[ 勉強会で堕天した。 ]




「果南〜?マリー、ここわからな〜い!ドコンジョーでも無理ー!」


始まって30分も経たない内に、鞠莉が悲鳴を上げた。


「はいはい、えーと…んー……ごめん、私もわかんないや。」


と言って、爽やかな笑顔で果南がお手上げを宣言する。


「もうっ果南ったら!……でも、そこが好きっ☆」

「も、もうっ!鞠莉っ!勉強会なんだからっ!」



「・・・・・・・・・・。」


テーブルを挟んではしゃぐ鞠莉と果南、向かい側に静かにペンを走らせるダイヤ。

思い返せば、この二人は、勉強会の時はいつもそうだった、とダイヤは思った。

鞠莉と果南の仲が険悪だった頃を思い返せば、この程度ダイヤには何の問題も無かった・・・筈である。

テーブルがガタガタと揺れようと、振動で文字がぶれようと…以前のように友人が仲良くなってくれて嬉しい・・・筈であった。



「ちゃんとハグしてくれるまで、勉強させてあげな〜い!」


はしゃぎながら、果南に思い切り抱きつく鞠莉。


「こ、こら〜っ!ダイヤ〜!勉強してないで助けてよ!」


鞠莉に抱きつかれて困惑しているように見えてはいるが、実際の所、果南は困ってなどいない事をダイヤは理解していた。


「…これは勉強会なんですから、勉強しているのが正しい姿でしょう?」と冷静に返す。


「あ・・・。」

「ソーリー!」


鞠莉の何の反省も無いソーリーで「はぁ…」と小さく溜息をしてみる。

真面目にやってくださいね、と釘を刺すのはダイヤの役目だ。


「だ、ダイヤ…ご、ごめんね…休学していたから、ちょっと私も鞠莉に教えてあげられなくって。」


仲良き事は美しきかな。

しかし、モノには限度がある。

そして、目の前の二人には、節度が無い。



「勉強会をしたい、とお二人がおっしゃるから、私の部屋を提供すれば…いつまでも、いちゃいちゃいちゃいちゃ…!」


ダイヤは二人への文句を口に出してみて、初めて自分がこの状況に苛立っている事に気付く。


「い、いちゃいちゃって…。」

「ソーリー、ダイヤ。私の果南へのLOVE(ラァヴ)が止まる事を知らなくて…!」


「ええ、ええ…ニュージーランドの首都と合わせて、止まる事も知っておいてくださいませ。」


嫌味の一つも出てしまう。


「あ、ホントだ。鞠莉、首都キャンベラは、オーストラリアだよ。」

「え?あら…やだっ!うっかりうっかり☆」


「まったく…やる気はあるんですの!?」


グッと目に力を入れると、二人共背筋をぴんっと伸ばし、必死に首を縦に振った。


「あ、あるある!」

「あるけれど…少し、休憩(ブゥレイク)…しない?」

「鞠莉さん…。」


それは、やる気が無いという事では?とツッコもうとした時、鞠莉は急に転がり始めた。


「だって〜!久々のダイヤの部屋なんですもの〜!あーん、懐かしー!この家の匂い大好き〜!!」


どうやら、鞠莉はダイヤの家の匂いが好きらしい。畳に頬ずりをする自由人マリーに、ダイヤは静かにツッコむ。


「…だからって、転がらないで下さいません?」

「いや、でも解るよ!ダイヤの家って、凄く良い匂いがするんだもの。」


褒められると、当然ですわと嬉しくなってしまうのが黒澤ダイヤだ。

気が緩んだダイヤの耳に、鞠莉の何気ない発見の一声が聞こえてきた。


「ん…What?…このブラックフェザーは…。」


鞠莉が摘み上げたそれは…津島善子の羽だった。


「…!!」

自分でも、瞬時に顔色がサッと変わっていくのが解る。


「あ、善子ちゃんの例のアレ、だよね?ダイヤ、善子ちゃんと仲良かったんだ?」

果南が、急に嬉しそうに質問をぶつけてくる。


「いえ、それは…ッ!い、妹の友人ですから!」

慌てるダイヤの反応を楽しむように、友人二人が悪い顔をしてダイヤを追い詰める。


「え〜?それだけェ〜?怪しいなァ?」

「羽を落とす程、激しいハァプニングでもあったの〜?」


「ちょ、ちょっと!邪推はお止めになってッ!」


「あっ!赤くなってる〜!」

「これは〜…もしやLOVE(ラァヴ)な話!?意外ですね〜?」


「あ、ああ、赤くなどありませんッ!せ、説明をさせて下さいませッ!」


「説明…まず否定しないんだ…。」

「か、果南…ッ!」


「okok!ノープロブレム!愛に壁はナッシィングよ!」

「鞠莉ッ!」


「よし!応援するよ!ダイヤ!」

「GO!GO!ダイヤァ〜!」


悪ふざけがエスカレートしていき、やがてダイヤは爆発した。


”ばんっ!”


