「あ、もしもし?…久しぶり。

 ・・・うん、大丈夫よ。

 ・・・うん・・・うん・・・

 大丈夫、ちゃんと食べてる…うん。

 うん、わかってる。汐姉さん…私もう、子供じゃないんだから…」



…電話のお相手は、日本のお姉さんみたいですね。


あ、皆様ボンジュール!エリカです♪


え?ドアに耳をつけて何をしているかって?




 ・・・・・・・・・・。




…ああ、神様…ごめんなさい…エリカ、いけない子です…。


”立ち聞き”しちゃいけないって…わかってるんです…


でも…仕方が無いんです。…今回は、いいですよね?



あさっては葵さんの誕生日…


何が欲しいのかな〜と聞きに来たんですけど…どうやら、お姉さんと電話中みたいで…。




「え?誕生日?ああ…そういえば…」



ほ〜ら、やっぱり♪出ましたね!!この話題!立ち聞きしていた甲斐がありました!!

よくよく考えたら、こういうのはサプライズ、ですよね?神様♪


ちょおーぉっと(?)だけ、立ち聞きして…葵さんの誕生日プレゼントの参考にしちゃいましょう!



「プレゼント?いいよ…そんなの気持ちで十分…。」



そういう訳にはいきませんッ!!

お姉さん!せめて、葵さんの好物だけでも、聞き出して下さいッ!



「・・・・え?”キス”?うん…そりゃ、大好きだけど…」




・・・・・・・え・・・?”キス”が大好き?




「…あははは…誕生日にキスって…汐(うしお)姉さんったら、覚えててくれたの?」



…キスって…アレですよね?唇と唇の…



「い、いいわよ、大丈夫!そんな気を遣わないでいいから!ん〜…そ、そりゃ巴里では無理だけど…!」



普段からお世話になっている葵さん…

感謝を込めて、葵さんの喜ぶプレゼントを差し上げたい…



・・・でも、葵さんって自分から、欲しい物とか、好みとか、そういうの言った事がないんです!!


 ※注  エリカ達が聞かなかっただけ、ともいう。



「いいわよ、無理にキス送ってくれなくても…私…そういう気持ちだけで、十分嬉しいから。」


そうはいきません…。


…でも…



…神様…エリカは…


エリカは一体どうすれば良いのでしょうか!?





       [ 誕生日にはキスを。 ]






『『『『キスのプレゼント!?』』』』




エリカ以外の巴里華撃団のメンバーは皆、声を揃えた。


場所は、シャノワールの一室。5人は紅茶を飲みながら、明後日の葵の誕生日について、打ち合わせをしていた。


「な、何を言い出すのだ!?エリカ!」と怒り出したのは、グリシーヌ。

「グリシーヌ…声が大きいよ。」とグリシーヌをなだめたのは、コクリコ。

「あのエリカさん…何かの間違いでは…?」と冷静に問い直したのは、花火。

「ま、お前の耳は節穴もイイトコだからね。」と鼻で笑ったのは、ロベリア。


「…いいえ!間違いありません!葵さんは、確かに…

 ”え?”キス”?うん…そりゃ、大好きだけど…” と言ってました!」


・・・と力説するのは、エリカ。


その目は真剣そのもの。

その場にいる全員は、知っていた。エリカは勘違いはしても、嘘だけはつかない事を。


彼女達の議題は、葵へのプレゼントをどうするか?だった。


「し、しかしだな…いくら好きでも…誕生日に…しかも、女から女にキスのプレゼントとは…どうかと思うぞ?」


グリシーヌは、腕組をして顔をしかめている。若干、頬が赤いのは”プレゼント”を想像した結果だろう。


「…普通、嬉しくないよねぇ?」とコクリコもそれに同意する。


「でも…電話の内容からして…葵さんのお姉さんは、葵さんにキスを贈ろうとしてましたよ?

