愛とは、黙って耐えるものである。
「あれー? 手塚、今日部活やんないの?」
制服のまま部室から出て来たところを、菊丸に目敏く発見されてしまった。
手塚は内心舌打ちしたが、表情に出す事なく振り返る。しかしそこに菊丸だけでなく、よりによって不二が一緒にいることに気付くと、咄嗟に眼鏡のフレームに手をあてながら視線を逸らしてしまった。
「……今日は生徒会の方の用事が外せないんだ」
「ほえ〜、珍しいな」
「ふーん、大変だね」
だが意外にも、ふたりはあっさり納得したようである。
手塚は安堵して肩の荷物をかけ直し、そのままコートを後にしようとした。
「荷物を持っていくってことは、大分遅くなる用事なんだね」
すれ違い様に、不二が訊ねる。
ただの推測を述べているだけなんだろうが、不二が言うと何故か妙に含みがあるような気がする。しかも、わざわざ一度安心させて油断したところを狙って後ろから突き落とすような……あくまで比喩なのだか例えで済まされない気がして背筋が冷たくなり、手塚は深く考えるのをやめた。
「ああ」
努めて平静を装い、短く答える。こういう時は普段の口数の少なさが役に立ち、怪しまれる事はない……筈であったのだ。
そこに乾が現れるまでは。
「やあ、手塚。今日は例の行事だな」
開口一番のそのセリフに 当然、不二と菊丸が素早く反応する。
「なになに〜? 今日生徒会でなんかあんの?」
「やっぱりね。で、乾?」
不二に先を促され、乾が視線を手塚に向ける。
手塚は諦めて溜息を吐いた。出来ることなら知られたくなかったのだが、仕方ない。ここで下手に隠すような真似をすれば、余計な誤解を招くだろう。既に手遅れのような気もするが。
手塚の無言の了承を得て、乾が口を開いた。
「オレのデータによれば、今日は我が青春学園中等部の生徒会と白百合女学院中等部の生徒会の交歓会があるはずだ」
乾の説明に、不二が軽く口笛を吹き、菊丸が盛大に驚きの声を上げる。
「白百合って、白百合って、あの超お嬢様学校の!?」
「そう、加えて超ブルジョワ校だな。寄付金は軽く億を超えると言われている白百合女学院……通称セント・リリーズ。敷地内には百合が無数咲き乱れているとか中庭の噴水は天然の大理石で造られているとか礼拝堂にあるステンドグラスは数千万するとかその他様々な噂があるが、残念ながら男子禁制のため確認は取れていない」
「確認取るのはいいけど捕まらないでね、乾」
「………」
呆れるべきか不二に賛同するべきか手塚が悩んでいると、菊丸が猫撫で声で擦り寄ってきた。
「いいな手塚〜、オレもセントリリーズに会いたいっ」
「まさに役得だね」
「お土産に2,3人連れて帰ってきてよ〜」
「手塚なら5,6人は固いな」
「なんすか、セントリリーズって」
最後のセリフは不二のものでも菊丸のものでも乾のものでも、もちろん手塚のものでもなかった。
恐らく、手塚がこの件を一番知られたくなかっただろう相手、越前リョーマである。
その姿を見た途端、手塚の顔色が傍目にも悪くなった。更にそんな手塚を見て、不二が面白そうに笑みを深くし、乾が密かにデータノートを開く。そして菊丸は。
「おチビっ、手塚はこれからセントリリーズのカワイコちゃん達とデートなんだって!」
「菊丸…っ」
菊丸のとんでもない発言に、さすがの手塚も声を荒げる。
リョーマのこめかみに、ぴき、と青筋がたった。
「何すかそれ…」
「リョーマくん、セントリリーズって言うのはね、白百合女学院って言ってこの辺では超有名なお嬢様学校なんだよ」
すかさず不二が丁寧に説明すると、リョーマはふーんと言って手塚を見上げた。
「そういう趣味?」
「越前!」
冷たい視線を投げる恋人の誤解を解こうと、慌てて事実を説明しようとする手塚だったが、こんな愉快なことを周りが放っておいてくれる筈もなく。
「…だから、生徒会の仕事が、」
「でも女の子に囲まれるのは一緒だよね〜」
菊丸がうんうんと頷く。
「…女子ばかりじゃない、こちらの役員だって全員出席、」
「どう見ても手塚が一番人気だろうね。おまけに生徒会長様だしね」
不二が嫌味たっぷりに頷く。
「…言っておくが、これはれっきとした生徒会の仕事で、」
「手塚なら軽く三馬身は突き放してゴールだな」
乾がわけの分からない表現をして頷く。
「………」
説明しようとする端から次々と茶化されて、手塚はついに黙り込んでしまった。考えてみれば、口下手な手塚がこの三人をしかも同時に相手して敵うわけがないのである。
案の定、リョーマの目付きはどんどん悪くなり、今や完璧に座ってしまっていた。
「何だかリョーマくん、機嫌悪そうだね」
しれっとそんなことを言う不二を、手塚は誰のせいだと殺気を込めた眼で睨む。