「いい加減にして下さいッ!」


テーブルを両手で叩き、睨みつけるダイヤ。


「「おうっ!?」」


しまった!という顔をして、鞠莉と果南は両手で”降参”のポーズを取る。


そのポーズを見て、ダイヤはスッと立ち上がり、髪の毛を横に流した。


「……私も集中力が切れてしまいましたから、休憩にします。今、お茶でも淹れますわ。」


襖を開けようとしたダイヤに、背中から鞠莉が声を掛けた。


「あ…そう言えば、ダイヤ。」

「はい?」


「今日は、ルビィ達1年生もココで勉強会だって言ってましたね〜」


「・・・ええ。」

まだ、1年生の話題を続けるのか、とダイヤは顔をしかめながらも答えた。


「え?そうなの?真面目だね、一年生は。」


果南ののんびりとした感想に、ダイヤはちくりと刺す。


「…こちらも真面目に取り組まねばなりませんわね。最上級生なのですから。」

「「う…!(ヤブヘビだったか…!)」」


「ああ、ルビィ達にも何か飲み物を…」と呟くように言った筈のダイヤの言葉を、鞠莉は聞き逃さなかった。


「はっはーん!…さてはダイヤ、飲み物を差し入れするのを口実に善子ちゃんの様子をぐふぉッ!?」

果南が、素早く鞠莉の口を物理で塞ぐ。


「そ、そういえば!!花丸ちゃん、この間ダイヤに勉強教えられた時、凄くわかりやすかったって嬉しそうだったよ!?行ってあげたら?喜ぶよ!」


畳み掛けるような果南の褒め言葉をダイヤは素直に受け入れた。


「そうですの?あ、いえ…解りやすいのは当たり前ですわ!!では、ちょっと様子を見てきます。」


襖が閉まると床に突っ伏していた鞠莉がゆっくりと起き上がった。


「あいたたた…果南…本気のボディブローは酷いわァ…」


腹部をさすりながらも、鞠莉は口角を上げて果南を見ていた。


「酷いのは鞠莉の方でしょ?あんな風に言ったら、ただでさえ素直になれないダイヤが余計頑なになっちゃうじゃないか。」


「自分だって焚付けてたクセに…。私は、ダイヤの荷物を少し軽くしたいだけよ。」

「へ〜…意外、鞠莉も気付いていたんだ?」


鞠莉と果南は意味有り気に笑い合う。


大事な友人の揺れ動く心情を二人は見逃してなどいなかった。

ある意味、解りやすく、傷つきやすい友人の心を二人は何となく察していた。


ダイヤ自身は、自分だけ蚊帳の外だって思っているのかもしれないが、二人にとってはダイヤは昔からの大事な友人に代わりは無い。



「何年の付き合いだと思ってるのよ…。あと、私が果南と二人きりになりたいから☆」


そう言って、鞠莉は果南の肩に頭を預けて猫のようにじゃれる。

そんな鞠莉の頭を優しく撫でながら、果南は苦笑して言った。


「…ホント…鞠莉は自分に素直だよね。」






妹の部屋の前。

3人のはしゃぐ声が聞こえた。

明らかに勉強会ではない盛り上がり方ではあるが…。


妹があんなに笑う声をしばらく聞いていなかった姉は、嬉しく思うと共に…

襖の向こうから「ヨハネ」という単語と声が聞こえる度に、複雑な気持ちになった。


妹と同い年の女の子に惹かれている自分。

いつもなら抑えられる、押し込められる、我慢できる感情が…本人を目の前にすると、出来なくなってしまう。

自分らしくいられない。

それでも、彼女の顔を見ると嬉しくて、今日も変わらず堕天使設定を貫いている事に安心する。


深呼吸を2回。

ノックをして、襖を開ける。


「失礼しますわ。」


「あっ!ルビィちゃんのお姉さんずら!お邪魔してます!」

目をキラキラさせて花丸が挨拶をしてくれた。