 きっと…毎年…贈っているのではないか、と・・・・・・きゃー♪エリカ、照れちゃいますっ!」


エリカは、自分で想像して、勝手に盛り上がっていた。


「そ、そんな…姉妹で………………ぽっ」

花火もつられて、想像し、頬を染める。



「…世の中には色んなヤツがいるからなぁ…」

ロベリアは、空を見上げ、遠い目をして、そう言った。その言葉は、他のメンバーが言うよりも重みが違う。



「で、どうしましょうか?誕生日…」

話題を元に戻しながら、花火は、困ったように下を見た。


「それを、今、みなさんに相談したいんです。・・・どうしましょう?」

実は、エリカが一番困り果てていたのだ。



「というか…エリカ、いつもの勘違いじゃないの?」

コクリコは、冷静にその時の事を思い出すように言った。



「じゃあ…他にキスって何がありますか?」

「ま…キスはキス、だな。」


エリカの問いに、ロベリアは、やっぱり空を見上げながら、そう答えた。


「ほ、他のものにしよう!その方が問題はないハズだ!」

「ぷ、プレゼントは、き、気持ち…ですものね?」


グリシーヌと花火は、”キス以外”のプレゼントをしようと提案した。



「じゃあ…何にします?葵さんが喜ぶプレゼント…」



「んー……」

「・・・・・。」

「・・・・・。」

「・・・・・。」

「・・・・・。」


エリカの問いに、全員は黙った。


プレゼントは、基本的に、その人物が”欲している物”をあげるのが、理想的である。

ただでさえ、月代 葵という人物は、物欲が無いので苦労していたというのに、好きなものの情報を手に入れてみれば、答えは”キス”という結果である。


全員の脳裏には、もはや”キスが好きな隊長”にキス以外、何をあげたら喜ぶのか?という、難しい問いに、答えなど浮かんではこなかった。


「本人に、他の好きな物を聞いた方が、早いんじゃないですかぁ?」


突然シーが、のーんびり提案した。



確かにその通り。



「でも、サプライズになりませんし…」


それは、エリカのこだわりだった。

サプライズ、つまり驚かせるには、本人に情報が漏洩することは、絶対に避けねばならない。

ましてや、誕生日を控えた物欲のない葵が、素直に”欲しい物”を口に出すなど、到底考えられない。

気を遣って”何でもいいです、気持ちさえこもっていれば。”の一言で済んでしまうだろう。


…この”なんでも良い”が、贈り手にとって、どれほど任務を困難なものにさせるのか…贈られる側は知らないのである。


だからこその”サプライズ作戦”なのである。


エリカが迷っていると、シーは更にこう続けた。

「じゃあ、私が、さり気なーく聞き出してあげますよぉ?ね?メルゥ?」

「・・・え?わ、私も!?」


この時、メルは嫌な予感を感じた。

そう、いつも”この手の出来事”に巻き込まれたら…ろくな事がないのを彼女は知っていたのである…。








「葵さぁん♪ちょっといいですかぁ?」




廊下を歩いている葵を呼び止め、シーは探りを入れた。


「あ、メル・シーどうしたんですか?何か壊れた?」

「いえ…その…」


「…?」




「葵さんは、何が好きですかぁ?」




直球過ぎるシーの質問に戸惑う葵。


「…何がって…どうしたんです?突然…」


慌てたのは、メルだった。


「い、今、シーがケーキの新作を、つ、作ってまして…ですね!みんなの好きな食べ物を聞いて回っているんですよ!」

「ああ、食べ物ね…えーと…」


考え込む葵に背を向け、シーは小声で、メルにダメだしをする。


「ちょっと、メル…食べ物限定じゃダメじゃない?誕生日プレゼントなのにぃ…」

「だ、だって…シーが直球すぎる質問するから…!」



その時、2人はかすかに聞こえた「葵の独り言」を聞き逃さなかった。


「…好きな物でケーキ……キス…いや、ケーキにはちょっとなぁ…」



「「・・・え゛・・・」」



2人の脳裏には”やっぱり…”という単語が浮かんだ。


「あ、レモンとか、柑橘系とか…私、酸っぱいもの好きなので…甘酸っぱい果物とかなら、ケーキに合うんじゃないですか?」




「「あ、甘酸っぱい…果実…!」」




古人曰く キス=レモンの味。



キスは甘酸っぱい、という方程式を、乙女はよく作り上げる。

 ※実際、そんな味するはずもないのだが…


乙女の原動力の3分の一は”想像力”である。


「あ、葵さん…やっぱり…!」


メル・シーは、葵は”キス”を欲しているのだと思った。

だからこそ、キスから連想される柑橘系を提案したのだろうと…。


「あ、ダメ?水分多いから、ケーキには向かないかな…」

「い、いえ!参考にさせてもらいますッ!!」


「そう?頑張ってね?シー」

「あ、はい…頑張りますゥ…ち、ちなみにぃ…葵さん…」


…このままでは引き下がれない……シーは、なおも探りを入れることにした。


「ん?」


「他に、何か好きなモノ…いや、タイプ?…な、何か…なんでも良いんですけど!何かありますぅ!?

 他に好きなモノ!!」


…『必死』そんな言葉が、今のシーにはよく似合っていた。

それは、必死過ぎて、誕生日のプレゼントの探りだとバレてしまうのでは、と思う程。


「ちょ、ちょっと!シー!」

危ない!と感じたメルは即座に止めたが、葵はすでに考える姿勢をとっていた。


「…なんでも?好きな…?」

「あ、いや、その…む、無理には…!」




しばらく考えてから葵は、柔らかく微笑んで言った。







「シャノワールのみんな、かな?」















「決定的ですぅ…」

「もう、キスしかありません。覚悟して下さい。」




メル&シーの報告で、巴里華撃団は、更なる混乱の渦へと巻き込まれた。



「あ、葵が言ったのか!?キスが良いと葵が言ったのかッ!?」

グリシーヌの興奮ぶりは、頂点へと達した。



「いえ…口にこそ出しませんでしたけど…」

そこで、メルは葵とのやり取りの詳細を語り始めた。



「独り言…甘酸っぱい果実…シャノワールのみんなが好き……ぽっ」

花火の微妙〜な反応の後、エリカはボソボソと独り言を言った。

「…キスが好きな葵さんに…葵さんの好きなシャノワールのみんなが出来る…甘酸っぱい…贈り物…」




・・・恐ろしい方程式が、彼女達の中で出来上がった・・・。





『(甘酸っぱい果物×キスの味)+シャノワールのみんな+葵の欲しい好物 = 自分達のキス。』




『…にゃーん』(ナポレオンの鳴き声)




そして、数分後…

”葵にキスをするしかない”と全員、納得せざるを得なかったのである。



「仕方ないなー、ほっぺにチューで葵が喜ぶなら、ボクやろっかな。」

コクリコは了承した。


「ほ、ほっぺにチュウでも、り、立派なキスですもんね!…でも……きゃー♪神様ぁ♪エリカどうしましょー!?」

嫌がっているようにはとても見えないエリカは、ポジティブに、この事を受け止めた。


「そ、そうですね…頬になら…あぁ…どうしましょう…ぽっ」

花火は、オロオロしつつも”頬にキス”ならと了承した。


「く、くだらん…私は御免だ!」

グリシーヌは、顔を真っ赤にして、断固拒否を宣言した。


すると、ロベリアは鼻で笑った。

「……あぁーぁ、やだやだ…これだから、子供とお嬢様は…」


「何だと!?悪党!貴様…!」

グリシーヌは、立ち上がったが、ロベリアはサラリとこう続けた。


「アタシは、ココにするよ。」

ロベリアの人差し指がさした”ココ”は『唇』だった。





  ”ブフーゥッ!!”


