汀が、また私の家に遊びに来た。



今回は、顔を見に来ただけだから、今夜はホテルに泊まるなんて言うから、慌てて引き止めた。


人がせっかく親切心で言ってやったのに、汀ときたら…


『あたしを泊めると、親に見られちゃいけない所、目撃されるかもしれないわよ』


・・・なんて言うから殴ってやった。




という訳で汀が今、私の部屋にいる。



入浴を済ませて、部屋に戻ると、私より先に入浴を済ませて

とっくに髪の毛を乾かした汀が、部屋の中央で私に背を向け、あぐらをかいて座っていた。


タンクトップにショートパンツ…薄着の軽装。

…まさか、そのままで寝る気か?と私は汀の分のパジャマでも用意しておくべきかと一瞬考えたが…


『胸のサイズ』がどーのこーの言われそうな気がしたので、やめた。




それにしても、汀のくせに黙って部屋の中央に座っているなんておかしい。(暴言)




「…ちょっと、どうしたの?黙って座り込んで。」

「・・・・・・。」



私の問いにも答えない。・・・無視のつもりだろうか?汀のクセに。(暴言2)



「ちょっと…汀。」



よく見ると、汀の膝が一定のリズムをとって動いている。

…耳からはイヤホンの線が垂れているのが見えた。



・・・なんだ、音楽聴いているだけか・・・。



「ねえ、汀…何聞いてるの?」


「・・・・・・。」



「…ねえってば。…まったく、人の家に遊びに来てまで、なんで音楽なんか、聴いて…」


「………」



どうやら、私の存在にも気付いていないらしい。

指でトントンと肩を叩くと、汀は「ん?何ー?」とやや大きな声で振り返った。


私は思った。(・・・その前に、イヤホンを取りなさいよ。)…と。


少しイラッとした私は、ワザと小声で『馬鹿汀』と笑顔で言った。

それで返ってきた返事が。



「んー、洋楽。」


何を勘違いしてるんだか…予想で答えているいい証拠だ。なんて適当な返事だろう。



『あめんぼ・あかいな・あいうえお』


「んー、今は別にいいや。」



・・・はい、全く伝わってませんね。私の言葉。

私の声なんて聞こえてないし、聞こうともしないんですね。汀さん。



『カナヅチは直りませんかー?』

「あー…そーね。初心者にはちょっとキビシイかなってジャンルね。」



私は、笑顔で小声のまま話しかけ、汀はそれに対し適当な返事を返した。


それを良い事に、私は面と向かって汀に好き放題文句を言った。


『最近、メールが素っ気無いんですけど?』


「そうそう。オサ、解ってるねー」


(解ってないのは、お前だ、お前。)と思いつつも、私は笑顔のまま。



『電話ではいつも、会いたいとか言うくせに。』



…そうも言いたくなる。こんな態度を取られたら。



「へえ…そうかそうか。」



汀は腹の立つほどの笑顔で、ニコニコ笑ってはいるが、私の言葉を理解していない。



『…ホントは、会えて嬉しかったんだからね。さっきまで。』

「いや、どーかな…それは。」



傍にいるのに、何だろう。この孤独感。




『一人にしないでってば。』


「うんうん。」




いい加減、イヤホンを取ればいいのに、と思うが

私は、汀のMP3プレーヤーのイヤホンを引っ張る事すらしなかった。




私の手は、イヤホンではなく、汀の服を掴んでいた。






 『・・・か、構ってよ・・・。』






「・・・うん、いいわよ。片方で、聞く?」





そう言うと、汀はあっさりと片方のイヤホンを外して、私の隣に座りなおし、私の左耳にイヤホンを押し込んだ。



少し大音量気味の洋楽が、聞こえてきた。だが、バラードだった為、そんなに不快には聞こえなかった。

だが、音楽を愉しむ余裕は、今の私にあるはずもなく。




「…………。」


(…え?…え、待って…汀、私の声聞こえていない筈、よね…)



