「で、どうなんだ?」


突然、ロベリアが、そう声を掛けてきた。


「…なにがだ?」

と、私グリシーヌ=ブルーメールは、聞き返した。


「少しは、進んだかい?」

「だから、何がだ?」

意図の読めない質問なので、私は少しムッとして返答をする。

「おや、聞いて良いのかい?」

「…だから!何をだ!?」

思わせぶりな悪党の態度が、更に私の怒りを増加させる。


”じゃあ、聞くけどさぁ…”とロベリアはニヤニヤしながら言った。



「…葵とはどうなんだ?もうキス位やったか?」





・・・・・・・・。




”ガシャーン!!!!”





「葵さぁん!大変ですぅ〜!!ロベリアさんとグリシーヌさんがケンカ…


 …もう”殺し合い”してますぅ!!」






            dancing a blue




 ”にゃー” ※ ナポレオンの鳴き声



「…で、なんなんですか?ケンカの原因は。」


(シーの悲鳴に駆けつけてみれば…またか…)


私、月代 葵は毎度の事ながら…この二人の扱いに頭を悩ませている。


正反対の生活環境と性格だから、この二人…ロベリアさんとグリシーヌさんは、衝突しやすい。


戦闘では息の合った所もあるから…てっきり…本当は仲良いんだなと、思ったんだけど…


やっぱり、悪いらしい。


「別に、アンタに言う程の事じゃないさ。」


ロベリアさんは、そっぽを向いて、髪の枝毛を探すフリをして誤魔化している。



「…グリシーヌさんは?」


私は、比較的正直にモノを言う方にたずねる。

普段なら答えてくれるのに。

今日に限って…。


「右に同じだ、ほんの些細な事だ。」

とこちらもそっぽを向いている。


…こんな場面で、息を合わせないで欲しい…



「些細な事なら…何故、部屋がここまで破壊されるんですかッ!?」



私は、雑巾を手に、二人に周りを見るように促した。


炎で焼かれた家具、焦げ跡、スス…真っ二つになった家具、床に散らばるガラスの破片。



「別に、良いじゃないか、アンタもしつこいねぇ……些細な事から発展して、こうなっただけの事だろ?」


・・・ムカ。


「…発展しすぎですよッ!……はい、ホウキ持って、破片集めて下さい。」


私がホウキを差し出すと、満面の嫌な顔で、ロベリアさんは


「なんでアタシが…」


と言い出した。


・・・・・・・・。


「…じゃあ、雑巾にしますか?」


私が、ぽつりとそう言うとロベリアさんは、

「…チッ…わかったよ…!」


と、ダルそうにホウキを手にして、掃き始めた。


「では、私はこれにて失礼する。」


どさくさに紛れて、グリシーヌさんが部屋を出て行こうとする。


「ダメです。グリシーヌさん。」


私は、グリシーヌさんの襟を引っ張ると、部屋の中に引きずり込んだ。


「な…ぶ、無礼だぞ!」

「…はい、ホウキ。」


私は、ポツリとそう言ってホウキを渡した。


「…わ、私まで…?」


グリシーヌさんまで、そういう顔するんですね…


「…貴族も、悪党も関係ありません。自分でやったんだから綺麗に掃いてください。責任持って。」


「「…了解…。」」


渋々と言った感じで、二人はホウキで掃き始める。

私は、ある意味いいコンビだと、思った。



「…オイ、こっち掃いただろうが…」

「まだ残っている!ちゃんと掃け悪党。…お前の眼鏡は伊達か?」


雑巾がけをする私の頭上で、二人の言い争いが始まった。


「…アタシの目が悪いってんなら、アンタの目は節穴だね。」

「なんだと!?」


「あのー…掃除を…」


私の言葉は残念ながら届かないらしい。

二人の言い争いは、低年齢化し始めた。


「世間知らずの貴族様の言う事が、そんなに偉いのか?」

「色素の薄いツリ目の悪党よりも、正論なだけだ。」


ああ…悪い兆候だわ…

私は、頭の中で軍配を振る。


”両者、にらみ合って”…


「・・・・・。」
「・・・・・。」


…”はっけよーい”…



「フン、アンタには、斧よりホウキがお似合いだよ。」



”のこった。”



「…なんだと!?コソ泥風情がっ!」

「高慢貴族。」

「泥酔犯罪者!」

「…ヘタレ。」

「だ、黙れッ!…斬るぞ…ッ!」

「斬れなかったクセに。」

「ならば、今度こそ望み通り斬ってやる…ッ!!」

「…やれるモンならやってみな!こっちこそ、貴族の丸焼きにしてやるよ!!」





”バンッ!!”






