第一印象は、最悪。

まず、青白い顔が気に入らなかった。


おそらく、まともに日光を浴びるような、そういう生活をしていなかった為だろう。


それから、人を小馬鹿にしたような言い草。


チクチクと嫌味を言っては、鼻で笑うような…そういう女。



「…でも、お前は、そんな私が、好きなんだろう?

 こんな時間に、こんなマネして。」


この期に及んで、そんな台詞を吐くとは、さすがの私も呆れた。


「……ええ……殺したい程、好きですよ。」


私は、銃口を向けながら、そう言った。


青白い顔の彼女は、臆する事無く、ニンマリとイヤミったらしく笑った。


「…だったら、こんな紐解いて

 サッサと、抱けば良いだろう?チャンスだぞ?」


「……三上(みかみ)博士…いい加減、研究データのパスワードを教えて下さい。

 じゃないと…」


私は更に銃口を突きつける。


「おやおや…お前は、天国にイかせてはくれずに、送るほうが得意か。

 ・・・よほど、ヘタクソなんだな?」


「黙れッ!!」


「感情的になるなよ。…頭が悪く見えるぞ?

 
 …”殺し屋”。」


やはり、嫌いだ…この女…!




 [ ある夜の出来事 ]





海沿いの研究所。研究所と言っても、見た目はただの古びた民家にしか見えない。


誰も滅多に、訪れる事は無い、地の果てとまで言われた土地だ。


そこに済むのは、化け物か、変人くらいで。


彼女、三上 時雨(みかみ しぐれ)は、後者の方だろう。



しかし、変人・三上の研究は、その昔…世界を震撼させた。


アンドロイドボディの発明。

簡単に言えば、脳みそ以外のすべてを機械化する…そういう研究である。

しかも、人間の感覚も神経も見事に再現されている、というのだから。


当然・・・世界は沸いた。


脳みそさえ無事なら、人間は、永遠に衰えのない肉体を手に出来るのだ。

そして、体の不自由な人間に、自由を与える事が出来るのだ。



しかし、三上は…研究者として、発表しておきながら


突然、この研究を自ら破棄し、更にこう言った。


『こんなモンが素晴らしいなんて、お前らは、つまらんな。』



…勿論、タダではすまない。


研究者と名乗る事も彼女は、出来なくなった。


データさえあれば、と世界の誰もが、彼女にデータの引渡しを頼んだが

無いものは無い、と一蹴され。


それでも懲りない面々が、彼女の家をひっくり返して調べたり、パソコンをどんなに詳しく調べても

そのデータは出なかった。



…そのうち、彼女はどこかへと姿を消した。



そして、今


殺し屋である、私の目の前にいる。


「お前もしつこいなぁ…無いものは無いんだ。

 あんなつまらん研究データなんて、とっくに破棄したよ。

 あんなもんは、SF映画で楽しめばいいんだ。」


深夜、研究所に侵入してすぐ、私は彼女を拘束した。

いやに大人しく捕まった三上は、私を”普通の来客”のように見ていた。


「…それは、貴女の考えでしょ?

 こっちは、人類の考えは、そうじゃないんです。

 便利で、有効なモノは、使うに限る。

 貴女だって、あのまま世界にデータを公表していれば、世界的な研究者になれたのに。」


私が、そう言うと、三上は深い溜息をついた。

失望に似た、そんな溜息。


「…だから、つまらんというのに。」


「つまらないでは、済まないんですよ。貴女の発明は。」

世界的に名の知れた天才的な研究者の、研究データ。

そのデータの回収及び、研究者の暗殺が、私に依頼された仕事だ。


しかし、この三上という女は、一癖も二癖もある女で。

先程から、縛り上げても、銃口を突きつけても、余裕面でニヤニヤ笑っているのだ。


「…お前、発明の全てが”有効”に使われるとでも、思っているのか?

 まあ…”都合が良い”という意味での”有効”ならば、あるだろうな。

 …腐るほど。」


・・・・・この通りの態度だ。


「…悪用されるのを防ぐ為だった、と?」


私がそう言うと、彼女は体を前に倒した。


「ふふふふ…くくく…っ…」


…三上は、かがみながら、笑っている。


「何が可笑しいんですか…?」

私は、感情を抑えながら問うと、彼女は笑うのを止めて、体を起こした。


「お前は、物事を”良い”のと”悪い”のと、イチイチ分けて考えるのか?

