[ だから、私は君が好き。〜真田霞×冴木理亜 編〜 ]


「お邪魔しま・・・うっわ・・・また本だらけ。サナ!自分の彼女が家来る時くらい、片付けなよ!」


部屋に入るなり、冴木 理亜(さえき りあ)は、いつも通りのお説教を始めた。

長い髪をヘアゴムで結び、制服のネクタイを少し緩め、腕まくりをしながら、そろりそろりと部屋に上がり込む。


「つーか・・・また、本増えてるし。」


そうブツブツ言いながら、理亜本人が気にしている、少しつり目がちな目を片付いていない部屋の住人の女へと向ける。

部屋の住人は、静かに反論する。


「・・・突然、来たの理亜の方じゃないか。私は、これで十分過ごしやすいんだけど。」


部屋の住人こと、真田 霞(さなだ かすみ)としては、部屋に積み上げられた本のタワーの建設が日常であり、それが部屋を散らかしている、という意識が無い。

何を言われようと、これが彼女のリラックス出来る環境なのだ。

必要なものは、部屋の住人は簡単に取り出せるし、苦労もない。だが、住人以外は本の樹海に見え、歩くのも一苦労だ。


「・・・サナは良くても、あたしが嫌なの。あーホラ、もう片付けようよ!」


ちなみに”サナ”というのは、霞のあだ名だ。

名前の由来は”真田”だから、縮めて”サナ”という訳である。


「はいはい。」

「”はい”は一回。とりあえず、座れる場所くらいは確保しなくちゃね。」

「・・・了解。」


サナは少し苦笑しながら、年下の女子高生の指示に従う。

内心、”ああ、片付けるのか・・・面倒だなぁ”という思いでいっぱいだが、強気で言い出したら聞かない彼女。

こればっかりは逆らえない。

少し長過ぎる前髪をかきあげて、長袖のシャツをまくり上げて、日に当たらずにいる白い腕を出しながら、やれやれという表情を浮かべる。


「・・・もう、あたしが来ないと、サナの部屋、いつか本に埋もれちゃって眠れなくなるよ?」


理亜のお小言にサナは、苦笑するしかない。


「あ・・・でも、私の部屋が片付いてたら、理亜が来てくれないんじゃない?」


あまりにも能天気なサナの言葉に、理亜は本を持ったまま、くるりとサナの方を向いて、ジトッとした目をして言った。


「・・・サナの馬鹿。あたしは、掃除しに来てる奥さんじゃな・・・」


途中まで言ってから、理亜はハッと自分の失言に気づいてして、ごにょごにょと口ごもった。

毎週のように、一人暮らししているサナの部屋に遊びに来ては、まず掃除を始める理亜は、自分でも”押しかけ女房”なんていう言葉が浮かんできていた。


「ん?」


理亜は思った。”いや、そもそも部屋の住人のサナが片付けていれば、自分はこんな事せずに済むのに”と。

・・・だけど、言わなかった。


「ほ、ホラ、早く片付けて、ケーキ食べようよ!」


ケーキの入ったコンビニの袋をほぼ空っぽの冷蔵庫に入れ、理亜は本を持ち上げた。

本棚の空いた所に本を押し込め、それでも入りきらない本は机の周辺に置くしかなかった。


「・・・ねえ、大学生って、こんなに本読むもの?」


あまりの本の量に理亜が少し呆れた様子で、そう言った。その質問に、サナは少し考えて答えた。


「・・・さあ?八木は、全然読んでないみたいだけど。」

「それは比較対象から間違ってる。あのエロタレ目女が、本なんか読みそうもないもん。

・・・ていうか、なんであんなのとサナ、友達なの?」


トゲのある言い方に、サナは理亜の方を思わず見た。


「理亜は、八木が嫌い?」

「・・・好きに見える?」


理亜の低いトーンの声に、サナは本のタワーを部屋の端に寄せながら、いたって冷静に答えた。


「仲は良さそうに見えたけど。」

「どこがっ!あのエロタレ目女は、男も女も関係なく付き合うなんて公言してるし!」


本をドサッと乱暴に置いて、理亜は言った。


「バイセクシュアルって言うんだって。エロいのは本人も認めてるし。」


補足説明のようにサナが付け加える。


「人の事、気軽に”ツリ目ちゃん”なんて呼ぶし!」