花火がその瞬間、紅茶を噴出した。



「なっ何ィッ!?」

グリシーヌは、驚きのあまり2,3歩下がった。


「ゲホッコホッコホ…ろ、ロベリアさん…まさか…!?」

花火は気管に紅茶が入ったらしく、苦しそうにむせながらも、ロベリアの方を向いた。



「別に、大した事じゃないだろ。キスくらい。

・・・まあ、そりゃ進んで女にキスなんて真似は、したくはないが…相手は、あの赤アタマだ、別に問題ないだろ。」

ケロリと、ロベリアは言った。さすがは、唯一の20代である。


「お、お前は!そういう…ふ、ふしだらな事に慣れているから言えるんだ!…私は…何か別にプレゼントを用意する…!!」

10代のグリシーヌには、プレゼントとして、自分の唇を贈る等、恥ずかしくて、出来るわけもない。


「フン…ふしだらねぇ……じゃあ、結局は、その程度のプレゼントなんだな?お前は。」

ロベリアは、グリシーヌに向かって挑発的にそう言った。


「・・・なんだと?」

グリシーヌも、その挑発的なロベリアの言い方を感じ取り、ムッとして聞き返した。


「本人が望むモノをプレゼントするって言っておいて、本人の望んでいるモノ以外を贈るだとか、嫌々他の場所にキスだとか…

 要は、アンタ達のプレゼントなんて”そんな気持ち程度”のモノなんだろって言ってるんだよ。

 嫌なら始めからしなきゃいいんだ。中途半端は嫌いなんだよ。アタシは、やると言ったらやる。」


「・・・・・・くっ・・・言わせておけばッ!」

グリシーヌが、斧を持ち出そうとするので、慌てて、エリカが止めに入る。

「ま、まあまあ!ロベリアさん、グリシーヌさん…落ち着いて!」


「まあ、あくまでも”プレゼントは気持ち”だから…なあ?乙女のグリシーヌちゃん?」


更に、挑発するロベリアにグリシーヌの怒りは更に高まる。


「…お、おのれぇ…ッ!!まだ私を愚弄するか…悪党ッ!!」

「そんなに愚弄されたくなきゃ、気取ってないで、口にしてみな!口にッ!!」


グリシーヌとロベリアの言い争いがコクリコに聞こえないように、花火はそっと、コクリコの耳を塞いだ。

「・・・花火?なに?どうして、ボクの耳を塞ぐの?」

「・・・コクリコさん、こうして、耳を塞ぐと、血液の流れる音が聞こえるそうですわよ。」

「へぇー・・・」


花火は祈った。どうか、コクリコが健やかに真っ直ぐ成長しますように、と。



「で、出来るか!バカモノ!そういうモノは、相応しい時と場所があるのだッ!道端でホイホイ安っぽく出来るお前とは、違うのだッ!!!」


「・・・ハッ!そりゃ”しない”んじゃなくて”出来ない”言い訳だろ?まあ、経験もないヤツから、キスされても、葵も喜ばないモンなぁ?」


「ッ貴様ああああぁッ!!!」

「いいぜ、来いよッ!」



「わあぁ!ストップ!ストップ!神様ー!」



3人がギャーギャー騒ぐ傍らで、コクリコが静かに呟いた。


「ん〜……気持ちかぁ…」

「コクリコ?」


花火がコクリコの耳から手を離して、聞き返した。

「葵はさ…ボク達の為に、色々頑張ってくれてるよね…。」


3人は、ふと動きを止めて、コクリコを見た。


「エリカの壊した舞台直したり、エリカの破いた衣装縫ったり…

モギリやったり…隊長として、戦いの時はボクらを庇ってくれたり…

エリカの代わりに、街のみんなに謝ったり…」


「あのー…微妙に、エリカ責められてません?」


「その気持ち…いつも当たり前みたいに感じてたけど…

 前に、葵にね…”イチローみたいな隊長じゃなくてゴメン”って言われたんだ…


 ボク、そこで気づいたんだ、葵、ずっと…そういうの気にしてたんだなって…」


4人は、その言葉に目を閉じた。


前隊長 大神一郎の存在が、現在の巴里華撃団を作り上げた。

それはつまり、彼女達にとって、前隊長の存在は、かけがえの無い存在であり、葵が新しい隊長となった当初は、皆、違和感や反発も大きかった。


コクリコの話をあわせると、葵自身それを理解し、彼女なりに悩んでいたのだろう。


「考えてみれば…大神さんの後任ですものね…さぞ、御心苦しかったでしょうね…」


花火は、コクリコに同調した。


「だからね、ボク…誕生日の時くらい、ちゃんとありがとうって言いたいんだ。

 ボク、葵が大好きだから…その気持ちを込めて…ちゃんと、お祝いしてあげたいなって…」

「コクリコ…」


エリカはコクリコの手を取った。


「その気持ちは、エリカも、皆さんも同じですっ♪ね?」

エリカの問いに、全員は、静かに微笑みを浮かべた。


5人の気持ちは、固まった。


エリカ、立ち上がり、拳を上げた。



「皆さんッ!!場所はこの際、問いません!!葵さんに日頃の気持ちを込めて…

 プレゼント…もとい、キスをしましょう!」


「…え…?」


メルは”どうしてその流れに?”という顔をして、周囲を見回した。


「そう、ですね…場所はこの際、自由で!」と提案を了承したのは、花火。


「まぁ…そういう事ならば…」と口調は渋々だが、その表情にはわずかに微笑みが浮かんでいるのは、グリシーヌ。


「ま、好きにすりゃいいさ…。」ロベリアは、やはり空を見上げてそう言った。



全員の心は一つ。




  ”…葵が喜ぶなら…キスを送ろう…!!”




