「え、これ僕に? ありがとうリョーマくん。もしかして手作り?」
「………見ればわかるでしょ」
「まさかリョーマくんから手作りチョコが貰えるなんて思ってもみなかったよ。一生大事にするね」
「………早く食べた方がいいっスよ」
「そんなもったいないことしないよ。食べる前にじっくりたっぷり鑑賞して、それからまずは手塚あたりに見せびらかして、あとは英二と乾と大石と…」
「さっさと食べて下さい……ていうか今すぐ食って証拠隠滅しろー!!!!!」
2月14日、バレンタインデーの夕暮れの公園は、はっきり言ってカップルしかいない。不二とリョーマも紛れもなくその中の一組だったのだが、他のカップルとは明らかに様相が異なっていた。
男同士だから、とか言うのではない。
片方が片方の胸倉に掴みかかり、物凄い形相で迫っているのだ。
激しいラブシーン……に見えないことも……ない、かもしれない……が、むしろ修羅場かしら…?と好奇心を擽られる通りすがりのカップルがまったくいなかったわけではない。ただ、今日この日は各組ともそれぞれ二人だけの世界を作るのに忙しかったため、異色カップルの存在を敢えてスルーしてくれただけで。
「今すぐ食べるなんてそんなもったいない……、せっかくリョーマくんが僕のために愛を込めて作ってくれたのに」
「好きで作ったわけじゃないっスよ! ジャンケンに負けたから仕方なく作っただけだ!」
「ああっ、それは言わない約束だったのに〜」
そうなのだ。
リョーマが不二のためにバレンタインのチョコレートを手作りしてプレゼントしてくれるという夢のような出来事(不二にとって)は、まさしく不二によって仕組まれたことだったのである……
「仕組んだなんて人聞きの悪い。ジャンケンだから不可抗力だよ。僕が負けたらちゃーんと僕がチョコ作るつもりだったんだからね♪」
「……オレだって不可抗力で作っただけっス。間違っても愛なんてこもってないんで。さっさと消化しちゃって下さい」
「え〜、もったいな…」
「今ここで食べないんなら持って帰ってカルピンのエサにするけど」(※猫にチョコレートを与えてはいけません)
「すぐに食べさせて頂きます」
「OK」
神妙に頷いた不二に、ようやく胸倉を掴んでいた手を離したリョーマだった。
ベンチに並んで腰掛けて、不二は多少残念そうな面持ちで、けれどやはり嬉しそうに、いそいそとラッピングを解きにかかる。
やや不格好なそれは、今朝リョーマが施したものだ。最初、適当なビニール袋にチョコを放り込もうとしていたら、従姉妹の菜々子に止められたのだ。そして綺麗な包みを分けてもらった。菜々子がボーイフレンド用に包んでいた仕様には難しくて出来なかったので、簡単なラッピングを教えてもらって自分でやったのだ。
チョコレートも前の晩に菜々子と一緒に作った。
『罰ゲームで作らなきゃいけない』
と言ったら、おかしそうに笑って、でも喜んで作り方を教えてくれた。
普段、料理なんてしたことない、もちろんお菓子だって作ったこともないリョーマには色々大変だったが、菜々子が根気よく丁寧に教えてくれたこともあって、なんとか夜更けに完成したチョコレートはまずまずの出来であった。
「じゃ、いただきますv」
「…どーぞ」
きちんと手を合わせてから、不二の長い指がチョコを一粒摘んでゆっくりと口に運ぶ。
何度も味見をしたので大丈夫の筈だけれど、なんとなく緊張しながら見守ってしまう。
と、不二が突然片手で口を抑えたかと思うと、そのままごくんと飲み込む音が聞こえた。
「先輩?」
「―――うん。美味しいよ、リョーマくん。ごめんね、あんまり美味しかったんでちょっとびっくりして喉に詰まりそうになって…」
「……………もしかして、」
不味かった?