「少し休憩なさったら?」

そう言って、ダイヤがお茶を差し出すと、ルビィはニッコリ笑ってくれる。

「あ、ありがとう!お姉ちゃん!」



・・・あと、一人のリアクションが無い。


不思議な間。


「こっ…こんちは…。」


拙い挨拶。

視線を逸らしがちに部屋の端っこに座っているのは、津島善子だった。


やはり、自分の好意が彼女の挙動をより不審にさせているのだな、とダイヤは思い、改めて善子に深く関わらない方がいいのだと思った。


「「…善子ちゃん。」」と花丸とルビィの二人はジト目で同級生を見つめる。

「な、なによぉ!二人して!ヨハネって呼びなさいよッ!」


ダイヤは3人の間に流れる不穏な空気を感じ取り、話題を変えようと質問をしてみた。


「勉強は進んでいますか?解らない事があったら、聞いても良いのですよ?」

「わあッ!マル、ダイヤさんに教えてほしい所があるずら!…えーと、何ページだったっけ…?」


嬉しそうに教科書をパラパラとめくり始めた花丸を見て、ダイヤは可愛いなと思う。

ルビィも愛おしい妹ではあるが、こう頼りにされると、もう一人妹が出来たようで嬉しかった。


「お姉ちゃん、3年生も勉強会でしょう?いいの?」

二人放っておいて、とルビィは心配そうに聞いてきたが、ダイヤは首を横に振った。

「いいんですの。鞠莉さんも果南さんもやる気があるのか無いのか、二人でい〜〜ちゃいちゃしていて、なかなか捗りませんでしたの。ま、昔からでしたけどね。」

そう、からかうようにダイヤは言った。

ルビィは「ああ、前からそうだったね」と苦笑した。


「イチャイチャ…って…ダイヤの部屋で?ダイヤ放っておいて、二人でいちゃついてるって事?」


思わぬ出来事だった。

善子が、ダイヤの話題に喰いついたのだ。


「え?ええ…。」

突然、話題に喰いついたので、ダイヤは思わず素直に”YES”と答えてしまった。

「…確かに、奇数のグループって、一人浮いてしまうモノずら。」

花丸は冷静にそう言ったが、ダイヤは気にしていないといった態度で答えた。


「いいんですのよ、あの二人は大事な高校生活の長い期間、仲違いをしていたのですから。少しくらい、放っておくくらいが丁度良いのです。」

「…でも、ダイヤさんは寂しくないずら?」


やけに花丸は、この話題を続けるな、とダイヤは不思議に思った。

まるでダイヤが孤立しているような、そんな言い方である。


「え?…いえ、寂しいも何もありませんわ。むしろ、あの二人の傍にいたら、恥ずかしくて居ても立ってもいられませんもの。」


「は、恥ずかしい…お、お姉ちゃんが見ていられないほど…!?」とルビィはみるみる顔を赤くした。

「ルビィ…良からぬ事を考えるんじゃありません。」

姉はそう言って、軽く妹の頭に手を置き、落ち着くように諭した。


しかし、諭すべきは妹の方ではなかった。



「ひ、他人の家で何をしてるのよ…!堕天させてやるッ!」

「へ?」


スッと立ち上がったかと思うと、3人が止める前に善子は部屋からもう出てしまっていた。


「またずら…。」

「ま、また?またとは?」

「善子ちゃん、お姉ちゃんの話になると、ああなるの…最近。」

「は?」

「妙にムキになるというか、なんというか…周りが特に見えなくなるというか…今から謝っておくずら。ごめんなさい。」


「一体、何を……はッ!」



ダイヤはその時、ハッと気付いた。


善子はダイヤの部屋に向かった。

そして、ダイヤの部屋には、さっきまでイチャついていた二人が残されている。