「え…あ、あの…みなさん…?」



メルは、明らかに”どこか違う所へ駆け出そう”としている巴里華撃団に声を掛けようとしたが

シーが良かった良かったと、嬉しそうに拍手を送っているのを横目で見てしまった。


そして…


何も言えぬまま、シーと拍手を送ったのであった…。









  − 葵 視点 −




その日、私こと、月代 葵は、時間通りにシャノワールへと出勤した。


「ええと…今日は…舞台装置の確認と…あ、エリカさんが壊したセット直さなきゃ…」


…最近…気になる事がある…


シャノワールのみんなの目線が、妙なのだ…。

…妙と言うか…なんか…よそよそしいというか…。

いや、よそよそしいというか…なんか…私を…見る目が…変わったというか…



・・・とにかく、妙だ。



「ん?あれはコクリコ・・・?」

「あ、おはよー葵!」


小さな体でぴょんぴょん跳ねるような見ているだけでこちらが楽しくなってくる走り方。

コクリコは、私に手を振りながら走ってくると、私に勢いよく抱きついてきた。


私は少しよろけながらも、それをしっかりと受け止める。

隊員とのこうゆうコミュニケーションは大事だ。うんうん。


「っとと…コクリコおはよう。今日は随分元気が良…」


私が、全部言い終わる前に…



     ”・・・ちゅっ”



「・・・・・・・こ、コクリコ!?」


コクリコの唇が私の頬に触れた。


コクリコは私の頬にキスをしてから

「おめでと♪葵…それから、いつも、ありがと♪」と笑顔で言った。


「・・・・・・・・。」



・・・よく・・・



・・・よく分からない(キスの意味が)・・・


・・・よく分からないけど…感謝されている、のかな…?


「あ、う、うん…」


でも、なんで…キス?



戸惑う私に、コクリコは「頬でゴメンね?」と照れくさそうに、謝った。



「…はい?」


頬でゴメンって…どういう意味?

考えてみたけれど…私は、やっぱり分からなかった…。

その後、コクリコは例のごとくピョンピョン跳ねる様に走って行ってしまい、見えなくなった。



…残された、私はシャノワールの廊下を歩きながら考えていた。


「…一体、何だったのかしら…」


コクリコにあんな事される程、私何か凄い事したのだろうか…


(・・・うーん・・・わからない・・・)


「あ、あの…」

「ん?・・・あ、花火さん…おはようございます。」


柱の影から、体を半分出してこちらを見ている花火さんを見つけた。

いつもより、声もなんだか小さい。


大体…なんで、そんな微妙な登場の仕方をするのかな…。

私はそう思いつつ”どうしました?”と声をかけると、花火さんは、もじもじしながら、ゆっくりと私の元へと歩いてきた。


「あ、あの…その…あ、あの…」


その様子はやっぱり、普段の花火さんとは違っていて…


「…ど、どうかしました?」


…きっと、何かあったんだ……と思った私は、花火さんの顔を覗きこみながら声を掛けた。


「…あ、あの…あの…少々、お耳を…お貸し願いませんでしょうか?」

「あ、はい…」

そう言われたので、私は素直に花火さんの方へ耳を向ける。


「………あ、あの…おめでとうございます…!」

「・・・・は?」


ぽそりと耳打ちされたその言葉の後…



    ”…ちゅ…”



「!?」



耳に触れる、唇の感触。

驚き、首を動かした私の目と鼻の先には、花火さんの真っ赤になった顔。


「……す、すみません、お耳汚しを…!」

「・・・・・・。」


言葉が出ない。

決して”ああ、上手い事言うな〜”とか感心している訳じゃない。



「…あ…あの…」


一体、どういうつもりなのか?私がそう続けようとするより先に、花火さんが口を開いた。


「…私のほんの、感謝の気持ちですわ…ぽっ」

「か、感謝…?」

「…は、恥ずかしい…ッ!」

「あっ!ちょ、ちょっと待って…!」




私の制止の声も振り切って…花火さんは物凄い勢いで走り去ってしまった…。

あの脚力は…訓練中にも見たことが無かったけど…。





私は心の中に、疑問を残しつつも、本日の仕事をしに道具室へと向かった。

道具室は、相変わらず埃っぽい。誰もいないので、金槌の音が良く響く。



   ”カンカン…”


私は、しゃがみこんで、エリカさんの壊したセットを直していた。

このセットはエリカさんの演目に使われるのだが…そのせいか、よく壊れる。

ちゃんと直さないと怪我の原因にもなる。


「・・・ホントに、なんだったんだろ・・・。」


   ”カンカン…ガッ!”


