これから



「ははあ……おまえかぁ、デートの相手は」

 無精髭を撫で上げながら南次郎が片眉を上げてにやりと笑う。
 対峙した手塚は言われた意味がよく分からず、困惑した。それが表情に出ることはなかったが。

 寺の境内のテニスコート。
 寺の敷地内にあるだけに、住職である南次郎がこうしてひょっこり現れてもおかしくはない。しかしリョーマにとっては腹立たしいことこの上なかった。
 あの手この手を駆使して、ようやく手塚をここまで引っ張って来たのだ。何も今すぐこの間のリベンジをしたいわけじゃない。真剣勝負がしたいわけじゃない。そんなのは今後の楽しみに大事に大事に取っておくものだ。でもだからと言って避けるつもりはない。むしろもっとこの人と打ち合いたい。戦いたい。向き合っていたい。
 それなのに。
「いきなり出てきて何わけのわかんないこと言ってんだよ」
 このくそ親父、と相手が父親だろうが何だろうが自分の邪魔をするものには容赦ない我が息子の態度に、南次郎はますます楽しそうに笑うだけである。
「おめえ、ついこないだデートで遅くなったって言ったろうが」
「………知らないよ」
 何であんなやり取りを覚えてるんだこの親父は、とリョーマは内心毒づいた。
 説明するのも面倒だったから受け流しただけなのに。いや、面倒だったからじゃない。勿体無かったのだ。あの日のことを、あの試合のことを、誰かに話してしまうのは。
 それなのにそれなのに。
「隠したって俺には分かるぜ。相手はコイツだってな」
 南次郎は全部お見通しだと言わんばかりにリョーマを見る。そして、笑いながらもどこか鋭い目付きで手塚を見遣った。
 コイツが、リョーマに火を付けた男か。
 そう、分かる。コイツを見るリョーマの目を見れば一目瞭然てやつだ。
 今まではあの目はこっちを向いていた。自分より強い相手にだけ向けられる眼差しと憧憬。しかしそれよりももっと一段と熱く、強く、まっすぐに、今リョーマは手塚を見ているのだから。

 一方、手塚は未だ困惑していた。やはり顔には出ていないが。
 突然現れた僧衣姿の男が、リョーマとのやり取りでその父親と判明し、部長の手塚ですと挨拶したまではいいが、その途端不躾に冒頭のセリフを返されたのだ。
「…越前、さっきから何の話だ」
 自分を睨む南次郎に気圧されたというわけではないが、だからといって後輩の父兄を睨み返すわけにもいかず、視線を逸らしてその後輩へと小さく訊ねる手塚であった。
「………こないだのことっス」
「…ああ、」
 あの試合のことを言っているのか、とようやく会話の意味が掴めた手塚は安堵して頷く。
 その途端、南次郎が突然ガハハハハと笑い出した。
「認めやがったなこの野郎!だがなぁ、そう簡単にリョーマはやらんぞ!」
「………………は?」
 本来目上の人間には敬意を払い礼儀を尽くす手塚であったが、さすがに面食らったのかいささかそれに欠ける応答をしてしまった。しかしそんなことを気に留める南次郎であるわけがない。
「この俺様と勝負しろい!青二才にゃまだまだだってことを教えてやるぜ!」
 手塚に向かっていつの間にか握っていたラケットを突きつけ、挑発的に笑う。
 南次郎は楽しかった。可愛い大事な一人息子を取られてしまったような気になるのは面白くなかったが、しかし相手はリョーマが夢中になるほどの腕の持ち主なのだ。少しは手応えがあるに違いない。いやかなり楽しめるに違いない。リョーマに相応しい男かどうかじっくり見極めてやるぜ!と父親としての大義名分を背負う傍ら、久々に若い頃のような闘争心を掻き立てられ、南次郎ははっきり言って浮かれていた。

 そして手塚もまた然り。
 再び訳の分からないことを言われてかなり困惑したものの、要するに南次郎が自分の腕を見たいと言っているのだと理解すると、やはり心が動いた。
 何しろ、引退して十数年経つとはいえ、例え今は僧衣で裸足で何だか怪しげな風体をしているとはいえ、相手はあの「サムライ」南次郎なのだ。その彼が手合わせしてくれると言うのなら、迷っても無理はない。この場合、リョーマ云々という内容は理解し難かったので無意識に後まわしにされていたりするのも無理なかったりする。所詮、手塚もあまりそうは見えないが、とんでもない負けず嫌いのテニスバカなのだ。もちろんこの場にいる三人すべてがそれに当てはまるのだが。