部屋の主がいない今、彼女達の行動など幼い頃から一緒にいたダイヤには手に取るように解る。


そして今、そんなダイヤの部屋に善子が入ったら、善子に見せてはいけないモノを見せてしまう可能性が…


『果南…』

『ま、鞠莉…』



”すぱぁん!”



『ちょっと!……ひき…ッ!?きゃああああああ!堕天(?)してるゥゥゥ!?』




ダイヤは結論に達する前に、身体が動いていた。




――― アレを、善子に見せてはいけない。




「出遅れましたわッ!お待ちなさいッ!善子さんッ!!」



いつもなら走らない自分の家の廊下を全力で走った。

今日なら、はしたないと怒られても構わない。


ダイヤの視界に、自分の部屋の襖に手をかけようとしている善子の姿が入った。

こんな時に、善子より身体能力が低い自分の体を呪いたくなる。



襖に手をかけた善子に向かって、ダイヤは必死に呼びかけながら…


「待ってッ!!」


決して、稲妻十字空烈刃(サンダークロススプリットアタック) をしようとしていた訳ではない。

気が付いたら、ダイヤは腕をX(ぶっぶーですわ!)にし、全力で善子にタックルをかましていた。


「…え!?ぐばっ!?!?」



床に人間二人が転がる音が響き渡る。


普段、運動を積極的に行わない人間が、いざ通常以上の身体能力を発揮しようとすると暴走する、そんな例である。


「いったー…な、何すんのよぉ…!」

「ダメ…今、入っちゃ…ダメ、ですのよ…!」


ダイヤは、必死に善子を止める。


「なんでよ…!ダイヤ、ハブられたんでしょ!?だから、ルビィの部屋に来たんでしょ!?

3人でいるのに、いちゃいちゃして仲間はずれにするなんて許せないッ!ヨハネの堕天黙示録キックお見舞いしてやるわよ!」

「は、ハブ…?いいえ!私は自分の意志で…」



しかし、ダイヤの言葉を遮るように、襖は内側から開かれた。



「な、なに!?今の音!」

「What!?GOZ●LA!?」



襖の内側から、ダイヤの部屋からは、ほぼ半裸の鞠莉と果南が。

襖の外側では、ダイヤにタックルをぶちかまされて、押し倒されている形になったダイヤと善子が。


4人は、内側と外側の二人ずつ、それぞれ目が合った。



「「「「あ。」」」」




それぞれが『見てはいけないモノを見た』と確信した。


「あ、あぁ…あわわわ…は、裸………」


善子は顔を真っ赤にして気を失い、ダイヤは額に手をあて、一言呟いた。


「あぁ…頭が…痛いですわ…。」


「あ、なんだか…ゴメン。」と果南。

「ゴメンで済んだら、警察とスクールアイドルは要りませんわッ!!!」


「so,sorry…ダイヤ…でも、そっちは廊下でなんて、大胆過ぎやしない?」と鞠莉

「一緒にしないでくださいッ!!」




勿論、勉強会は…崩壊した。




それから、1時間後。




「んゥ……」

「気が付きまして?」


善子が目を覚ますと、そこはダイヤの部屋だった。


「…あ…ダイヤ…?私、どうして…?」


ダイヤは自分に背中を向けたまま、ノートにペンを走らせていたが、善子の質問を聞くとペンを置き、振り向いた。


「良くないモノを見て、気を失ったんですのよ。」

「良くないモノ・・・・・あ。」



善子は思い出した。

半裸で出てきた果南と鞠莉の二人がしていた事など、容易に想像できた。


「間が悪かったのです。お忘れなさい。」


嗚呼、自分はどうして、いつもこうも運とタイミングが悪いのだろう、と善子は頭を抱えた。


(…あれ?)


