「あ…いやっ…」

「何が、嫌なんだ?」


「…こんなカッコ…嫌です…」

「アタシは好きだけど?」


「自分がしないからでしょッ!?」

「口答えする悪い子は…」


「…あ…い…いや…ちょ、ちょっと…!」



「朝まで、オシオキ、だ…」



いやああああああああああああああああああああああああ!!!







 crazy girl ― trap ―





「…痛ッ…」


荷物を持った瞬間、痛みが走る。


「どうかしましたぁ?葵さん」


屈みこむ私に、シーがのんびりと話しかけてきた。


「あ、シー…ちょっと、腰が、痛くて…えへへ…」

「…葵さん、もうそんなお年でしたっけ?」


「まだ、20歳ですッ!」

「ですよねェ〜♪」


…だったら、言わないでよ…(心の声)


「あの…良かったら、マッサージしましょうか?」

そう提案してくれたのは、メル。


「え…?」


人見知りの激しいメルからの提案は、すごく嬉しいものがあったけど…本当に良いのだろうか…


「それが良いですよ!メルッたらすごく上手いんですよ!テクニシャンなんですよ!」


シーが満面の笑顔で薦めてくれた。


「も、もう…シーッたら…」


顔を赤くして、メルがモジモジしている。


「…本当に、仲がいいのね、メル・シーは。」


「はいッ」

「ええ。」


なんだか、羨ましいな…

…きっと、腰を痛めるような事、もされないんだろうな…。



「あ…」

「どうですか?」


「う…そこ、いい…はぁ…」

「…ココ、ですか?」


「あッ…ん…ッ!」

「…あ、葵さん、あまり変な声を出さないでください…恥ずかしいです…」


メルにマッサージをしてもらって、私は極楽気分だった。


「…す、すみません…気持ちよくて…んッ…!」


本当に、上手い…ツボというツボに入っていくので、痛気持ちいい…


「…大分、こってますね…あとは、温めて、血流を良くすると良いですよ。」


「そう…ぁ…ですね…ゥ…そうし…ンッ…ます…!」


「ですから、変な声は出さないで下さい……それにしても…何をしたんですか?」


「…え!?」


「何かの訓練、ですか?妙に腹筋や、背筋が…」


「…え…あ…えーと…あははは…」



…原因は…ロベリアさんと…ゴホッ…エホンッ……とは言えない…私。



・・・はあ〜あ・・・





腰の重だるさもスッキリした私は、シャノワールの廊下を歩いていた。


(あんなに重かった腰が…今はこんなに軽いなんて…ありがとう、メル…)


すると突然。


”ガッ!”


「!?」


突然、背後から腕が伸ばされ、私は口を塞がれ声も出せずに、廊下から、小部屋に引きずり込まれる。



”パタン。”


ドアが閉まると共に、声が耳元で聞こえた。


「…アタシだ。物騒なエモノはしまえよ。葵。」


私は、その人物の脇腹に当てた刃をはずした。


「紛らわしい真似しないでくださいよ…何ですか?ロベリアさん」


いつもの”お誘い”には慣れているけれど…今日は随分と乱暴だな、と思った。


「…今夜、アタシの部屋に来な。」


後ろから、抱きついたままロベリアさんは、私に誘いをかける。

・・・飲みに行く誘いじゃないのは、ココに連れ込まれた時点で、解っていた。


「…今日は、光武の調整の日で、遅いんですよ…」


…もし、誘いを受ければ…きっと、また私は…彼女に…。

………せっかく、腰が治ってきたのに…


「…じゃあ、終わったら来ればいい。」

「何時になるか、わかりません。」


素っ気無く返す。


「夜は長い。酒でも飲んで、待ってるさ。」


ロベリアさんは、首筋に唇を当てて、囁く様に優しく誘い続ける。

今まで、この誘い方をされると、私は断れなかった。

だけど…今日こそは…


「ま、待たれても…困ります。」

「…おや…アタシの誘いを断るとはねえ…随分と…」



ツツッと滑らせた、ロベリアさんの手が、私の太ももを撫で回す。


(実力行使に出たな…!)


本当に、この人は…手が早い…


「ちょ、ちょっと…ダメ…!ロベリアさんっ!」


(腰が…腰が…腰がまた痛くなるー…っ!!)


私の抵抗空しく、手と指が更に私のスカートの中に進んでいく。


「…アンタの”ダメ”は、また…そそるんだよねェ…葵。」

「じゃあ、なんて言えば良いんですかっ!?あうっ…!!」


「…その位、自分で考えな…」


だからって、ダメ以外に何を言えば止めてくれるのだろう?