独り言を呟いた私は…うっかり金槌で人差し指を叩いてしまった。


「痛ッ…!?」


いつもなら、エリカさんがどうして、あんな奇跡的なドジで、セットを破壊するのか?を考察し、それに対して、あらゆる対策を考えながら作業をするのだが… 

どうも…あのキスニ連撃が、効いて思考がまとまらないらしい。


「すー…はぁ…よし。」


ここは、このキスニ連撃について、推測、考察しながら、作業しよう。



(まず、コクリコと花火さんに共通していたのは

 ”おめでとう”ってお祝いの言葉と”ありがとう”って感謝の言葉…そして…)



    ”カンカン…”



(そして、キス…)



   ”カンカ…ガッ!「あ痛ッ…!?」



…金槌で人差し指を叩いてしまった。(二回目)



(落ち着くのよ…葵…!)



    ”カンカン…”


気を取り直して、金槌を握る。


(…大体…私が何かしたんだろうか?…一体、何がおめでたいの?始末書や降格ならともかく…昇進の話はないし…)



    ”カンカン…”



「・・・・葵さん?」


(…シャノワールのイベント…とか?でも、モギリの私におめでとうって、どういうイベント?)


    ”カンカン…”


「葵さーん?おーい…」


(コクリコ・花火さんは…一体…何を…)


「あのー…もしもーし?」

「・・・あ、エリカさん。」


いつの間にか、エリカさんがニコニコしながら私の背後に立っていた。


「それ…この間、私が壊してしまったセットですね?」

「え?ああ・・・今、エリカさんが突っかからないように、短く作ってますから。」

考え事に夢中だった私は、短くそう答えた。



すると、エリカさんは柔らかな微笑を浮かべて、こう言った。

「…いつも、ありがとうございます。」


面と向かってそう言われると、やはり嬉しいもので、私は気恥ずかしくなった。


「あっ・・・・いえいえ!良いんですよ、私はみんなのサポートをするのが…


 ハッ!?」





 『ありがとう』



・・・この単語に、私はハッとした。


まさか。


いや、そんな馬鹿な…。


「・・・あ、あの…もしかしてエリカさ…!」


確認しようと、立ち上がろうとした私より先に、エリカさんは、上体を曲げた。




「エリカは、貴女との出会いを神に感謝しています…」



      ”ちゅ♪”



エリカさんから、額にキスを落とされる。


   ”カランカランランラン…”



・・・・私は金槌を落とす。


「・・・・・・。」

「…おめでとうございます♪……きゃーっ♪」


放心する私を置いて、エリカさんは、奇声を上げながら走り去っていった…。




一体、何が起こっているのだろう…このシャノワールに…!

私が、何かしたのだろうか……感謝の言葉と…謎のお祝いの言葉と…キスが結びつかない…!


一体…一体、何が…!?


私は、ネクタイを緩めながらシャノワールの廊下を歩いていた。

なんだか、今日はこれ以上人に会いたくないな…




(なんか…)



”…カツンカツン…”というブーツの音がする。



(妙に…)


だが、声を掛けられるまで、私は考え事をするのに夢中で…



「オイ。」




(…妙に、嫌な…)



「赤アタマ。」


声を掛けられ、振り向き…


(…嫌な予感が…)



「・・・ロベリアさん?」





 妙に嫌な予感がす



      ”ちゅ――――…”




・・・私は、振り向き様に、いきなりキスをされた。

目を瞑る暇も、覚悟も何も無いままに。唇を塞がれた。


「・・・・っ・・・・ぷはっ・・・ぁ…あ…!」



唇が離れると同時に、私は、その場にへなへなと座り込んだ。


「…おやおや…フフフフ…随分とウブな反応だな?…ま、悪くは、なかったろ?赤アタマ。」


ロベリアさんは、してやったりの顔をしている。


「…あ……あ、あのッ…一体…どういう事ですか…!?」


私は、突然の出来事に腰が抜けて、ロベリアさんを見上げる事しかできない。


「…あぁ…忘れてた。おめでとさん、隊長。

 これからもヨロシクねぇん♪(サフィール声)…なーんてな。」


そう言うと、ロベリアさんは、魔王のように笑いながら去っていった。




「・・・・・・。」



それにしても。



ちっとも・・・



ちっとも説明になっていない。

いや、説明をする気すら、伺えない。



感謝と祝いの言葉と共に発動するキスは、一体…何!?

…どうして…おめでとうとありがとうだけなら、ともかく!一体何ゆえにッ!?キスが!?



・・・・・・・・・・あ。



…そうか…これは…もしかして…



これは…



これは、嫌がらせ、か…?



…私が…隊長として至らないから…ついに…隊員の皆さんが…!


…私への…抗議行動…に!!!



・・・つまり!皆が私を…嫌っている!!(行動の内容からして、相当嫌われている!!)





       −葵の妄想−




コクリコ:『最近、葵調子に乗ってるよね〜』

花火:『そうですわね…死にたい死にたいと言ってた割には死にませんし…』

エリカ:『やっぱり口だけの隊長よりも、大神さんですよねー♪』

ロベリア:『じゃあ、嫌がらせでもするかい?…ククク…』


エリカ:『それじゃーセクハラでもしますか!!』



全員:『『『『おー!』』』』





  ・・・完。




・・・んなバカな・・・!!


で、でも………大神前隊長と比較すれば…確かに私なんて…実力も何もまだ…未熟だし…。

戦闘員ならまだしも……隊長として、指揮する立場からすれば…実力も経験も不足してるって…

自分でも、自覚していたつもりだったけど…


私が、思っている以上に…きっと、エリカさん達は…ふ、不満を感じているんだわ…。



(だったら……それなら…直接言ってくれても良いのに…)


私は床に座り込んだまま、溜息をついた。



「…葵。」


背後に気配、と声。


「ひっ…!?あ、ぐ、グリシーヌさん…!」


「…どうしたのだ?床に座り込んで…。」


「あ、あぁ…グリシーヌさん!あのッ!みんなが…みんなが…っ!」


グリシーヌさんなら…セクハラはしない!(と思う)全てを話して、みんなが私をどう思っているのか、聞かなくちゃ…!