本人が気にしているポイントをあだ名にする事が、理亜としては気に入らないらしい。


「理亜の事、可愛いって言ってた。八木は、年下の女の子が好きらしい。」


またしても補足説明的なセリフをサナは言う。だが、理亜が聞きたいのは、補足説明ではない。


「ていうか・・・大学で、サナと杏子ってデキてる事になってるんでしょ!?」

「・・・それは仕方なく・・・時々、恋人のフリしてるだけ。」


理亜としては、それがサナと八木が一緒にいるのが、一番気に入らない理由。


「いくら、友達だからって、そこまでする義理ある?・・・恋人のフリって言っても・・・実際、キスしたりとか、したんでしょ?」


それは、理亜がサナと出会って間もない頃。

理亜とサナ、そして八木、女3人でいる時、しつこいナンパ男が八木に寄ってきた。


うんざりしていた理亜の横で、突然八木が隣にいたサナにキスをして

『わかった?あたし達、今、男なんか要らないの。』と一言。

しかも街中で、だ。

八木も美人な方だが、サナも表情はあまり変わらない能面のような女とはいえ、長い前髪の間から綺麗な顔立ちチラチラ見えるし、二人共170Cm以上、と身長も高い。


一瞬で、周囲の人々の視線を奪ったのは言うまでもない。


目の前で、初めて見た・・・いや、見せつけられた女同士のキス。

思い出すだけでも、腹立たしいやら、悔しい思いがする理亜だった。


「・・・ああ、あったね、そんな事。まあ、私は八木の事、どうやってもそれ以上の存在として見れないし、正直見たくない。」


溜息をつきながら、サナは落ち着いた様子でそう言った。

・・・真田 霞という人間は、いつもこうだ。

落ち着いていて、動揺は滅多にしないし、何より普通の人は気にするだろう物事に無頓着過ぎる。

特に恋愛関係においては最も疎かったので、理亜がレクチャーすることも多々ある。

そんな彼女だから、大学では成績が優秀な方でも、影では「変人」と呼ばれている。

サナにしてみれば、キスなんて行為は大げさなものじゃなかった。誰とキスしようが、別に心が動く事なんて無かったし、どうでもいい事だった。


しかし。


「・・・あたしは嫌。サナにそんな気あってもなくても、他の人とキスしてるサナなんて、もう見たくない。」


サナの恋人、という位置にいる理亜は違った。


「・・・もしかして、理亜・・・あの時の事、ずっと気にしてたの?」

「・・・・・・・・・・・・・・。」


言葉を失う理亜は、本を一冊持つと、サナの肩にベシンっと当てた。


「気づくの遅っ!!ていうか、あたし、サナの彼女なんだから、当然じゃん!」

「あ、ごめん。」


「軽い!」

「・・・ごめんなさい。」


キスはサナからしたわけじゃないし、彼女はいつも問題を抱える、その友人の依頼を受けてそういうフリをしているだけだ。

浮気のボーダーラインがなんであれ、今はサナが全くその事を気にしていなさすぎるのが問題なのだ。

この分じゃ、友人に恋人のフリしてホテルに連れ込まれる日も近いのではないかとか、色々と心配になってくる。


「あのさ・・・大体、サナ・・・あたしの事、ホントに彼女だと思ってる?」

「思ってるけど?」


「そうじゃなくて!・・・その・・・あの・・・・・・あ、あたしの事・・・好き?」


恥ずかしくてウザい質問だと思っても、聞かずにはいられない。

その質問には、実にあっさりと迅速に返事が返ってくる。


「好き。」

その言葉に、理亜は手にしていた本を、机の上に置いて、サナの服の袖を引っ張る。


「・・・じゃあ・・・あたし以外の人とキスなんかしないで。」


そう言って、理亜は顔を近づける。額を付けて、サナは笑顔で答えた。


「・・・わかった。」


理亜に袖を強く引っ張られ、サナはやっと理亜のその行動の意味に気が付いた。

細い腰に手を回し、抱き寄せると唇を・・・



「・・・人がいない所で、言いたい放題、酷いわねー。」


不意に聞こえた声に、理亜はビクリと驚いた。

”ガタっ!”