「二人とも…掃除、ヤル気あるんですよ、ね?」





私が、技の構えを取りながらそう言うと、二人は黙って掃除を再開してくれた。





−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




「ッたく…アンタのおかげで”タダ働き”させられちまったよ。」

「それはこちらの台詞だ!葵にまで怒られてしまったではないか!」


私、グリシーヌ=ブルーメールと、悪党ロベリア=カルリーニは

掃除の疲労から、唯一無事だったソファで、共に頬杖をついて休憩をとっていた。


掃除が終わると、葵は無表情のまま”お疲れ様でした”と言い残し去っていった。


それにしても……少し、怖かったな…。


悪党からは(まあ当然であろうが)詫びの一つも無かった。

それどころか、私が悪いとまで言うのだから、ホトホト愛想が尽きる。(元々愛想は無い)



「斧振りかざしたのは、アンタだろ?グリシーヌ。」

「先に喧嘩を売ってきたのは、お前であろう。ロベリア。」


「アンタが”言え”と言うからこっちが聞いてやったんだ。それを…」

「まだ言うか…!!」


私が立ち上がると、ロベリアも立ち上がった。


「やるかぁ?」


私は、臨戦態勢を取る。すると…


”にゃー”


ナポレオンが、何もない部屋の中央で迷惑そうに鳴いた。


気が削がれたのか、ロベリアはドッとソファに腰掛け

「……やめよう、余計疲れる。」

と呟いた。


「…うむ。」

私も、黙って腰掛けた。


ソファが一つしかない、掃除済みの部屋で、また戦うとなると…

今度こそ、葵は無表情のまま、口も利いてくれなくなるだろう…。


「…ロベリア。」

私は、気になって、恐る恐る口を開いた。

「……なんだ?」

「いつから…気づいていた…」

「…葵の事か?」

「……そうだ…。」


自分では、他人からどう見られようと構わないと思っていた。

しかし、自分が人に惹かれている状態を悟られたとあっては…


「花火から聞いた。」


「何!?…ほ、本当か!?」

「嘘。」

「貴様…!」


普段なら、嘘だと簡単に見破れる事も、動揺がそれをさせない。

ロベリアは、ケラケラと笑い出した。


「…ホント、アンタは解り易いねぇ…怒ったり、落ち込んだり、うれしそうだったり…。」

「…バカにしてるのか?」


「知って下さいと言ってる様なもんだよ、アンタの葵に対する態度は。

 と、言っても…シャノワールの人間で気づいてるのは、アタシか花火、グラン・マくらいだろうけどな。」


そんなに、悟られているのか…私の態度は…!


「…そ、そんなハズは…!!」

「いつも、見てるだろう?

 アンタの視線の先には、いつもあの赤アタマがいるんだよ。」

「…それは…あの者がむやみやたらに、胸元を開けていないかどうかを…」

「理由はどうあれ、アンタが葵を見ている事に変わりはないんだろ?」

「…う…」

「…アタシが興味あるのは、アンタが葵とどこまで進んでるかって事だけさ。」

「…き、聞いてどうするのだ!?」

「…別に。単に”興味”だけさ。

 女同士…しかも片方は名家の貴族様ときたもんだ。一体、どんな事をするのか…

 …いや”出来るのかな”とね。」


ど、どんな事って…!


「き、貴様ッ…な、何を…考えている!?

 私と葵は、断じてお前が考えているような破廉恥極まる事などッ!!」


「…アンタこそ、何考えてるんだい?

