったら僕が、大好きだった父さんがしてくれたみたいに一緒に遊んで、笑って、そして守りたいって―――
そう思ったんだ。
「………」
リョーマは黙って不二の話を聞いていた。
そんなリョーマに不二は優しく微笑むと、打って変わって少しふざけた口調で言う。
「あと、だっこしたりおんぶしたり肩車したりとか」
「だ…っ、そんなんしなくていい!」
案の定の反応に、不二はちろりと舌を出して笑った。
「あはは、そうだよね、リョーマくんもう中学生だしね……実は倫子さんがちっちゃいなんて言うから、初めは5歳くらいの子供だと思ってたんだよねえ」
「どーせ、ちっちゃいよ!」
憤慨するリョーマに、不二はごめんごめんと笑って謝る。
しかし、やがてすぐに真剣な顔をしてリョーマに向き直った。
「本当にごめんね」
「……べ、べつに」
何もそんな本気で謝らなくても…とリョーマが言いかけた時。
「騙して、ごめん」
「―――」
「でも、楽しかったよ。ありがとう」
「え…」
「僕は出て行くから」
そう言って、不二はゆっくりとリョーマの横をすり抜けていったのだった。
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2004.12.24