あからさまな言い訳にリョーマが怪訝そうに訊ねると、不二が慌てて首を横に振る。
「まさか! ホントに美味しかったよ!」
「………」
その慌てぶりが余計に怪しい。
リョーマは不二の膝上の包みから素早く一粒取ると、不二が止める間もなく自分の口に放り込んだ。
その途端、口中に広がる何とも言えぬ奇妙な味わい……
(こ、これは……っ)
思わず先程の不二と同じように手で口を抑え、しかしさすがに飲み込むことは出来ずそのまま吐き出そうとした。
が、いきなりその手を外されたかと思うと次の瞬間には不二に口を塞がれていた。もちろん不二の唇によって。
「〜〜〜〜〜っ!!」
驚いて振り解こうとしたが、顎と後頭部をしっかり掴まれていて身動きが取れない。
すぐに不二の舌が滑り込んできた。
何をするかと思えば、リョーマが吐き出そうとしていたチョコを舌で掬い上げて自分の口内に移そうとしている。慌てたリョーマは抵抗したが、不二の器用な舌はそれをものともせず、あっさりとチョコを奪っていってしまった。
ごくん、と飲み込む音を直に聞いて、リョーマは今度こそ驚く。
「……っ、ん〜〜っっ」
しかし声を出そうにも口は不二に塞がれたままで、しかもチョコがなくなってもまだその舌はリョーマの口内をしつこく舐め回しているのだ。
「んんっ!ん、う……っ」
おまけに舌の裏側など感じる箇所を何度も舐め上げられ、押し離そうとして不二の胸についていた手は、いつしか縋るようにしがみ付いていて……
そうして、やがてチョコの味がほとんど無くなった頃、ようやく不二の唇がゆっくりと離れていった。
離れ際に不二がぺろ、とリョーマの唇を舐め、
「…あ……っ」
まるで感じ入ったような…名残惜しむような声が漏れた瞬間、我に返ったリョーマはかあっと顔を赤くさせる。
それに不二は小さく笑い、指先でリョーマの口端を拭うと、その指をぺろりと舐めた。
ますますリョーマの顔が赤くなる。
「な……! そ、外でこういうことすんなって! 何度言えば…っ」
「だってリョーマくん、チョコ吐き出そうとしたでしょ」
「そ…れは、だって、あんな不味いの……」
「不味くたって、折角リョーマくんが作ってくれたものだから。たとえリョーマくん自身にでも吐き捨てられるのは許せないよ」
「……………」
そう、不二はリョーマが眠たそうに目を擦るのを今日何度も見た。
ジャンケンに負けたからとはいえ、口では素っ気無いことを言いながらも、一生懸命作ってくれただろうことをちゃんと分かっていた。だからこそ、そのチョコレートはひとかけらだって無駄にしたくなかった。
リョーマの想いを無駄にするようなことは、出来なかった。
「………やっぱ不味かったんだ」
「―――あ」
リョーマの想いに応えようと自分の想いを情感たっぷりに訴えたつもりの不二だったが、ついうっかりと正直な感想まで口走ってしまったらしい。
「いや、あの、今のは例えばって意味で…その、確かにちょっと個性的な味だったけど……大丈夫だよ?」
不二が慌ててフォローする。そのうろたえぶりが何とも珍しいやらおかしいやらで、リョーマは思わず噴き出してしまった。
「リョーマくん?」
「…あー、ごめん、先輩。今のは、ちょっとからかってみただけ」
「え?」
「だから……あれは不味くて当たり前っス。失敗作だもん、あの味。見た目は一緒だから気づかなかったけど。たぶん、クソ親父がすり替えたんだと思う……」
リョーマの説明は、こうであった。
何でも、昨夜、菜々子とチョコ作りに奮闘しているリョーマを南次郎が散々からかいにやって来たらしい。
『なんだなんだリョーマぁ、手作りチョコで告白ってか?』
『いいねえ若いモンは。ひゅーひゅー♪』
『もちろんパパの分もあるんだろうな〜。夢だったんだよなぁ……娘からの手作りチョコ。はいパパあーん、なんつってギャハハ!』
云々。
そして最初こそひたすら無視して相手にしないようにしていたリョーマも、ついには我慢できなくなり、
『うっさい、クソ親父! 望み通りこれでも食らえ!』
と、大量の失敗作をまさしく食わせた途端、南次郎は大人しくなったそうだ。意識を失ったらしい……
「きっと夜中に気がついて、そんで仕返しのつもりで先輩にあげるヤツと失敗したヤツを入れ替えたんだ…っ」
そう言っていきなりリョーマはベンチから立ち上がる。
「リョーマくん?」
「クソ親父からチョコ取り返してくる!」
「ちょっとちょっと待って」
今にも駆け出しそうなリョーマを、不二が後ろから羽交い締めにして引き止めた。
「何するんすか、先輩っ」
「落ち着いて、リョーマくん。あのお父さんのことだから、もうチョコは食べちゃってると思うよ」
「………っ」
不二に指摘され、もがいていたリョーマが大人しくなる。
そうだ、あの腐れ外道な親父のこと、とっくにチョコは自分の胃の中だろう…
「にゃろう……」
悔しそうに呟くリョーマを不二が優しく宥めた。
「いいんだよ。僕はちゃんとチョコ貰ったから」
「な…っ、もしかしてまだアレ食べる気?」
あの、超失敗作を!