グリシーヌさんなら、きっとハッキリ言ってくれるハズ…!



・・・でも、何て聞けばいい?


『私、皆に嫌われてますか?』


『私、隊長の職務をちゃんと全うできてますか?』


『私、死んだ方が良いですか?』




…ダメだ、全部答えが怖い…。


でも、聞かなきゃ…隊員の意見を取り入れて…!私、皆が望む立派な隊長に…!



「…葵…泣いて…いるのか?」

グリシーヌさんに言われて、私は自分が涙目である事に気付いた。


「あ、あの…私…みんなに…!…ああ、何から話せばいいのやら…!」


…ああ、情けない…

私が、オロオロしていると、グリシーヌさんは膝をついて、私に目線を合わせた。


「…ふむ………そうか、それほどまでに…


 ・・・嬉しかったのだな・・・葵。」





・・・・・・・・・・・・・・・・。





「・・・・・・はい?」



グリシーヌさんは、疑問だらけの私を置いて、何かに納得しながら、一人で頷いてから、厳しい表情を浮かべた。


「…そうか…ならば…私も覚悟を決めよう。悪党に言われたからではなく…中途半端は、私も嫌いだからな。」


「え?…か、覚悟?何ので



  ”…ガッ!!”


私の疑問を吹っ飛ばす勢いで、グリシーヌさんは私の頭を掴んだ


「ひっ!?」


そのまま、グリシーヌさんは私の頭を両手で押さえた。


(…力が、強い…頭が…頭が絞まるゥ…。)


「葵…動くなッ!!私だって、恥ずかしいのだ…ッ!!」


動くなと言うか、両手で頭を固定されたら普通は、動けない。


(…更に頭が絞まる…なんか、痛い…!)


「…ちょ、ちょっと…ぐ、グリシー」


うろたえる私をよそに、グリシーヌさんは、照れくさそうに、ボソリと呟いた…。


「…そ、その…お前の日頃の働きに感謝している……おめでとう、葵…。」




    『オメデトウ』




「・・・!!」

(・・・その単語・・・まさか!貴女まで・・・!?)


「ちょっ!ちょっと待っ・・・!」


私の言葉を遮るように、彼女は叫んだ。


「・・・グリシーヌ=ブルーメール…参るッ!!」



「ど、どこに参る気デスカ―ッ!?」



そして、目を見開いたグリシーヌさんの顔が私に近づき…




”$☆▽●×α%□∴*¥……!!!”

