誰だって、秘密の一つや二つや三つ。
四つや五つや六つや七つ。
オレだってある……そんなに有るかは知らないけど、まああって当然だし。
別に、隠すなって言う訳じゃないし。
でも……それはさ、なんかね……
「ええ―――!!不二先輩って帰国子女だったんスか!?」
「あれ?知らなかった?」
寒さ本番。2月という、冬真っ只中の今、しかし中学部活動は朝練中でも元気。
特に……青学男子テニス部は……年がら年中元気だ。
そして、今朝一番の雄叫び。それは二年の桃城武によるもの。答えるのは、夏でも冬でもオールシーズン涼しげな、テニス部三年、不二周助。
最近のテニス部キャッチコピーは"エスカレーターってステキだね"
つまり、そういわんばかりにとっくに引退したはずの最上級生が出張っているのだ、ここは。
いい加減二年に権限譲って引っ込んでくれ、と言いたいかどうかは、今回の雄叫びとは全く関係ない。
彼が思わず叫んでしまったのは、今まで知らなかった衝撃的事実が明るみに出たためだ。
それは彼も言った通り"不二周助が実はアメリカ帰りの帰国子女だった"という事。
突然の桃城の大声に、周りは一斉に二人の方を向いた。
それらの視線は大別して2種類に分けられた。
一つは不二と同じ類のもの。もう一つは桃城と同じ類のもの。
それは、完全なまでに三年と一、二年に分かれていた。
「あれ――?っかしーな〜。一時期、すっげー話題になったじゃん。"年上が同じ学年にいる"ってさ」
すかさず話題に飛び込んできたのは菊丸。
「それはオレ達の間でのことだろう。しかも入学したての頃」
隣にいた大石が、穏やかにパートナーのセリフを否定してきた。
しかし菊丸はそれに納得せずに、さらに首を傾げた。
「そうじゃなくてさ。皆騒いでたじゃん。"めちゃめちゃ美人!!すげぇ"とか"カッコイイ〜〜〜〜っ"って」
「ああ、それは……」
ここまでくると、次に来るのは物見高いデータマン。すっかりマネージャー業が天職となっている乾だった。
彼はまる秘ノートをめくりながら、わざわざ逆光のなかから出てきた。
(乾先輩ってさ……)
(言うなよ今更。ここまで耐えたんだ。あともう少し位何も言わずに過そうぜ)
それを見ていた平部員1.2がなにやらこそこそ話すが、話題の中心にはそんなことどうでもいいことだ。
彼は程よい距離で止まると、一度、部員達をぐるっと見回してノートに再び視線を戻した。
「多くの生徒が不二の本性に気付かずに騒いで、結果地獄を見たっていう件だね。それ以来、この騒ぎの大元だった不二周助のプロフィールについては誰も語らなくなった……」
その乾のセリフを追って、不二は独特の微笑みと共にチームメイトに言った。
「嫌だな、乾。それじゃ、まるで僕が悪い事をしたみたいじゃない」
(……したんだろ……?)
この場にいた事情を知らない者達を含め、一人残らずそんなことを思った。思ったからといって誰が責めることもない。全ては日頃の行いだ。
「あー……だからオレら知らなかったんスね」
フォローの様に慌てて口を開く桃城。しかしそんな事では、この凍えた空気なんてどうすることもできない。
さらに悪い事に、こんな時に限って普段はいない人間がいたりするのだ。
「不二先輩……オレ、全然知らなかったんスけど」
小柄な体の背後にしっかりと奇妙なオーラを漂わせて、人ごみの後から前に出てきた少年。
無表情ながら、滲み出る怒りを纏わりつけた彼は正真正銘、不二周助の恋人。生意気盛りのルーキー、越前リョーマ。
多分、その生意気は一生続くと思われるが。
「げ……越前!!お前遅刻じゃなかったのかよっ!」
明らかに不機嫌なリョーマを見た周囲の反応を代表して、桃城が顔をひきつらせつつ声を上げた。
その表情が語るのは"ヤバイ"
正直者の彼には、表情を隠すことなどできなかった。それが、この王子サマには火に油なことを知りつつも。
「桃先輩、ウルサイ」
先輩を先輩とも思わない視線で、リョーマは桃城に冷ややかな一瞥と愛想の欠片さえ見当たらない言葉をくれた。
「うわ……機嫌わりぃ」
そんな後輩の反応に、どこか面白そうに桃城が顔を顰めるのは、彼の性格のせいか、リョーマのキャラクターのせいか。
とにかく、リョーマはそんな一年年上の先輩をやりすごすと、すたすたと恋人の目の前へと歩いていった。
そしてピタっと目の前で止まり、不機嫌な様子を隠す事なしに不二を睨み付けるのだ。
周りは、突然起こった修羅場に避難できず、更に恐怖の為に口を開けれずに固まっていた。
(頼むから痴話喧嘩は他所でやってくれ……!)