冗談じゃない、と驚いて再び暴れ出すリョーマを抑えながら、不二は事も無げに応える。
「もちろんだよ。リョーマくんが作ったものだからね。完食して当然でしょ? 僕っていい旦那さんになると思わない?」
「そんなん知るかっ! じゃなくて…っ、あんなの食べたら腹壊すっ」
「まあ、それは愛の証ということで」
「〜〜〜っ、食べたら別れてやるっっ!」
何を言っても聞き入れてくれそうにない不二に、咄嗟に奥の手を使うリョーマ。
さすがにこれは効いたらしい。頭上で不二が溜息を吐くのが聞こえた。
「それは……困るな。どうしてもダメなの?」
「ダメ」
頑として譲らないリョーマに、不二がうーんと考え込む。
「………そうだ、ジャンケンで決めない?」
「イヤ」
「何で? ジャンケンだよ? 公正でしょ?」
即答で断ったリョーマを、怪訝そうに不二が訊ねる。
するとリョーマが不二の腕の中でぴたりと身動きを止めて言った。
「―――公正じゃないっス」
「え?」
「オレ、先輩にだけはジャンケンで勝てないっス。そんなの全然フェアじゃないじゃん。だから、絶対にしないっ!」
「―――――……」
リョーマの言葉に、不二が少しだけ呆然とする。
「……もしかして、リョーマくん……」
「? なんすか?」
「………ううん、なんでも。わかった、食べるのは諦めるよ」
「……わかればいいっス」
ようやく不二を説得することが出来て、リョーマは心底安堵した。
いくらなんでもお腹を壊すことがわかっていてしかもこんなクソ不味いものを、これ以上不二に食べさせるわけにいかないのだから。
しかし、不二は『食べるのは諦める』と言っただけである。
「じゃあ、このチョコは食べずに僕の部屋に飾っておくね♪」
「な…っ、ダメ! 捨ててください!」
「食べたりしないよ。眺めるだけだから、いいでしょ?」
「ダメっス! そう言って部長とか菊丸先輩とかに見せるでしょう! 絶対に!!」
冒頭で不二が言ったことを忘れていないリョーマだった。
ちっ、と不二が内心で舌打ちする。
「…大丈夫、手塚達に見せたりしないって約束するから」
「………ホントに?」
「誓うよ」
言って、リョーマの髪にキスする。
リョーマは少しだけ身じろいで、そしてしぶしぶ納得したようだ。手塚達には見せないけどせめて裕太には盛大に見せびらかしてやろう…裕太だったらリョーマくんにもバレないだろうし……と不二が企んでいることなど、もちろん気付かない。
そうして不二が御機嫌で何度も髪に頬擦りしてくるのに、しばらく大人しくしていたリョーマだったが、やがてさすがにもぞもぞと動き出した。
「先輩…いい加減離してよ」
さっきから…リョーマがチョコを取り返してくると言った時から、ずーっと羽交い締めにされたままなのだ。
「もう、どこにも行かない?」
不二が耳元で、やたらと甘えた口調で訊ねてくる。それに、ぴく、と身体を震わせてから、
「どこにも…って……帰る時はそりゃ帰るけど」
素っ気無い返事をするリョーマに、不二は苦笑した。
「んー…離したくないなあ……このまま僕んちに来ない?」
姉さんが作ったチョコレートケーキもあるよ? 美味しい紅茶も煎れてあげるよ?
そんな不二の誘いにリョーマは小さく唸る。
「餌付けしようとしてる…」
「されてくれるでしょ?」
「………」
少しだけ考えるそぶりをみせてから、リョーマは突然左手を振りかざした。
「?」
「先輩、ジャン、ケン」
―――ポン
慌てて不二がそれに合わせて片手を握る。
不二がグー。リョーマはチョキ。
「……仕方ないから、行ってあげるよ。先輩んち」
言いながら、リョーマはチョキで不二のグーを突付いている。
そんなリョーマの手をそのまま握り、不二はリョーマの向きをくるりと変えて、今度は正面から思い切り抱きしめた。
『絶対に負けるから、負けるとわかってるジャンケンなんてしない』
そう先程リョーマが口走ったときに、もしかしてとは思ったけれど。
リョーマはそれが、自分がチョコを作ることになるとわかっていてあの勝負をしたんだ……と、白状してしまっていることに、気づいているのだろうか。……恐らく気づいていないんだろう。
素直に言ってくれればいいのに、とも思うけれど、そんな素直じゃないところが可愛くて仕方がない。
不二はそんな想いを込めて、強く強くリョーマを抱きしめる。
素直じゃない愛をくれる、世界一可愛い恋人を。
「…先輩、苦しいっス」
「うん」
「うんじゃなくて……」
「好きだよ、リョーマくん」
「……………んなこと、知ってるけど」
「好きだよ。大好き」
「………もういいってば」
「君が言ってくれないから、その分僕が言うんだよ」
「……だったら、仕方ないっスね」
「そう、仕方ないの」
くすくすと笑いながら不二がそう言って、唇を寄せていく。
そうして重なり合う、ひとつの影……
それは、公園にいる他のカップル達と同じように、甘く幸せな恋人達のシルエットだった。
fin.
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不二リョバレンタインをお届けしました♪
塚リョ・菊リョでは書いてるのに、何故か不二リョでは書いてなかったバレンタイン・・・
ようやく書くことができて嬉しいです!わいわい!(^▽^)
いやはやそれにしても予定ではもっとギャグ調で終わる筈だったのに・・・
不二先輩がどんどんムーディーに迫ってくるから!(笑)
やたら甘いエンディングになりました・・・つーかバカップル?(恥)
タイトルは当初、『手作りチョコレート事件』でした。そのまんまや!
結局不二先輩のせいでラブい部分が長くなったので変更しましたよ(笑)
B’zの『きれいな愛じゃなくても』をちょこっともじって。
不二リョソングです!不二リャーの方は必聴!
では不二リョ月間。次こそは不二先輩の誕生日に仕上げたいです!
4年に1回の誕生日!オンリーには行けないのでせめてここで祝いたい・・・(><
2004.2.16 あいりん