視線を玄関の方へ向けると、先程の話の登場人物、八木 杏子(やぎ きょうこ)が長身で胸の開いた服に、長い髪をさらりと撫でて、ニヤニヤしながら立っていた。


「・・・八木。入ってくるなら、インターホンか、ノックぐらい・・・」


サナは動じない。こんな時でも。


「さ、サナ・・・そ、そういう問題じゃない!ちょっと!何黙って人の家にナチュラルに入って来てんのよ!馬鹿八木!」


先程の会話は、どこまで杏子に聞かれていたのだろうか。

想像して、顔を真っ赤にして、理亜は怒鳴った。


「なによ、仮にも年上でしょ?敬いなさいよ。ツリ目ちゃん♪」

「どこを敬えってのよ!この覗き魔!変態!ツリ目って言うな!」


この会話のやり取りの最中でも、サナは冷静に双方を目で黙って見守っている。


「せっかく、二人の邪魔しちゃマズイなって思って、あたしは静か〜に、サナのノート返しに来ただけよ?それなのに・・・。

”あたしは嫌。サナにそんな気あってもなくても、他の人とキスしてるサナなんて、もう見たくない。”なんて・・・

まあ、典型的な嫉妬・・・。」


器用にも理亜の声マネまでして、杏子は自分の悲しみを表現した。


「こ・・・この・・・!」

「”あたしの事・・・好き?”・・・あー言われてみたい、そんなウザ古いセリフ。」


が、その行為は当たり前だが、火に油を注ぐ行為で・・・。


「・・・あんた・・・マジで殴るわよ・・・!」


理亜が今にも殴りかかりそうなのをサナは無言で両手でしっかりと抱きしめて、押さえ込んだ。


「サナ、アンタの彼女はホント可愛いわねー大事にしなさいよー?」


からかうような杏子の言葉に、サナは答えた。


「・・・お前に言われなくても、大事に思ってるよ。だから、理亜をあんまりからかわないで。」


サナのその言葉に、理亜は黙った。

たまに口を開けば、こういうストレートな愛情表現が飛んでくるのだから、油断がならない。

耳まで真っ赤になった理亜の髪に、さっきの続きとばかりにキスをした。

それを見て、杏子は目を丸くしたが、やがてフッと笑った。


「・・・・・。」


サナには人(友)の目も少しは気にして欲しい、と思う理亜だった。

もう、どんな顔をしたら良いのか、わからなかった。


「・・・はいはい、ご馳走様。

あ、でも・・・明日は恋人のフリしてよね?やっぱり、サナじゃないと効き目無いのよ。あいつ、しつこいったら・・・。」


そう言って、ノートを本の上に置いて、杏子はにっこり笑顔で玄関の扉を開けた。

聞き捨てならない、とばかりに理亜がサナの腕の中から暴れだす。


「だ、ダメに決まってるでしょ!もう帰れ!」

「・・・あ・・・理亜・・・!」


暴れた理亜の足が、本のタワーに当たり、倒壊し、隣のタワーにぶち当たり、倒壊がまた起き・・・

それはまるで、ドミノ倒しのように、どんどん本のタワーが崩れていく・・・。


「・・・じゃあ、邪魔者は退散しまーす♪」


本のホコリが部屋に舞い上がると同時に、杏子は玄関の扉を閉めた。

