[ 妄想し過ぎて堕天した2 ]





「じゃ、いっくよー!!」



「じゃん けん ・・・ぽん!!!」


「はい、善子ちゃんの負けー!!」

「予定調和だね~」

「よーし!アイスー!!」



「くぁああああああぁ!!どーして!?この手が!この右手がぁ!!」


ど、どうして、負けてしまうの…!?絶対無敵のこの堕天使鋏(チョキ)が…!!


いつもの放課後。

ダンスレッスンの合間の休憩前の儀式。


いつも、ヨハネはじゃんけんに負ける。まあ、仕方ないわね。パラメーターは全て、魔術と可愛らしさに全フリしてあるんだから!

運くらい…なくたって…うう…。

やけに笑顔の皆から、100円ずつ預かり、扉を開けようとすると…


「あ、そうだ!よっちゃん、コンビニ一緒について行っていいかな?」

私を呼び止めたのは、桜内梨子こと、リリーだった。


「え?」


別に構わないけれど、と言おうとした時。


「えー?梨子ちゃん、それだと罰ゲームにならないじゃん!」と高海千歌が言った。

「だって、ボディシートの香りは、自分で選びたいもの。いいでしょ?」とリリーが言うと

千歌は「確かに。」とあっさり引き下がった。


…リリー…いつの間に、この人(千歌)の操縦法をマスターしたのかしら…。末恐ろしいリトルデーモンね…!


「じゃあ、行こ!よっちゃん!」

「あ、うん!」

二人で校門をくぐり、コンビニまで歩く。

いつもはダラダラと歩いて憂鬱なのに、リリーが一緒というだけで、気楽だった。


「でもさ…リリー、香り指定してくれたら、ヨハネだって立派に買ってこれたわよ?ボディシートくらい。」

すると、リリーは困ったように笑った。


「ごめんね、よっちゃん。ボディシートはただの口実なの。」

「え?じゃあ…どうして?」


「いや、最近ちゃんと二人で色々話せてないなって思って。」

「ラグナロクについて?」


「違うわ、よっちゃん。全然違う。全く以って違いすぎる。」

「3段階で否定しないでよ…傷つくわぁ…。」


「ダイヤさんとの事。」

「・・・またぁ・・・?」


リリーは、ダイヤと私の仲を…その~…なんか、美化して見ている傾向がある。

別に、まだ付き合ってもいないのに…ダイヤと私は、リリーの中で殿堂入りすべきカップルとまでなっているらしく…。

ダイヤとのエピソードを話すと頷きながら『ありがとう』と連呼するので、正直話したくはないのだけど。


「だって!だって!!鞠莉さんからダイヤさんを奪うように連れ出して、その後、廊下で……大胆に……はぁ…。」


この間のダイヤとマリーと私のやり取りから、その後までリリーに見られていたなんて…!

詳しく話さないと、しゃがんでナウシカ・レクイエムを歌い出して止まらないので、話さざるを得ない。(凄く怖いんだから!)

話したら話したで…


「壁ドン、壁クイに続いて…次は、四つん這いで近付いて服をグイっと…略して、四つグイ…」


リリーのこの嬉しそうな顔を見ると、話して良かったのかも、なんて思う私がちょっとだけいるのだ。

しかし、だ。モノには限度があるのよ、リリー!


「…リリー?そろそろ、帰ってきてくれる?お願い。」

「あ、ごめんごめん!」


「アレは…単に…ダイヤにされっぱなしっていうのが、気に入らなかっただけ!ヨハネの気まぐれよ!」


「…本当に良いモノをありがとうございました。来年の冬コミからオンリーイベントまで大丈夫です。」

「やめて。本当にやめて。コミケ落選して。」


「3段階で拒否しないでよ…傷つくなぁ…。」

「ホントに…ダイヤと、その…そういうの…ヨハネだって、まだよくわかんないから。」


「まあまあ、ゆっくり焦らず行こうよ。で、あの後、どうなったのかな?」

「…まあ…デート、する事になったわ。」


「・・・っしゃ。」

「リリーがガッツポーズ取る意味がわかんないけど。」


「嬉しいの。純粋に嬉しいの。(ネタが増える事が)」

「あのさぁ、私とダイヤより、花丸とルビィとか、果南とマリーとかの方が追いかけた方が良いんじゃないの?」


すると、リリーはぴたりと足を止め、下唇をぐっと噛んだ。


「よっちゃん…どうして?どうしてそんな事言うの?」

「え?ちょ…何か悪い事言った!?」


あっちの方が、リリー的に”オイシイ”んじゃないの!?