確かに、聞き取れるかどうかもあやうい小声で、喋っていた筈だ。

音楽もこの通り、音量は大きいし。


「…どう?結構イイでしょー?」


人の気も全く知らない、汀の腕が私の肩を抱いて、自分の方へと引き寄せた。

イヤホンの線が、少したるんで、汀は再び自分のイヤホンの位置を直していた。


「…うん。」

「オサもハマらせようと思ってさ、MDに落としてあげたから、後であげる。」



そう言って、頭をコツンと私の頭にぶつけた。

不意打ちの連続に、私は黙って音楽を聴いていたものの…


(・・・そ、そんなので、誰が、ごまかされるか・・・!)と自分の心を仕切りなおした。


イヤホンをしていない方の耳に、届くように私は少し大きめの声で言った。


「……汀、さっきの聞こえてた?」


「ん?あー…正直、聞こえてはいなかったんだわ。何か、途中からもどかしくって片方外しちゃった。」


と言って、ヘラヘラ笑っていた。



「…やっぱり。」

それを聞いて、正直ホッとした。



ところが。



「いやぁー…ホント”読唇術”ってむずかしいわ。オサみたいに、ゆっくり口を動かしてくれないと全然解らないもの。」



「・・・・・・・・・!!!」




私は、改めて汀を見た。汀は、してやったりの表情で笑っている。

コイツ…ずっと、私の唇の動きを読んで、会話してたのか…?



「…できれば”構ってよ”ってオサの台詞…音声で聞きたかったからねぇ。もっかい言ってくれる?」



「…い、言ってないわよッ!そんな事!適当な返事してたクセに!」



聞こえてなかったとはいえ、意味が伝わっていたのなら、話は別だ。

・・・もしや、ワザとか?ワザと・・・適当な返事をしてたとでも・・・。




「最初は、確かに解りにくかったけどねー。ちゃあんと読めた。特に最後の”構ってよ”ってのが…」


「…ち、違うって言ってるでしょっ!!」



もう引っ込みが、つかない。

意地でも言うものか。


今度は私が、黙り込み音楽に集中した。



やがて、飽きたのか汀が、私にちょっかいをかけ始めた。




「オ〜サ〜構って〜♪」


汀は背中から抱きついて、私が小声でしか言えない事をスラスラと言葉にする。



・・・だから・・・あー・・・・・・もうっ!





私は、一呼吸おいて、バッと振り向いた。



そして、隙だらけの汀を捕まえると、黙ってキスをした。




私の勢いに押されて、汀はいとも容易く押し倒せた。

声は出さず、唇で何度も何度も言葉を形作る。今度こそ、汀が読める訳などない。


何を言おうと、読めるわけ無い。


唇を離すと、風呂上りに似たような…そんな暑さが身体に戻ってきていた。





「……お、オサ…激し過ぎ…ご家族の皆様が起きちゃうでしょ…。」




いきなりで驚いたのか、汀は私より息が上がっていた。


「・・・構って・・・欲しいんでしょ?」


私が、不機嫌そうにそう言うと、汀はやっぱり笑った。




「…うっわあ…オサ、エロい。」



そう言って、私の首に掛かったままのタオルごと掴んで、引き寄せ、首すじ、髪の生え際に唇や鼻をつける。

くすぐったくて、思わずぴくりと反応すると、クスクスと汀が笑った。


私が睨もうと汀の顔を覗きこむと、汀は唇の形で『敏感♪』と形作った。


そんなにゆっくり解りやすく形作られたら、読唇術なんて使うまでも無い。



・・・エロいのはどっちだ!!と私は思った。




ここはやっぱり説教だ、と至近距離で怒鳴ろうとした私の前髪に掌をあてて、汀はまた唇で言葉を形作った。







  ・・・・・・・・・・・・・・・・・。




…な、何を…言って………それ、ちょっと………



「・・・・・・・・・ば、馬鹿じゃないのッ!いっ言ってて、は…はず、恥ずかしくないのっ!?」


「え〜言ってないじゃな〜い。あっはっはっはっは〜♪オサ、読唇術、免許皆〜伝♪」



「馬鹿ッ!超馬鹿ッ!!」

「はいは〜い。照れない照れな〜い♪」


蹴り飛ばそうとしたけど、私は止めた。

・・・何故か、汀のこの笑顔を見ると、脱力してしまう自分がいる。


憎めないヤツって…汀の為にあるような言葉だと、しみじみ思う。




・・・・・・は?汀が何を言ったかって?




・・・・・・・・私は、知りません。


 ・・・知りませんったら知りませんッ!!




・・・・・・・・絶対、言わない。




― END ―




あとがき。



WEB拍手SSに、加筆修正を試みましたが・・・余計…なんか変に…………ま、いいか。(コラ)


うん、オサはエロい。ムッツリさんだ。喜屋武ちゃんは、正直なエロ猫だ。

神楽はそう思います。

何を言ったのかは・・・秘密〜。