揺れて揺られて抱きしめて



 リョーマが不二に抱きついた瞬間、その場にいた全員は石になった。

 二人が付き合っているということは確かに周知の事実である。
 しかしここは部室で、まだ部員が大勢(と言ってもレギュラー+乾だけだが)残っているのだ。 こんな衆人の前で不二からならともかく、リョーマの方から「抱きつく」なんて……と、周りの反応も無理はない。 当の不二でさえ、突然の恋人の行為に思わずその目を見開いたほどだ。
 けれど不二のそれはもちろんほんの一瞬のことで、不二はすぐにリョーマの背中に手を回すと優しく抱きしめて囁いた。
「どうしたの?リョーマくん」
「……………」
「あぁ……大きいの?」
「………」
 シン、と静まり返った部室の中でさえ、リョーマの声は小さくて周りの人間には聞き取れない。 その中で不二ひとりだけが何やら納得した様子で、腕の中のリョーマを更にぎゅっと抱きしめた。
 そんな二人を周りは、やれやれと溜息をついたり、悔しさに歯軋りしたり、眉間に皺を寄せたりと様々な反応を持って見ていたわけなのだが、しかし不二があろうことかリョーマを抱いたまま部室の中央にある机の下に潜り込んだので、さすがに皆一様に仰天してしまう。
「不二!何を……」
 一番に正気を取り戻した部長の一喝が響かんとするその時。

 ぐらり

「!?」
 部室が大きく揺れた。カタカタとロッカーが鳴っている。床が小刻みに揺れている。いや、正しくは地面が揺れているのだ。
「地震だ!」
 まるで誰かのその言葉を合図とするかのように、ロッカーの上に無造作に積み上げられていた古いラケットやボール、その他雑用品が次々と落下し始めた。
「いてっ!」
 桃城の頭を古いテニスシューズが直撃した。
「ほいっ!」
 菊丸は持ち前の動体視力の良さで落下物の動きを見切り、素早く避ける。だがその先が拙かった。
「うわっ!」
 避けたはずみで大石にぶつかり、その拍子で大石の頭はガン、と壁に激突した。
「……っ!」
 外に脱出しようと扉を開けた海堂は、しかしその矢先に転がってきたボールを踏んでしまい、ボールと共に無言で転がる。
「うおおお!」
 偶然にも手元にラケットが落ちてきた河村はバーニングに豹変した途端、更に二つ目のラケットに後頭部を直撃され、昏倒してしまった。
「この揺れは恐らく震度4、いやもしくはそれ以上……」
 ブツブツ呟きながら、乾は頭上にノートをかざして落下物を叩き落とす。その度にキィンと鳴る金属音が乾ノートはやはりただのノートではないということを表していたのだが、生憎とそれに気づく者はいなかった。
「く…っ」
 机の上から落ちそうになっている部日誌や筆記具を間一髪で拾い上げた手塚は、しかしその机の下でぴったりと抱き合っている不二とリョーマを直視してしまい、動揺のあまり机の角でしたたか頭を打ってしまった。

 こうしてある程度平等に(一部を除いて)被害を被ったところで、ようやく揺れが収まりを見せる。余震も収まった頃合を見計らって、机の下から不二がごそごそと出てきた。もちろんその腕にはしっかりとリョーマを抱いたままである。
「けっこう、大きかったねぇ」
 呑気なことを言いながらパンパンとほこりを払う。そして辺りの惨状には目もくれず、自分とリョーマの荷物を片手で抱えると。
「じゃ、お先に」
 にっこりと笑ってリョーマを傍らに抱いたまま、部室を出ていってしまった。その際、扉付近に転がっていた海堂をいっそ優雅とも言える足技で退けていった不二を、残された面々(意識のあるものは少なかったが)はただ呆然と見送るしかなかった。




「日本って地震があるからキライ」
 ムスッと頬を膨らませてリョーマが呟く。拗ねたようなその口調は、先程見せた自分の醜態の照れ隠しだ。それを十分理解している不二は、そんな不機嫌そうなリョーマさえも可愛くてたまらない。
「日本は火山国だからね。やっぱり将来はオーストラリアかシンガポールあたりで暮らそうか?」
 スイスもいいけど寒いしね、と不二はにこにこ笑って続ける。何がやっぱりなんだか…とリョーマは呆れた顔で上機嫌の不二を見上げた。
 不二の機嫌がいいのは先程人前で(と言っても後半は机の下だったが)堂々とリョーマといちゃつけたからだ。リョーマにそんなつもりは毛頭なかったのだが結果的にはそうなってしまったので今更どうこう言う気もない。それに思い出すのも恥ずかしいので、リョーマは再び不機嫌そうにそっぽを向いた。
「でもリョーマくんの好きな温泉はやっぱ火山がある日本じゃなきゃねぇ……和食もそうだし。あぁ、そうだ。シェルター付きの家を建てて日本に住むなんて、どうかな?」
「……ひとりで住めば」
「ちゃんと温泉も引いてあげるからね♪」
「……………」
 人の話を聞かないという恋人の性格は今に始まったことではないので、リョーマは諦めて溜息をひとつ吐いた。そんなリョーマをちらりと見て、不二は少しだけ意地悪そうに笑う。
「そうそう、日本にいれば地震の度にリョーマくんが抱きついてくれるしね」
 そんな風に改めて自分の弱点を蒸し返され、リョーマの頬がカッと赤くなった。
「…っ、そのうち慣れるから!そうなったら絶対に抱きつかないっ!」
「ふぅん?じゃあ、僕から抱きついちゃおう」
 そう言うと、不二は赤くなったリョーマを素早く後ろから抱きしめる。
「ちょ…っ、今は地震じゃないだろ!」
「揺れてなきゃダメなの?」
 ジタバタと身を捩りながら振り返るリョーマに、不二はにっこりと笑った。
「あとでベッドの上で思いっきり揺らしてあげるねv」
「バ……バカッ!!」




 そして翌日。
 有言実行の恋人に言葉通り散々な目に合わされたリョーマは、部室の中が妙に片付いてキレイになっていることに気付く余裕はなく。まして皆が揃ってたんこぶができた頭で、次の地震の時はリョーマの隣をゲットしようと狙っていることなどそれこそ気付く筈もなかった。
 もちろん、リョーマの隣に不二がいる限りそんな企みは叶う筈もなかったので、気付いても気付かなくても結果は一緒なのだけれど。




fin.






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昨日地震があったんでつい(笑)
実は鉄板仕込みの乾ノートが書きたかっただけだったり。
リョーマのモデル(?)はタッチの南ちゃんなのです。たしか地震に敏感だったはず。
というわけで超能力王子ではないのよ、Mさん(笑)

2001.2.24 あいりん