私はそういう意味で言ったのに、リリーはグッと顔を近づけて、悔しそうに言った。


「私、悲しい…悲しいわ!同じ、ギルキスのメンバーじゃない!よっちゃん!」

「マリーもギルキスじゃん。ていうか、顔が近い!怖いッ!!」


「正直ね…完成された百合に興味は無いの。はなまるびぃやかなまりは、他の人達に任せるつもりだから。」

「真顔で何言ってんの?」


「よっちゃんとダイヤさん位…こうマイナーだからこそ…もどかしさとか…同級生との過去とか因縁とか、妹とか、年齢差とかあった方がね…!良いのよ。凄く。」

「よ…よくわかんない。ていうか、マイナーって失礼ね!ヨハネがいるだけでメジャー級…いえ、堕天級よ!!」


「まあ、それは置いといて。」

(置くんだ…。)


「ダイヤさんとのデートどうするの?」

「んー…それがさー、ダイヤは”ヨハネの行きたい場所とか好きな場所に連れてって”としか言わないの。」


「へえ…どうして?」

「…”ヨハネの事をよく知らないから、もっと知りたいんですわ”って。」


「…くっはぁ…!そう来るのね…!」

「リリー、本当にこの話好きね…?」


「もう、ダイヤさんの返答がいちいちツボ過ぎ…。あの人、本当に百合の化身ね…!恐ろしい!逆に恐ろしいわ!!」

…恐ろしいのは、リリーの方よ…。


「…でもさぁ(無視)…ヨハネの好きな所ばっかに決めたら決めたで、ダイヤ『んまあぁ!こんな場所、あり得ませんわ!』とか言いそうで、なかなか決められないのよ。

あの手のタイプをゲーセンとかに連れてって良いと思う?」

「え?まさか、ダイヤさん、ゲーセン行った事ない、の?」


「…自主的に行くようなタイプに見える?」

「見えない。不良の溜まり場だと勝手に思い込んでて、行かなそう。」


 ※注 『お二人の勝手な想像ですわ!プリクラくらい撮影した事ありますわよ!』


「ん~…例えるならぁ、お母さんと一緒にアニ●イトのBL・GLコーナーに行くようなデート内容にはしたくないのよ。ヨハネは。」

「うわぁ、想像しただけでキツいね、ソレ…。」

「とらの●なとかメ●ンブックスとか…あ、●ーマーズは別よ!あそこは絶対首輪つけててでも連れて行くわ!」


「うーん…そうだね…趣味の部分は、必ずしも合致しなくてもいいかもよ?そこはよっちゃん基準でいいのよ。

ただ、デートとしては、少しダイヤさんにもとっつきやすい場所の方が良いかもしれないね。」

「ふーん、そっか。」


リリーに相談して良い事もある。

人間のリア充の何たるかを知らないヨハネにとって、リリーは実に良いアドバイスをくれるのだ。


「大体、よっちゃんとダイヤさんって共通点が少ないから…。逆に?逆に、その共通点が無いから?惹かれ合っちゃう?求め合っちゃう的な?」


…この、すぐに興奮するクセがなければ。


「その喋り方、ムカつくんだけど。そのキャラ路線、止めた方がいいと思うわ。」


「冗談冗談。とにかくね、よっちゃん。これだけは言わせて。」

「…ん?な、何?」


急に真剣な顔をしたリリーに、思わずヨハネは足を止めた。


「ダイヤさんの生理周期…月末だから。」

「知ってどうするのよッ!?そんなの!真顔でよくもそんな事サラッと言えたわね!?」


「大事な事でしょ!!女の子なんだからッ!!」

「だから、ファーストデート前に知る事じゃないってーの!!大体、なんでリリーがダイヤの知ってるの!?」


「大事なAqoursのメンバーだから!」

「・・・・・・うん、納得しかけたけど、やっぱり理解出来ない!やめてリリー!その真っ直ぐな瞳で言うのもやめて!」


しかし、実にアドバイスの7割が、役に立たないんだけどね。


「あーもう…リリーの中で、ヨハネとダイヤってどう映ってんのよぉ…。」

「聞きたい?」


「あ、いい。聞きたくない。」

「ダイヤさん、ヘタレ攻めなようでいて実は結構…」