 ※↑文章に出来ない擬音の為、記号に変換しております。










  − 支配人室 −


支配人室では、メルとシーの2人が書類整理におわれていた。

作業をしつつも、シーはふと思い出したように、話を切り出した。


「ねえねえ…メルゥ…葵さんの誕生日のアレ…どうしよっかぁ…」


葵の誕生日にキスを贈る、と言っていた巴里華撃団隊員。

彼女達は、葵の誕生日のプレゼントをどうするか、まだ迷っていた。


「…わ、私は…頬にするわ…やっぱり…。」

「…う〜ん…やっぱり、女の子の唇はねぇ…」



そこへ、グラン・マが帰ってきた。


「…一体何の話だい?」


「あ…オーナー。おかえりなさい。」

「葵さんの誕生日の話なんですけどね〜…」



「誕生日?葵の?それと頬と唇がなんの関係が…」



グラン・マは、怪訝な顔をして、2人を交互に見つめた。


「ええと…それが…」

メルは、言葉を選びながら説明を始めた。








−葵 視点−




…姉さん…私…巴里に何をしに来たんでしょうか…


戦乙女達に頬・耳・額・唇…及び酸素を奪われていく…この感覚…



…一体、私がみんなに何をしたのでしょうか…

…一体、私は、何の為に…


もはや…何も分からなくなりました…


…私…もう…意識が…


・・・・・・・・・・・・







「…ふぅ…はぁ…はぁ……受け取ったか?葵!これが私の感謝の気持…」



「・・・・・・・(酸欠により気絶。)」



「・・・あ、葵!?葵!しっかりしろ!」










 ・・・・数時間後・・・・



 −シャノワール とある一室−





「…う…!」

葵が、目を開けると、巴里華撃団の5人はほっと安堵の表情を浮かべた。


「葵さん!」

「葵…大丈夫?」



「…あ…ココは…?」

虚ろな目で、葵は5人の部下の顔を見た。


「…シャノワール、ですわ…葵さん…」


「…シャノワール…」


花火の言葉をオウムのように繰り返す葵。




「す、すまぬ…葵…その…慣れてなくて…その…本当にすまない…」

葵の酸素…いや、意識を奪ったグリシーヌが、気まずそうに謝る。


「いえ…いいんです。」


そう言って、葵は目を伏せた。

落ち込んだ様子の葵を見て、全員が、一斉にグリシーヌを睨む。


「「「「・・・・・・・。」」」」

「な、なんだ!?その目はッ!」



ぽつりと、葵が口を開いた。


「…あの…皆さん…」

「はいっ!何でしょうか?」


エリカは、身を前に乗り出して、元気よく返事をした。




「…私は…皆さんの隊長で…良いのでしょうか?」



辛く苦しそうな表情で、葵はそう聞いた。



「・・・・え?」

葵のその一言を聞いた全員は、また一斉にグリシーヌを睨む。


「「「「・・・・・・。」」」」

「だ、だから!なんだ!?その目は!」



花火は、葵の顔を覗き込んで優しく問う。

「どうかなさいました?葵さん…そんな事、どうして急に…」


「今の葵は、ボクらの仲間だし、隊長だよ!勿論、良いに決まってるじゃないか。」

コクリコは、葵の横から元気良くそう言った。

「うんうん。」

エリカがそれに頷く。


「あ・・・。」

葵の顔から、そこでやっと不安そうな表情が消えた。


それを横目で、笑いながらロベリアがからかう。

「フン…まったく…誕生日にまで、妙な事口走るんだから…少しは感謝しろよな、赤アタマ。」



その言葉に、葵はピタリと動きを止めた。


「……誕生日?」


まるで、生まれて初めてその単語を聞いたような反応をする葵。


「そうです!葵さん、誕生日おめでとうございます♪」


エリカは改めて、月代隊長の誕生日を祝った。

しかし、葵はキョトンとした表情のまま、全員の顔を見続けた。


「……。」


「・・・・葵、どうしたの?嬉しくないの?」

コクリコの問いにも、葵は微動だにしない。



「………あの…どうして…今日が私の誕生日だと…みんな妙な事をするんですか…?」


「妙な事って…キスの事?」


…話が、どうにも噛み合わない。


「…巴里の儀式か何かですか?」


それどころか、葵にとって『エリカ達のプレゼント』が、プレゼントとして、認識されず。

プレゼントは、もはや”儀式”として、受け止められていた。



グリシーヌは慌てて身を乗り出す。

「何を言っている!?お前が、キスが好きだと言うから…!」


「…私が?」


「やれやれ…素直に喜べよ、葵。アタシと生きてキス出来るなんて、そうそうないよ?」

ロベリアは、椅子に座って足を組んでそう言った。



それに続いて花火も口を開く。

「は、恥ずかしかったのですけど…葵さんが喜んでくれるなら…と。」



エリカは花火の一言に、頷きながら明るく言い放つ。

「そうですよ!エリカ達は、葵さんの好きなキスを心を込めて、ですね!」



そこで、葵の目がエリカへと向けられた。



「私が…好きな…キス?」

葵の無表情とは対照的に、笑顔全開のエリカ。


「葵さん、お好きなんですよねっ?・・・キ・ス♪」

”んもう葵さんったら”という妙なテンションのエリカは、人差し指で葵の肩をちょん、と押した。


「…私達、色々考えて…葵さんの一番お好きなものを、プレゼントをしようという事になりまして…それで…」と花火。

「ボク達、葵の好きなものあげたかったんだけど…キスする場所は、自由って事にしたの。」とコクリコ。

「グリシーヌはともかく…まさか、アタシのが気に入らないなんて、言わないよな?」とロベリア。

「だから!私は慣れていないだけで…ッ!」とグリシーヌ。



いつものように、盛り上がる5人に対して、葵は、椅子から上体を静かに起こすと

自分の身にかけられた毛布をこれまた静かに畳んだ。



畳みながら、今日一日の奇妙な出来事を反芻し、考えた。



(…ふふ…そう…そうか…うん、そうか…。)



畳み終わると、葵は静かに立ち上がった。





「…皆さんに伝えたい事が3つ、あります…。」





「「「「―― っ!!」」」


立ち上がった葵の表情をみて、エリカ以外は、表情をこわばらせた。




「はい、なんですか!?」

「…1つ目は、お祝いしてくれてありがとうございます…」

「はい♪」


ノー天気なエリカの返事と、冷静すぎる葵のお礼。

エリカ”以外の4人”は、少しずつ自分達が置かれている状況を理解し始めていた。




・・・そう、隊長はプレゼントを喜んでいない、と。




「2つ目は…私の好きなキスは…


キスという”魚”の事です…。」




・・・・・・。



「…さ、さかな…?」

「葵の好きなキスが…魚…?」

「日本の魚の名前です。”鱚”…」



・・・・・・・・・。



「……花火…お前、知っていたか?」

グリシーヌは隣の花火に、話をふる。


「わ、私…3歳までしか日本にいなかったし…」

花火は即座に首を横に振る。


「へ、へぇ〜…そうなんだぁ…キスって魚の名前かぁ…。」

コクリコは、どおりで変だと思ったと納得していた。


「エーリーカー!やっぱりお前の勘違いじゃねえかッ!」

ロベリアは、隣のエリカに怒鳴り…



「だ、だって…普通キスって聞いて、魚なんか思い浮かばないですよぉー!!」

エリカは、困った笑顔を浮かべていた。




そして、葵の口が静かに開かれた。





「…それから…3つ目…」




5人は、ピタリと動きを止めて、隊長の表情を改めて、伺った。




・・・それは・・・『無表情』。




葵が、怒った時…感情の一切を斬り捨てたような、静かな怒り。

嵐の前の静けさである。



「…あ…葵…?」

「もしかして、エリカ達に…お、怒ってらっしゃいます…?」

「…怒ってるな…ありゃ…」

「…多分、怒って…ますわね…」

「む、無表情だもん、む、むちゃくちゃ怒ってるよ…!」



5人は、少しずつ自分達が置かれている状況を理解し始めていた。





………隊長は…プレゼントに怒っている、と…。





しかし、状況は彼女達が思っている以上に、簡単ではなかった。




「私の誕生日は……





 ”来月”です…。」






・・・・・・・・・・・・。






彼女達は、間違っていた…。


プレゼントも間違っていたが…



根本的に、なにもかも間違えていたのである…。



”コンコン”



