「風が気持ちいいねー」
「――――」
「あ、あんなところに猫がいるよ」
「―――…っ」
「ねえ、リョーマくん、ほらほら」
「……ちょっとっ、黙っててっ、くれませんっ!?」
不二の呑気な声を遮るようにリョーマが言い放った。しかし切れ切れなその声に、不二はくすくすと笑いを零す。
「息が切れてるよ?もっと体力つけなくっちゃね」
「……っ、坂道なんだから、しょーがない、だろっ!」
「ああ、なるほどね〜」
「それにっ、坂道なんだからっ、フツー降りようとか思わないわけっ?」
「だってそうしたらリョーマくん僕を置いて先に行っちゃうでしょ」
「あったりまえ、だっ!」
「これ、僕の自転車なんだけどなあ」
知るかっ!と、息を切らしながらもどうしてリョーマは威勢がいい。尚且つ、先輩兼恋人の不二に対する態度もどこまでも限りなく不遜であった。
「大体何でオレが前なのっ!?」
「夢に見るほど自転車こぎたかったんでしょ?」
僕を後ろに乗せて〜♪と楽しそうに続ける不二をリョーマはギロリと睨み付けてやりたかったが今この状態ではそれも叶わない。せめて心の中で恨み言を言うしかなかった。
そもそも、うっかり口を滑らせた自分が悪いのだ。
先輩の夢を見た、と。
言った瞬間、不二はほんの少し驚いたように自分を見て、それから嬉しそうに笑った。それはそれは本当に嬉しそうに、それこそ思わずこっちが顔を赤らめてしまうくらいに。
『どんな夢だったの?』
『べつに……先輩が喜ぶような夢じゃないっス』
『…………僕が喜ぶような夢って何かな?』
ん?と、さっきまでの笑みとは180度違った笑い方で訊ねられ、リョーマはわたわたと慌てた。しかし不二にしては大変珍しいことに、意地悪な追求をすぐに引っ込めて再び夢の内容を問うてきたのだ。
(そんなに嬉しいのかな……)
自転車の二人乗りの夢。
オレが前で先輩が後ろに乗って、と話すリョーマに不二はふうんと嬉しそうに相槌を打つ。
『……それだけっス』
『うん』
にこにこと不二は笑ってリョーマを見つめる。そんな優しい視線がなんとなく恥ずかしくて、けれどどこか幸せで、照れ隠しのためにリョーマはぷいと横を向いた。
その後すぐに、不二に抱きしめられてしまったけれど……
しかし翌日、リョーマは脱力した。不二がどこからか自転車を調達してきたのだ。どこから見ても新品同様のそれにリョーマは目眩を覚えたが、深く追求するのはやめておいた。何しろ相手は不二なのだから。
『と、いうわけで今日は自転車に乗って帰ろうね♪』
そんな不二の言葉に異存があるわけではなかったが。
しかし、不二を後ろに乗せて坂道を登っているこの状況には大いに不満を感じるリョーマだった。
「先輩、重いっ!」
「そりゃあ君よりはね」
というよりリョーマが軽すぎるのだ。下手すると前輪が浮き上がりそうな重心の悪さを、鞄を前の籠に突っ込むことでなんとかバランスを取っていたりする。
それでも坂道はキツイのだろう。ちらりと見え隠れするリョーマの項はすっかり汗ばんでいた。それを目の前にして当然妙な気を起こさない不二ではなかったが、自転車に乗る前に約束したのだ。運転中に手は出さないと(笑)
うーん、これはこれで僕も結構辛いかも、なんて風に自転車の後ろ側にも実はある意味苦労はあったりする。もちろん、それで前側のリョーマが納得する筈はないのだが。
ようやく坂道を登りきり、リョーマが肩で大きな溜息を吐く。
「運転、代わろうか?」
「もういいっス…」
登り坂が終わってから言うな…と内心愚痴りながらリョーマはようやくサドルに腰を下ろして自転車をこいだ。風をうけて襟足の髪がさらさらと揺れる。
「リョーマくん」
「……何」
「僕以外の誰も、自転車の後ろに乗せないでね」
「…乗せないっスよ。ってゆーか先輩だって、もう乗せないから」
重いもん、と恐らく口を尖らせているだろうリョーマに不二は笑って、少し含みのある口調で応える。
「普段から乗ってるのにねえ」
「………?」
「ま、とにかく、リョーマくんのバックは僕だけのだから♪」
キキー!とブレーキ音が鳴って不二の身体がリョーマの背にぶつかる。かと思うとすぐに加速して今度は後ろに重心がかかり不二は仰け反る格好になった。
「危ないなあ、リョーマくん。もう少しで振り落とされるところだったよ」
「……振り落とそうとしたんですっ!」
「ひどいなあ」
「ヘンなことしたら振り落とすって言っただろっ!」
「やだな、何もしてないよ?」
「〜〜〜ヘンなこと言うのも止めてください!!」
怒りのためか照れのためかリョーマの耳が赤い。不二は早々に前言撤回してその耳に噛みつきたくなったけれど、奇跡的に我慢した。代わりに襟足の髪を指先で掬う。
「後ろだけじゃなくて……リョーマくんの全部は僕のものだけどね」
そうしてリョーマに気づかれないように黒い髪にそっと口付けた。
「オレのものはオレのもんっス。いいからもう黙っててください」
素っ気無く早口でそう言ったリョーマの耳が、今度は照れだけのために赤く染まっていた。
夕暮れの中、自転車の音がして、自転車の影が伸びる。
「このまま二人で地の果てまで行きたいなあ」
「……ひとりで行けば」
恋人のつれない返事に不二はそれでもおかしそうにくすくすと笑った。
君のすべては僕のもの。
もちろん、僕のすべても君のものだよ。
fin.
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ハイ。二人乗りの夢を見たんです。
もちろんこんな甘々じゃありませんでしたが(笑)
いつもなりきり携帯メールでお世話になっているなぎさんへ捧げます。
大丈夫。世界もすべて不二様のものです(笑)
2001.5.15 あいりん