ふと、タオルケットが自分の身体に掛けられているのに気付く。

ダイヤの部屋に、もう果南と鞠莉の姿は無かった。


「善子さん。」

「ヨハネ、よ。」


ダイヤは振り返り、善子は名前の訂正を求めた。


「本来、私が謝る事ではありませんが…私の家の中で起こった事ですから…。この通りです。申し訳ありませんでしたわ、善子さん。」


手をついて、深々と頭を下げるダイヤに、善子は思わず驚いた。


「ちょ、やめてよ・・・それに・・・ヨハネだってば。」


肩に手を置き、頭を上げるように促すのだが、ダイヤは頭を上げない。

全く変な所で生真面目で頑固なんだから、と内心善子は呆れていた。


「ただ」とダイヤは言葉を続けた。

「鞠莉さんと果南さんは…あの二人の事は、責めないであげて下さい。私をハブくとか、仲間はずれにした訳ではないのですから。」


「…違うの?」

「ええ。先程も言いましたが、あの二人は貴重な高校生活の長い時間を一緒に快く過ごせませんでした。今なら別ですが。

だから、二人を見守りたい気持ちと共に…少しでも一緒にいさせてあげたいという気持ちもあるのですけど…」


「けど…?」

「私の目の前でまでいちゃいちゃされると、なんだか、もう見ているだけで、恥ずかしくて!」


自分から二人きりにしたのだ、とダイヤは言った。


「…そっか…なんか、ダイヤはダイヤで苦労してんのね…。」

「良かったですわ。理解していただけて…。」


ほっと胸を撫で下ろしてから、ダイヤはふわりと笑った。

その笑顔に、ドクンと善子の心臓が跳ねた。

ダイヤが自分に笑いかけた、それだけの事。


「善子さん、何か飲みますか?」


ダイヤが自分を好きでいてくれて、自分の事を気遣っていてくれている、それだけの事。


「あ…いや、いいわ。」


フラッシュバックするように果南と鞠莉の半裸がちらつく。

好意を持っている者同士、惹かれ合っている者同士が距離を縮め、互いを求めた結果だ。


(あー…もう、上級生が下級生の心を乱さないでほしいわね……あれ?待って。

もしかしてもしかして、ダイヤがあの二人を見ていると恥ずかしいのは、あの二人に自己投影なんかしちゃうから?)


善子がチラリとダイヤを見ると、少しずつ心配そうな表情に変わっていくのがわかった。


先程の果南と鞠莉同様、自分に好意を持っている人間は目の前にいる。

ふと、考える。

ダイヤも自分にそういう事をしたい、と考えているのだろうか、と。



「どうしました?善子さん。」

「善子言うなッ!ヨハネって呼んで!…あ、いや…あのさ、その…」


「なんですの?」

「ダイヤは、さ…私にも……あの、ああいう事したい?」


ピタリとダイヤの動きが止まった。

徐々に顔が赤くなったかと思うと、ダイヤは一際声を大きくして反論した。


「…な…なな、何を、言ってますの!?私達は高校生ですよ!?」

「え?いや、そう、そうなの!そうなんだけど!…好きだったら…やっぱり、考える…でしょ?」

「……か…!」


善子は気になって仕方が無かった。

目の前の女が、一体自分をどこまで好きになっているのか。


「考えた事ある?」


この時、もし、ダイヤの答えがYESだった場合の未来を善子は深く考えていなかった。

ただ、気になっていた。

ダイヤの気持ちが、一体どれほどのものなのか。


果南と鞠莉がお互いを求め合っていた、あれ以上に…ダイヤは自分を求めてくれているのだろうか、と。



「な、何をおっしゃってますのッ!?…そんな訳…ッ…!」

「無いの?本当に?深淵の闇に誓って?」


顔を赤くし俯いたまま、ダイヤは言い難そうにモジモジするばかりだった。


「な……な…なんと申し上げたらいいのか…。」

「…どっち?」



「い、言っておきますが!私は、違いますからッ!果南さんと鞠莉さんと一緒にしないでください!