「あぁ、逃げたか・・・。」

相変わらず、冷静なサナは一言そう言った。


「馬鹿八木!片付け手伝っていきなさいよーッ!げほっげほっ」


咳き込む理亜を見て、サナは、すぐに窓を開けた。


「・・・ったく、もう!やっぱり、あんなの友達ってどうかと思うよ!?サナ!」

「・・・フフッ・・・。」


突然、笑い出すサナに、理亜は少しムッとした表情で言った。


「どうしたの?笑い事じゃないんだけど?」

「いや、私の事をすごく心配してくれてるんだな、と思って。

私と違って、表情がコロコロ変わって、羨ましいくらい感情表現が豊かで、真っ直ぐで、ホント・・・。」


そう言って、嬉しそうに本を拾い上げるサナ。


「そ・・・そんな、心配とか当たり前・・・ていうか、ちょっとあたしの事、馬鹿にしてない?」


慌てて、しゃがんで本を積み上げる理亜はそう言った。


「・・・いや、そんな事ないよ。」


その台詞の後、猫のように忍び寄ってきたサナは、理亜のネクタイをくいっと引っ張った。


「理亜のそういう所、好きなんだ、私。」


触れるだけの優しいキス。


(ふ、不意打ち・・・!)


突然の事に、口を半開きにしたまま、ドキドキする胸を押さえる理亜。

「じゃ、ちゃっちゃっと片付けちゃおうか?」

「あ・・・う、うん・・・。」

だが、サナは不意打ちキスの後、何事もなかったように、本の片付けを始めた。


本が好きで、部屋は散らかり放題、いつも静かで、恋愛に無頓着で素っ気無い事も多々ある。

人の話はいつも聞く側で無口な事が多いくせに、時々、ストレートな愛情表現で戸惑う事もあるけど。

いつだって、彼女の言葉に嘘は無い。


「・・・だから、あたしサナが好き。」


そう言うと、理亜は本を置いて、サナの背中に抱きついた。


[ だから、私は君が好き。〜真田霞×冴木理亜 編〜 ・・・END  ]






 [ だから、私は君が好き。〜八木 杏子×神谷 千紗 編〜 ]




「あ、神谷委員長!お迎え来てるよ!」

掃除の時間、窓の外をぼうっと見ていた女生徒が声を上げた。

「え・・・?」

神谷委員長こと、神谷 千紗(かみや ちさ)は”お迎え”という言葉に箒を落としそうになったが、慌てて窓の外を見に駆け寄った。

彼女は、校則にある見本のようにきちっと制服を着て、前髪も目にかからないような長さ。茶髪になんて一度も染めたことも無い。

そんな真面目で弱気な性格から、彼女はクラスの委員長に選ばれてしまっている。

「あ・・・!」

窓の外には、校門のすぐそばでスポーツカーを停めて、こちらを見ている女が一人。

千紗の姿を見つけると、女はにっこり笑って手を振った。


「あの人、スタイル良いよねー」

「ホント、何食べてるんだろ?」

「あ、思い出した!あの人、モデルやってるでしょ?」

「マジで!?」


窓の外の女に、女生徒達はキャーキャーと騒ぐ。


(どうしよう・・・ホントに来てくれた・・・。)