 アタシはただ、アンタ等に、一体何が出来るのかな〜と言っただけで

 ”破廉恥な行為”が出来るかどうかまでなんて、聞いちゃいないよ。」

「……う…ッ!」

「フン、そんな考え方だから、キスの一つも出来ないんだろうよ。」

「で、出来ないのではない!…し、しない、のだ。」



「………はァ?」

ロベリアは、呆れたという顔をして私の顔を見た。


私は、恥ずかしくて、目線を下に向けて言った。


「だから…まだ…私と葵は…交際を始めた訳ではない……その、先日、申し込んだばかりだ。」


「ふーん、そんで?」


ロベリアは、淡々と相槌を打った。


私は、それに答えた。


「…返事を、待っている。」


「だから、何も出来ない、と。」

「だからッ!…し、しないだけだ!」

「そんなモンいちいち、待ってたら、ババアになるよ。」

「…お前とは違う…私は、返事を待つと、約束したのだ…。」


…それに、もう…キスは…してしまったといえば、しまったのだ…。


寝ている彼女に対して、だが…


寝込みを襲う等という、真似は…もう二度としたくない。

少なくとも、彼女の気持ちを確かめるまでは。


「フン…アンタじゃないよ。”待っている”のが、葵の方だったとしたら、って話さ。」


「…葵が、待っているだと?」


「そ。アンタから行動してくるのを待ってるんだとしたら…

 葵の方が気の毒じゃないか。せめて、アンタが返事を聞きに行くくらい…しないのか?」


…葵の方が待っている?


「…何故…そんな事がわかる…?

 そんな確証が無いのに、行動等起こせるわけが無かろう。」


「…ホラご覧。アンタは確証が無いから、の理由で簡単に行動を制限するんだ。

 そんなんだから、ヘタレなんだよ。」


「へ、ヘタレと言うな!待って何が悪い!

 大体、お前のように、女の方から色香を振りまいて迫る方が、どうかしている!!」


悪党。お前の様に、私は気安く迫る真似は絶対にしない!


「葵だって、その女だろ?女の方から迫らないんなら、アンタも葵も一生動けないじゃないか。

 確証が、無いから動かないなんて、そんなの…言い訳に過ぎないのさ。

 わかるかい?グリシーヌ。」


「”言い訳”だと…?」


悪党はさらりとこう続けた。



「そう、アンタは、単に、葵に拒絶されるのが怖いのさ。」



―!!



……私が、恐れている…?



”拒絶”



そうだ…私は、恐れている…



…返事がもし…”ノン(いいえ)”だったら…


私が、黙り込むと悪党が、溜息混じりに言葉を続ける。


「オイオイ…今から、そんなんでどうすんだよ…自分から迫る訳でもないなら

 その交際が始まったとしても、何がどう変わるってんだい?」


・・・変わる・・・。


確かに、気持ちを伝えて以来、私と葵の関係は変わった。


私は今、”恋愛対象”という目で、彼女を見ている…もし、彼女が私を…”恋愛対象”として見てくれたら

勿論、私達の関係は確実に…”恋人”という関係になり…


恋人同士になるという事は…”接し方”も変わる事になる…


「…そ、それは…」



「……まさか、一生、お手て繋いで”清い交際”するんじゃないだろうね?」


ロベリアは、気味悪そうにこちらを見た。


手を繋ぐ…うむ…それは…してはみたいが…


いや、一生、そのままというのは…


いや…今はまだそれ以上の事を考えるわけには…!!


まだ、返事も聞いていないのに。




「…それは…その時々の状況によって…だな…」


私が歯切れの悪い返事を返すので、ロベリアはいささか、ジトッとした冷たい目で、淡々と問い詰める。


「”その時”って?」


「だから…その時が来たらだッ!」


「だから、”その時”が来たら”何をする”んだい?」


厳しい追求に私は、さじを投げた。


「そ、それは………い、言えぬッ!!」


・・・・・・・・・。



”にゃー”



ナポレオンが、また迷惑そうに鳴いた。


ロベリアは深い溜息をついて言った。



「…はァ…やっぱ、ヘタレだわ。アンタ。」


それは、しみじみと…。


「な、何をっ!?」


呆れられる覚え等ない私は、怒りで立ち上がる。

しかし、ロベリアは余裕といった目で私を見つめて、こう言い放った。


「もし、アタシがアンタならとっくに…フフフ…」

「と、とっくに、なんだ!?」

「フフフ…いや、ヘタレには刺激が強いから、やめておくよ。」


何を愉しんでいる!?何を想像してるんだ!?

