Today's Data Check 2 〜プレゼント〜



 リョーマは不機嫌だった。
 とはいえ、実際リョーマの機嫌のいい時なんてテニスをしている時とファンタを飲んでいる時と風呂に入っている時と寝ている時(?)くらいのものなのだが、しかし今こうして部活が始まろうという時間になってもリョーマは不機嫌だったのだ。
 原因は青学テニス部データ男、乾貞治である。
 簡単に説明してしまうと、リョーマは今朝初めて、昨日が乾の誕生日だったことを知ったのだ。それさえも乾本人から聞いたわけではない。朝練が終わって部室で着替えている時、副部長が『そういえば乾は昨日誕生日だったよな、おめでとう』と、そう言ったのを耳にしたからである。それがなければリョーマはずっと乾の誕生日を知らずにいただろう。
 べつに、乾と自分は恋人同士と言うわけではない。
 恋人同士でない二人が誕生日を祝わなかったところで別段問題はないのだが、しかし問題はそこではないのだ。
 乾とリョーマは前述の通り恋人ではないのだが、リョーマは乾が好きだった。
 だから誕生日を祝いたかった。
 しかし祝えなかった。
 この三段論法により、リョーマが不機嫌なのは致し方ないことだと言えるだろう。



 そりゃあ、コイビトってわけじゃないけど。
 でも乾は自分に告白してきたわけだし。
 まあ、自分はちゃんと返事をしたわけじゃないけど。
 でもそれなりに態度で示してるつもりだし。
 けれど乾は相変わらず毎日データを取りにくるくらいで、他に取り立てて自分にアクションを起こすことはない。やはりここは、乾は全くリョーマの気持ちに気づいていないと見るのが正しいのだろう。そしてそれは遠からず当たっていた。

 本当にちゃんとデータ取ってんのかな……

 確かにリョーマが乾の告白に明確な意思表示をしなかったのも悪いだろう。それはリョーマが素直な性格ではないという理由が一番に上げられる。そして更に、しばらくは自分の言動に頭を悩ませる乾が見たいという少々小悪魔的な理由もあった。だからもちろんそのせいで今の現状があるということも、リョーマにはわからないでもなかった。
 だがしかし、本来リョーマは気の長い方ではない。むしろ逆である。勝手かもしれないが、いつまでもコマを先に進めようとしない乾に対して少なからず不満を抱いていたそんな頃に、誕生日の件が起こったのだ。

 まったく…そんなんだからレギュラー落ちるんだよ!

 などと、自分がそれに一役買ったことは棚に上げ、かなり私情の混じった手厳しいことを考えながら、リョーマはボールをカラーコーンに叩き付けた。
 今はレギュラー陣による、色分けボールを同色のカラーコーンに当てるという例の練習中だった。肝心の乾はというと呑気に(リョーマにはそう見える)ボール出しをしている。

 ムカツク!

 リョーマはツイストサーブもかくやというくらい渾身の怒りを込めてボールを打ち返した。
 周りのレギュラー達はそんなリョーマをやれやれといった感じで見守りながら、自分達の仕事をそつなくこなしている。不機嫌の原因が分からないながらも、怒りにしろ何にしろ全力を出しているリョーマはなかなか見応えがあるのだ。気の毒にも、リョーマにボールをぶつけられて二転三転するカラーコーンを恐々と元の位置に戻す部員達の苦労はさておいて。

 ちなみに、乾の方は一見無表情に見えたが、実は内心は穏やかではなかった。
 青学一のデータマンと自負する乾は、リョーマの不機嫌の噂を聞きつけて、その原因を突き止めるべくいち早くリョーマに近付いたのだ。しかし、話しかけたその途端にギロリ、とかつてない程の強い眼光で睨まれて、そそくさと退散してしまったのである。不甲斐ない、と罵られても仕方ない。しかし弁明させてもらうならば、実はリョーマの怒った顔があまりにも可愛くてつい妙な気を起こしそうになったのだ……とはいえ、どちらにしろ不甲斐ないことには変わりない気もするのだが。
 しかし、それとは別の意味で乾は動揺していた。
 さすがにリョーマの怒りの矛先が自分に向いているということを、少なからず感じ取っていたのだ。けれどそれは、なんとなくそんな気がする、という極めて不確かな理由に基づいたものなので、情けない話だが乾はどうにも判断が下せないでいたのである。もちろんそんな心中はまったく顔に出すことはなく、やはり相変わらず無表情だったけれど。