 …そういう、考えは危険だ。…バカにも見えるしな。」


いちいち、人を小馬鹿にしないと、気がすまないのか?この女…


「…いいから、データのパスワードを。」


私の手元には、彼女が現在使っているPCがある。

肝心のデータは、パスワードでロックされているので、未だ開けないでいる。


「…お目当てのアンドロイドボディのデータは、ないぞ。」

「それは、私が判断する。いいから、教えなさい。」


少し、考えてから三上は言った。


「…じゃあ…こうしよう。お前を抱かせてくれ。そしたら、パスワードを教える。」

「……ホントに、殺しますよ?」


私は、腹が煮えくり返る思いを必死に抑えた。

データさえ、奪えば殺しても構わないと、依頼主には言われているのだ。

…データさえ、あれば…。


「いや私は、女が好きでね。最近ご無沙汰なんだ。

 丁度、お前みたいな、アジア系の肌のきれいな女は特に」


”パン!”

私は、銃で三上の台詞を断ち切った。


「…案外、照れ屋だな。」

まだ、余裕という顔が、更に私の焦りと怒りを引き出す。


「…威嚇射撃、って解ります?三上博士。」

「興味無いな。知っていたとしても、どうでもいい事だ。

 お前を抱いてみたいという事以外、今の私には、興味は無い。」

「…命に関わる、事でも?」

「…構わんぞ。腕でも、足でも撃つが良い。

 私は、一度決めたら、その道しか歩まない。

 お前を抱くまで、絶対に喋らん。絶対に、な。」

「…変態が…。」

私が吐き捨てるように言っても、どこ吹く風、という感じで三上はまだニヤニヤ笑っている。

「…フフ…ベッドを共にした女半数が、よくそう言うよ。

 褒め言葉だと、思うんだが…お前はどうかな?」

「……。」


”パンッ”


私は、右足をかする程度に撃った。

かすっただけでも、相当痛いはずだ。


「……ッ…!…ホントに、撃ったな…」


研究者のくせに、白衣にジーパンにTシャツの格好。

右足のジーンズに、じんわりと赤い血液が滲む。


「…撃つと言った筈だ。言え。」


私は、更に銃口を彼女に近づけるが、彼女は全く怖がらない。

それどころか。


「だから、言って欲しかったら、抱かせろ。

 …まさか、好きな男としかしない、とかいうタイプか?

 損だぞ、そういう考え方は。」


「…うるさいッ!!」


「…フフフ…近くで見ると、また私好みだ。」


”バチン!”

私は思わず、三上の顔を手の甲で殴った。

しかし、三上は目を逸らす事無く、私を見ていた。


「…約束する。抱かせてくれたら、パスワードを教える。

 なんなら、1つ目のパスワードを教えてやろう。」

「1つ目…?2重にかけてあるの?」

「研究者時代の名残だ。どうも、研究の途中で、他人に見られるのが嫌でね。

 パスの1つ目は『IN MY ARMS TONIGHT』

 …私がよく聞いてる曲だ。」


私は、黙ってパスワードを入力した。

すると、ピコンという音と共に、画面は”次のパスワードを入力して下さい”と表示された。


「……!」

「信用した?」

「…まだだ。」

「ヤリ逃げなんか、しないからー。」

「そういう意味じゃない!黙ってろ!」

「…口説きにくいなぁ…お前。」


私は、1つ目のパスワードの曲名の歌手の名前や、その歌手の曲全てを入力した。

しかし、全て・・・間違っていた。



「はあ…」

私は、溜息をついて、一旦PCから離れた。

見れば三上は、寝ているのか、顔を伏せている。


……マイペース、というべきか…なんというべきか…。


いや違う。


右足の出血のせいだ。

かすり傷程度とはいえ、止血しなければ、死んでしまう。

私は、慌てて、彼女の右足の止血をした。


プロの殺し屋として、恥じる思いだった。


「オイ、殺し屋…紐を解いてくれ。」

三上は、少し低い声でそういった。

「…出来ない。今、止血している。」

私は、三上の足に紐を巻いた。

「それでは、止血になってない。…自分で、縫合するから、紐をといてくれ。

 そんなにキツく絞めたら血液が循環せず、右足が壊死してしまう。

 お前は、1つ目のパスワードを教えた私の足を殺す気か?