とにもかくにも!!


「へ、ヘタレと言うなッ!!」


「ま、そんなに悠長に待ってると、葵の気も変わるかもなァ?」

「なんだと…!!」



「”ヘタレのグリシーヌなんて、嫌いです”


 …ってな。あ、今の似てたな…コクリコに見せてやるかな。」


ロベリアは、葵の声と仕草を似せて、自分でニヤニヤしている。


「…キ…サマ…ッ…!」


「”グリシーヌさん、怒っちゃイヤ〜♪”」


”ヘタレ”を連呼され、葵のモノマネで”ヘタレ”といわれ、私は完全に頭にきた。


「ッ…やはり、斬る…ッ!!!!」


斧を構える私を、フフンと鼻で笑ったロベリアは、立ち上がりながら言った。


「…年上からの有難い忠告だよ…。


 『何もせず後悔するのと、何かしてからの後悔とじゃ、何もしないで後悔する方が、ずっと記憶に残る』。」


「…ロベリア…お前…」


一体、何が言いたいんだ…。


「…アンタも、少しは自分に正直になった方が、楽になるんじゃないのか?って事さ。

 いい加減、待つのが不安なら、自分から行きな。そしたら、そのイライラも収まるだろうよ。」


そう言って、ロベリアは部屋から出て行った。


・・・私は、そんなにイライラしていたのか・・・?


考えてみれば…少し挑発された程度で、部屋をこんな状態にするなど…

確かに、イラついていたのかもしれない。


「…。」


何もない部屋には、ソファと黒猫1匹…そして考え込む私。


”にゃー”


お前も出て行け、と言わんばかりに、黒猫は私を見て鳴いた。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



まだ…怒っているだろうか…


その人は、道具室にいると、メルから聞いたので、向かってみた。



「…葵…いるか?」

「はい?…グリシーヌさん?」


道具室の埃っぽい空気の中で、葵は作業をしていた。

「……あ…葵…。」


いつもの格好、だ。

ネクタイを外し、胸元を開けたシャツ。切れ込みの入った短いスカートでしゃがみ込んでいる。


「葵…何を、しているのだ…?」

「あ、道具の修理を頼まれまして…」

「他の道具係はどうした?」

「このくらいなら、私でも出来ますから。…何か御用ですか?」


作業のせいか、彼女は、少し汗をかいていた…


「ああ…その…何か、手伝おうか?」


私は葵の隣にしゃがみ込んだ。

彼女の匂いが、より強くなった。

(…甘い、匂い…。)


「…特に…ありませんけど…?」

「…そうか…」


私は、そのまま葵の作業を見つめていた。

すると、ふと思い出したように、葵は私に聞いた。


「・・・さっき、ロベリアさんと、どうしてケンカしたんですか?」


「…それは…」

「些細な事でも、私は、知りたいんですが…。」


言えない。

ロベリアに”キスくらいやったか?”と聞かれたから…なんて、いえる筈もない。


「………言えぬ…。」

「…そうですか。」


私の返事を聞いた、葵の声は少し落ち込んだ。


そして、沈黙。

その静寂に耐えられず、私は質問をする。


「…葵…まだ、怒っているのか?」

「いいえ。」


やはり、彼女の声のトーンは、下がったままだった。


「葵、やはり、まだ…怒っているのだろう?部屋を…荒らしたのは、悪かった…。」

「どうしてそうなったのかが聞けたら、いう事…ないんですけどね。」


「…それは…言えぬ、と…申したではないか…」

「……。」


私が、そう返すと、葵は静かに頷いて、作業を続けた。

部屋には、金槌の音が響く。


「……葵…」


金槌の音に紛れて聞こえないのか、葵は返事をしてはくれなくなった。


「……。」

「葵…。」


「……。」


今度の声は…聞こえたハズだ…何故、返事を…



『確証が無いから動かないなんて、そんなの言い訳に過ぎないのさ。わかるかい?グリシーヌ。』


ふと、悪党の台詞が頭を掠める。


『そう、アンタは、単に、葵に拒絶されるのが怖いのさ。』



…私は、拒絶されるのを…恐れている…


そうだ、拒絶されては、何もかも終わってしまう。




この人に…嫌われたくない。




『…だから、ヘタレなんだよ。』



・・・・・。


…ええい!ヘタレと言うな!!悪党!!!