千紗はなんだか、悪い気がしていた。


「・・・あーあ・・・ホントに堂々と来ちゃってるよ・・・通報されるね・・・。」

千紗の横で、冴木理亜が呆れ顔でボソッと忌々しそうに言った。

「いい?千紗、あの女に変な事される前に、逃げなさいよ?いざとなったら、大声出すのよ?絶対に。」


肩を掴まれ、小声で力説する理亜を見て、苦笑いを浮かべる千紗。

理亜は千紗と違って、強気な性格で、何事にも怯む事はない。

千紗はそんな理亜が羨ましくもあり、頼りにしていた。

正反対の性格の二人だが、その正反対が上手く適合して、同じクラスで友人になるのに時間はさほど掛からなかった。


「・・・り、理亜ちゃん、杏子さんの事、警戒し過ぎじゃない?」

「ダメ!ただでさえ、千紗は気が弱いし、押しにも弱いのに・・・あいつ、それに漬け込んでるのよ。ハッキリ断れないなら、あたしが・・・」

教室の外に今にも飛び出しそうな理亜を、千紗は呼び止めた。

「ち、違うよ!・・・あの・・・その・・・実は、私が杏子さんに言ったの・・・。」

「・・・はあ?何を?」

「う・・・あの・・・私も車、乗りたいなって・・・。」



笑顔でそう言う千紗に、理亜は真顔でこう言った。


「犯されるわよ?」

「お・・・おか・・・!」


千紗はその先の言葉を言えずに、顔を真っ赤にした。


「・・・杏子さん、そんな事しないよ・・・。」

「まあ、とにかく、奴が本性を見せたら、全力で逃げなよ?もしくは、あたしかサナに連絡して・・・」


「そんな、大丈夫だってば・・・あはは・・・」

「んーイマイチ、心配。・・・ていうか、あのエロ垂れ目のどこが良いの?」


口の悪い同級生の言葉も千紗は難なく流す。自分を心配しての言葉だと思っているからだ。

何より、窓の外の女に千紗は強く惹かれていた。


「え・・・えと・・・かっこいいから・・・。」

「・・・ああ・・・まあ、見た目はねー・・・認めてやってもいいけど・・・。」


頬杖をついて、素っ気無い相槌をうつ理亜に向かって、千紗は小さな声で言った。


「杏子さんは・・・優しいよ。」

「・・・ふーん。じゃあ、もう止めない。」


少し拗ねたように理亜はそう言うと、掃除に戻った。


・・・そんな女子高生の微妙な会話が交わされているとも知らず、話の中心人物の八木杏子はニコニコと笑っていた。



「・・・ちょっと早かったかしら?」

「いえ、こちらこそお待たせして、すみません!」


掃除を終わらせ、車の近くに行くと、杏子は青いスポーツカーの助手席の扉を開けた。


「し、失礼します・・・。」


千紗はそっと乗り込むと、シートベルトをぎこちなく締めた。

杏子は運転席に乗り込むと、サッとシートベルトを締め、車を発進させた。


「・・・さて、どこに行きたい?」

「え?」


千紗は困った。

杏子の車に乗りたい、という願いは叶った。しかし、車に乗ってどこに行くかまでは本気で考えていなかった。


「・・・まあ、いいわ。走りながら考えましょうか?」

「は、はい!」


「そんなに固くならないで、楽にして?こっちまでハンドルを持つ手が震えちゃうわ。」

「あ・・・すみません!」

緊張でガチガチの千紗に向かって、杏子はやはりニッコリと笑った。


(やっぱり、綺麗・・・。)


杏子は、雑誌の表紙を飾るモデルのような笑顔を浮かべていた。

自分じゃ到底似合わない胸の開いた服を着て、体の線を見せつける。おそらく、人々の視線を集めるのに苦労もしないだろう。

杏子とは、理亜の紹介で出会ったのがキッカケだった。(理亜は、その時とても嫌そうな顔をしていた。)

千紗を初めて見て、その時杏子が発した一言が・・・


『良かったら、今夜、お姉さんとイイ事しない?』


・・・である。

千紗は、その”イイ事”の意味がわからず、理亜を見た。

勿論、理亜はその意味を十分理解しており、何故か怒ってしまい、イイ事の意味は解らないままで終わってしまった。

その時、同席していたサナこと、真田 霞は『深く考えないで良いよ。八木の言う事だから』と千紗に軽いアドバイスをした。

理亜が、杏子の何を警戒しているのかはわからないが、千紗にとって杏子は出会った中で衝撃的な人物だった。

自分はバイセクシュアルで、男なら年上、女なら年下を愛すると公言し。

何度も修羅場に、友人の真田霞を巻き込み、それでも恋をやめようとしない。


自分に絶対の自信があり、堂々と振舞う姿に千紗は最初はとても戸惑ったが、杏子は千紗にとても優しかった。

理亜とよく言い合いをしているが、それも微笑ましく見えた。


そんな杏子と昨日、偶然会った。

『素敵な車ですね・・・一度でいいから乗ってみたいなぁ。』と千紗が言った所。

『じゃあ、乗ってみる?』と杏子は笑って言った。

千紗は少し迷ったが、杏子の微笑みには勝てなかった。



『じゃ、明日迎えに行くわ。』



という訳で。

千紗は、杏子の車に乗る事になった。


(わぁ・・・速い・・・!)