 しかしリョーマがこんな展開を許すはずはない。
「いい加減にしろよ、親父」
 そう言ってリョーマは南次郎の手からラケットを奪い取った。元々リョーマのラケットだ。手癖の悪い父親を、その大きな目でジロリと睨む。
「オレをダシにして遊ばないでよ」
「何言ってやがる。息子の相手に相応しいかどうか直々に見定めてやろうってな親心がわかんねえのか」
「わかるかそんなもん。大体、あんたに認めてもらう必要なんかないね」
「中学生のお付き合いにゃ、親の承諾が必要なんだぞ?」
「だからさっきから何ふざけたこと言ってんだよっ」
「俺ぁ、ふざけてなんかねえ。本気だ。いいからそいつと試合させろや」
「やだ」
「ケチケチすんな」
「ダメ」
「ちっとでいいからよ」
「ダメだってば!」
 脅しもおねだりも効かないと分かった南次郎は、むーんと考え込んだ。その様子にリョーマが身構える。この男は諦めが悪いのだ。おまけに我が強い。もちろん同じ血を受け継いでいるリョーマにもそれは言えることで、だからこそお互いどちらも引かないのだが。

「よっしゃ、やっぱここはテニスで勝負だな!」
 閃いた!とでも言うように下手くそに指を鳴らして、南次郎が叫んだ。
 だがもちろんリョーマは冷めた目で一蹴する。
「やだよ」
「何だ、やる前から降参か?」
「あんたなんかとやるヒマがないって言ってんの!」
「そーだよなぁ、まだまだハンデがねえと勝てねえもんなぁ。負けると分かってて勝負するわきゃねえよなぁ。あーあ、悪かった悪かった。ちょっとパパ大人げなかったな」
「…っ!!」
 南次郎の挑発はそれはそれは効果覿面であった。
 挑発と言ったらリョーマの十八番なのだが、それも南次郎譲りなのだ。年季の違う元祖挑発をまともに食らって、リョーマは見事乗せられてしまったわけである。
 リョーマは手に持っていたラケットを南次郎の顔面めがけて思いっきり投げつけた。
「さっさとコートに入れば!?」
「へいへい、わっかりました〜」
 いつの間にか立場が逆になっていることにリョーマは気づいていない。南次郎はしてやったりとほくそ笑んだが、顔に出すとバレるので心の中だけで舌を出す。危うくスキップを踏みそうになるのを堪えてコートに入れば、呆然と突っ立ったままの男が目に入った。
「おーい、部長さん。すぐ終わるから待ってろよ〜」
「すぐ終わるのはあんただよっ、念仏でも唱えてろクソ坊主!」
 手塚は頷くべきかそうでないのか分からず、ただ生返事をするしかなかった。