いや、何言っても、(経験上)この人が止める事は…ない。


「ちょっと…こんなトコ、誰かに見られたら…!」

「たまには、こういうのもスリルがあるねェ…」



(…つまり、私に断る権利はない、って事…?…もう頭にきた…!)



私は意を決して叫んだ。

「ロッ、ロベリアさんは、私の身体にしか、用がないんですか!?」


「………は?」

「…最近、貴女とマトモに話した記憶だって…ありませんッ!」


「オイオイ、話なら…」

「私は、服を着たまま、話がしたいんですッ!」


呼ばれて、襲われて、朝になって、”おはよう”と”おやすみ”の一言で終わる話がドコにあるというのか。


「最近会えば、ずっと…朝までするし!…腰が痛いんですよ…!?」


「…アンタの腰振りが良いんだけどなぁ…大分、慣れてきたみたいだし。」


のん気にそう返す彼女の表情に悪びれた様子はない。


「あ、貴女って人は…!」



「…ふうん…じゃあ、話をしよう。今夜、来るんだろ?」


腕を離して、ロベリアさんはそう言ってきた。

しかし、私は「いいえっ!今日は絶対に、行きませんから!」と言い放った。


だけど、ロベリアさんは余裕の笑みを浮かべてゆっくりと言った。


「・・・待ってる。」

「い、行きません。」


「待ってるよ。アンタが来るまで、ね。」

「・・・行きませんったら!」


私は走って、逃げるように部屋を後にする。


(…絶対、行きませんからね…。)









「よーし。嬢ちゃん、もういいぞ。」

ジャン班長がそう言った。


「・・・え?もう、ですか?」

「ああ…今日入る予定だった部品がな…来てねえんだよ。悪いが、今日はこれ以上できねえ。」

「は…はあ…そうですか。」


ジャン班長が”すまねえ”と頭を下げたので、私も慌てて頭を下げた。


しかし、これで…夜の予定が完全に狂ってしまった。

いつもなら、ロベリアさんに会いに行くのだけど…

彼女の”ホラやっぱりお前は来たじゃないか”という笑い顔が浮かんで・・・腹が立つ。



「・・・帰ろう」


今日は、彼女に会わないって宣言したんだから。

私だって、用事はあるし、断れるってちゃんと示さないと。




…彼女に求められるのは、決して嫌という訳ではない。

だけど、モノには限度がある。

最近、朝までぶっ通しなんて事がザラ。…訓練されたこの身にも、キツイ事だった。

彼女は、昼間刑務所で寝られるが、私はそうじゃない。

腰痛と睡眠不足で、フラフラになっても、彼女は私を求める。


それに……それに…本当に…最近、ちゃんと話をしていない。

ただ、私は…彼女と前のように…お酒を酌み交わして、話がしたいな…って。


・・・それだけ、でもいいのに。


彼女は、心の底から私を求めてくれるが、求められれば、求められるほど。

それは…”求めているのは身体だけなんじゃないか?”と思う。



『悪いね…アタシは、我慢とかオアズケが大嫌いなんだ…』


ある時、彼女が荒い息で、私にそう話した。

我慢?お預け?……そうじゃない。

ちゃんと…私を見て、私と会話して…欲しかった。


(…ま、考えたって…言わないと、伝わらない、か…)


結局、私が、彼女に自分の気持ちを言わないから、こうなったのだ、と反省する。

戦闘服を脱いでロッカーを開けると、そこには私のスーツが、ある筈…


…だが…ない。



「あ、れ…?」


ハンガーに、紙がついていた。

『スーツと財布は預かった。取りにおいで。』


(・・・・やられた・・・!!)


「ろ、ロベリアぁアアー!!」


思わず呼び捨て。くうう…なんて人なんだろう…自分の目的の為にここまで、するなんて・・・!

戦闘服のままで、私は地下へのエレベーターへと向かう。


「…もう…こうなったら絶対、一言、文句言ってやるっ!」


ボタンを押す。…このエレベーターで地下に降りて、奥の部屋がロベリアさんの部屋。



(・・・・・・・・・・・ん?・・・いや、待って・・・・。)


『チーン♪』


・・・・・・・。


私は、エレベーターに乗らずに、考えをめぐらせた。

仮に、今私が向かったら…



『ヨォ…隊長、どうしたの?怒った顔して』

『スーツ返して下さい!お財布も!』

『ああ返してやるさ…ホラ』


きっと、近づくロベリアさんの表情は、全然悪びれていないだろう。


『もう、こんな事やめ…!?』


ジャケットに手を掛けようとして、私はロベリアさんに羽交い絞めにされるだろう。


『待ってたよ。葵』


抱き締められて、あとは・・・


『さあ、オシオキの時間だ…』


そして、また朝まで……



『いやああああああああああああああ!?』



・・・わ、罠だ!これは罠だ!私の服と財布を人質にした、罠!!