流れる景色は、電車とはまた違っていて、とても新鮮だった。

風にほんのり杏子の香水の匂いが混じっている。


「千紗ちゃんは、あたしの事、警戒しないのね?」

「え・・・?」

「ツリ目ちゃんから、色々とあたしの事、聞かされてると思うんだけど。違う?」


 『 犯されるわよ? 』


「あ・・・ははは・・・えっと・・・。」


友人の先程のアドバイスは言わないでおこう、と千紗は心の中で決めた。

それに、優しい杏子がそんなマネするとは、千紗は思えなかった。

理亜の事を信用していない訳ではないし、杏子の自由奔放さと表現していいのかどうか・・・まあ、その辺の生活は知っていた。


しかし。


(・・・私なんか、杏子さんに似合わないもんね。)


千紗には、杏子に手出しされないだろうという変な自信があった。


「あら、もしかして・・・あたしが貴女を襲わないとでも思ってるの?」

「・・・え!?」


「・・・どうする?あたしが急に態度を変えたら。」

「あ・・・えと・・・それは・・・。」


答えに迷った。

からかわれている、とは頭で分かっていても、言葉が出てこない。


「あたしは貴女の事、前から可愛いなって思ってたのよ?」

「は・・・!?」


自分のどこが?


「自信もっていいわよ。貴女は可愛いわ。」

「・・・・・・。」


正直、嬉しいと思った。

杏子に言われると、なんだか本気で勘違いしてしまいそうになる。


「・・・ありがとうございます。」


でも、杏子と自分は明らかに世界が違う、と千紗は思っていた。

このドライブだって、夢の時間に過ぎないのだ。


「行く場所、決まらないなら、海にでも行きましょうか?」

「あ・・・ごめんなさい、私・・・決めるの遅くて・・・」


「いいわよ、今日はあたしがエスコートさせてもらうわ。」

「はい・・・。」


いつもの杏子の優しい言葉が嬉しいはずなのに、何故か千紗には重く感じた。

(・・・私、やっぱりダメだなぁ・・・)


素敵な人と一緒にいると、自分の嫌いな部分が際立ってしまって、ますます自分が嫌になる。

理亜といる時もそうだった。

相手が教師だろうと、気に入らなければなんでも突っかかっていく彼女は、自分の意思をしっかりと持っていて、簡単に曲げない。千紗にはそれが出来ない。

霞といる時もそうだった。

背が高く、綺麗な顔をしていて、物静かで人と一定の距離を保ち見守り、本当に人が困っている時になんの躊躇もなく手を差し出せる。千紗にはそれが出来ない。

自分の周りには、素敵な人がいっぱいいる。彼女達と一緒にいると楽しいのに、ふと彼女達と自分を比べると自分なんか、と思ってしまう。


赤信号で、車が一時停車した。


すると。


景色をぼうっと見ていた千紗の太ももにあたたかい感触が。

それはどんどん、上に上に上がっていき・・・


「・・・ひっ!?」


”それ”は杏子の手だった。

驚いて、自分の太ももと横にいる杏子を交互に見る。

杏子は、何食わぬ顔で真っ直ぐ前をみて、片手でハンドルを握り、左手は千紗の太ももを優しくさすっていた。


「あ・・・あの・・・あの・・・!」


突然の事に、千紗はパニック状態になった。


「んー?何ー?」


しかし、杏子は全く動じていない。動じることなく、太ももをさすり、ついには下着の上から指先でなで上げた。


「・・・あ・・・!」

千紗は、周囲を見渡した。


通行人からは見えていないだろうか。

隣で停車している車からは?


