夢日記・その1「約束と再会」



   1

 僕は両親に連れられて、病院のような白い建物に来ていた。
 そこは見覚えらしきものがあった。父が入院したときに見た病院の風景と似ている。多分、その風景が元になっているのだろう。
 何の用で来たのかはわからない。それにそんなことはどうでも良かった。いつもと違う雰囲気のその場所は、まだ幼かった僕には「探検する場所」でしかなかったからだ。
 僕はその好奇心に従い、一人で廊下を歩いていった。



   2

 いくらか進んだ所で、ガラス張りで両開きのドアを見つけた。向こう側は屋外らしく、ガラス越しに青い空が見えている。
 ドアを抜けると、そこから右下へと延びるなだらかな階段と、それに沿って作られたスロープがあった。最近はこういうものも増えたが、夢を見た頃の時代では病院ならではの構造だ。
 ところが、その階段の外側には何もない。手すりの向こう側は真っ白に見えた。なんだか、この建物だけ世界から隔離されているような感じだ。
 僕は立ち止まったまま、その階段の先を目で追った。
 坂を下りきったところで一度平らになっている。そして、視線は左へ下りつつ正面に戻ってくる。その場所――最初のドアを背にしている僕の正面下方に、似たようなドアが見えた。どうやら別の病棟との間にある通路らしい。
 途中で平らになっているのは、車椅子で通る人のためだろう。つくづく現実に忠実な夢だ。
 僕はその平らな場所に子供がいることに気づいた。



   3

 その同い年ぐらいの子供は携帯ゲームで遊んでいた。
 僕は何のゲームなのか気になり、声をかける。
 「何のゲームしてるの?」
 「え? これ」
 そう言って画面を見せてくれたが、知らないものだった。尺取り虫のようなキャラクターを操って、ステージをクリアしていく、いわゆるアクションゲームだ。起きてから思ったことだが、どうやら夢ならではのゲームらしい。今考えるとわけのわからないゲームだ。
 しかし僕は何の疑問も持たず、また操作などの説明も受けずにそのゲームを遊ぶ。いくら現実らしくてもやはり夢だ。
 そうしているうちに時間は過ぎていき、どうやらその子供はもう行かなくてはいけないらしい。
 でも、僕はまだその子と遊びたかった。
 「じゃ、また今度遊ぼう。んー……、誕生日にまた来るから」
 そう言って、月日を教える。誕生日である必要もないのだが、なぜか思いついたのはそれだった。
 「ん。それじゃ、また」
 そうして、僕はその子と別れ、時同じくして目を覚ました。



   4

 目覚めたときは覚えていたかもしれない。だが、あれから何日も経ち、僕は約束を忘れていた。夢の中で交わした約束なんて、最初からたいして気にしていなかったから尚更だ。
 僕は何度も誕生日を迎え、約束はおろか夢を見たことさえ忘れていたある日――。



   5

 ふと気がつくと見覚えのある場所に立っていた。
 いや、同じなのは場所ではない。ここに来たことはないはずだ。でも、この雰囲気はどこかで感じたことがある。それがいつか、どこなのかはわからない。
 かなり曖昧な記憶。それでもそれは堪ではなく、確信だった。
 正面には店が見えるが、何の店なのかはわからない。ガラス製のショーケースが前面にアピールされ、古い建物ながら清潔な感じを受けた。
 隣に何も建っていないはずもないのだが、何度思い返しても何かが建っていたような気がしない。なんだか、その建物だけ世界から隔離されているような感じだ。
 俺はその店の前に少女がいることに気づいた。



   6

 その瞬間に俺は全てに気づく。
 ここがどこなのか。
 彼女が誰なのか。
 彼女の言いたいことはもうわかっていた。悲しげな表情と、無言が答えだ。
 俺は何かを言おうとする。だが、何も言えなかった。言ったのかもしれないが、俺自身にさえ聞こえない。
 貫くような目が焦りや悔やみという効果を生み、俺の体を支配する。それだけでもう動けなくなった。
 そのままだった。
 その視線を身に受けたまま、俺は目覚めた。



夢日記・その1「約束と再会」 −終わり−


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