 それでも、プロか?」


プロか?と問われて、私は正直…何も言えなかった。


「………わかった。だが、妙な真似したら、殺す。」

「はいはい。」


私が紐を解くと、三上は片足でひょいひょい歩き、棚からアタッシュケースを取り出した。

中には、手術道具やらなにやら…。


「…お前、研究者か?」

「元・研究者だ……イテテ…」


そう言いながら、三上は麻酔なしで、これまたひょいひょいと、傷口を縫合した。

まるで、ボタンをつけるように、簡単に。


「……どうして、データなんぞ欲しがる。」


縫いながら、三上はそう聞いてきた。


「私じゃない、依頼主だ。

 私だって、本音を言えば、お前みたいなヤツに、関わりたくない。」


私が、そう答えると、針をもった彼女は、満足そうに笑った。


「フフフ…そうかそうか。」


「博士こそ、どうして研究の発表を破棄したんだ?」


依頼主から当初、この話を聞かされたときから、その事が、気にはなっていた。

そして、世界の期待を裏切った人物が、どういうヤツなのか、会ってみたくなった。



「…見ろ、私の足から血が出ている。痛みも感じる。

 これは間違いなく、私の感覚であって、その感覚は、私の細胞達が、私という存在に教えてくれるのだ。

 愛おしいと思わんか?この細胞達が。」


細胞が愛おしい、なんて…研究者らしいとは思う。

…が。


「…理解出来ないわ。」


私の答えに、三上は満足そうに言った。


「まあ、そうだろうな。」


縫合は終わったらしく、三上は包帯を巻きながら、話を続けた。


「私のアンドロイドボディは、その細胞達を切り離し、捨てるものだった。

 最初は、それで体の不自由な人々の為に、とか言われていたのだがな。


 やがて、『人間が永遠の命を手に出来る』などと、バカな考え方が現れてな。


 …一気に馬鹿馬鹿しくなってしまった。


 そんな愚かな人間なぞ、永遠に生きなくてもいい、と思うようにもなった。


 共に生まれ、育ってきた己の細胞を捨て

 私が生み出した”機械”に、依存して生きるような生き物は”生き物”ではない。

 
 永遠の命・永遠の体…そんなモノを手に入れた人間は、人間ではなくなるのだよ。

 …私に言わせたらな。」


「…しかし、だからって…」


私の言葉を遮るように、三上はケースに道具を突っ込み

使用した道具を、洗い場へと運んだ。


「発表する前に気付くべきだったんだよ。私ともあろう者が、情けない事だ。


 考えてもみろ。

 あんなモンが普及でもしたら…
 

 交換できる永遠に若くいられる肉体があったら、さあ古いのは捨てて取り替えましょう

 …なんて事になる。


 どんなに体を傷つけても、交換できる肉体があったら…

 愚かなヤツは、自分の体を愛おしく思わなくなる。


 …そして、他人の体すら、愛おしく思わなくなる。

 

 くだらんし、つまらない世界になると思わんか?殺し屋。」


話を終えた三上の背中は、何故か寂しそうに見えた。


研究者の苦悩…?