「あ゛―!コンビニ見えてきたー!あ゛―!!」


早足でコンビニに入店する。


「いらっしゃいませーこんにちはー。」


カゴを手にとったリリーを後ろに従えて、私はボディシートがある場所に立って、選ぶようにクイッと親指で指した。


「んもう、よっちゃんなら解ってくれると思ったのにー。」と言いながら、リリーがボディーシートの一つを取ってカゴに入れた。

リリーらしく、せっけんの香りをセレクト。実に普通ね。


「大抵の変わった思想は受け入れるタイプだけど…ヨハネとダイヤの事に関しては無理!」


「…うん、それだけ、真剣って事ね!」とリリーは瞳をキラキラさせて言った。

「…どうかな。」とヨハネは、歯切れ悪く言った。


「だって、ダイヤさんと…したんでしょ?」

唇で”キス”と形作って周囲への配慮もしてくれたリリーに思わず、すらっと答えてしまいそうになる。


「しー…した、けど………ていうか、アレは…大体!マリーが悪いのよ!」

「鞠莉さんが?」


「マリーの奴、遊びか何か知らないけど、ダイヤの嫌がってんのに…キ…アレをした挙句、昨日今日現れたヨハネにダイヤは渡せないわ、とか言ってさ…ダイヤは、モノじゃないっての。」

「…そっか、それでダイヤさんを鞠莉さんから引き離すように連れていったのね。遠くで見ていたから、そこまでは解らなかったわ。」

そう言って、アイスケースの前に立った。


「確かにさ、3年生には昔からの付き合いとか、ヨハネの知らない何かがあるんだろうけど…ダイヤとヨハネが何をしようと、二人の問題なんだし、マリーが何を言おうと関係ないわ。」

(あ、今・・・自然に”二人の問題”なんて言ってしまったけど、リリー妄想モード入らないかな。)


なんて、思っていた私の予想を裏切って、リリーは至って普通に笑って、感想を言った。


「うん。関係ないって言い切ってしまうあたり…よっちゃんらしいね。」

「そう?」


「でも、まんまと鞠莉さんにやられたって感じかな?」

「は?」


疑問符だらけのヨハネに向けて、マリーが頼んだ紫色の棒アイスを持ち上げて、リリーは言った。


「鞠莉さん、きっとワザとよっちゃんに見せ付けるように、挑発したんだと思うよ。」

「なんで?」


「鞠莉さんにちょっかい出されてるダイヤさん見て、イラッとしなかった?」



『ん~やっぱり、ダイヤって怒った顔がcute…♪』

『ふざけ…ッ!』


ダイヤの口が、マリーに塞がれた。


『やッ…!』


『ごめんなさい。あんまりダイヤが可愛いから思わず…あら?善子。』






・・・・・・・・・イラッ。





「・・・のーこめんと。」

とだけ言って、ミカンアイス勢のアイスを鷲掴む。


「…よっちゃん。」


ふと、ヨハネは赤い棒アイスを手に取った。

リリーは、わざと私に掴ませたのかもしれないけれど…このアイスを口にするだろう人間の名前を、ふと口に出してみた。


「…ダイヤがさ…」

「ん?」


「”自分の想いは、報われなくても良い”って言うのよ。」

「んー…。」


「じゃあ、別にヨハネがダイヤの気持ちに答えても答えなくてもどっちでも良いって事になるでしょ?

ヨハネは…初めて、PCの画面の外の人から好きって言われてさ、嬉しかったのに…。

答えなくていいなら、それでも良いけど…ヨハネがダイヤをどう扱って良いのか困っちゃうわ。」


口に出して、なんだか胸の痞えが少し取れた感じがしたと同時に手の中にあった、アイスをアイスケースの中に落としてしまった。


「…うーん…それさ…単によっちゃんの事を考えて言ったんじゃないかな?」

「どういう事?」


赤いアイスを拾おうと身体を前に屈めようとしているヨハネの背中で、リリーは話し続ける。


「よっちゃんが、ダイヤさんの気持ちに対して反応するのも、YESって応える事も、ダイヤさんは望まないって事でしょう?