 しかし、唐突に始まった越前親子のバトルはそれはそれは見応えがあるもので、さすがの手塚も手に汗握る内容であった。それはそうだ、二人ともかなり本気なのである。ここまで真剣なふたりは母親でさえ滅多に目にしたことはないだろう。そもそも南次郎ならともかく、リョーマがむきになることが珍しいのである。何しろ家の中でのチャンネル争いでさえ、面倒くさそうに父親に譲ってしまう息子なのだから。
 だが今回ばかりは譲る気はないらしい。リョーマの気合の入った打球が次々と南次郎のコートに突き刺さる。
 南次郎はそんなリョーマが嬉しくて仕方なかった。だが同時に、息子をこんな風に成長させたのは俺じゃねえんだよなあ、と幾ばくかの寂寥感も感じちゃったりするのである。男親心は複雑なのだ。特に南次郎の場合に限っては。
 そんなこんなで微妙な心理に舌打ちしながらも、しかしやっぱり南次郎の方がまだまだ一枚上手だったわけで、リョーマの健闘虚しくも南次郎が勝利を納めた。
「ま、ざっとこんなもんよ〜」
「……shit!」
 リョーマは悔しそうに荒い呼吸を繰り返しながら、ネットの向こうで小躍りしている相手を睨み付けた。そして何を思ったか、勢いよく踵を返すと手塚の方に向かってずんずんと歩いて来る。手塚は何か声を掛けようとしたのだが、その前にリョーマが手を伸ばして手塚の胸倉を掴んだ。
「…部長!」
「な、何だ」
 引き寄せられてリョーマの顔が至近距離に迫り、手塚は狼狽する。構わずにリョーマはぐいぐいと手塚のシャツを引っ張り、南次郎を指差して言った。
「あんな奴、ボコボコにしてよ!分かった!?」
「………」
 手塚が返答に窮していると、いきなり何かが飛んでくる気配がして手塚は素早く振り向き様にそれを受け止めた。テニスボールである。飛んで来た方角を見れば、仁王立ちした南次郎が叫んでいた。
「親の前でいちゃついてんじゃねえぞ〜コラ!」
 冗談半分の南次郎の言葉に、しかし真面目な手塚は慌ててリョーマを引き剥がそうとする。
 だが、リョーマは大人しく手塚のシャツから手を離したかと思うと、今度は何と手塚の腰にぎゅっとしがみついてきたのだった。
「コラ――――――――ッ!!」
 リョーマの、南次郎に対する仕返しも兼ねての挑発行為だったのだが、これが思いのほか効果があったらしい。今度はかなり本気の怒鳴り声が飛んできた。
「リョーマ、何してやがる!離れんかい!」
「うるさい、親父!あんたなんか部長に比べたらまだまだだからね!」
「何だとう!俺の腰のが立派に決まってんだろが!」
「何で腰なんだよ!」
「男は腰だあ!」
「わけわかんないよクソジジイ!」
「じ、じじいだと〜!?いっとくがまだ孫はいらんぞ!」
「うるさいクソジジイ!」
「かーっ!こんにゃろ!ジジイのテクはすげえんだからな!」
「部長だってすごかったよ!」
「なっ、なな何でんなこと知ってんだおまえ!?」
「やったことあるからに決まってんじゃん!今更何言ってんだよ!」
「ゆっ、許さん許さん!パパは許さんぞ―――っ!!」
 ちなみに会話が微妙にすれ違っていることにはどちらも気づいていなかったりする。
 元々あまり親子喧嘩に免疫のない手塚も当然ながらふたりのやり取りに付いていけるはずもなく、とりあえずはリョーマを引き剥がそうと再び試みた。
「離れろ、越前」
 言いながらリョーマの身体を押し退けようとする。だがリョーマは必死になってしがみついたまま手塚を見上げた。
「部長、勝たないと承知しないっス!」
「………」
 黙って溜息を吐く手塚にリョーマは更に詰め寄る。困った手塚は、しばし悩んだ末にその大きな手をリョーマの頭の上にぽんと乗せてみた。
「…何すか」
「いや、その……ナイスゲームだった」
「は?」
「今の試合だが…」
「……言うの遅いんじゃないすか」
「すまん」
「ていうかオレ負けたんだけど」
「だが、いい内容だった」
 手塚の力強い言葉にリョーマの顔が柔らかく綻ぶ。いつもの生意気そうな笑いではなく本当に嬉しそうに笑うその無邪気な表情は、手塚の胸の鼓動をひとつ大きく響かせた。
「あんたもいいゲーム見せてよ」
「……ああ」
「オレがあんたを倒すんだから、それまで他の奴なんかに負けないで」
「……努力はしよう」
「何その返事」
「相手は何しろおまえの父親だろう?」
「あんなエロ親父!」
 リョーマの軽口に思わず手塚が苦笑する。そんな珍しい手塚の表情を目の当たりにして、リョーマはしげしげとそれを見つめてしまっていた。
「いい加減に離れんかっ、貴様ら―――――っ!!」
 突然の南次郎の雄叫びで、ふたりは今更ながらお互いの密着度に気づき、慌てて手塚がリョーマの頭を撫でていた手を引っ込め、リョーマは手塚の腰から身体を離した。
 頬が少し熱いのは、気のせいだろうか?
 そんなふたりの様子を見て、いつの間にかすぐ側まで来ていた南次郎はこめかみに青筋をびきびきと浮かばせた。

「許さん!許さんぞ――――――っ!!」



 結局、その後行われた手塚と南次郎の試合は、南次郎の勝ちだった。
 どーだ!まいったか!ガハハ!と笑いながら、しかし南次郎は息が切れたのか笑い声が途中でむせ返り、後ろに倒れたかと思うとそのままイビキをたてて寝てしまった。まるで遊び疲れて満足した子供のように。
 張り切り過ぎなんだよトシのくせに、どうせお腹が空けば勝手に目覚ますから大丈夫、とリョーマが面倒臭そうに請け負って、心配する手塚の背中をばしばしと叩いた。
 手塚が負けてしまったことにやはり口を尖らせて多少ぶちぶち言っていたリョーマだったが、それでも手塚の真剣なプレーをまた見ることができたせいか、どこか御機嫌である。もちろん相手が自分だったなら、もっと上機嫌になれただろうけれど。

 だけど今日は邪魔が入ったけど、まだこれからいくらでもチャンスはある。またここに引っ張ってきてもいいし、あのコートへ行くという手もある。
 そして今日は負けてしまったけど、手塚もリョーマもこれからもっと強くなる。そう遠くない未来には、南次郎を見事返り討ちにしてみせるだろう。ふたりはまだこれからなのだ。

 そう、そしてふたりの仲も、まだまだこれからなのである。




fin.






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デキてないふたりって難しい(笑)
私にしては珍しく原作に忠実になろうとしたら・・・(そりゃ無理だろう)
でも今更ですがアニメ特番があまりに塚リョでもうもうもう!
塚塚塚!リョリョリョ!塚リョー!!みたいな(壊)
感想代わりにコレを書き出したものの、あまりに興奮してたんで勝手が違いました。
というか南塚になりそうだったんで必死に修正してました。
親父は某Mさんに捧げます(笑)
でも塚リョだもんね〜(´▽`)

2002.5.28 あいりん