「そ、その手は乗りませんからね!?」


ガーッと音を立てて、エレベーターの扉はしまった。


帰る。

アパートに帰る!

絶対、行かない!


スーツは、明日の昼に回収すればいいんだから!


よし、帰るぞっ!


・・・・・・でも・・・・



「…でも、戦闘服で帰る訳にも…目立つよね…」


「あれ?どうしたんですかぁ?葵さん。戦闘服のままで。」


後ろから声を掛けられた私は、ホッとした。


「あ、シー!良い所に!!」






「ごめんね、服借りちゃって…」


「良いんですよォ〜わ、葵さん可愛いですよ〜♪ね?メル♪」とシーが言う。

「ええ、でも…葵さん、スーツとお財布いっぺんに無くすなんて…エリカさんでもやるかどうか微妙ですよ?そんなドジ。」

と、メルが半ば呆れ気味に言う。


(…まあ…ごもっともなご意見です…。)

「あ、あははははは…で、ですよねー…あはは…」


…ああ、私ってば、隊長なのに…どんどん、情けなくなっていく…。


「早く、見つかると良いですね〜♪」

「う、うん。ありがとう…じゃ、お疲れ様メル・シー!」



「「お疲れ様です」」



………借りたは、良いけど…これ、可愛すぎて…恥ずかしいなぁ…

…ふ、フリルが…いっぱいで…本当に似合ってるの…かな…?

ええい…もう、早く帰って寝てやるっ!!




「…『風来』…」


私はアパートまで、風に乗って帰る事にした。

空を飛ぶ、ピンクのフリル…今の姿は、あまり誰にも見られたくはない。


(ロベリアさん、本当に待ってるのかな…)



空に舞いながら、思うのはあの人の事。

あの人は、出来ない約束はしない人、だから…きっと…

………でも…これ以上、あの人の掌の上で遊ばれては…隊長として、いかがなものか…


「…おっとと……『風来』…」


少し着地に失敗。屋根の上で、よろける。

今日は、風が捕まえにくい日、なのだろうか。

…いいや、私の精神が乱れているせいだ。



誰のせいかなんて………勿論、解っている。私自身のせいだ。

…本当は…会いたいんだと思う。でも、会えばきっと…自分の望んだ未来とは違う未来が待っている。

けど、私の気持ちを伝えたら…私の言う事、聞いてくれるのかな…

結局、貴女は私の言葉をすり抜けて…抱き締めて、奪ってしまうんじゃないかな…



『何ィ?アタシが、信用できないっての?』って言われそうだけど…



断ったら…”オシオキ”が朝まで続くんじゃないかって…。

勝手に想像して、諦めている、自分が腹立たしい。



会話したいのは、本当…先日のレビューの事も、この間置いていった朝食の感想だって…まだ、話せていないから…



本当は、すごく…貴女が恋しい。


でも…怖い。


話の終わりに、貴女が…私に手を伸ばしてくると…私は、きっと欲望に溺れてしまう。

貴女はそれを見て、私にもっと欲望を吐くように言う。


乱されて、乱れて…


…それが繰り返されて…


朝になる。



行為が嫌いなわけじゃない。

行為だけに終わるのが、嫌なだけ。

貴女とのつながりが、それだけになるのが、怖いだけ。



「…あ、窓から入らなくちゃ…」


アパート前に着地して、私は鍵が無い事に気付く。

行儀悪いけど、今日だけは…許して下さい、大家さん。


”ガッ…バンッ!”



「ふー…なんだか、泥棒気分だわ…」

(…まるで、誰かさんみたい…)


私は苦笑いを浮かべて、部屋に入るとクローゼットに向かった。

この服、皺を作らないうちに脱いで、明日シーに返さないと…




”ガチャリ。”



鍵の音が、私の後ろでする。



(…………しまった…!)


