「あ…!」

「あ、葵ッ!?」


シャノワールのシャワー室。

思えば、同性なのだから…いつか遭遇するとは思っていたのだ。こんな場面に。

シャワーを浴びる前の私に、シャワーを浴びた後の葵。


濡れた赤い髪に、身体。日本人なのに、白い肌。

一糸まとわぬ姿に、私は言葉を失う。


半裸はよく見たが…彼女の全裸は、見たことが無い。


「あ、あの、葵…」


私が、一歩踏み出した瞬間…



「き、きゃあああああああああああああああ!!!」



なぜ…

…なぜ、私に向かって悲鳴を上げるのだ…





・・・私も女だぞ。





 『 dancing a blue 2』





「ご、ゴメンナサイ…つい…」

「・・・もう、よい。」


「ごめんなさい、グリシーヌさん。」

「…もう、よいと言っている…。」


シャワーを浴びる私の隣で、浴び終わったにもかかわらず、葵はシャワー室を出ることなく謝り続けていた。


「いつも誰もいない時にシャワーを使ってるので…だから、なんかびっくりしちゃって…だ、だけど…悲鳴上げるなんて、どうかしてました…」


「・・・それも、同性にな。」

ボソリと釘を刺してやると水鳥のオモチャのように、葵はぺこぺこと頭を下げた。


「ご、ごめんなさい!」


チラリと横目で、彼女を見て、私は”許し”の言葉を口に出す。


「…それでも幾分かマシだろう。以前の隊長は、あろう事か、我らのシャワーを覗くような人物だったからな。」

「え、ええッ!?その噂、本当だったんですか?」


「だから、許す。もうよいから、服を着ろ。体が冷えるだろう?」

「あ、ご心配なく…大丈夫です。もう少し・・・」


「…大丈夫?…もう少し、だと?」


私は、何か嫌な予感がして葵の肩に触れた。


「……。」


ひんやりと冷たい。それは、冷えたというよりも、冷水を浴び続けたような身体の冷たさだった。


「あ…!」

「葵…コッチへ来い!」


「ちょ、ちょっと…」

「いいから!」


私は、葵をシャワーの個室に引っ張り込んだ。


「あ、あの…グリシー…!」


言葉よりも先に、熱めのお湯を出す。

滝のような温かい湯が、彼女の冷たくなった赤い髪を濡らす。


「・・・冷水を浴びたな?葵。」

「…え…ええ…」


私は、葵の肩を掴んだまま、質問をした。


「・・・発作は・・・起こさなかったのか?」

「大丈夫、です…。…ちょっと、暑かったもので…少しだけ水を浴びただけですから…。」


彼女は、頭からお湯を浴びながらも気まずそうに、私の質問に答えた。

大丈夫という言葉とは対照的に、俯く彼女は元気が無さそうに見えた。


「…本当に大丈夫、なのだな…?」

「はい…」


発作は無いのは本当にせよ、暑さで身体が弱っている事は確かだろう。それにしても、冷水を浴びるとは無茶苦茶な・・・。


「………あまり、私に心配をいや・・・もとい、隊長ならば、その辺の事も考えて行動をしてだな…」

「…あの…」


「ん?」


何かを言いたそうに、こちらを見つめる葵。語尾が聞こえないので、私は顔を近づける。


「…なんだ?言いたい事があれば、ハッキリと言え。」

「…だ、から……ぃ…」


「ん?」

「…グリシーヌ……ぃ……す…。」


「…何だというのだ?語尾が聞こえん。」


私がそう尋ねると、葵はぷっつりと黙ってしまった。


(・・・・一体、何を・・・?)


私は、そこでハッと重大な事に気が付いた。


……『シャワーの個室に、隊長と二人きり』……。


・・・確かに、私が葵を個室に連れ込んだ。

私が肩を掴んだままだから、個室を出ることも、距離も取る事も出来ず、目を逸らしたままお湯を浴びざるを得ない状況。


「………。」


私は…とんでもない状況に、たった今、気付いた…。

全裸で、隊長と個室に2人きり…!


…もしや、さっきから葵は『グリシーヌ、距離が近いです』と言っていたのでは…。


ああ、なるほど…そうかそうか…。


・・・と、今更納得している場合じゃない!!!


…いや…そもそもこんな状況にしたのは、私なのだ。


いや、故意ではないぞ!断じてッ!

いや…このまま、2人きりなら…伸展のチャンスが…


いやいや…!


ま、まだ…キスもしてないのに…い、いきなり裸から始めるなど…そ、そのようなマネを…この私が、する訳には…!



「…あ、あの…グリシーヌさん…」

「…あ、葵!…か、勘違いするな…!?私はな、ただ、お前の身体が見えて…いや!冷えているのを心配してだなッ!別に、何も考えてない!