そんな簡単な言葉では、言い表せない程、三上は…悩み苦しんだのだろうか。


自分の発明が…研究が、人類を変えてしまうことに。


だが、私はこう答えるしかない。



「……殺し屋は、元々、人の命を、愛おしいだなんて思わない生き物だ。」


じゃなけりゃ、人なんて殺せるものか。


「……だから、私は、お前が気に入ったんだ。」

「え…?」


そう言うと、三上はぐらりと、倒れた。


「三上博士!?」

私が抱き起こすと、三上は額に手を当てて呟いた。

「……いかんな、貧血だ…。」

「…はぁ…」

「…心配するな、死にはしない。」

「誰も心配なんかしてな…!!」


私の首筋を掴む、青白い腕。

突然の強引な力に、私の唇はあっさりと三上に奪われた。


「ぅん…ッ!?」


今度は、舌の侵入を許してしまった。

私は、舌を噛み切ろうとしたが、するりと逃げられ、三上の唇は、素早く耳へと駆け上がった。


「このまま、抱かせてくれたら、パスワードも…いや、あのPCごとお前にくれてやるよ。

 悪い条件じゃないだろう?」


「……私は、貴女が嫌いだ…!」


そう答えると、三上は満足そうに、耳元で囁いた。


「…フフフ…悪いな。私は、全く逆だ…。」


三上博士の”貧血”が、演技だったのか、否か。

そんな事、確かめる術は無い。


「……よ、よせ…ホントに殺…!?」


三上はいとも簡単に、私の服の中に手をするりと入り込んでいた。


「…気に入らなければ、殺しても構わんぞ…

 お前を満足させる自信は、前の研究より、あるつもりだ。」


そういう問題じゃない、そう言おうとしても体がいう事をきかない。

彼女の手が、侵入していく度に、力がどんどん抜けていく。


そして、私の体は、震えていた。


「うっ…や…やめ…てっ……」


私は、悲鳴のような声を出して抵抗する。


三上は、目を細めて私を見下ろしながら、私の手から拳銃を取り去った。

何もかも見透かすような、そんな目だった。


「私は、お前になら殺されても構わん。

 その前に、やりたい事は済ませておきたい…そのくらいは協力してくれ。殺し屋。」


「…あ…っ…くぅ…ぅッ…!」


写真を一目見たときから、印象は最悪だった。


青白い顔の女の目は、まるで私を誘うような目をしていた。


”殺せるものなら、殺してみろ”



しかし、私がこの研究所に侵入して、私の顔を見た”写真の女・三上”は、開口一番こう言った。


『お前は、私が好きなのか?』


そう言われて、データを手に入れたら、絶対に殺そうと思った。


殺さなければ、いけない。


この女を、殺さなければ……私は…


「…ひっ…あぁ…!」


   きっと、私は、”ただの殺し屋”じゃいられなくなる。


「……殺し屋、声は良いが、少しは力を抜け。」


…もう、この人は、殺せない。


私は、そう思った。


思い知らされた。


「…思った通り、肌のきれいな女だ…口説いて良かった。」


この女は、先ほどから本心しか、口にしていないのだ、と確信したからだ。


「…嫌いだわ…貴女、みたいな…ンッ…んン…!?」


唇を何度も何度も、塞がれては、指で、掌で、優しく撫でられる。


この女の言葉を借りるなら…私の”細胞を愛おしいんでいる”のだろう。


「…そうか?私には…とても、そうは見えないが。」

「…な…なんで…ッ…そんな事…っ…」

「…お前は、嘘がヘタだ…一目でわかる。

 だから、さっきから可愛い声で言ってるイヤだっていう言葉も…嘘だ。」

「……っ…!」


殺し屋が、ターゲットに”喰われた”など、笑い話にもならない。

「どうして…」

ふと、私は彼女の胸の上でたずねた。

「…ん?」

「…私の事を気に入ったと、言ったでしょう?…どうして?」

「…愚問だな。」

そういうと、三上は再び私の上に乗った。

「他の人間は良く知らんが、私は…正反対の生き方をする人間に強く惹かれるんだ。」

だが、不思議と私は、それ以上の抵抗はしようとは思わなかった。


それから、三上は、私を散々抱いた。

パスワードを殴り書いたメモを枕元に置いて、PCも持って行けと言って、そのまま寝てしまった。


私は…そのまま、依頼主にPCのデータを渡した。


…案の定、依頼主からクレームが入った。


肝心のアンドロイドボディのデータは無かった、というのだ。


私は依頼主に言った。


『データさえ奪えば良かったんでしょう?だから、もう殺しましたよ。』


と。


一応、裏では、一流の殺し屋と呼ばれた私だ。

信用されているだろう。



こうして、人類の永遠の肉体とやらは…永遠に、無くなったのだ。



それから。





「…おや、久々の客人かと思えば…丁度、お前の事を考えていたところだ。」

「…また、ロクでも無い事、考えていたんでしょ?」

「いや、きっと”満足”するぞ…お前なら。」



…私は、元・殺し屋として、元・研究者の所に転がり込んでいる。



「はぁ…やっぱり、ロクでも無いことじゃない…」

「そう言うな、好きだろう?」

「・・・嫌いよ。」


私が、そう答えると、また彼女は、とても満足そうに笑うのだ…。



  END



 ーあとがきー

突然の読みきりもの!


甘いものー甘味ー……になりませんでした!!!


タダのエロ研究者と、チョロい殺し屋のアヤシイお話でした。(笑)

最後まで殺し屋の名前が出なかったのは、まあ…あえてです。

…いや、ホント、面倒くさかったとか、いうんじゃなくて…

あははっははっはっは!

…ぱぁーっと浮かんだ話なので、ちょっと…(凄く)…乱暴でしたが、いかがでしたでしょうか?

ちょいちょい、直してみました・・・