しかし普通の人間なら震え上がりそうなそれも不二にはまったく通用せず、にっこりと笑って受け流され、更にお得意のカウンターで返された。
「ダメだなあ手塚。こういう時はね、嘘でもいいから浮気は絶対しないって言うものだよ」
「あはは、嘘でもいいからって! おチビちゃん聞いてるし!」
菊丸がゲラゲラと笑う。
手塚の眉間がびきびきと音を立て、縦皺が一気に何本も刻まれた。
「嘘、吐きます?」
「越前……」
淡々と、しかし普段よりずっと低い声で問い掛けてくるリョーマに、手塚は応える代わりに溜息を吐く。
イエスと言ってもノーと言っても怒られそうなこの状況。
オレは何もしていないのに……と、これを招いた不二を呪いたくなった。可能不可能はともかくとして。
「部長」
リョーマが手塚に、じり、と詰め寄った。
何も悪いことはしていないし、するつもりもないのだが、やはり何か多少後ろめたい気持ちがあるのだろうか。一体どんな罵詈雑言が飛んでくるのかと、手塚が思わず身構える。
しかしそんな思惑とは裏腹に、リョーマは黙ったまま更に間合いを詰めると、その大きな瞳を閉じて、細い顎をくい、と上げてみせたのだった。
「な…っ」
何の真似だ、と言うより先に冷やかすような高い口笛が上がる。
「なるほど。言葉より態度で示せってね」
「どうすんの手塚〜」
「据膳食わぬは武士の恥だぞ」
「いいな〜、おチビちゃん美味しそ〜」
「いらないって言うなら僕が代わりに……」
最後の不二のセリフを遮るように、手塚は眼鏡をいささか乱暴に外した。その仕草に、おおっ、と歓声を上げて外野が一気に静まる。
挑発に乗せられているのは、分かっている。
不二達のではない。目の前で涼しい顔をしてキスを待つリョーマの、挑発。
それを無視するのは簡単だが、だからと言ってこんな状態のリョーマを残して行けるわけがない。
フェンス越しのコートには、他の部員もそろそろ集まりかけている。もちろん、すぐ側からも遠慮のない視線をひしひしと感じる。見ない振りをするつもりもないのだろう。
手塚は、覚悟を決めてそれらをすべて視界から追い払うと、身体を屈めて、リョーマの頬に手を伸ばした。
ところが。
唇が触れるその直前、リョーマがぱちっと目を開けたかと思うと、手塚のキスをすいっと避けて、そのシャツの胸倉を掴み、力一杯引き寄せた。
ガブッ
「―――――ッ!!!」
声にならない悲鳴が響き、手塚は首筋を押さえてよろめいた。
その首筋にはくっきりと見事な歯型の跡。
リョーマが、渾身の力をこめて噛みついたのである。
「女よけっス」
そして平然とそう言い残すと、テニスコートの方へスタスタと歩いていってしまった。
途端に三人が弾けたように笑い出す。
「おチビちゃん、サイコー!」
「これは効果抜群だろうな…」
「殺気さえ感じる歯型だねえ」
ひーひーと笑い転げる三人を余所に、手塚は未だ呆然としたまま、じんじんと痛む首筋を押さえている。
「あれは相当怒ってるよ〜」
「意外と独占慾が強い…と」
「ホント、わかりやすいね」
「浮気なんかしたらやっぱ…」
「確実に血を見るな」
「次は頚動脈だね」
手塚の顔色が青いのを通り越して白くなった。
「大丈夫か? 手塚。そろそろ時間じゃないのか? ああ、ちょっと待てよ。浮気防止とは言え、さすがにそのままじゃ風紀上ヤバイことになるぞ」
「面白いけどねえ。生徒会長の激しい情事発覚」
「テニス部に害がなければな」
「でも乾〜、バンソーコーじゃ隠れないよん」
「安心しろ、こんなものがある」
乾がどこからか取り出したものを見て、不二と菊丸は再び噴き出して笑い転げた。
その後、厳かに行われた青春学園中等部生徒会と白百合学院中等部生徒会の交歓会の場には、何故かサ○ンパスの匂いが充満し、その匂いの根源である手塚生徒会長の側には、さすがのお嬢様方もレースのハンカチを押さえるだけで、誰も近寄ろうとはしなかったそうな。
リョーマ以外にどう思われようと痛くも痒くもない手塚だったが、さすがに首筋の傷は痛かったし、そこに貼り付けられたサ○ンパスは痒くて仕方がなかった。
けれどそんな痛みも痒みも、愛の証だと思えばこそ、黙って耐えられるのだ。
fin.
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セントリリーズって何じゃー!(・∀・)
すみません。趣味です。でもお気に入り。セント・リリーズ。語呂が特に。
是非とも不二先輩とリョーマさんに女装して潜入してもらいたいです。(何の為に)
そんなわけで愛の証明。
リョーマさんの愛の証明と、部長の愛の証明でした。
痛い愛だな、リョーマさん・・・まあボディランゲージってことで(笑)
元ネタは『キス』(マツモトトモ著)です。つーこんの一撃。
2002.10.1 あいりん