私は、そんな不純な…破廉恥な事は…ッ!」


「果南とマリーは関係ないでしょ?ダイヤは、どうなのって聞いてるの!」


善子は四つんばいになって、ダイヤに詰め寄った。


「そ、そんな事を聞いて…どうするおつもりですの!?」

「…大事なことよ。ヨハネの事、どれだけ好きか…。」


「あ…その…正直、そこまで考えた事も無かった、ですわ…。」

「ふうん…」


善子は、少なからずとも落胆した。

ダイヤはもっと自分を求めていると思っていたのだが、果南や鞠莉のそれまでではなかった、という事に。



「…そっか。」


そう言って、壁際まで追い詰めたダイヤから離れようとした。

しかし、ダイヤは善子の服の袖を掴んで引き止めた。


「ダイヤ?」

「…考えます。考えて無かっただけですから…。」


顔を真っ赤にしながら、視線を逸らしてダイヤは言った。


「だから…失望は…なさらないで…。」


ダイヤの瞳が少し潤んでいる。善子が落胆していたのを察したのだろう。

あの黒澤ダイヤが、懇願している。

それを感じた善子は、心の中から何かが湧き上がってくるのを感じた。


(これは…悦び?)


ダイヤは、間違いなく自分の事が好きだ。十分伝わった。


でも、自分自身はどうなのだろう?と善子はずっと考えていた。


さっきだって花丸とルビィと3人でいても、ダイヤが同じ屋敷内にいるのかと思うとそわそわしてしまうし。

ルビィを見ていると、ダイヤの面影を探してしまい、結果、ルビィが怯えて花丸に怒られる始末。


花丸から、こう言われた。


『そんなに会いたいなら、ダイヤさんの所に会いに行けばいいずら。』


『はぁ!?ず、ズラ丸のクセに、何をわかったような事を…!』

『善子ちゃん、わかりやすいずらよ。さっきから上の空ずら。ホントは、ルビィちゃんのお姉さんと仲良くなりたいんでしょ?』

『は、はあ!?な、何を言って…!ルビィ、アンタのお姉さん、私みたいなの苦手でしょ!?』

『ん〜…ルビィ、そうは思わないけどなぁ…。』

『あー…。』

『善子ちゃんは…自分から距離を取る事がクセになっているずら。

嫌われたり、避けられたりする事を怖がっているだけずら。好きなら、素直にそのまま表現するずら。』


『だ、誰が好きだなんてッ!ヨハネは、み〜〜んなのヨハネなのよ!?一人だけ特別扱いなんて…』

『1億人の好きと、特別に好きな一人への気持ちは、比べるものじゃないずら。』


『ズラ丸…随分な言い様じゃないの…!』


思い返せば、やけに、今日の花丸は善子につっかかってきていたな、と善子は思っていた。



『…マルは、善子ちゃんに頑張って欲しいだけずら。』


頑張るって、一体何を?

単にダイヤに好きだって言われているだけなんだから、私は何もしなくても良いじゃない。



――― 大体、ダイヤは何も求めてこないじゃない。果南と鞠莉みたいに。



そこで、善子は、はたと気が付く。



(それって…まるで、私が期待しているみたいじゃない。ダイヤからの何かを、私が待っているみたいじゃない!

ダイヤが私を好きなら、頑張るのはダイヤの方よ。私にもっと好きだと伝えて、振り向かせるべきなのに…!)