「解ったッ!言う!言うから…黙るな!葵!」


私は、大声でそう言った。


「…何があったんですか?」


葵は金槌を置いて、私を見た。私は、床を見つめて説明をしようとした。


「…あやつが…私と、お前が…その……


 キ……………」



「…はい?」


「だから…その…や、やはり…言えぬッ!」

「…グリシーヌさん。」


「…なんと言われ様とも…私はッ……」

「…私、そんなに信用ないんですか?」


「信用とかそういう問題ではないのだ!私は…ただ、そういう破廉恥な…」

「破廉恥?」


「いや、そのッ!」


どんどん、墓穴を掘り進めて行く自分が情けなくて、仕方ない。

黙り込むと、葵の表情が、どんどん無表情になっていった。


「……。」


いかん…葵が…お、怒り始めている…。ああ、やめろ…その顔は…!


「…そ…その顔でみるな…」


葵は、口角だけを上げて、目を細めた。


「…白状しないと…」



一見、笑ったように見える表情だが、目の奥は全く笑ってはいない。


そして、彼女の両手が、私の腰に触れた瞬間…


「…あ、葵…!?


 …や、やめろ…



 …あ…っ!?



 …あ…





 あ、あーははははははッ!!!



 よせ!脇腹は…ッ!あはははっははっは…ッ!


 ええい!よせと言うのが…あはははははーッ!!!」






        ―4分後―




「…白状しますか?」



「この…ぶ、無礼も…あッ…あははははッ!!

 あ、葵…!ほ、ホント…にッ…あ…あァ…ははははは!!!」






         ―更に2分後―



「…強情な人ですね…。」



「あ゛ーッ!言うっ!言うからっ!!あはははははは!!

 …脇腹だけは…ッ!!もう、もう…ッ!」



「はい♪」


私が降参すると、葵はやっと”笑って”くれた。


…いつの間に、葵は私の”弱点”を見抜いたのだろうか…。


末恐ろしい隊長だ…。


私は、息を乱しながら、乱れた髪を整えた。

(…ああ、なんて無様な…。)

それを、微笑みながら見つめる葵。



…その余裕ぶり…どこかで…


「はあ…はあ…はあ……お前、ロベリアの悪党が移ったのではないのか?」


「……(ニコッ♪)」


…まさか、本当に…ロベリアが…


「……。」


私が黙っていると、葵は両手で私の足首を掴んで

「…今度は足の裏、いきましょうか?」

と言った。


「わ…わかった!言う!言うから!待てッ!」

「…じゃあ、どうぞ♪」


…す、末恐ろしい、隊長だ…


私は、ゆっくり搾り出すように説明した。


「…私が……貴女に……キ、ス…を、したのか、とヤツが聞いてきたのだ。」


しかし、返ってきた返事は…


「…はあ。」


の気の抜けた一言だった。


「…はあ、ではない!だから、私はだな!

 ”まだ交際の返事を待っているから、そのような事はしてはいないと”言ったのだ!