ノックの音だけが、静まり返る部屋に、やけに響く。


「ちょっといいかい?娘達…」

「…グラン・マ。」


出迎えた葵の表情にグラン・マは、思わず聞かずにはいられない。


「…どうしたんだい?葵…無表情で…。娘達も様子が…まるで葬式のようだが…」


「いえ、なんでもありません。」


無表情の葵は、唇だけ”笑った”ように上に曲げた。

長年の経験からか、グラン・マはその表情の理由をそれ以上、聞こうとはしなかった。




「それより、葵…誕生日なんだってね?」



「「「「「・・・!」」」」」


グラン・マの一言。


グサッと突き刺さるような傷みを葵は感じ、頭を下にカクリと傾けた。

葵は、そのまま幽霊のように、フラフラと椅子に座った。



緊迫した空気が、更に部屋中を支配する。



「ま、待て!グラン・マ!その事には触れるな…!」


グリシーヌは、小声でグラン・マに忠告した。

このままでは、部屋に竜巻が起こる可能性がある。


しかし、小声すぎたのか、グラン・マには届かなかった。



「…葵、あたしからのお祝いだよ。…あぁ…久しぶりだわ…」



わずかに頬を染めるグラン・マの手が、葵の顎を上に上げた…。



「…ッ!?」


葵は気づいた。


グラン・マの唇を彩る口紅が、いつもより…”濃い目”だという事に。




そして、これから起こる恐ろしい出来事に、いち早く気づいたのは、ロベリアだった。


「…ま、マズいッ…!グラン・マを止めろっ…!!」


その叫びに全員が、我に返る。




「ダメッ!グラン・マ!!」

「およしになって!!」

「あぁ!!神様ー!!!」

「ダメだ!間に合わん!」








そう、全ては・・・















・・・遅かったのである・・・。









「う゛あ゛ぁ゛ーーーーー!!!!」















―支配人室―




「ねえ、メルゥ…やっぱりプレゼントは…気持ち、だよね?」



シーは、最後の書類を整理して、呟いた。


「ええ、そうね…」


メルも、最後の書類に目を通しながら、返事をする。


「…やっぱり私は、ケーキを焼こうかなぁ…心を込めて。でも…キスじゃなきゃ…ダメ、かなぁ?」


メルは、手を止めてシーを見た。

不安そうなシーに、メルは微笑みかける。


「……ダメって事はないわよ。葵さんならきっと、喜んでくれるわ。」


その一言に、シーの表情はパーッと明るくなった。


「そう?やっぱ、そうだよね?それに、普通キスは好きな人にしてもらいたいもんねぇ♪ね?メルゥ?」


意味ありげなそのシーの微笑みに、メルは頬を染めて、咳き込む。


「…ご、ゴホンっ!そ、そうね…


 ・・・・あ、でも…」



「でも?なあに?」





「…最初から、エリカさん達にも、そう言えば良かったんじゃ、ないかしらね…」




「あ、それもそうよねぇ〜♪」


あっけらかんとしたシーの返事に、メルは吹き出して、笑った。


「…もう、シーったら…うふふ♪」

「えへへ♪」



メル・シーコンビの唇からは朗らかな笑い声が溢れた…






…その同時刻…






好きでもなんでもない人物に、葵は”プレゼント”を貰っている最中だった。





「あ…葵…あぁ…ボク、見てられない…」

「いや、目を逸らすな、コクリコ…これが現実さ…」

「ご、御免なさい…葵さん…!」

「許せ…葵…!」




「これは…

 これは…神様がお与えになった試練…



 …かも…。」





巴里華撃団の5人が涙目で見守る中…



巴里華撃団 隊長(二代目)月代 葵は…




…文章、記号ではとても表現できない凄まじい状況の中…







・・・再び、気を失った・・・。






「…アーメン…。」










 以降、シャノワールではこの事件のことを”紅き唇事件”と呼び、葵の前では禁句とした。





そして、ある意味凄惨で、不幸過ぎるこの事件は、誰にも語り継がれる事なく

静かに、隊員の記憶の底に封印されたのであった…。




・・・ちなみに、その次の月。


つまり、正真正銘の葵の誕生日。



エリカは、聖書。

コクリコは、ニャンニャンのマスコット人形。

花火は、かんざし。

グリシーヌは、本。

ロベリアは、酒。

グラン・マは、新しいスーツ。

メル・シーからはバースディーケーキ。



…と、それぞれ、無難なプレゼント(というよりもお詫びの品)を渡したという…。




そして、葵の実家からは、キスの干物が届いたが…葵はしばらく口にする事はなかったという…。




・・・『プレゼント』。



それは、難しいコミュニケーションの一つなのかもしれない。


ただ、品物を贈れば良いと言うものではない。

その人物が何を欲し、いつ、どのような状況下で渡すかまでを事細かに考える人間もいる。


只一つ言える事は…サプライズも大事だが、度が過ぎたサプライズは”事故”でしかない、という事である。


贈られる方の身になる事を考えてこそ、プレゼントというコミュニケーションは、まず第一歩をはじめるのである…。




「ちなみに、葵さん…」

「はい?なんですか?シー」

「誰のキスが一番上手でしたぁ?」



「・・・・・・・・・・・。」






  ・・・完。





あとがき

…どれだけ、モノ知らねーんだよ?というツッコミは、おいといて(殴)

主人公(イジられキャラ?)葵さんは、こんな感じで頑張っています。名前変えられない夢小説〜…の感覚でお楽しみ下さい。