Today's Data Check 〜それは恋の為せるワザ〜



「151cm……今日も変化なし……と」


 リョーマの頭の上に手の平をかざして、自分の胸の辺りで採寸する。当然そんなデータを取っているのは他でもない、乾貞治である。そして採寸されている当のリョーマは、帽子の陰からちらりと大きな目を覗かせると、目の前の長身の先輩を不満そうに見上げた。
「…前から思ってたけど、そんな適当な測り方じゃ間違ってんじゃないすか?」
「いや、あってるよ。オレのこのTシャツのここが151cmだから」
 Tシャツの胸のあたりを指差しながら本当か嘘か分からないようなことを言う乾は、しかし乾なだけに説得力がある。眉を寄せて考えこむリョーマに構わず、乾はリョーマの両脇に手を差し入れ、その身体をひょいと持ち上げた。
「体重は………うーん、昨日より300g重いかな」
「……………」
 リョーマは反論する気も失せて溜息を吐いた。けれど不機嫌そうな顔をしながらも、今日も乾のするがままに大人しく抱き上げられている。だって毎度のことだから。
「越前、昨日の夕御飯は?」
「…焼肉」
「なるほど。そういった各々一人の取り分が決まっていない場合は得てして食べ過ぎてしまうものだからね。まあ、越前の場合は多少食べ過ぎたぐらいがちょうどいいかな、何しろ運動量が違うから。ふむ、だから成長の方までエネルギーが行き届かないということもあるのか……ところでちゃんと野菜も食べた?」
「…食べたっス」
「それならいい。スポーツをする人間にとって理想的な熱量割合は炭水化物55%・タンパク質30%・脂肪15%だ。焼肉は高タンパクで手軽だが脂肪もかなり高いから、野菜を摂取することでバランスを取らないといけなくなる。中でも最適なのが肉のビタミンB1の吸収を高めるニンニクや、肉の余分な脂肪を燃焼させるカプサイシンを成分とする唐辛子で……」
「先輩、そろそろ降ろしてください」
 放っておけばいつまで続くかわからない乾の栄養学講義をリョーマは無理矢理打ち切ると、その腕から逃れ、すとん、と地面に着地した。その拍子にずれてしまった帽子を外し、鬱陶しそうに前髪をかき上げながら乾を見上げる。

「ねえ、乾先輩」

 リョーマのきらりと光る挑戦的な眼差し。
 乾は無表情のまま、微かに喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
「こんなことばっかしてていいわけ?レギュラーは諦めたの?」
 辛辣でストレートな質問は、しかしある程度予想の範囲内のものだ。乾は軽く笑って否定する。
「まさか。こうしてデータを取るのも自分の為さ」
「……オレのデータを取っても無駄だって、この前教えてあげたハズだけど?」
 不敵そうにリョーマが笑う。
 生意気な笑い方だ。
 生意気な態度だ。
 本当に、生意気なルーキーだ。

 だけど……


「……自分の為だって言っただろう」
 無表情のまま、どこか自嘲するように呟く乾をリョーマは不思議そうに見つめる。しかしやがてしばらくすると、べつにいいけど、とでも言うように帽子を人差し指でくるくると回し始めた。
「それで先輩の気が済むなら、いいけどね」
「ああ」
「でもさ…」
「何?」
「毎日オレのサイズ測るのと、先輩がレギュラーとるのと、どう関係あるんです?」
 前から気になってたんだけど、と何気なく続けられたリョーマの質問に、乾もこれまた何気なく答えた。
「好きな人に触りたいとか好きな人のことを知りたいというのは人間の当然の欲求だろう」
「…………………………だから?」
 乾の台詞にリョーマはしばらく無言を返した後、素っ気無く先を促す。手に持っていた帽子をキュッと頭に被ってしまったので、乾はリョーマの表情を見ることができなかった。
「欲求が満たされるのと満たされないのとでは明らかに心身にかかる負担が違う。その負担を属にストレスというわけだが、このストレスが多ければ多いほど肉体的、特に精神的に及ぼす影響はマイナスだ。ストレスを解消する方法は様々なものが挙げられるが、そもそも原因となった欲求を満たすことが一番の解消法だと言われている」
「……………」
「つまり、越前のサイズを測ることによってオレの心身の健康が維持でき、それがレギュラー獲得への体力・技術の向上を可能にするということだ」
 わかったかな?と乾が説明を終えると、今まで黙って聞いていたリョーマがその顔を上げた。
「要するに、先輩はオレのことが好きなんだ」
「まあ、そうだね」
「…ふーん」
 乾は自分の眼鏡に感謝する。この眼鏡のおかげで自分はある程度の表情を隠すことができるから。こんな風に何もかも見透かしそうなリョーマの瞳に見つめられても、情けなく動揺する様を隠しておくことができる。それが良いことなのかどうかはわからないけれど…

「べつに、いいけどね」

 不意にリョーマがそう言って笑ったので乾は少しばかり放心してから、え?と問いただす。
「何が、いいんだい?」
「オレが負けるわけないから、データくらい取らせてあげるって言ってんです」
「………それは、返事なのか?」
 自分の、告白の。
 些か焦りながら眼鏡をかけ直す乾を見て、リョーマが満足げにくすくすと笑う。
「そんなこともわからないんじゃ、まだまだだね」
 そしてそう言ってくるっと背を向けると、コートに駆けて行ってしまった。残された乾はやや呆然とその後ろ姿を見送りながら、少しばかり反応の鈍くなった頭を懸命に働かせる。

 今の会話を反芻してみても、越前の言葉が告白の返事だとは思えない。乾の気持ちを知った上でも、この先データを取ることは構わないと言っただけだ。だけど気のせいか越前は嬉しそうに笑っていたような気がする。しかし、そんな不確かな理由で解釈してしまうのは乾の主義に反する。
 だが、しかし……


 乾はデータ主義の人間だった。
 何事もデータを集め、揃え、分析すれば、分からないことなどないと思っていた。人の気持ちさえも、例外ではない。
 ―――分からないのはデータが不足しているからだ―――。
 そう結論付けると、乾は明日からの更なるデータ収集を心に誓うのだった。


 乾は気付いていなかった。
 リョーマに気持ちを囚われた時点で、既にリョーマに関する事実に客観的な判断が下せなくなっている自分に。冷静なようでいて、どこかそうではいられない自分に。
 あのリョーマが好きでもない人間に、身体計測だろうが毎日大人しく身体を触らせるわけがないということに……

 まだ、気付いていなかった。


 恋する故に。




fin.






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初書き乾リョです。まだ未遂ですが・・・(色々と)
冒頭のリョーマを持ち上げて体重計ったりするネタは、『side out』というサイト様のリョ受CP投票で描かれてたものです。
私はアレを見て乾リョにはまりました。閉鎖されてしまって残念です;;

とりあえず、乾先輩、誕生日おめでとうございました♪
プレゼントは次作〜プレゼント編〜です(笑)

2001.6.10 あいりん