気付いた時には、もう、遅かった。窓の鍵を閉めたのは、私じゃない。

よく考えたら、私のアパートの鍵が”無くなったジャケットの中”だという時点で気付くべきだったのだ。



私は、もう”罠の中”だった。




「…随分、遅かったな?待ちくたびれたよ。」



コツコツと靴音をさせて、暗闇から現れたのは…


「ロベ、リア…さん…」


「あんまり怒っているみたいだから…”こっち”で待たせてもらったよ。」




全ては、彼女の計算どおりだったのだ。



「おや…こりゃまた…可愛らしいカッコしてるじゃないか。…似合うかどうかは、別として。」



そう言って、ニヤリと笑って、私を抱き締め、キスをする。

柔らかなロベリアさんの唇の感触を感じつつ、私は、こう思った。


(最、悪、だ…。)


私は全身の力が抜けていくのを感じた。



こういう計略において、この人には、絶対敵わないのだろう、とも思い知らされた。




「…はぁ……」

「葵。」


「はーい、なぁんでしょうかぁー…?」

「…何、荒れた目してんだよ。こっちに来い。」


「はーい…」


ロベリアさんに手を引かれて、私は部屋の中央に連れて行かれた。


「あのー…ベッドはそっちじゃないですよー…っと。」

「…ベッド?何言ってんだよ…お前が言ったんだろ?服を着たまま話がしたいって。」


笑いながら、ロベリアさんは、部屋の明かりをつけた。


「え…?」


「腹、減ってるか?減ってないなら、アタシだけ喰うけど。」


テーブルの上には、二人分の食事。しかも、豪華。

ロベリアさんは、私をそのまま席に座らせて、自分も席に着いた。


「どうせなら、もっと早く帰って来な。 待ってたら冷めちまったからな…あ、飲む?」


ワインを差し出しながら、ロベリアさんはこっちを真っ直ぐ見ていた。


「・・・これ、ロベリアさんが?」

「・・・だったら、なんだよ。」


彼女の手作りのディナー…本当に待っていてくれたんだ………私自身を。


「…いえ…なんか…嬉しくって。」


勝手に想像して、諦めていた自分に、更に腹立たしさを感じた

そしてロベリアさんをもっと好きになった。

私は、黙って料理を見ながら、言葉を探した。


「ゴメンナサイ…」


「あぁ?」


「…その、昼間の事…私…ロベリアさんは、きっと私の話聞いてくれてないって決め付けてました…」


「…フン…だと思ったんだよ。バーカ。」


彼女は笑って、私の額をコツンと軽く叩いた。

「ゴメンナサイ…」

私は、笑って謝った。


「いいから、残さず喰えよ。話でもしながら、さ。」


2人で席に着く。

そういえば、自分のアパートで誰かと食事するなんて、なかったなぁ…とか思いながら私は、フォークを持つ。


「…はい!いただきますっ!…美味しい…!」


すごく、優しい味がする…


「いい材料使ってるからな。」


「へえ…じゃあ…高かったんじゃ?」


「まあ、な。」


「…う…」


私の為に、そんな高級食材を…。


お金に執着する、あのロベリアさんが…

お金の為なら手段を選ばない、あのロベリアさんが…

プレゼントは何が良いと聞いたら、現金と即答した、あのロベリアさんが…!

寝言でお金数えてた、あのロベ(以下略)


・・・その気持ちが、本当に嬉しくって、私は涙ぐむ。


「何半ベソかいてんだよ…喰えよ。お前の、なんだから。」

「す、すいません…なんか…嬉しくって……………は?」


・・・・・・・お、”お前の”って・・・・・?


・・・・私のって・・・?




「……ま、まさか…!?」


慌てて、ジャケットを探す。コート掛けに掛かっていた私のスーツを発見し、ポケットを探る。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





「きゃああああああああああ!?!?」


出てきたのは、入っているはずのお金が、ほとんど入っていない財布。


「思ったより、持ってるんだなぁ。隊長って給料良いのか?

 あー…今年のワインは出来が良いな。」


ロベリアさんは、ワインを傾けながら、あっさりと答えた。

床には、まだ何本もワインが立てられ、そのうち転がっている2本は、空だった。


「…あ、明日、家賃払うため、だったのに…!」

「実家金持ちなんだろ?仕送りしてもらえ。」


「そ、そそそ…そういう問題じゃありませんっ!あ、貴女って人は…っ!」



悪魔はいつも通りに、ニヤリと笑う。


「ま、アタシの誘いを断った”テンバツ”だろうさ。」


天罰じゃない。

これは、”オシオキ”だ…!!!



「この…悪魔ああああああああああああ!!」



「フン、褒め言葉だな、そりゃ。」


そう言ってロベリアさんは、ベソをかく私の横で、ワインを美味しそうに飲み干した。



「褒めてなあああああああああああああい!!」





―ちなみに、ロベリアさんはそのまま、私のアパートに泊まって行きました。―




「うう…腰が…腰が…お金が…」




・・・・END



あとがき

うっかり、UPし忘れていました。

それにしても…マッサージの話が多いですね、私のサイト(笑)

・・・エロい匂いのする話には、何故かロベリアさんです。