か、神に誓って!断じてッ!私はッ!お前に下心等を抱いてないッ!」


「……あ、あの…」

「…はぁ…はぁ…」


「…わかり、ましたから…ちょっと、お湯の温度下げませんか?ちょっと、熱い…」

「・・・・え?」


・・・そう。彼女は、暑さに弱い。

いくら身体が冷えていたとしても、彼女にお湯をかけ続けるのは…良策とはいえない。


つまり。


葵はさっきから 『グリシーヌ、熱いです』 と言っていたのか…

ああ、そうかそうか…


……だから!そんな場合じゃないというのにッ!



フラリと葵が、私にもたれかかってきた。


「あ…。」


葵の体温が、私の身体に伝わる。私は慌てて、お湯をぬるま湯にかえる。


「あ、葵…大丈夫か…?」


…彼女の体が、密着している。


「…ええ…大丈夫です…」


彼女の声が、シャワーの音にかき消される事無く、私の耳元に届く。


「…すまなかった…なんだか余計な真似をしてしまったようだ…」


私は彼女の背中に腕を回し、しっかり支えた。痛々しい傷が残る体を、しっかりと抱き締める。


「いえ…ちょっと、のぼせたみたいな、ものですから…ホント…」


そう言って、葵も私の背中に腕を回し、抱きついた。本当に、暑さに弱いらしく、腕に力が感じられない。


「……だからといって、冷水よりはマシであろう。…身体を必要以上に冷やすのは、良くはない…。」


恥ずかしさに拍車が掛かって、私は思わず眉間に皺を寄せながら、言葉を絞り出す。


「…そう、ですね…私には、このくらいの温度が適温かも、しれませんね…」


…それは、私の体温込みで…だろうか?

いかんな…私も、のぼせてきたのだろうか…なんだか…身体が熱い…。


「あ…すみません…。このままじゃ、グリシーヌさんが、身体洗えませんよね…私、出ますね…」


葵は、スッと私から体を離した。

少し、葵の足元がふらついているのが気になったが、それ以上に・・・


…それ以上に…自分の体が冷えるのを感じた。

身体も、心も、妙に・・・寒さを感じた。

彼女に、いて欲しい。触れていたい。素直にそう思った。


「…いい。」

「え?」


私は、再度、彼女の身体を自分の腕の中に引き戻した。


「…このままでいい。」

「…あ…ぐ、グリシーヌさ…ん…!?」


困惑した声の彼女は、私の腕に捕まった。


「…私は…」

「あの…グリシーヌさ…」


私の言葉を遮るように彼女は、私の名を呼ぶ。


「聞け、葵。」


今度は私がそれを遮る。


「前にも言ったが、私は…お前が好きだ。」

「……。」 


「私は、お前…いや、貴女に…もっと触れたいと思っている。

貴女に拒否される事に怯えて、今までは行動に移してこなかったが…もう、気持ちを…抑えられそうも無い…。」


「…ぐ、グリシー…」


呼吸を一回。


「…その、ままで…いろ。」

「…!」


彼女の体の筋肉が、ビクリと反応したのを、私は肌で感じた。

返事を待つ余裕は、無かった。


「…許せ、葵。」


私は、葵の驚く顔を両手で固定すると、顔を近づけた。

それは、ほんの何秒かの事。

一旦、私が唇を離すと、葵はうっすらと目を開けた。

何も言わない葵に、私は、少し不安を覚える。




(…怒ってる?)




「……許せ…葵…。」


私は、もう一度そう言った。

指で軽く彼女の唇に触れる。指と、唇では、感触が違うのだなと、改めて感じる。


「ゆ…許すも、何も…」


彼女は、瞼を開けながら、恥ずかしそうに言葉を続けた。


「…私…拒否したり、しませんよ…。」


そうして、困ったように微笑む表情は、時々見せる”大人の彼女”。


「………そう、か…」


私は、それ以上何も言わずに、再び顔を近づけた。



数十分後。



「それでぇ・・・あのぉーどうしたら、2人揃って、のぼせられるんですかぁ?」


シーにそう聞かれた私と葵は、こう答えた。


「「・・・回答を拒否します。(する。)」」







― END ―




あとがき


グリシーヌさんの出番を作ってみました。

でも、ど〜うしても・・・彼女はヘタレ攻めか、あと一歩でアラララ・・・という展開になってしまいますね。

あと・・・よく聞かれるんですけど、葵は二股三股の尻軽女という訳ではありません。(笑)

ヒロインによって、葵の反応や対応は違います(いい例がロベリア編)ので、あくまでこの話とあの話等とは別シナリオだと思ってください。