NOってハッキリ言っても良い、冗談だって流したり、無視してスクールアイドル活動していても良いって風にも聞こえるなぁ…。

勿論、そのままの意味…”自分の好意など受け取らなくて結構ですわ”って…これが案外一番近いかもね。」


「…だ、だったら…どうして好きなんて言ったの…!?あーもう!訳わかんない!あの人!!」

起き上がって、頭を抱えたヨハネに向かって、リリーはひょいとさっきの赤いアイスを拾って、ヨハネに渡した。


「でも…無視は出来ないよね?今のよっちゃんなら。」

私は、リリーからアイスを受け取り、再び見つめた。

ここ最近、ずっとダイヤの事を考えた。

きっと、Aqoursのメンバーの中で、ヨハネが一番考えてるかもしれない。

「・・・・・。」





「好きでしょ、ダイヤさんの事。」



リリーが小声で、そう言った。


「…ち、が…ッ!」

「嫌いじゃない。でも、恋愛感情かは、わからない。そういう…”好き”。」

と言って、リリーはふわっと悪戯っぽく笑った。


「……意地悪リリー。」と私は言って、かごの中に赤いアイスを入れた。

「ごめん。」とリリーは困ったように笑った。



レジに行って、リリーと一緒にお金を出しあう。


「ありがとうございましたー。」


袋を二つぶら下げて、リリーと私はトコトコと学校へ戻っていた。

ふと、空を見上げながら、私は呟いた。



「……でも、一番近い、かも。」

「ん?何が?」


「ダイヤへの気持ち。リリーの言う通り。私”好き”だけど…ダイヤと一緒の好きじゃないの。

で、今までみたいにダイヤと普通に過ごせなくって、ダイヤとどう一緒にいたら良いのか、わかんなくて。

ダイヤとの接しやすい距離とか、そういうの考えなくちゃなぁ~って思って…。」


リリーの前では、何故かスラスラと言葉が出てくる。…悩んでいる事とか特に。

リリーって、聞き上手なのよね。

だから…



「接しやすい距離、か…それって…”お互いに傷つかない距離”って意味だよね…?」


「―――!」

そして、こうやって時々グサッとヨハネの真理を突く。



お互いに傷つかない距離。

言われて、グサッと来た。


何がって、知らず知らずの内にダイヤとの関係で、自分が傷つかないように退路を確保しようとしていた事に気付いてしまったからだ。



「ごめんね・・・でも、私、わかるよ?よっちゃんの気持ち。」

「…グサっときたわ…お互いに傷つかない距離をとるって…なんだか…臆病者みたい…。」


ああ、自分で自分が情けないわ、と思わず顔を覆った。


「あははは…そんな事ないよ。誰だって、傷つきたくはないもの。案外、ダイヤさんも同じなんじゃない?」

「…そうかな?」


あの、黒澤ダイヤよ?ダイヤモンドのダイヤよ?硬くて、強くて…綺麗なあのダイヤよ?

あのダイヤが…傷つきたくなくて、ヨハネの事を…ヨハネから発せられる言葉を恐れたりするのかしら?