気が付いた。

自分は、ダイヤにもっと自分を求めて欲しいと考えている、という事に。

そこに至った時、自分が何もしなくてもダイヤが自分を好きであればいい状況に納得していない事にも気付く。


自分が何をすべきなのか、善子の方向性が決まった。



「善子さん…。」


善子は、瞳を潤ませたダイヤに失望なんかしていない。


「ええ…でも、考えるだけじゃダメよ。ダイヤ。」


”堕天使”は、微笑んだ。

いつもは不運塗れのネタ・出オチ要員とまで言われた堕天使は、堕天使らしく”誘う笑み”を浮かべた。


「ダメ、ですの?」


上目遣いで不安そうな、今まで見てきた中で、一度も見た事もなかったダイヤの表情。

善子は、ダイヤの長い髪をすっと掬い上げ、自分の唇につけた。


「よ…ッ!?」


善子の大胆かつ誘惑たっぷりな態度に、ダイヤは驚き、少しだけ怯えた。

いつもと違う善子がそこにいて、こんなにも自分は好きな人間の事を知らなかったのか、と再認識させられた。

意味あり気な悪戯っぽい微笑みは、ダイヤを惹きつけ、まさに堕天使を名乗るのに相応しくもあった。



「ダイヤ。」


ダイヤの額にキスをすると、善子は小声で囁いた。



「…ヨハネのリトルデーモンになりなさい。」



「・・・・・。」


ダイヤは言葉を失っている。




(・・・き、決まった・・・カッコ良過ぎる・・・ッ!)


善子は心の中でガッツポーズを取って、前後に振っていた。

自分なりに目の前の相手を更に自分に惹きつけ、悦ばせるに相応しい台詞を言った・・・つもりであった。


しかし。




「お断りしますわ!」


力強い返答だった。


「・・・ふぇ?」


意外過ぎる答えに、善子は口をぽかんと開けて3秒ほど放心した。


「い、いやいや…!好きなのよね?私の事!どうしてそうなるの!?」

「私は、リトルなんたらとしてではなく、黒澤ダイヤとして、津島善子の一番になりたいのですからッ!

貴女の事をどれほど好きか…考えます!必要とあらば、レポートにして提出もしましょう!」


「え?レポ・・・いやいや!何故そうなるのよ!?そうじゃなくて・・・!」

「善子さんが、私の愛情をどれだけのモノであるか試すというのであれば、貴女に伝わるまで、私はやりますわよ!」


それは、ネタでもなんでもなかった。

ダイヤに悦ばれたかったのに全力で拒否されるわ、自分だけ愛されすぎている自覚までするわ、善子の脳内はいっぱいいっぱいだった。


「いや、だから!私としては、まずヨハネのリトルデーモンになって傍に…皆まで言わすな!だから!とりあえず!YESって言っときなさいよッ!あと、ヨハネよ!」


搾り出すようにそう言ってはみるが、ダイヤの視線の真っ直ぐさは損なわれることは無い。

例え、進む方向が善子の予想外の方向でも、ダイヤは真っ直ぐ進んでいるのだ。


「私は、中途半端は嫌いです!それに、善子さんは善子さんでしょう?」


「よ、善子言うなッ!」



至近距離で、ムードもへったくれもない言い合いになった。

好意を持っている相手へ塩を送ったつもりが、相手は塩を投げつけてくる始末。


「ああ!もうっ!ちゃんと、設定(ヨハネ)ごと好きになってくれないとやぁだぁッ!!」


そう言って、半泣きでダイヤの胸に飛び込む。

堕天使ではなく、これでは駄々っ子だ。



「…誰が好きではないと言いました?」

「だって、お断りしますって…!」


「それは拒否ではなく、私は津島善子が好きなのだと言っているだけです。

善子さんと呼びたいから呼んでいるだけです。

それは、設定(ヨハネ)込みの津島善子を…好きだという事にはなりませんの?」


「ヨハネって呼ばないと…ヨハネが好きって言わないとカウントしないッ!!」


「なるほど(面倒ですわね)・・・しかし、そういう事であれば・・・。」



ぎゅうっと腰が折れそうかと思うほど、ダイヤは善子を抱きしめ、耳の近くで小さく言った。



「ヨハネが好きですわ。…これでよろしくて?」


囁く声が妙に耳の奥に響いて、善子は思わずぼうっと返事を返した。

「・・・うん。」

「私、実は…貴女にこれ以上深く関わってはいけない、と思っておりましたの。

混乱させたり、スクールアイドルの活動に支障をきたすのでは、と思ったのです。でも…」


「・・・・・。」


「果南さんと鞠莉さんのように、自分に素直になって人と触れ合う事の大事さを学んだ、今…。

私は、やはり…貴女が好き、と言うべきであるという結論に達しましたの。」


(あ…ヤバイ…。耳から入り込んでくるダイヤの声で、満たされていく感じ…あと、ゾクゾクする…。)