 それを…アイツが、面白半分にからかうから…!」


・・・・・。


「……それで…あの荒れ様ですか?」


「そうだ。」


説明を終えた私の顔を、葵はただ5秒ほど見つめると、目線を上に向けて、呟くように言った。


「……そうですか…へー…」


「な、なんだ!その不満そうな顔は!私はな!ヘタレと何度も侮辱されたのだぞ!!」


「…ヘタレ…」


葵は、少し考え込むような仕草をしたので、堪らず私は抗議した。


「…まさか、お前まで…私をヘタレだと…いうのか!?」

「いや、それは、無いですよ。現にちゃんと、私に気持ち伝えてくれたじゃないですか。

 勇気要る事ですよ。」


「う、うむ…それならばよいのだ…」


ああ、良かった…そう安堵した次の瞬間、葵は

「…あ、じゃあ”返事”しましょうか?」

と提案した。


「・・・・・え?」

「…交際のお返事。」


…忘れられていなかったのだな…と安心すると共に

私の体の中では、心臓が、全身へと熱くなった血液を一斉に送り出す。


「あ、あぁ…。」

私はやっと、それだけ言った。




「交際、お受けします。」



「・・・・・。」




「…グリシーヌさん?」


「あ…いや、意外にあっさりとしているのでな…」


いささか、肩透かしを食らった気分だった。


「そう…ですか?…実は、いつ返事しようかと思ってたところだったんです。」


そ、そうか…なんだ…

やはり、焦る必要、なかったのだな…


いや、まだ確認しなければならない事がある…


「…葵…私と交際をするという事が、どういう事か、ちゃんと、わかっておるのだろうな?」


「ええ?なんですか、それ…いくらなんでも…それは…。」


苦笑いの彼女に、私は先程、悪党から言われた言葉をつきつけた。


「そうではなく…私は…本気なのだぞ…

 その…一生、手を繋ぐ関係では、ないのだぞ…」


「…手を繋ぐ、関係?」


「だから…その……キスもする関係にもなり得るという事だ。」


「……したいんですか?キス。」

と真顔で聞き返す葵に対して、私は動揺を隠せない。


「き、聞くなッ!デリカシーが無いのか!お前は!」


「あ、す、すみません…」



ああ…この人は、なんと言い表そうか…



…大人なのか、子供なのか、やはり時々、理解できぬ…!



やはり、私がしっかりとこの人を引っ張っていかなくては…!!



そうだ…キス、については…まだ”問題”が残っていたな…。



「………その…貴女に、謝らなければならない事がある。」


私は、きちんとせねばと思っていた事があった。


”あの日”から、ずっと、気にしていた。



「…なんですか?また何か壊したんですか?」


「…物を壊した後のエリカを見るような目で、私を見るな。先程から交際を始めたとはいえ、発言が無礼だぞ。」


「…す、すみません。…それで、何ですか?」


「…私は…交際を申し込む前に…寝ている貴女に、一度だけ…き、キスをした…。

 それを、今、この場を持って…謝りたい…。

 …すまなかった…」



・・・・・・・・。



「…プッ…フフフフフ…!」


堰を切ったように葵は笑い出した。


「な、何が可笑しい!」


”ごめんなさい”と葵は涙を拭きながら続けた。


「ホント律儀な人だなって思って…言わなければ私、気づきませんでしたよ?」


「そ、そういう問題ではない。こういうものは…ちゃんと…!」


そうだ、交際前にそのような事は…

不健全だ!私は間違ってはいない!