「そうだよ。」とリリーは言い切った。


「……確かに…正直、怖いの…。」

「怖い?」



『そんなに、ダイヤに、嫌われる理由が欲しいの?…本格的に嫌われちゃう前に。』


私(ヨハネ)が、私に問いかけた言葉への答えは…ハッキリと出ていない。


「……ダイヤに、嫌われるのが。」

「好きだって、言われてるのに?」


「だって、考え方も、何もかも、違いすぎるし。」

「ああ…。でも、違ってるから、良いと思うけどなぁ。」


「アイツと一緒にいると面倒な時がしこたまあるし、まあ、意外と面白かったりもするけど…」

「うんうん。」


「…時々、ドキッとするような事、急に言ってきて…。正直、最近触れられただけでドキドキするの…。

でもって、モヤモヤもするの!”好きだ”なんて言っておいて、次の瞬間には”報われなくても良い”とか…どうして、そういう事言うかな、とかッ!」


「うんうん。」


リリーは、からかう事なく、黙って聞いてくれた。

今、答えが出る事はないのも解っている上で、リリーはただ話を聞いてくれた。


「だから、ダイヤと一緒に過ごしてみて…色々と…ちゃんと、確かめたいなって…。」

「そっか…じゃあ、いっぱい話せるデートコースが良いかもね。」


そう言って、リリーは笑ってくれた。

不安を全て吐き出したい欲求にかられた私は、リリーにこう質問した。


「…こんなの色々考えてるヨハネ、変じゃない?」


すると、リリーは目を見開いて片手で全然というジェスチャーをしながら、あっさりと答えた。

「全然。むしろ、なんでそれをダイヤさんに言わないのか、不思議。」


「…やっぱり、今日のリリー意地悪だわ。」とむくれて言う私に、リリーはやっぱり笑いながら「あはは、ごめんごめん。」と謝った。


青い空が高い。

吸い込まれそうな青に向かって手を伸ばした。


「んー…やっぱりデート場所思いつかない!もう一回ダイヤと相談しよっかな…デートの場所。せめて、ランチのお店くらい決めたいし。」

「それも良いかもね。私が思うに、よっちゃんとダイヤさん、やっぱり話す時間が少な過ぎるのかもよ?」


気まずいのだとしても、リリーはお互いを知っておいた方が良いと言った。

校門をくぐった。

もうすぐ、玄関。

きっと、ダイヤが仁王立ちで『アイスが溶けてしまいますわ』と袋の持ち手の半分を奪いに来るはずだ。


その前に。


「リリー。」

「ん?」


「…またさ、話聞いてもらってもいい?」

「勿論。」


どうしても、言っておきたい事が一つ。


「その時はさ…」

「うん?」



「ボイスレコーダー…切ってくれる?」

「・・・バレてた?」



・・・没収した。






(…あ。)


それは、確かに予想通りだった。


「アイス、溶けてしまいますわよ。」


仁王立ちのダイヤが待ち構えていた。少しイライラしているようだった。

リリーはぺこっと頭を下げて、急いで上履きに履き替えて「遅くなりました…あ、私…先に行ってますね!」とそそくさと行ってしまった。


「り、リリー!?」

リリーの突然の早い動きに、私は急いで呼び止めたのだけど、リリーは駆け出してしまった後だった。


「ボディシートで、早く体拭きたいのっ」

「廊下は、走らない!ですわー!」


リリーに大声で注意する生徒会長の背中と、廊下の角を曲がるリリーを見送った私は、こう思った。


(・・・露骨に二人きりにしたわね・・・リリー!)


なんて、露骨な…!


「…善子さん。」

「ヨハネよ。」


くるっと振り向いたダイヤは、私と目線を合わせる事無く、袋の片方に手を伸ばした。


「…梨子さんと仲が宜しいのですね。」

「ダイヤ…もしかして、ジャラシー?」


そう言うと、袋の持ち手にかけたダイヤの指がぴくっと動いた。


「…ソレを言うなら、ジェラシーでしょう?…違いますけど。」


…もう少し動揺してくれても良いじゃない。

そうやって、本音を巧妙に隠されるから、こっちも傷つく前に退路を探したくなるんじゃないの。


「ふーん…なーんだ。」

「…善子さんは、妬いて欲しいのですか?」


「まあ…私だけヤキモチ焼きっぱなしって言うのも…あ。」


退路が一つ潰れる音がした。

また、ヨハネの口が…スライディングした…。


「善子さんが?いつです?いつヤキモチを?」


いきなりオーバードライブ状態のダイヤがグッと迫ってくる。

(そんなに食いついて来なくても…!顔が近い!ダイヤッ!)


「べ、別に!なんでもない!近いッ!!」

そう言って、ダイヤの肩を手で押しのけたのだけど、ダイヤはグイグイと迫ってくる。


「いいえ!今ハッキリと言いましたわよね!聞き捨てなりませんわ!いつです!?」


至近距離にいられると、本当に落ち着かなくて、思わず正直に言ってしまった。


「あー!もう!面倒臭い!この間のマリーにキスされてた件よッ!!」


すると、ダイヤはスッと冷静になったかと思いきや、呆れた表情でこう言った。


「……まだ、引き摺ってたのですか…?」


(まだ?まだって言った?)