こんな所、誰かに見られたら・・・、そんな事を考えていた。

杏子の手は、どんどん制服の中に入ってくる。

「・・・きょ、杏子さ・・・!」


千紗は、恥ずかしくて顔を伏せた。

理亜に何かされたら大声を出せ、と言われたが、今まさに出さなくてはいけない状況になってしまった。

だが、足を固く閉じるだけで千紗は何も言わなかった。


「・・・恥ずかしい?」

「・・・はい・・・。」

早く、止めて下さい、と言わなくちゃ。と思えば思うほど、何も言えない。

横を向けば、涼しい顔をした杏子がいる。


「・・・杏子さん、私をからかって・・・るんですか?」


止めてください、よりもそんな疑問が口から飛び出た。

杏子は、こんな自分を弄って楽しんでいるのだろうか。

もしも、そうなら・・・。


「もし、そうならどうする?」


杏子に聞き返されて、千紗は考えた。

すると、赤信号が青信号に変わった。杏子の左手はなんの躊躇いもなく、ぱっと離れてギアを握った。


「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」


その後、会話らしい会話もないまま、海へ着いた。


「・・・あー・・・海なんて、久々!」


車を停めて、杏子は伸びをした。

「何か、飲み物でも買ってこようか?」

杏子の優しい態度は、そのままだった。


「あの・・・杏子さん・・・」

「ん?さっきの事?」


何もかも分かったように、杏子はニッコリと笑っていた。


「・・・どういう、つもりで・・・あんな事・・・。」

「嫌だった?」


杏子の問いに、千紗はぼそりと答える。


「・・・びっくり、しました・・・。」

「・・・嫌だったか、って聞いてるんだけど?」


二度目の問いに、千紗はずっと黙って考えていた言葉を出すしかなかった。


「・・・・・・嫌じゃ、なかった・・・。」


嫌がるべき行為をされたのに。

杏子に触られるのは、嫌じゃなかった。

むしろ、青信号に変わって手が離れてしまった事が、何故か嫌だった。


違う。勘違いしている。

自分は、杏子に触られて勘違いしているのだ。

自分なんかが、杏子に釣り合う訳がない。これは・・・杏子のお遊びだ。

千紗はそう考えて、下を向いた。


「・・・素直ね。」

杏子はそう言って、千紗の頭を撫でた。


「さしく・・・ないで・・・」

「ん?」


千紗は、今日始めての大声を出した。


「私に優しくしないで下さい・・・!」

「・・・どうして?」


「勘違い、しちゃうから・・・!」

その言葉を聞くと、杏子の笑みが消えた。

「あら、何を?」

そう言って、シートベルトを外すと、千紗の上に覆いかぶさるような態勢をとった。


「・・・私なんか・・・」

「・・・私なんか・・・?」


杏子がレバーを引き、千紗の席を後ろに倒した。


「はじめに言わなかった?”あたしが貴女を襲わないとでも思ってるの?”」


その言葉を聞くと、千紗は涙声で訴えた。


「・・・私・・・なんか・・・どうせ、杏子さんに釣り合わないのに、どうして優しくするんですかッ!」


「あたしみたいな女に、本気で恋するのがそんなに怖い?」


「・・・・・・!」


杏子に言われて、千紗は気付いた。


「あたしは、何も怖くない。貴女はどう?」


波の音に千紗の答えは、かき消された。


どんな顔をすればいいのかわからず、千紗は黙って杏子の首に腕を回した。





「・・・・・で、どうしたの?」

昼休み。理亜は弁当の箸を止めて、千紗の顔を険しい顔で見ていた。


「えと・・・杏子さん、キス・・・してくれた・・・。」

人差し指を付けては離しながら、千紗は昨日のドライブの話をした。

話を聞いていた、理亜は深い溜息をついた。


「・・・はぁ〜・・・やっぱり、かぁ・・・!」


あの女の毒牙から、友人を守れなかった後悔、だ。


「あ、でも・・・ほっぺと首にだけだよ?」

「・・・は?」

てっきり、唇かと思っていた理亜は間抜けな声を出した。


「・・・”千紗ちゃんには刺激が強いから、この先は、また今度ね”って・・・!」


そう言うと、千紗は真っ赤になった顔を隠した。

理亜は口をぽかんと開けていたが、やがて舌打ちをした。


「ちっ・・・なによ、それ・・・余計いやらしいじゃない!ていうか、首の絆創膏、それのせい!?」

「しいっ!理亜ちゃん、声大きいっ!」


杏子は、千紗の首に赤い痕を残した。

恥ずかしいので、絆創膏を貼ったのだが、余計目立っていることに本人は気がついていない。



[ だから、私は君が好き。〜八木 杏子×神谷 千紗 編〜 ・・・END  ]



あとがき

TEXTにUPする時は、ちゃんと書きますとは言いましたが、もったいないので”お試しパック”みたいな感覚でUPしました。

また、機会があったら彼女達のお話を書きたいです。