それがここにいる殆どの者の意見だろう。
ごく一部の変わり者達は、興味ありげに成り行きを見守っているのだが。
「オレ、先輩が留学してたなんて初耳ですけど」
そして、暫くの沈黙の後、リョーマが先ほどと同じような事を口にした。
明らかに怒っているリョーマ。
"なんで今まで言わなかったんだ"とその顔に書いてあることは明らかだ。
確かに、これがただのチームメイトなら話は別だが、リョーマは仮にも恋人だ。それがプライバシーと密接に関わるようなトップシークレットなら仕方がない。けれど、自分以外に知っている人がいるのだ。それも、不二にとってどうでもいい人間まで。
それなのに自分は知らない。
実はどうして、好きなものに対しては独占欲の強いリョーマには、かなり面白くない事態である。
ここは素直に謝っておいたほうがいい。誰もがそう思うなかで、しかし不二は……
「うん。言ってなかったからね」
よりにもよって穏やかに微笑んでそんな事を言ったのだ。
「!」
当然、謝罪辺りを期待していたリョーマにとって、それは意外な言葉であり、当たり前のように火に油。
「ふーん……」
怒りに顔をひきつらせながら、いつもの様に気のない相槌を打つ。けれどその言葉にどれだけの皮肉が込められているのだろう。
しかし悔しそうに、多分反射的にだろう、唇を噛んだ彼は、ギャラリーにとっては実に新鮮だった。
赤くなった、まるで血が滲んだかのような唇と、怒りに燃えるような瞳は、そんなリョーマに良く映える。
(あんな顔もするのか……)
だれもが驚き、それと同時に何かを感じるのだ。ゾクっと体を走りぬける痺れと冷たさを。
そんなリョーマに誰が見惚れないというのか。
不二はただ真っ直ぐにリョーマだけを見ていた。
そして変わらず穏やかな笑顔を浮かべて、更に逆鱗に触れていくのだ。
「リョーマ君、怒ってるの?」
「誰が」
あくまで柔らかな物腰を崩さない不二の問いに、リョーマはキツい視線を返した。それに確かに怒っているんだと、周囲は理解した。しかし……
不二はなにが可笑しいのか、くすっと笑みを零した。
「?」
そして、訝しげな表情をするリョーマに、不二は口を開く。
「嫉妬してるのかと思って」
「なっ……そ、そんなこと……!!」
その途端、リョーマは面白いくらい羞恥に頬を染めて、動揺した。
その変わり方はいっそ見事と言うほど。
先ほどまで怒り心頭だったリョーマは、今まで誰も見た事の無いような表情を晒している。
顔を赤くして、うろたえて、カワイイとさえ言えるリョーマ。
当然、周りを囲むギャラリー達は驚いた。
(越前が越前じゃない……!!!)
確かにカワイイのも美人なのも認めるが、一体誰が動揺して恥ずかしがるリョーマなど見た事があっただろうか、いやない!
その動揺は大きく、関わり合いになるのを恐れて、息さえも殺そうとしていた周囲がざわつくほどである。
しかし、リョーマをそんな風にした大元は、一人なんでもない顔で……いや、彼はそんな周囲の反応を実に楽しそうに眺めているのだ。
「……不二先輩……まさか………」
そんな恋人の様子に、リョーマははた、と何かに気付いて恐る恐る口を開いた。
「………………わざと?」
何がわざとなのか、リョーマが半ば確信的に呟けば、返ってくるのは完璧なまでに整った笑顔。
「そう。わざと」
(何がわざとなんだ―――!!!)