思わず、イラッとしたヨハネはグッとダイヤを下から睨みながら言った。


「まだって、2日前ですけど!?日が浅いんですけど!?なんで、そっちは、もう気にしてないの?」

「善子さんから…キ…浄化?して下さったから…私は、もうてっきり、気にしていないものと…。」


気にしてないって、どうして思えるの?

こっちが恥ずかしい思いを覚悟で、浄化してあげたのに…!!


『私が思うに、よっちゃんとダイヤさん、やっぱり話す時間が少な過ぎるのかもよ?』

『全然。むしろ、なんでそれをダイヤさんに言わないのか、不思議。』


リリーの言うとおりかもしれない。

(この硬度パッツン頭…もとい、ダイヤには、ちゃんと言っておいた方が良いわ。)


「あれは、モノの例えだから!目の前で見せ付けるようにされておいて、ムカつかない奴いると思う!?

言っておきますけどね!!ヨハネの事、好きなら、ちゃんと繋ぎ止めておいてよ!

じゃないと…嫌われたかとか思うじゃない!ほ、本当に報われなくなっちゃうんだからッ!」

「・・・・・・。」



・・・・・・・・。




言い切ってしまってから、思ったんだけど…。

言ってる意味が…わかんない…自分でも。

ホラ、肝心のダイヤが、ぽかんとして、黙ってしまったじゃないの…ッ!!


「と、とにかく!あのッき、気を付けなさいよ!?浄化、するのもヨハネは大変なんだから!!」


なんで…?なんで、ダイヤの前だとこんなグダグダな感じになるのよ…!

あーもう!全部大体、ダイヤが悪いッ!!

すると、ダイヤは額に手を当てて、らしくもない小さい声で言った。


「…私の気持ちに変わりはありませんわ。報われるつもりも無い事も。」

「ま…まだ、そんな事…!」とヨハネが言い切らないうちに、素早く私の腰にダイヤの手が回った。

「…ですが。」

あ、と思った瞬間に、持っていたアイスの袋はドサリと落ちた。

それと同時にヨハネの唇はまた奪われていて、そのまま下駄箱に背中をつけた。

ぐっと下から押し上げられるようにダイヤの唇が押し当てられた。

「ん…っ!」

一気に距離を縮められて、どう呼吸して良いのかわからなくなった。

さっきまでダンスレッスンしていた上に、外から戻って来たのに汗臭くないのかしら?とか考える余裕もなかったくらい。

ただ、ダイヤの髪の匂いがして、それから、ダイヤと触れている部分が熱くて、互いのドッドッという低くて早い鼓動が身体から身体に伝わる。

薄目でダイヤを見ようとすると、そのままダイヤの唇が少し開いた。


「…おわかりいただけました?」


ダイヤの吐息が熱いのにゾクゾクした。

「な、にが…?」

ヨハネの頬にあてられた手は、頬から顎までの輪郭をなぞる様に優しく滑り降りて、親指の先が下唇に触れた。


「この通り、嫌いには一切なっておりません。だから、挑発は、なさらないで。私も時々、抑えがきかないんですから…。」


ダイヤの切れ長の瞳は、真剣そのもので、嘘は全く無かった。

抑えが効いていないのは、いつもじゃないの?って言える余裕もなかった私は、酸欠気味の頭で、素直に「…はい。」とだけ答えた。


そして、抑えが効いていなかったダイヤは、私からあっさり離れて、いつものダイヤに戻った。

・・・切り替えが早い。

アイスの袋をスッと拾うと、持ち手の片方を私に持たせて、歩き出した。



「さあ、ホントに溶けてしまいます。行きますわよ、善子さ…!」

「どうしたの?ダイ…!」


ダイヤの動きがビタッと止まった。

定規を弾いた時のような動きに、不安を覚え、ダイヤの視線の先を追った。





そこには…





「・・・ありがとう・・・ございました・・・!これで、3日は大丈夫(?)です・・・!!」




廊下の真ん中で、深々と三つ指をついて、お辞儀をするリリーがいた。




ヨハネとダイヤは、その時、確実に想いが一つになった。






「「…もう帰って下さい。」」






 ― END ―

ダイよしの話のつもりなのですが、私の悪い作風のせいで、梨子ちゃんイジリが激しくなりそうです…。すまない…!でも楽しい!!