 そうこうしている内に、不意にリョーマがニヤリ、と笑った。
 後に、リョーマの隣でボールを打ち返していた菊丸はこう証言する。
『にゃんかね〜可愛かったんだけど、悪巧みを思いついた時の不二みたいでちょー怖かった〜』
 そんな風に、ある意味非常に的確な例えで表現された微笑みを浮かべながら、リョーマは練習を中断すると、スタスタと乾のところまで歩いていった。
 突然のリョーマの行動に首を傾げたのは周りにいたレギュラー陣だが、もちろん一番驚いたのは向かってこられた乾である。ずんずんと歩いてくるリョーマはつい先程まで恐ろしいほど怒りのオーラを纏っていた筈なのに、何故か今は微笑みさえ浮かべている。だがしかし、その微笑みは何だか背筋が冷たくなるようなそれで、思わず乾は後ろに一歩下がった。けれどリョーマはすかさず一歩、更に一歩近付き、どんどん間合いを詰めていく。
「乾センパイv」
 リョーマの台詞の語尾にハートマークがついているような気がするのは気のせいではない。呼ばれた乾本人のみならず、それが聞こえた聴覚の優れている(もちろん他も優良だが)レギュラー陣の間にも緊張が走ったからだ。
「な、なにかな?」
 30cm以上も身長の低い相手に心底怯え、同時にレギュラー達の刺すような視線にも恐怖を感じて、乾の背中をひやりと冷や汗が伝った。そんな乾に対してリョーマはにっこりと相変わらずの微笑みを浮かべながら、どこから出しているのかわからないような可愛らしい声で告げる。
「先輩、オレのデータ、取らせてあげます♪」
 そう言うや否や、いきなりがばっと乾の腰にしがみついたのだ。
 もちろん、しがみつかれた乾本人のみならず、他のレギュラー陣の間にも果てしない衝撃が走ったのは、もはや言うまでもない。
「ねえ、オレの腕のリーチ、ちょっとは長くなったと思いません?」
 ぎゅうっと抱きしめながら顔を見上げてくるリョーマに、乾は的確な返答を返せる筈もなく、え、あ、う、と意味のなさない言葉を繰り返す。毎日リョーマを抱き上げているからといっても、こんなに密着したのは初めてなのだ。リョーマの柔らかい感触に乾の無表情も崩れ、更に理性の糸も切れようかという時、リョーマは何やら微かに呟いた後、するりと腕を解いた。

 そしてリョーマが離れた途端、乾に襲いかかったのはテニスボールの山、山、山。
 しかも、レギュラー陣は皆どこにそんな力を隠していたのかというほど、先のリョーマにも負けず劣らずの威力でサーブを繰り出している。そんなパワーを出しつつ尚且つ狙いを外さないのは、やはり青学レギュラーたる所以であろうか。

「毎朝リョーマくんのデータを取ってるから、一応警戒はしていたんだけどね」
「ましゃかこっそりそんなデータも取ってたなんて〜〜〜」
「ずるいっすよ、先輩!」
「抜け駆けはダメだぞ、乾」
「……………」
「うりゃあああ、バーニング!」
「グランド10周は後で走らせるとして、とりあえず今は………」


 ばしばしばしばしばしばしばしっっっ!!!!!






 その日、乾は部活終了時間が来るまで、カラーコーン代わりの標的にされたのだった……






『オレからの誕生日プレゼント、たっぷり受け取ってよね』

 そんなリョーマの台詞の本当の意味を理解した時、その時こそが、乾が人生の春を迎える時なのだ。そしてその瞬間、今、身体に受けた無数の痣の痛みが甘美なものに変わる、
 変わる、
 変わる、
 ……………かもしれない。


 乾貞治15歳と1日。
 とりあえず季節は夏の始まりであった。




fin.






----------

前作と別人のような二人ですが、私は書いてて楽しかった・・・
というか楽でした。だってお互いクールだと話が進まないんだもん(笑)<前作

しかし総受けベースだと、王子の本命はなんか情けなくなります。
もちろん不二先輩は例外です。
でもそんなヘタレ攻めも大好きなのさ〜(代表例:部長)

2001.6.10 あいりん