更にざわつく周囲を尻目に、リョーマは思いっきり脱力した。
「知ってたけど……信じらんない……」
「Can't you believe me? I'm just deeply in love you.(信じられない?僕はただ、とてもキミを愛してるだけだよ)」
悪気も何もない、穏やかな表情で微笑まれてリョーマが思ったことは色々だが、言いたい事はただ一つ。
「I won't understand about you!(絶対先輩の事、理解なんてしないから!)」
リョーマがどちらかと言えば冷めた性格をしているからと言っても、こんなセリフはいくらなんでも言わない。
なので、かなり本気で言ったのだが……
不二周助は、意地の悪い人間だった。それこそ、徹底的に性格が悪かった。
彼は、リョーマの言葉を受けて口を開いた。
「Hmm……You can believe me, can't you?(ふーん……じゃあ、信じてはいるんだ)」
「……………………っ!!!」
何も言えないリョーマ。それには二つの理由があった。
一つは、不二の言ったセリフのため。あげあし取りやがって!!という事。そしてもう一つは……
リョーマにしか向けられない、彼の心からの笑顔のせい。
「〜〜〜〜っ、バカ―――!!」
不意討ちだったと言うかなんと言うか。
これ以上ないほど真っ赤になった王子サマは、心の底から叫ぶのだった。
「結局さ……不二は何がやりたかったんだ?」
そんな一騒動の後、訳がわからない、といった顔で菊丸はパートナーに話しかけた。
「さあ……オレにもよくわからないんだよな…」
だが人の良い大石に、よりにもよって不二周助の考えが分かるはずもなく、質問には首を傾げるという答えが返ってきた。
「んじゃ、乾は?」
とりあえず、自分より確かな答えをくれそうな人間を見繕って尋ねる彼。
それに答えて、乾は口を開いた。
「多分、見せつけなんだろうね」
「見せつけぇ?」
来たのは簡潔な答え。しかし、それだけの情報で菊丸に理解を求めるのは酷だった。しかし、その隣にいた大石には分かったらしい。
「ああ!!なるほど」
ポンっと手を打つ彼。菊丸は"ぜんっぜん、分からん"と首を傾げるだけだ。
「だからな。不二は俺達の目の前で越前にあんな表情をさせることで、越前との仲を見せつけたかったんだよ」
「………………不二らし――――」
菊丸は示された答えに、それだけ言った。
「俺達はもうすぐ卒業だからね。出ていく前に、改めて後輩に釘をさしたかったんだろう」
そして乾は、まとめとばかりにそれだけ言って、パタンとノートを閉じるのだった。
その時彼らそれぞれの胸の内にあったことは……
(何があっても越前に手を出すのは止めよう)
どうやら、不二は同級生にまで改めて釘をさしたようだった。
「で、なんで今まで秘密にしてたの?」
菊丸達とは別に、騒動の後、リョーマと不二は二人きりで改めて話していた。
因みに、コート。部活中である。
部長は……もう、関わりになる事を止めたのか、完全無視だった。
「簡単だよ。時々、リョーマ君が思い出した様に使っちゃう英語を、分からない振りして実は分かってたら……楽しいじゃない」
「………………分かってた事だけど……先輩って、サイテ―だよね」
リョーマはため息を吐くのも今更、といった感じで感想を述べた。
「僕は、リョーマ君のためだったらいくらでもサイテ―になるんだよ」
「それにしても、人権無視だね」
「恋人特権」
「……なんで、オレ、不二先輩の恋人なんてやってるんだろう」
もう、我慢も限界、という様子でリョーマが情けなさそうに言うと、それには最高の返事が返ってきた。
「愛してるから」
「……………………」
ナゼ、自分の気持ちを人に断言されなければいけないのか。
けれど。
「リョーマ君」
自分限定の笑顔を浮べた顔がのぞき込んでくるので……
仕方ないから、啄ばむだけのバードキス。
部活中だけど応えてあげるなんて……オレもまだまだだね。
額に青筋を浮かべる部長と、必死にこちらを見ないようにしている部員達を横目で見ながら、リョーマは可笑しそうに笑うのだった。
fin.
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朝さんから戴きました♪
『不二先輩は実は留学してたんだ!だから閏年生まれでもおかしくないんだよ』編〜v
7巻発売後、不二先輩のプロフィールを見て持ち上がった疑惑・・・
某Nさんが原作中でリョーマが1999年日付の雑誌を読んでいたというので。
更に私が「実は留学してたんですよ!」と言ったらなんとお話にして下さいました!
しかも元ネタが一応コチラということで戴いてしまいました・・・感激vvv
元々私、リョーマが英語で話してるのが大好きなので・・・しかも不二先輩まで♪
嬉しいです〜〜朝さん、どうもありがとうございました!
まー実際は『不二先輩の生まれた年だけ実は閏年だった』説が有力ですけど(笑)
天才に不可能はない!ってか?
2001.2.8