ダイヤが自分を求めてこないのであれば、自分がそうしてやろうかと思っていたのに、いざダイヤからのアプローチがあると、腰が抜けそうになる。


「・・・うん。」


ダイヤに抱きしめられていると、ルビィが『お姉ちゃんに触れられていると落ち着く』と言っていた意味がよく解った。





『1億人の好きと、特別に好きな一人への気持ちは、比べるものじゃないずら。』




花丸の言葉がようやく飲み込めた気がした。





「あの、ダイヤ…。」

「なんですの?」


善子は、視線をチラチラ横に流しながらぽつぽつと喋った。


「今度さ、デート、してみる?」

「でーと、ですの?それって…」


「私さ…まだ、まだね!確信は…まだ、無いんだけど、私、ダイヤの事…」


善子は拙くも”頑張って”いた。

相手の気持ちだけハッキリしているものの、自分の正体不明な何かをハッキリさせたくて。


ダイヤは目を見開き、善子の言葉を待っていた。


「あの…だから…私、もしかして…じゃなくて…あの、ダイヤの事をね…」


善子もダイヤの視線に恥ずかしさを押し殺しながら、なんとか頑張っていたのだが・・・。


”がた、がたたっ…!!”

襖が不自然に揺れた。


「曲者ッ!!!」


ダイヤは即座に立ち上がり、襖を勢いよくすぱんっと開けた。



「「「わあああああ!?」」」



開けた瞬間、鞠莉、果南、花丸がなだれ込んできた。



「・・・な、なんですの・・・?」


ダイヤは顔を引きつらせて、なだれ込んできた人物達を見下ろした。


「あ、あわわ…!ご、ごめんにゃさい!お姉ちゃん!ごめんにゃさい!!」

花丸達の少し後ろには、オロオロしながらルビィが立っていた。


「ちょ、ちょっと…もしかして、盗み聞きしてたの!?」と善子は顔を真っ赤にして3人を睨んだ。


「いや、ほら…私はやめようって言ったんだよ?でも、鞠莉が…」と果南。

「私は、ダイヤと善子のシャイニーが心配で…面白そうだったから!!」と鞠莉。

「鞠莉さん、本音丸出しずら…しかもワケわかんないし…。」と花丸。




勿論、ダイヤが『そうでしたか。』と納得する筈がなく。




「…全員、そこに正座なさいッ…!!!」



 まさに 鬼 の降臨である。





「「「ひいいいい!?」」」





その後、ルビィを除く3人は1時間以上の説教を喰らうハメとなった。



その説教をBGMにしながら、善子はそそくさと荷物をまとめていた。


「善子ちゃん。」

「ふぁ!?ルビィ…何!?」


突然ルビィに声を掛けられて、善子はびくっと驚いた。


「良かったね?」とルビィはニッコリと笑った。

「え…べ、別に…何の事ぉ!?」と善子はどぎまぎしながら答える。

姉と自分の事を応援してくれるのか、と思うとやはりありがとうと返すべきだったか、と善子は思い直したのだが…。



「でもね…」とルビィが先に言葉を続けた。

「ん?」


ルビイはニッコリと笑ってこう言った。




「お姉ちゃんの事、カンタンには渡さないから。」




「・・・はい?」





善子は思った。


これが、前途多難、という奴なのだろう、と。





 ― END ―


あとがき

すっかり、サンシャインにハマってしまいました。

引き続き、勢い任せでSS作成し、その後また加筆修正してみました。

妹ルビィも加わって、更に面倒臭くなる内容になりそうです。