「貴女の、そういうトコに、私惹かれたんでしょうね。」


葵は、少し頬を赤くして言った。


「む…そう、なのか?」

葵から”惹かれる”という単語を聞いたので、私は少々、ドキリとした。


「貴女は、すごく正直で…誠実だし…純粋で真っ直ぐで…時々不器用で。」


「…真っ直ぐと不器用は、貴女に言われたくは無いがな。」


「そうですか?」


そうだ、貴女こそ、真っ直ぐすぎて、時々死にそうになるではないか。

不器用だから、いつも自分の過去に振り回されて、いつも…私の目の前で傷を作って、無理矢理笑うのだ。


しかし、もう、私がそんな事はさせん。


「…でも、グリシーヌのそういう所、全部…私、好きですよ。」


「―!」


不意を突かれた。


ああ…。


全く…この人は……。



「……今…なんと…言った?」

「え?」


「私を呼び捨てた上に…好きだと言ったな?」

「あ、呼び捨ては、マズかった…です…よね…?ご、ごめ…」


この人は、サラリと口にする。

言われただけで、心が揺れてしまうような言葉を


…笑顔で、不意に言う。



だから、この人は、私より子供で…時々、大人なのだ…。



「いや、構わぬぞ…葵。」

「え…あ…そうですか?ああ…良かった…斬られるかと…」


「…何故だろうな……こんな事が嬉しいとは…」


不思議と、そう思った。

私の呼び方が変わった事。

貴女の声で、好きだと、いう言葉を聞ける事。

今、この場に貴女と二人きりという事。


「…え…?」

「葵、もっと…呼んでくれ。」


「…そ、そう言われると、恥ずかしいんですけど…」

葵は、そう言うと顔を赤くした。


それは珍しい反応で…私は思わず急かした。


「構わぬ、呼べ。」


彼女は、チラリと私の顔をみると、小さく

「……ぐ、グリシーヌ…」

と呼んだ。


「なんだ?」

私が返事をすると、葵は頭を抱えた。


「ああぁ…なんか…は、恥ずかしい…」

「…私の高貴な名を呼ぶのが恥ずかしいと?」


「い、いえ…そうじゃなくて…

 恋人の名前だと意識して呼ぶと、猛烈に恥ずかしいんですよ…。」


指の間から、こちらの様子を伺う彼女は、少女のようだった。

その反応に、私は、更に可愛いらしいと感じてしまう。



「恥ずかしがる事は何もない。

 私の名は、グリシーヌ=ブルーメール、貴女の恋人に間違いは無い。

 そうであろう?」

「……」


「どうした?」

「今、カッコ良かったです…グリシーヌ。」


「…それは、褒めているのだろうな?」

「…はい。」


「ならば良い。」


褒められて悪い気はせぬが…私の振る舞いや言動が華麗なのは


”当然”の事だ。



「それで、具体的に、交際はどう進めていきましょうか?」

「…え…」


(私にそれを、聞くのか!?どう、進めるかというのは…なんだ?

 具体的に…って…キスとか、そういう…行動か?)


途端に私の心に動揺が走る。


『アンタから行動してくるのを待ってるんだとしたら…葵の方が気の毒じゃないか。』


やはり…待っているのか?葵…

その真っ直ぐな瞳は…その、やっぱり…


「…グリシーヌ?」


『ヘタレ。』


…ロベリア…貴様にこれ以上、ヘタレ呼ばわりはさせぬ・・・!

葵との交際は始まったのだ。


もう…何も遠慮は…いらない。


キス…してみようか……


「グリシーヌ?もしもーし?」


「…葵…」

私は、そっと、肩に手を置いた。


「…はい?」


葵の目を、見つめる。


「…グリシーヌ…?」


「・・・・・・・。」



だ・・・






・・・・・・ダメだッ!!





「とりあえず、デートに出かけよう。お、オペラでもどうだ?」



やはり、交際が始まったばかりで…キスは早い。


こういうものは、もっとお互いの信頼関係と、交際期間を経てから…



「そうですね、予定確認したら、お知らせいたしますね。」

「うむ。」

「…やっぱり、グリシーヌですね。安心しました。」


葵は、そう言うと柔らかく微笑んだ。


「何…?」

「交際始まったから、いきなりキスされちゃうのかと…

 貴女がする訳ないのに、今ちょっと意識し過ぎしました…フフフッ」




・・・”ガーン!!”・・・




「…あ、ゴメンナサイ、今の忘れて下さいッ。さて、作業作業…」




・・・”ワスレラレナイ”・・・。




「ああ…当然だ…うむ…。」



・・・・やっぱり、ヘタレなのか・・・私は・・・・。


私はそのまま、年上の女性の隣で、ボーっと自問自答を繰り返していた…。



 dancing a blue END


ーあとがきー



ず〜っと、前に書き終えていたのをず〜〜〜っと放置してました(笑)

グリシーヌさんは・・・こんな感じです。ええ。

これからのお付き合いは、の〜んびり(もどかしいくらい)と、2人は進めていきます。


それにしても…どうしても、ロベリアさんが出てしまう…!愛ゆえに(殴)


ヘタレという言葉が、この頃の巴里にあったのか?というツッコミは、おいといて下さい…。